終章 全て燃え尽き 明けない夜
ジョージが気が付き、最初に目にしたのは真っ白な天井と、横からこちらをのぞき込む般若面だった。
一瞬、ここは死の世界なのかと思ったが、視界の端に映る蛍光灯を見て、ここが病院で自分がベッドに寝かされているのだと気づく。般若面の男が正四郎の付き人であることも思い出した。
「……気が付いたか」
般若面の男――――神羅は重々しい声で言った。
「俺は、生き残ったのか……うっ!」
神羅と会話すべく、ジョージは身体を起こそうとした。しかし、そのとたん全身に激痛が走り、起き上がることはできなかった。
「動こうとするな、外は火傷、中は骨折と内臓破裂、私が見つけたときは生きているのが不思議なぐらいだった。回復を速める術を施したが、それでも一月はまともに活動することはできんだろう……」
神羅は淡々とした口調でジョージの容態を宣告する。
「そうか。他の連中はどうなった? 俺たちは勝ったのか?」
その宣告に対して投げやりに答えると、次にジョージは自分以外のメンバーや戦いの結果について尋ねた。
「安心しな、オレたちゃぴんぴんしてるぜ!」
「ですよー!」
それに答えたのは神羅ではなく、軽薄な声と愛らしい少女の声だった。おそらくミリアとジェンキンスだろうか。そして、二人の言葉を引き継ぐように、神羅が言葉を続ける。
「うむ、スカイラインについては吸血された痕跡はあったが、それ以外に異常はない、吸血痕についても処置は始めている、後遺症もなかろう。ジェンキンスは手足の骨を折られていたが、命に別状はない。貴様と同じ処置をを行った、退院に一週間もかかるまい。主様は逃走した魔弾を追っていった。速水真九郎は……消息不明だ。交戦したと思われるカーミラ嬢とともに姿を消している。おそらく、敵に取り込まれたのだろうな。総合してみるに……犠牲はあったが、勝利と言えるだろう。最も危険なヴィクターと最上級のヴラドは倒せたからな……」
神羅は事実に簡素な感想をまじえてジョージに伝えた。口調は淡々としているが犠牲が出た、というあたりでいちいち間を置くところを見ると、この鬼面の男は見かけによらず情が深いのかもしれない。
「そう、か」
自分で聞いたことだが、ジョージにはもう戦闘の結果や仲間の安否などどうでもよくなっていた。いや、何もかもが今のジョージにはどうでもいいことだった。吸血鬼を逃がしたことに対する怒りも、仲間の一人のを失ったことに対する義憤もない。自分の中にいつも燃えていた憎しみや怒りといった感情がすべて消えてしまっていて、虚無感だけが居座っている。
「治療費はこちらが全額負担する。報酬は後日振り込んでおく。・・・・・聞いているのか?」
ジョージがほうけていることに気付いたようで、神羅はいぶかしげな表情でジョージを見つめる。
「あ、ああ」
「そうか、なら伝えるべきことは全て伝えた。私はこれから主様の援護に向かう。しっかり養生せよ」
真剣に聞いてないことがすぐにわかるような返答だったが、神羅は気にも止めていない様子で話を終え、立ち上がり退出していった。
神羅が出ていった後、ジョージは何もすることがないので、病院の真っ白な天井を見つめていた。
「なぁ、おっさん」
そして、ふと呟くように、隣のベッドでミリアと談笑しているらしきジェンキンスに話し始めた。
「何だ、兄ちゃんも混ぜてほしいのか?」
「いや、少し、あんたと話がしたい」
「ほう、そうかい……ミリアちゃん! ちょっと席をはずしてくれねーか? こっからは大人のお話だ。」
ジョージの口調から何かを察したようで、ジェンキンスはミリアに退出するよう言った。
「もー、ジェンキンスさん、子ども扱いしないでくださいよう」
ミリアは不満そうな声でぶつくさ言ったが、しばらくすると素直に部屋から出ていった。
「さあ、用件は何だ、兄ちゃん」
ミリアが完全に出ていったことを確認すると、ジェンキンスは先程までとは打って変わって真剣な口調でジョージに尋ねる。
