キンキラな自称勇者さん
今日も聖剣守さんは、剣をハンカチーフで磨いた後、のんびりと雲を見ながら椅子に座っています。
今日も椅子に座って誰かが、あの剣を引き抜きに挑戦しないかを待っているのです。
しかしながら、ここ最近の聖剣守さんは忙しいです。
なにせ方々の国から、自分こそは勇者だという人が、引っ切り無しに来ているのです。
「もう、なんで急に忙しくなるかな」
こんな事は、聖剣守さんがお役目をするようになってから初めてなのでしょう。
憮然と椅子に座って、足をぷらぷらとさせています。
それは先ほど来た、ヒゲがボーボーな酒臭い大男が、剣を抜けない事に喚き散らしながら帰って行った事と無関係ではないでしょう。
「おい、そこの娘。お前が聖剣守だな。早く、このオレ様を中に入れないか」
ブスッとしている聖剣守さんに、そう声が掛けられました。
聖剣守さんが顔を向けると、そこには一人の年若そうな男の人が。
「……真っ白さんの偽物みたい」
そう聖剣守さんが呟いてしまったように、その男の人も美男子です。
太陽の光のように、白に近い金髪を綺麗に整え。青い瞳は湖面をそのまま移したかのよう。整った鼻筋と、健康そうで血色の良い頬。太くも細くもない、絶妙な太さの唇。
たしかに真っ白さんと比べられるほどの、良い見た目の男です。
しかしながら、その皮肉気にゆがんだ口元と、自信たっぷりな瞳が品を損ねていて。
真っ白さん程の、誰もが見ほれる美男子までは行けていません。
しかも身に着けているのが、金箔や銀箔で装飾されたキンキラで派手な、新品な金属鎧なので、より胡散臭さが増しています。
「ほら、そこの娘。聖剣を抜く事の出来る勇者がきたのだ。さっさと扉を開けないか」
「……お布施を頂かないと、開ける事が出来ません」
「金カネかね。まったく、大事なお役目に就く者なのに、なんと浅ましい。ほれ、これでいいだろう?」
聖剣守さんへ向かって、指で硬貨を弾いて渡してきました。
なんて品のない行いでしょう。
しかも渡してきたのは、へこんだり欠けたりと形が歪んでいる、くすんで黒ずんだ銀貨です。
それを渡したのがこの自称勇者さんなのが、聖剣守さんの笑いの感性に合ったのか、思わずといった風に苦笑してしまっています。
「ではお開けします。でも、聖剣さまに、そんな態度を取るとバチが当たっちゃいますよ?」
「ふん。小娘が気にする事ではない。なに、聖剣などオレ様にかかれば、引き抜けるのは当たり前の事なのだから。罰など当たりようがないものさ」
随分と自信がある自称勇者さんに、聖剣守さんは思わず感心してしまいました。
これはあの剣を台座から引き抜けるのかもしれない、と思ったのかもしれません。
「ほれ、案内しろ。オレ様が剣を見事に華麗に抜き去るさまを、特等席で有り難く見せて進ぜよう」
どこか演劇の役者のような言い回しに、聖剣守さんは少し何を言われたか分からないようでした。
取り敢えず案内すればいいという事だけは分かったようで、聖剣守さんはあのけもの道を先導して歩いていきます。
「まったく。なんて場所を通らさせるんだ。せめて、歩きやすいように、枝葉は払っておきたまえよ」
「これでも、随分と歩きやすくなったんですけれど」
「歩きやすいか難いかは関係ない。聖剣への道が、こんなみすぼらしいのでは、吟遊詩人にオレ様の英雄譚を歌わせる時に格好がつかないではないか」
変な事を心配する自称勇者さんの言葉が、聖剣守さんは理解できないようでした。
そもそもなぜ剣を抜いただけで、吟遊詩人が歌を作るのか不思議なようです。
「えっと、よくわかりませんけど。あそこに聖剣さまがいらっしゃいます。それと――」
「ふん。案内御苦労。そこでとくと見ているがいい」
「――今日はたくさん来たから、いま機嫌がものすごくわるいんですよ~」
聖剣守さんは後半は小声で、剣へと向かって歩いて行ってしまった自称勇者さんに、そう言葉をかけました。
自信満々な歩き方で剣へ近寄った自称勇者さんは、剣に言葉も掛けずにむんずっと柄を握ります。
「さあ、聖剣よ。このオレ様に抜かれる事を光栄に思いながら、抜かれるがいい」
芝居の一幕のような文言を終えて、自称勇者さんはぐっと剣を抜こうと力を入れます。
しかし剣は台座から少したりとも動きません。
「ふふ、いかんいかん。すこし力を入れなさすぎたか。では再度。さあ、聖剣よ。このオレ様に抜かれる事を光栄に思いながら、抜かれるがいい!」
