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WARS OF BLOOD  作者: K.O
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 第六章 決戦 生命は炎の様に 魂は星の様に

 またしても、カーミラが先に攻撃を仕掛けた。強く地面を蹴り、飛ぶように真九郎に迫る。

「どうした、真正面か背後からしか攻撃できないのか? それでは拙者を消耗させることなどできんぞ!」

 挑発するように真九郎は言った。そして、目を見開き、カーミラを睨みつける。不可視の刃がカーミラを切り刻もうと迫る。

「あなたこそ馬鹿の一つ覚えのようではありませんか」

 カーミラはまるで刃が見えているかのように体をねじり、不可視の刃を回避した。

「一度この身に受けて体感しましたからね。その術は目に見えぬほど小さな水の刃を、目に見えぬほどの速度で撃ち出すという単純なもの。私の目と身体能力であれば十分対応可能です」

 不可視の刃をすべて回避し終えると、姿勢はそのままに片手だけを前に突き出す。

「今度はこちらの番です」

 突き出した手は瞬く間に黒い毛並みの大きな黒犬に変化する。黒犬は鋭い牙が並んだ口を大きく開け、真九郎の喉元に喰らいつこうと飛び掛かる。

「ぐっ!」

 避けきれない、そう判断した真九郎は、もう一方の短刀を握った手を黒犬の口に向けて突き出した。

金生水ごんしょうすい!」

 金属である短刀を水に変化させ、黒犬の体を内部から切り刻む。

 しかし、真九郎の意識が犬に注がれている間に本体であるカーミラが死角に回り込み、かたく握った拳で殴りかかる。当然、真九郎は回避できず、がら空きの胴に打撃をくらった。

「! 護れ!」

 とっさに真九郎は簡易的な結界を張り、防御する。しかし、吸血鬼の怪力による衝撃を殺しきることはできず、後方に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。内臓にダメージを負ったらしく、床に倒れこんだと同時に激しく吐血する。

「あら、もうおしまいですか?」 まだ私は無傷同然ですよ、さっきのは口だけですか?」

 呆れたような口調でカーミラが言った。もうすでに犬となり、破壊された片腕は再生を終えている。

「まだまだ、だ。この程度、傷の内に入らん」

 息も絶え絶えに真九郎は答える。見た目は苦しげだが彼の言葉は真実である。

 真九郎の術の本質は人やもの、土地が持つ力の流れを操作することである。体内の力の流れを調整すれば、この程度のダメージならば立ち上がれるようになる。もっとも、これは一時的な痛み止めのようなもので、受けたダメージそのものが無くなったわけではない。この調子で攻撃を受けつづればすぐに再起不能に陥ってしまうだろう。

「そうですか、ならば立ち上がる前にとどめを刺すとしましょう」

 そう言って、カーミラは立ち上がろうとする真九郎に指先を向ける。

「させるか!」

 弾丸が撃ちだされる前に、真九郎は横たわったまま、目を見開き、不可視の刃を放った。

「やれやれ、またそれですか。本物の馬鹿のようですね、あなたは」

 迫りくる微細な刃を呆れた目つきで見つめながら、カーミラは肩をすくめた。そして、瞬時に身体を変形させ、刃を回避しようとする。

「……はは、斬るだけが能ではないさ」

 その様を見て真九郎は不敵に笑う。

「水生木、木生火、爆ぜよ!」

 水の刃は木片へと変化し、さらに火の粉へと姿を変え、一斉に弾けた。

「!」

 避ける暇も無く、カーミラの身体は無数の小さな爆炎にさらされる。腕を、足を、胴を、頭を、無残に破壊されたカーミラは大きく体勢を崩した。

「まだ、だ」

 そのうちに真九郎は立ち上がり、さらに攻撃を加えるべく、術の発動に必要な印を結ぶ。とたんに、淡く光る奇怪な紋様がカーミラの足元から沸き上がり、彼女を縛り上げるように包み込み、拘束した。

