聖剣守さんの最後の日
普段なら聖剣守さんは、剣をハンカチーフで磨いた後、のんびりと雲を見ながら椅子に座っているはずでした。
何時もなら椅子に座って誰かが、あの剣を引き抜きに挑戦しないかを待っているはずでした。
しかしながら、聖剣守さんは一人さびしく、小屋の片づけをしています。
この聖剣守というお役目から使い始め、いまでは使い慣れた食器や家具を、愛しげに布きんで綺麗に拭いているのです。
「ふぅ、小屋の中はもういいかな。それじゃあ後は」
朝に半分食べ残したパンに切れ目を入れて、そこに野菜と薄切りベーコンをはさんで、サンドイッチに。
それを綺麗な布で巻いて、バスケットに押し込むと、聖剣守さんは小屋の外へと出ます。
目に飛び込んでくるとてもとても高い塀を、名残惜しそうに眺めながら、森の中へと歩いていきます。
歩いているのは、けもの道のような、あの剣が刺さっていた台座のある場所へ通じる道です。
「聖剣さま――は、もういらっしゃらないんだよね」
聖剣守さんが見つめる先には、彼女が聖剣呼んでいたあの剣が刺さっていた台座が、木漏れ日に映し出されているだけです。
そこに刺さっていたあの剣は、姿も形もありません。
寂しそうな表情で眺めていた聖剣守さんは、昼食が入ったバスケットを地面に置き、台座の周りに落ちている葉っぱや枝を拾っていきます。
この開けた場所は、あの剣が居なくなって急に汚れたように、葉っぱや枝が散乱し。下草も伸び始めています。
聖剣守さんはあの剣の事を懐かしむかのように、丁寧にゆっくりと掃除をし続けます。
「ふぅ、少し綺麗になった。じゃあ台座は――綺麗にしちゃいけないんでしたよね」
聖剣守さんの言葉とは裏腹に、台座にはコケ一つ、落ち葉一枚たりともありません。
「聖剣さま。台座はコケだらけの方が、良いのかもしれませんね」
あの剣が刺さっていた台座は、装飾も何もない、無機質な白い台形で、味気がありません。
コケで覆われていた時の方が、まだ良かったように見えます。
「またいつか。聖剣さまが戻られた時に」
そんな台座を撫で、聖剣守さんはこの開けた場所から道を戻って行きます。
そうして小屋の前まで戻ってきたのですが、小屋には入らずにそのまま真っ直ぐに進みます。
小屋からのびるその道は、小石を埋めて作った歩きやすい道を歩き続けます。
大きな金属製の格子の扉の手前で、聖剣守さんは立ち止まりました。
その門の近くに置いてある、自然の木の姿を利用しながらも、確りと飴色に輝く立派で背もたれつきの椅子に座ります。
そうしていつかのように、斜め上を見上げて空の雲が動くのを見続けます。
「お迎えはまだこないのかな~」
ぼんやりと雲を観察しながら、暇そうに一人椅子に座る聖剣守さん。
やがてバスケットの中のお昼ごはんを食べ終わる頃に、聞きなれたちゃっかちゃっかという音が聞こえてきました。
「あれ、兵士さん。聖剣さまは、もういらっしゃいませんよ?」
そう門へと近づいてきたのは、あのちゃっかちゃっかと鎧を鳴らして歩く兵士さんでした。
「今日は聖剣守さんを、王都へと護衛する役なんだよ。いや、もう、聖剣守さんとは呼べないんだったか」
「いいですよ。もう少しは、聖剣守さんで」
お互いに名前を知らない者同士、そう言い合った後で笑い合います。
その後で聖剣守さんは、自分で扉の鍵を開けて、この塀で囲まれた森から出ました。
そうして兵士さんに護衛されながら、聖剣守さんは王都への道を歩いていきます。
「それでだ。聖剣さまを抜いた男とは、どんな人だったのか、聞かせてもらえるだろうか」
その間に、兵士さんからそんな事を言われました。
そうして聖剣守さんは思い出します。
あの剣を台座から引き抜いた少年の事を。
「そうですね。不思議な、見たことない服を着た。黒髪黒瞳で、背は小さく地味な印象の、顔の特徴が薄い人でした」
「それはまた、自称勇者とは正反対だな」
「確かにキンキラのボロボロさんとは違いますね。でも――」
真っ白さんとは優しそうなところが似ていた、と小さく聖剣守さんは、兵士さんに聞こえない声で呟きました。
「そういえば、聖剣守さんは知っていたかな。学者さんと、あの商人が、勇者の後援になったことを」
「そうだったんですか。いやに二人とも楽しげだったとは思ってましたけど」
今でも相変わらずくくくっと笑ってそうなあの学者さんと、もみもみと手もみしていそうな商人さんを思い浮かべたのでしょう。聖剣守さんはくすりと笑いました。
そんな事を話しつつ、聖剣守さんは兵士さんと共に王都に入り、王城へと入ります。
そうして王さまから直々に、聖剣守の任を解くと命を受け、聖剣守さんは普通の少女に戻りました。
そして一人の少女に戻った元聖剣守さんは、数年ぶりに自分の生まれた家へと戻ってきました。
久しぶりに会う両親と涙の再会をし、懐かしい母親が作った晩ごはんを食べて、寝間着に着替えて小さくなってしまったベッドの中に入ります。
「いけない。忘れていた」
あの剣を拭くのに使っていたハンカチーフが入った袋を、バスケットの中から取り出し、大事に大事に箪笥の奥へと仕舞いこみます。
「聖剣さま、おやすみなさい」
その仕舞ったハンカチーフがあの剣かのように、言葉を掛けて少女はベッドに再度寝ころびます。
そうすると直ぐに寝息がしてきて、少女は直ぐに夢の中へと旅立ったのでした。
これで聖剣守さんのお話はお終い。
勇者さんが使命を立派に果たし、あの台座に剣を刺して、聖剣守の役目が戻るまで、聖剣守さんはもう出てきません。
そしてあの少女が、またあの剣に会えるかどうかは、勇者さんの頑張りによります。
しかしきっと少女は夢の中で、あの物言わない、やたらとキラギラ光るあの剣にあっている事でしょう。
なにせ、嬉しそうにその頬が緩んでいるのですから。
ということで、お話は、おしまいおしまい。