今度は気合を入れて、力いっぱい腕に力を込めて、自称勇者さんは剣を抜こうとします。
しかし、剣は台座から動きません。
「ぐぬぬ。聖剣、さっさと、このオレ様に、抜かれないか!」
片手で握ってダメなので、自称勇者さんは両手で抜こうとします。
続いて、背筋や足の力を使って抜こうとします。
しかし、剣は台座から動きません。
そのまま自称勇者さんは、疲れ果てるまで続けました。
「ぜはー、ぜはー。こ、このオレ様を、勇者だと認めない気か。この駄剣がッ!」
あの自信たっぷりな姿は何だったのか、自称勇者さんは抜けない剣へ、怒りにまかせて蹴りを入れました。
その事に怒ったのか、それとも溜まっていたうっ憤が爆発したのか、剣の刃がギラギラギラリと光りました。
「ぐはあぁぁ。な、何だ今の衝撃は!?」
すると、自称勇者さんが吹き飛ばされて、地面に投げ出されてしまいました。
そして何が起きたか確かめる自称勇者さんの、キンキラな金属鎧の真ん中に「私は間抜けです」と、乱暴な字で共通文字が彫られていました。
その文字を見ていた聖剣守さんの視線で、自称勇者さんも気がついたようで。
瞬く間に顔を怒りで顔を赤くしていきます。
「剣の技術も、魔法の腕も一流の、このオレ様を認めないどころか。このような無礼な仕打ち。万死に値すると心得よ!」
自称勇者さんが手を振り上げると、そこに真っ赤な火の玉が浮かび上がります。
「ま、魔法!?」
聖剣守さんが呟いたように、それは攻撃用の魔法です。
その火の玉を、自称勇者さんは台座に刺さった剣へと放ちました。
「ふはははっ。駄剣よ、そこで燃え尽きるがいい!」
「あわわわっ、た、大変だ~!」
火の玉が当たった剣は、台座ごと真っ赤に燃え出しました。
それを見た聖剣守さんの顔色は、真っ青を通り越して白くなっています。
だけれども聖剣守さんの視線が向かう先は、燃えている剣ではなく、その刺さった台座の部分です。
「聖剣さまが、聖剣さまが大事にしていた。台座のコケが、燃えちゃってる!!」
「ハン? コケだと。何を言っている」
聖剣守さんが燃えている剣ではなく、台座を覆っていたコケの心配をしている事に、自称勇者さんは不思議な顔をしました。
そんな風に自称勇者さんが視線を剣から外した瞬間、炎の向こうから剣の刃がギラリと大きく光りました。
すると燃えていた炎が、真っ二つに切られる様にして別れ、散り散りになって消え去ってしまいました。
「なっ、馬鹿な。魔力を与えていれば、消える事のない炎のはずだ!」
そんな事を叫ぶ自称勇者さんに向かって、剣は怒り心頭とばかりに、刃をギラギラギラリと光らせます。
「ぐはっ、なんと、こんな、ばかなぁ!?」
光るたびに、自称勇者さんは透明人間に殴られているかのように、左右に体を吹き飛ばされます。
そして最後に、大きく上空に打ち上げられるようにして吹き飛ばされ、脳天から地面へと叩きつけられてしまいました。
下が軟らかめな土だとはいえ、手ひどい攻撃を受けて、自称勇者さんはボロボロで気絶しています。
加えて、何時の間にかキンキラな鎧も傷つけられて、見るも無残なクズ鉄一歩手前な有様になってしまっています。
ご丁寧に、背中の部分に新たに掘られた「自分は負け犬です」の文字が痛々しさをましていて、見る者の涙を誘います。
「あ、あわわわっ。せ、聖剣さま、ご、ご迷惑をおかけしました」
聖剣守さんが身の危険を感じて、火事場の馬鹿力で自称勇者さんを引きずって行こうとすると。
まるで怒りが収まっていないと告げるように、もしくは大事にしていたコケが燃え尽きてしまったことを嘆くように、剣の刃がギラギラと光り、付近の木の枝を落としています。
身の危険どころか、命の危険を感じたのでしょう、聖剣守さんは大慌てでボロボロな自称勇者さんを引きずって行きます。
そうして門の前まで来たので、聖剣守さんは安心したため息を吐きだします。
続いて、ボロボロな自称勇者さんを、門の向こうへと蹴り出します。
すると剣を抜く挑戦待ちをしていたであろう革鎧の男性が、自称勇者さんの有様を見て顔を引きつらせ、その後に顔を青くしてどこかへと帰って行きました。
それはその後にも訪れる挑戦者たちも同じで、みんな顔を青くして帰って行きます。
そうして、ボロボロな自称勇者さんが意識を取り戻す夕方まで、聖剣守さんは暇な時間を過ごす事が出来たのでした。