「貴様の身体を存在ごと縛った。縛られている限り、逃れることも再生することも不可能だ」

 むろん、そのような術を長時間保つことはできない。そして続けて印を結び、重々しく口を開いて呪文を唱える。

「ナウマクサマンダバザラダンカン! 来たりて魔を滅せ、明王の火よ!」

 すると、カーミラの足元から聞こえもしない音を錯覚するほどに激しい火柱が立ち上り、彼女の身体を飲み込んだ。

 明王、不動明王は仏に仇なす魔物を滅ぼすため、仏が化身した姿である。その炎はキリスト教圏に属する吸血鬼に対しても効力を発揮するはずである。

 真九郎の狙いが当たったのか、カーミラは激しく燃える火炎の中で逃げることも再生することもできず、徐々に身体の輪郭を崩していっているようだった。

「終わった、のか?」

 炎の中で燃えゆくカーミラの様を見て、真九郎は思わず祈るような声を漏らす。

「いいえ、全然」

間髪入れず、その希望的観測を打ち消す言葉が炎の中から放たれた。そして、拘束が解けたのか、すでに人の形をしていないカーミラがゆらりと動き出し、火の中から歩み出てきた。

 完全に炭化した肉体は炎を出た部分から再生していき、瞬く間に元の姿に復元される。

「だから言っているでしょう?私は無限に再生する、限界などない、と」

 腰に手を当て、ことさらに余裕を強調してカーミラは真九郎をあざ笑う。

「さぁ、まだ続けますか? この結果の分かりきった泥沼を」

「続けるさ、この命尽きるまでは」

 対する真九郎は、やはり態度を変えずに返答し、みがまえる。

「ふん、理解しがたいですね」

 真九郎の言葉を鼻で笑うと、カーミラはもまた身体のいたるところを刃や猛獣へと変化させ、戦闘態勢をとる。



 それからの数時間は、カーミラの言葉通り壮絶な泥沼、真九郎にとっては壮絶な消耗戦だった。

 刃で切り刻んでも、大質量で押しつぶしても、炎で焼き払っても、カーミラは平然と再生して起き上がってくる。終わりの見えない戦いに、真九郎は心身ともに疲労していた。もう身体の限界はとっくに越えていて、気力だけで保っている状態である。

 一方で、カーミラもまた身体の疲労こそないが、この数時間でかなり精神を疲弊させていた。

(なぜ、倒れない……!)

肉を裂いても、骨を砕いても、臓腑をつぶしてもなお立ち上がる。自分のような再生能力もないただの人間のくせに。どれだけダメージを与えても立ち上がり、向かってくる相手にカーミラは言い知れぬ恐怖をいだいていた。

 何十、何百合目かも分からぬ打ち合いの後、両者はともに後ろに引きさがり、向かい合う。

「う……ぐ……まだ、まだだ」

 息も絶え絶えの真九郎がすでに限界を越えている己の身体を叱咤する。どれだけの攻撃をその身体に受けたのか、片腕は自らの血にまみれ形を保っておらず、姿勢は片側に傾き、胴はゆがんでいる。足は大きくふらつき、いつ倒れてもおかしくないという状態である。

 しかし、その眼だけは光を失っておらず、強い意思を表す鋭い目つきでカーミラを見据えている。

 対するカーミラは先の打ち合いで片腕をもぎ取られているが、基本的には無傷である。しかし、肉体的疲労はないにもかかわらず、息が上がっている。

「はぁ……はぁ……ふ、ふふふふふふ、もう立っているのがやっとではありませんか……!? もうあきらめたらどうです? 今ならその傷を治して差し上げてもよろしいですよ?」

 カーミラは引きつった笑みを浮かべて、投降を呼びかける。

 その間にも失われた腕が再生を始める――――が、形を成した瞬間に亀裂が走り、砕け散った。そしてそれきり再生は始まらない。

「な!?」

 カーミラは信じられない、という表情で失われた腕を見た。

 真九郎もまた一瞬驚愕に目を見開いたが、すぐに状況を理解し、笑みを浮かべた。

「やっと、やっと……か。限界が来たのか……!」

 そして、正常に働く腕にありったけの力をこめる。この一撃で、勝負を決するために。

「ふん、それがどうしたというのか!? 再生できなくてもそんな身体のあなたに負けるはずがない! 勝った後にあなたを食べてしまえば元に戻れる。私は死なない、私は生きる!」

 カーミラは残った腕を振り回し、自棄になったように叫んだ。そして、牙をむき出しにし鬼気迫る表情で真九郎を睨みつける。

「……何故、そこまで生に執着する? 再生するといっても痛みは感じるはず。それに貴様も元は人、邪悪でないならば人を殺すことに罪悪感を持つだろう? それらの苦痛を抱えてまで生き永らえる意味があるのか!?」