「ああ」
そしてジョージは話し始めた。ヴラドを殺した後の虚無感、目覚めた後に起こった変化を。
「俺は空っぽになっちまった。あの館の炎に心まで燃やされたみてえだ。これからどうやって生きていけばいいのかまったく分からねえ」
以前とは別人のような弱弱しい声でジョージは語る。
「ふぅん、そうかい、そりゃあ、大変だな……」
ジェンキンスは神妙な声で相槌を打ち、そして父親が息子に語りかけるような穏やかな態度で彼に語り掛ける。
「だが、俺が思うにそれは悪いことじゃねえと思うぜ。それは人間なら誰でも経験するもんなんだよ。お前さんは今まで怒りと憎しみだけで生きてきた。いきなりそれが消えちまったもんだから戸惑うのは当然だ。でもお前さんはまだ若い、そのうち何か見つかるさ。お前さんの人生はあの夜に終わったんじゃねえ、今から始まるのさ」
最後にいい加減に生きてる俺が言えることじゃねえんだが、と自嘲する。
「目につくもの、出会った奴、片っ端から関わっていけよ。生きる意味なんてよ、たばこの吸い殻みてえにどこにでも転がってるもんだ!」
すっかり元の調子に戻った彼はおどけた口調で言った。
「そうか……参考になった、感謝する」
ジョージは不愛想に、しかし、はっきりと謝意を表した。
「それほどのことじゃねえ、だいぶ無責任なこと言っちまった」
「いや、答えてくれるだけでよかったんだ」
そして、二人ともに口を閉ざした。
(俺には本当に復讐しかなかったんだな)
白い天井を見つめながら、ジョージは心の中で呟く。
ジェンキンスの言うことに従って、何かが見つけられるのか否か、それは分からないが、やり場のないこの虚無感をどうにかするにはそうするしかないのだろう。
なんにせよ、この身体を治してからだ。ジョージはそうして、思考を打ち切ると目を閉じ、再び眠りに落ちた。
戦闘が行われた街から少し離れた山中、放棄されたと思われる山小屋にカーミラは潜伏していた。あらかじめ見繕っておいた隠れ家の中で、あのとき、あの場所から逃げ込めるのはここだけだった。
建物全体が老朽化していて、床はところどころ穴があいていて、とても快適な環境とは言えないが、日光から身を守るためにはそれで十分だった。
カーミラは建物とともに打ち捨てられていた木椅子に、陰鬱な表情で座り込んでいた。その視線の先には無傷の速水真九郎が寝かされている。
何故、自分はこの男に生かされたのだろう。
瀕死の状態のときは考える余裕はなかったが、今なら、あの状況で心臓を貫かなかったのはわざととしか考えられない。情けをかけたのか。いいや、それなら相討ちになどならない。
そしてそれ以上に不思議なのは、自分がこの男を生かしたことだ。瀕死の彼の血を吸い、肉体を死なない程度まで再生させた。そこまではいい、その次に自分は何故かこの男を殺さず、逆に血を与えてしまった。
吸血鬼の血を人体に与えれば、噛まれて死んだのと同様に吸血鬼と化す。しかし、適量であれば、吸血鬼の性質を一時的にだけ対象に与えられる。すなわち、どんな傷でも再生させられる再生能力を。
そして、目を覚まさないこの男を抱えてこの小屋まで逃走した。
「全く、わけが分からない」
カーミラは悩み、考える。そして一つの結論を下した。
待とう、この男が目覚めるのを。今どれだけ考えたところで答えは出ない。この男が目覚めたとき改めて考えればいい。
それにせっかく従僕になったのに、活用しないのはもったいない。
そう決めて、カーミラは待ち続ける。
速水真九郎は何を思って自分を生かしたのか、自分は何を思って彼を生かしたのかを知るために。
ジョージ・ハーカーと吸血鬼ヴラド・ドラキュルの因縁はここで一旦幕を下ろし、速水真九郎と吸血鬼カーミラの物語はここより幕を開ける。
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に続きます