兄への手紙
死ネタを書きたかった…
兄様へ
痛い、痛いんです。
何処もかしこも痛くて堪らない。
妹に会わせなければ良かった。
病弱で儚げで大切な大切な妹。
私の大切を全て奪っていく無垢で無邪気な妹。
大好きだけど大嫌いな妹。
憎い、恨めしい。
なんで私はこんなに身も心も醜いのだろう。
私が四歳の時、婚約者が出来た。
二歳年上の侯爵家の跡取り息子のシュバルツ様。
優しい方でした。
顔合わせの時はわざわざ騎士の礼をして微笑んでくれました。
窓から射し込んできた陽光に彼の銀髪と翡翠の目が柔らかく輝いていたのを覚えています。
私はひと目で恋に落ちて、夢中になりました。
シュバルツ様を無理矢理市井に連れ出したり、予定も聞かず押しかけたり、家に呼んだり。
お茶会ではべったりと隣にくっついていたり。
シュバルツ様は全てを少し困ったように笑いながらも好きにさせてくれました。
兄様以外で初めて優しくされていたので愛されていると勘違いしてしまったのです。
私が生まれたと同時にお母様は鬼籍に入られたので、お父様は私が憎いのでしょう。
服はいつでも好きなだけ買ってくれました。
教育も最高のものをくれました。
でも、愛してはくれませんでした。
兄様は優しく愛してくれましたが後継者教育でそんなに会えませんでしたね。
お屋敷の人も優しかったですがやはりお仕事の範囲内でした。
そして六年後、私に妹が出来ました。
私より一歳年下の可愛い妹。
天使のような妹。
私を含めみんな、妹を可愛がりました。
お父様は妹に会うために仕事を早く切り上げるようになりました。
兄様も病弱な妹をちょくちょく見に行くようになりましたね。すこし、寂しかったです。
お屋敷の人も最大限の親愛を示して妹を可愛がりました。
この家は妹の天下になりました。
妹が愛される分、私は放置されました。
庭でハーブや素敵な見た目の花を冠にして妹に贈ろうとした時も、お父様に叱られました。
妹が外に行きたがって、外で何か起きたらどうするんだ。
お前が妹を殺すことになるんだぞ。
打たれた頬が痛みました。
この頃、シュバルツ様は十二歳という若さでお父様の補佐をしているそうでとても忙しく、私の面倒など見ていられなさそうでした。
寂しくて寂しくて堪らなくなると私は彼に手紙を書きました。
内容は当り障りのない言葉。
なのにシュバルツ様は細やかな気遣いのある手紙を返してくれます。
しかしこの頃になると気付いていました。
彼の目に私に対する特別な感情はないと、彼は伯爵家の婚約者と言うのが大事なだけなのだと。
悲しくはありました。
でも、いつか変わると信じていたのです。
親愛の情くらいは湧いてくれると思っていました。
その為に、勉学は一日たりとも休まずに将来彼の役に立てるように頑張ってきました。
更に四年後。
妹を彼に会わせました。
二人は一目で惹かれあっていくのが手に取るようにわかりました。
私は妹に嫉妬をしたのです。
それに気付いたとき、私は絶望しました。
こんなに醜い心を持っていたから彼は私を見てはくれなかったのだと気付きました。
妹はどこからどう見ても悲劇の主人公でした。
叶わぬ恋に苦しむ病弱の少女。
苦しいのです。
二人を見ているのが苦しい、妹への恋情を隠して良き婚約者、良き夫と彼を演じさせることが苦しい。
全てが苦しいのです。
六年後、つまり今ですね。
私と彼は結婚し、アインツィヒが産まれました。
彼はまだ、妹を愛しています。
彼を自由にしたいのです。
アインツィヒのためにもこの手紙は書いてはいけない物だと知っております。
でも、私は…私がここにいた事を証明したいのです。
不出来な妹の私をお許しください。
アインツィヒには私のことなど気にならないように教育をお願いします。
優しく、強く、したたかに、貴族特有の驕りには振り回されない人間にしてあげてください。
もし、もし彼が私の死を少しでも悼んでくれるのなら、一言お慕いしております。とだけお伝えください。
さようなら