 カーミラの様を見て、真九郎は眉をひそめて問いかけた。その眼は敵意だけでなく、哀れみを帯びている。

「私としてはそんな身体になってまで戦おうとするあなたの方が不思議なんですがね……」

 真九郎の問いに、カーミラはふとうつむいて、か細い声で呟き答え始める。

「私は、一度死んでいます。すぐに吸血鬼として甦りはしましたが。死というのはとても恐ろしいものです。暗くて寒くて、狭いのか広いのかも分からない、そんな世界に突然放り込まれて、もうずっとそこから出ることができない……あの恐怖は、あの寂しさは、死んだことのないあなたには分からない」

 そこで、顔を上げる。

「あの思いを味あわないためならなんだってやってやる! これまでも、これからも!」

先程までの鬼気迫る形相ではない、通常時のしかめ面でもない、暗く冷たく、それでいて今にも泣きだしそうな悲壮な表情でカーミラは叫ぶ。

「だからあなたを殺す。私が生き延びるために!」

 そして残った腕を刺突の形に構える。彼女も真九郎と同様、この一撃に全てをかけるつもりである。

「……そうか」

 カーミラの叫びを聞いた真九郎はますます眼差しに哀れみをこめる。

 彼女もまた自分が救うべきものだった。彼女がまだ人であった頃に自分や自分のような者が側にいれば、数百年も苦悩を抱えて彷徨い続けることもなかっただろう。

(すまない)

 彼女を救えなかったことを、化け物としてしか扱わなかったことを心の中で謝罪する。

 しかし、拳にこめた力は緩めない。ここで緩めてしまえば、自分はもう彼女に刃を向けることはできないだろう。どれだけ哀れで救われるべき存在であっても、彼女が生き永らえることで失われる無数の命には代えられない。彼女に対する同情を抑えつけて、真九郎は口を開く。

「では、行くぞ……!」

 二人はほぼ同時に床を蹴り、駆けだしていた。

「はああああああああ――――!」

「おおおおおおおおお――――!」

 一方は拳、もう一方は刺突、より速く相手の胴に到達した方が勝利する。

 直後、二人の影が重なり合う。結果は――――ほぼ同時。真九郎の拳はカーミラの胴を、カーミラの刺突は真九郎の胴を貫通していた。

 そして、同時に両方が腕を引き抜く。

「……う……ぐ……」

 カーミラは激痛に顔をゆがめ、床に倒れ伏す。そして胴に空いた穴はふさがることはなかった。

 それを見届けた後、真九郎もまた力尽き、崩れ落ちるように倒れ、ピクリとも動かなくなった。



「ッァアアア!」

 雄たけびとともにジョージはヴラドに斬りかかった。パワードスーツによって加速し、ありえない速さでヴラドに迫る。

 刃の軌道がヴラドを捉えた。しかし、刃はヴラドの身体を切り裂くことはできなかった。

「人間に吸血鬼と同等の動きをさせるとは、そのパワードスーツとやらは素晴らしい品だな」

 ヴラドが感嘆の声を漏らす。その下半身は血色の霧と化し、銀の刃を中心にして渦巻いている。

「ッラァ!」

 余裕をかますヴラドを黙らせるべく、かけ声とともに斬り上げる。それでも、手ごたえはない。

「この銀の剣もなかなかの純度だ……まあ、当たらなければ何の問題もありはしない、がね」

 半分霧化し、両断されながらもヴラドはへらへらと笑う。

 霧化しているから斬れない、というわけではない。銀製の武器であれば、霧と化していようと、触れた瞬間にその部分を消滅させられる。ヴラドは霧化した上で、剣の軌道上にだけ空白を作り、攻撃を回避しているのである。無論、その様な曲芸をする必要は全くない。回避するだけならただ霧になって散ればいいだけなのだから。

「……な、めるなぁぁぁ!」

 ジョージは自分が歯牙にもかけられていないことに苛立ち、霧になったヴラドを吹き飛ばすようにひときわ大きく剣を振りかぶった。

「ハハッ、まだまだ私には届かんよ!」

 ヴラドは身体を完全に霧へと変え回避、ジョージの背後で全身を再構成する。そしてまるで親しい友人と話すようにジョージに語り掛ける。

「なぁ、ハーカー君、君は生命とはどういうものだと思う?」

「知るか、てめえとお話しする気なんざねえ!」

 ジョージは振り返ると同時にそう答え、斬りかかった。

「私はね、『つながる』ものだと思う」

 迫る斬撃を回避しつつ、ヴラドはジョージの拒絶をものともせず、言葉を続ける。

「君の先祖に倒され、灰となった私は、それでも意思を保っていた。私は灰のまま世界を旅した。風に乗り、水に漂い、ときには生き物の身体に入ったこともあった。そうして、私が目にしたのは生命のありようだった」

