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びしゃびしゃの真っ白さん

 今日も聖剣守さんは、剣をハンカチーフで磨いた後で椅子に座って、誰かがあの剣を引き抜きに挑戦しないかを待っているのです。

 しかし今日はあいにくの天気。つまりは厚い雨雲から、絶え間なく雨が降りしきっています。

 そんな日でも、聖剣守さんは椅子を木陰に移動してから、雨を弾く外套を着て、椅子に座って待つのです。


「こういう日に、真っ白さんは来るからね」


 そんな聖剣守さんの呟きが聞こえたというわけではないでしょうが、いつの間にか人が門の前に立っていました。

 その人は、フード付きの真っ黒な外套で頭から足元までを覆っていて。実に怪しい雰囲気を漂わせています。

 でも聖剣守さんは、その人を見た瞬間に顔を輝かせて、椅子から飛び降りて近づきます。


「こんにちは、真っ白さん。あいにくのお天気ですね」


 聖剣守さんが言う『真っ白さん』は、きっと名前でも職業でもないでしょう。

 その証拠に、真っ白さんが外套から伸ばした、銀貨を握っている手は、ロウで作られたかのように真っ白なのですから。


「きょうも、ちょうせんしにきた」


 そう言って、門の格子から手を伸ばして、聖剣守さんの手のひらに銀貨を置きました。

 その声は、綺麗で透き通っているのに、どこか喋り慣れていないように感じます。


「はい。じゃあ門を開けますね」


 聖剣守さんが鍵を開けて、真っ白さんを通しました。

 そして二人連れだって、あのコケだらけの台座に刺さった剣のある場所まで歩きます。

 細く伸びるけもの道のような場所を歩いているというのに、真っ白さんは枝に服を引っ掛けるどころか、まっ平らな床の上を歩いているように滑らかです。

 それだけでなく、どこか歩き方に品を感じさせます。

 そして木立が雨を受け止めて、道の上に振らなくなると、聖剣守さんと真っ白さんはびしゃびしゃに濡れた外套のフードを取り払います。

 聖剣守さんは何度も見ているはずなのに、思わず真っ白さんの顔を見つめてしまいます。

 なにせ真っ白さんは、絶世の美男子だったのですから。

 その湿気を含んでいながらも艶々とした銀髪。整った眉の下の涼やかな金色の目に、高く通った鼻。どこか女性ぽさがある口元や、陶器のような真っ白で艶やかな頬と顎の造形。

 どこからどう見ても、少女から老婆までをとりこにしそうな、美男子ぷりです。

 

「どこか、ぬれているか?」


 あまりにも聖剣守さんがじっと見つめるので、真っ白さんは不思議そうな顔をして尋ねました。


「いいえ。いつ見ても、きれいだなーって」

「……きれいは、ほめことばじゃない」


 聖剣守さんが軽く頬を染めながらの言葉で、真っ白さんは不機嫌そうになりました。

 どうやら真っ白さん自身は、この外見が好きではないようです。

 聖剣守さんはその事に勿体ないと思ってそうな、少しつまらなそうな表情を浮かべながら、あの剣のある場所までやってきました。

 そこは雨だというのに、まるで屋根があるかのように、地面に水たまり一つどころか、濡れた下草すらありません。


「やぁ、またきたよ」


 そう真っ白さんが呟くと。不思議な事に、太陽がないのに剣の柄に埋められた薄緑色の玉がキラリと光ります。

 しかしその光り方は、兵士さんに向けるのと同じ、どこか呆れているような感じです。

 真っ白さんもそう感じたのか、形のいい唇に苦笑いを浮かべつつ、剣へと近づいていきます。

 そうして剣の柄を、真っ白さんが握り締めます。


「くううぅ、ああぁ……」


 力を入れている時の声とは思えない、苦悶な声を真っ白さんが上げます。

 すると真っ白さんが剣を握っている手から、もくもくと白い煙が出てきました。

 まるで沸騰したヤカンから出る湯気のようです。

 しかしこれを見ている聖剣守さんに、慌てた様子はありません。

 どうやら真っ白さんが剣を握るとこうなると、聖剣守さんは知っているようです。

 そして知りながら慌てないという事は、真っ白さんの手は大丈夫という事なのでしょう。

 その証拠に、真っ白さんが一しきり引っ張ったりした後で、放した手のひらはくっきりと手相が見える、滑らかで艶やかなままでした。

 真っ白さんは名残惜しそうに、柄の玉を軽く撫でてから、聖剣守さんの近くへと戻ってきました。


「きょうも、むりだったよ」

「それは残念でしたね」


 真っ白さんは、慰めてくれた聖剣守さんの頭を撫でました。

 その優しげな手つきと、絶妙な力加減の撫で方に、聖剣守さんの顔が恥ずかしそうに赤くなりました。

 真っ白さんは、赤くなった聖剣守さんを見て、微笑みながら門のある方へと向かって先に歩きはじめました。

 聖剣守さんも慌ててその後ろについていきます。


「また、こんなあめのひに」

「はい。おまちしてますね」


 やがて門の前で、二人はそう言葉を交わして別れました。

 でも真っ白さんは、王都のある方とは違う方へと歩いていきます。

 どこに行くのか不思議なはずなのに、聖剣守さんは慣れてしまったのか、ちっとも不思議そうにしてません。


「どうせ今日はもう、誰も来ないだろうし。小屋に戻っちゃおうっと」


 フードから上空を見上げて、降りやみそうにもない雨を見て、聖剣守さんは小屋へと戻って行ってしまいました。

 聖剣守さんだって、たまにはこんな天気の日には、役目をさぼることだってあります。


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