 話している間にもジョージの攻撃は続いているが、ヴラドはそれらをすべて回避し、言葉を紡ぎ続ける。

「弱い者は強い者に、強い者はより強い者に喰われ、その命を捧げる。そして、最も強い者は死によって自らの身体を、命を弱い者たちに捧げる。そうやって命は無限につながっていた。その様を百年間ずっと見続けた。そして、私は」

一旦言葉を切る。

「そのありように憧れた! 自分もそこに加わりたいと思った! 永遠に続く命のらせんの中で私も生き続けたいと思った! しかし、我が肉体は死ねば灰となり、何の糧にもなれず消えてしまう」

「そこで私は考えた。私が消えた後にも残るもの。他の者が有する私の記憶、私を倒そうとする意志、私を倒すために得た力、それらは私が消えた後にも残り、永遠に受け継がれていくだろう。今、君が先祖より大きな力を持って私と相対しているように!」

 ヴラドは狂ったように叫ぶ。

「私は! 君に倒されることによって、君に私を捧げよう! そして、君と君に連なる全ての存在の中で、私は生き続ける!」

「……それはな、てめえが不死身だから言えるんだ」

 ジョージはヴラドが話している間にもずっと攻撃を加えていたが、不意に手を止め、ドスの利いた声で呟いた。

「てめえらは生きたいだけ生きて、死にたいときに死ねる。俺たちはそうじゃない。死があるから生があるとか、そういう風には考えねえ、死ねばそこでおしまいだ。希望も、きずなも、幸福も! 何もかも消えてなくなる! それを生命は食い食われてつながってるから無限だと!? ふざけるな! 化け物のテメエが生き死に語るんじゃねーよ、くそったれ!」

 そして、鬼神のごとく表情を憎悪でゆがめ、吠えるように叫ぶ。脳裏には自分から全てが奪われたあの光景が浮かんでいた。

 彼らとはもう会えない、彼らと笑いあうことはもうできない。

「てめえの面を絶望に染めてやる。さっき言った言葉を全部撤回させてやる。生きたい生きたいって泣きわめきながら、死ねッ!」

 言い終わると同時に、ジョージは床を蹴り、先程よりさらに速くヴラドに迫り、斬撃を繰り出した。

「ハハハ、それでこそだ! 君の全力で私の全力を突破して見せろ!」

 ヴラドはジョージの返答に満足げに笑い、腕を交差させ、彼を迎え撃つ。

「血は力なり」

 言うが早いか、彼の両手に深紅の直剣が現れ、斬撃を防いだ。

 この直剣こそ、ヴラドの固有能力――――血液を自在に操り、その性質すら変化させる――――の一端だった。

 鮮血の直剣は魔除けの銀により、一撃の内に砕かれる。しかし、激突の際に生じた衝撃まで消滅するわけではない。それを利用してヴラドは後方に跳んだ。

 そして、両手を広げる。

「血は災いなり」

 ヴラドの身体は広げた先から無数の刃と化し、ジョージを襲う。

 ジョージは剣を盾のように体の前に掲げ、血の刃から身を守る。頭部、首、胴などの重要部位はそれによって守られたが、剣の盾の外の手足には容赦なく血の刃が降り注いだ。

 無数の刃に身を切られる痛みにジョージは小さくうめく。だが、ジョージはその痛みにひるむことなく素早く振り返り、背後の空間に斬りかかった。その先にはすでに身体を再構成し終えたヴラドが血の剣を振り下ろしている。

 剣と剣がぶつかり合う、銀の剣は血の剣をたやすく砕くが、やはりその衝撃を利用してヴラドは後退し、切っ先は届かない。

「チィッ!」

 ジョージは舌打ちをして、剣をかまえ直した。その顔には焦燥が浮かんでいる。

 ヴラドは予想以上に強力だった。戦闘開始時から、こちらの攻撃は一つも命中していない。それだけでなく、彼が少し攻撃に転じただけで、致命的ではないにしろかなりのダメージを受けている。

 今かろうじてヴラドの動きについてこれるのは、その身を包むパワードスーツのおかげであるが、そのエネルギーはもう半分もない。ヴラドと同程度の速度を保てるのは五分程度、最高出力を出せるのは一分にも満たないだろう。

 その間にヴラドを倒さなくては勝ち目はない。ジョージの復讐はそこで終わる。

「くそがっ!」

 小さく悪態をつくとジョージは再び床を蹴り、ヴラドに接近した。ワンパターンだが、とにかく近づかなければ、こちらの攻撃は万が一にも当たらない。接近すると同時に、パワードスーツの出力を大幅に上げ、ジョージは横に大きく斬りかかった。

 ヴラドは余裕ぶった笑みで右手に持った血の剣をかまえ、それを受け止めようとする。先程までと同じ展開が繰り返される、と思われた。

「避けなかったな、てめえの負けだ」

 その瞬間、ジョージはパワードスーツの出力を最大まで引き上げた。この状態になれば、短い時間だが吸血鬼をはるかに超える身体能力を発揮する。しかし、制限時間を越えればエネルギー切れを起こし、パワードスーツはただの重りと化してしまう。故に、確実に攻撃を当てられる状態になるまで使用できなかった。

 ヴラドが油断し、こちらの攻撃受けようとしている今なら、万が一にも避けられる心配はない。

 瞬く間にヴラドの懐に潜り込み、ジョージは彼を斬りつける。回避する暇などない、血の剣など障害にならない。

 これで、終わる。

「残念」

 そんな言葉とともに、ジョージの目に映ったのは真っ二つに折られ、宙を舞う自分の剣だった。その光景に呆然としているジョージの前には、銀剣によって血のベールを取り払われた鋼鉄の直剣が鈍く光っていた。

「これはただの剣さ」

 銀は鉄よりもろい。故にジョージの剣は魔を斬るだけにしか使えない。他のものを斬ろうとすれば、すぐ使い物にならなくなる。

 ヴラドはそれを把握し、今までの行動を全て操作していた。血を用いた攻撃は全てブラフで、本命は血剣を装った剣による自分に有効な唯一の武器の破壊。誘導されていたのは、油断していたのは、ジョージの方だった。

「ほら、ぼうっとしている暇はないぞ?」

 武器を折られ、呆然としていたジョージに、ヴラドは容赦なく拳を叩きこむ。

「が……は……!」

 吸血鬼の怪力をまともに受けたジョージはたやすく吹き飛ばされ、壁に激突して、激しく吐血し倒れ伏した。そして、そのまま動かない。

「なんだ、もう終わりかい? 君の先祖は君よりもずっと弱く、装備も貧弱だった。それでも私に勝利したんだぞ?」

 情けない、というようにヴラドは肩をすくめた。

「う、るせえ」

 ヴラドの呆れた声に応えて、ジョージはふらつきながらも立ち上がる。そして懐から拳銃を取り出し、ヴラドに向ける。

「まだ終わっちゃいねえよ、てめえを殺すまでは、な」



 

 それからの展開も一方的だった。肉を裂かれ、骨は砕かれ、臓腑はつぶされる。数分後、ジョージはぼろ雑巾のような姿で床に倒れ伏していた。

「ふむ、火の手がここまで回ってきたか」

 ほぼ無傷のヴラドは床に伏したジョージにつまらなそうな目を向け、そしてふと周囲を見回して呟いた。

「そろそろ脱出した方がいいな。が、まだ息のある君を焼け死ぬのが分かっていて、放っておくのも目覚めが悪い。せめて痛みを感じぬよう、とどめを刺してやるとしよう」

 そう言ってヴラドはジョージに近づき始めた。その間にも火は勢いを増し、部屋中を照らす。

(ち、くしょう)

 ヴラドが近づいて来るのを感じて、失われかけていたジョージの意識は覚醒した。そして朦朧もうろうとした頭をヴラドに対する敵意で無理矢理働かせ、状況を把握する。そして、今が好機だと確信する。

 パワードスーツのエネルギーはもうほとんど残っていない。しかし、ジョージのパワードスーツは元々未調整の試作品、装備した者の身体を保護する機能を解除することができる。そうすれば、十数秒程度は最大出力と同等の速さで動けるだろう。この使い物にならない身体を無理矢理動かすことも可能だ。幸い、折れた剣の切っ先はジョージの近くに落ちている。勝機は、ある。

 ヴラドが気まぐれを起こしてくれたおかげで、もはや死にゆくのみだったジョージに一瞬だけだがチャンスをつかむことができた。その一瞬に全てをかける。

 そして、その一瞬はほどなく来た。ジョージが動けないと確信し、のこのことヴラドは近づき、とどめを刺すべく腕を振り下ろした。

(今、だ)

 その瞬間、パワードスーツの出力を上げ、ジョージは傍らに落ちていた剣をつかみ、跳ぶように起き上がると切っ先ををヴラドの心臓に向けて突き出す。

 この間、ジョージの全身は身を切られる、というより砕かれるような激痛が走り、実際取り返しのつかないレベルで壊れ始めていた。しかし、ジョージにとって今までの人生のすべてはこの瞬間のためだけにあり、今ヴラドさえ殺せれば、痛みや苦しみ、死すらもどうでもいいことだった。

「ハハッ」

 もう動かないと思っていた敵が、いきなり飛び起きて向かってくる様を見て、ヴラドはにやりと笑う。そして、瞬時に攻撃していない方の腕で、剣を握る腕を押しのけ、軌道をそらす。切っ先は届かない、かと思われた。

「があああ!」

 その瞬間、ジョージの腕はパワードスーツにより無理矢理一回転して元に戻り、ヴラドの胸を貫いた。

 ヴラドは霧にならなかった。炎の中では霧は蒸発してしまうからだ。

「ハ、ハハ、ハハハハハハ! 殺したっ! 殺してやったぞ! ざまあみやがれ、化け物め! 泣いてわめいて悔いて死ねえ! ハハハハハハ!」

 無理に動いたダメージにより大量の血反吐を吐きながら、それでもジョージは狂ったように笑い、自らの勝利に酔う。

「が、は、ハハ、素晴らしい、素晴らしいなあ、もう動けないと思ってたんだがなあ。 やはり生命というものは素晴らしい。だが、これで私もその一員になれる」

 一方のヴラドも自らが死に瀕しているにもかかわらず、満足げな笑みを浮かべてジョージを見つめている。

 その表情にジョージは笑みを消し、表情をこわばらせた。

「……何故笑う? 何で笑ってんだよ!? 泣けよ、わめけよ、生きたいって叫べ! 絶望に染まった顔を俺に見せろおおおお! 俺は、そのためだけに、生きてきたん、だ……!」

 血を吐きながら、声を枯らしながら、ジョージは叫んだ。殺すだけではだめだ。ヴィクターの様に、生きたい生きたいとわめかせて、死の恐怖におののかせて、十二年前に自分たちが味わった絶望を与えてからでなければ。

 しかし、ヴラドは笑っている。銀が身体を消滅させていき、力が流出していく感覚にさいなまれているだろうに、今までよりずっと満足そうに笑っている。逆にジョージの方が絶望に顔を染めていた。

「てめえ、は、生きたくない、のか……悔いは、ない、のか」

「もう十分さ、悔いはない」

 ヴラドは最期にそう言って、身を投げるように後退し、炎に包まれて消えた。

 残されたジョージは糸が切れたように膝をつき、虚脱した表情で上を向く。

「ちくしょう……俺の人生は……何、だったん、だ……」

 とぎれとぎれに呟くと、精神力だけで保っていた身体はいともたやすく、崩れるように倒れた。



 

 廃墟の一室、カーミラは未だ生きていた。

 貫かれた位置が少し心臓からずれていた。しかし、それでも危険な状態に変わりはない。胴に空いた穴はふさがらず、血とともに力が流出していき、消滅の危機にあった。何故ずれたのかを考える余裕などない。

 死にたくない。カーミラの脳裏はそれのみで埋め尽くされていた。

「血……血を……」

 一滴でも生き血が吸えれば、何とか生き延びることができる。うわごとのように繰り返し呟き、辺りを見回す。

 ほどなく、すぐそばに転がっているそれを見つけることができた。それもこちらと同じく虫の息だったが、かろうじて生きている。それが何であったか、意識がもうろうとしているカーミラには思い出せない。

 這いずってそれに近づくと、カーミラは欲求のままにそののど元にかぶりつき、牙を突き立てた。

 

 



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