もみもみの商人さん
今日も聖剣守さんは、剣をハンカチーフで磨いた後、のんびりと雲を見ながら椅子に座っています。
今日も椅子に座って誰かが、あの剣を引き抜きに挑戦しないかを待っているのです。
「もしもし、聖剣守さん。聖剣守さん」
と誰かに呼ばれた聖剣守さんは、門の向こう側へと目を向けます。
そこには、よく太っていて、お腹の部分がやや伸びた良い服を着た中年の男の人が、手をもみもみしながら立っていました。
「はい。あ、商人さん」
その男の人を見て、聖剣守さんは嬉しそうな顔を浮かべます。
そして商人らしいその人へと近づいていきます。
「いつもどおりに、食料品を持ってきたよ。それといつもと同じで、貴重な香辛料やお菓子もあるけど、こちらは有料だよ」
「パンや粉も少なくなってきたので、助かります。それに新しいお菓子。わー、何にしようかな~」
聖剣守さんは門を少し開けて、食料品の詰まった袋を受け取ります。
そして商人さんが開いた箱の中にある、美しく美味しそうなお菓子を見て、顔を輝かせます。
「どれもこれも欲しいけど。お金はそんなにないし」
「どれも王都で人気のお菓子屋さんの、人気商品ばかりですよ」
「もう、困らせないでください」
はははっと笑って、商人さんは聖剣守さんの苦情を流します。
聖剣守さんは、かなり長い間悩んで、お布施として受け取った銀貨や銅貨で、お菓子をいくつか買いました。
「毎度、ありがとうございます」
お菓子の箱をしまいながら、商人さんは自分の手どうしを、もみもみします。
聖剣守さんは、いつもつい多く買ってしまうお菓子を手に、満面の笑顔でニコニコしています。
そうして用事が終わったので、聖剣守さんは少し開いていた扉を閉めようとします。
しかし聖剣守さんは、ふと思い出したような顔をすると、扉を閉めかけていた手を止めました。
「そういえば。商人さんは、いつも聖剣さまに挑戦しないけど、それはどうしてなの?」
「おやおや。もしかして、お布施を貰って、もう一つお菓子を買うつもりかな」
「そ、そんなつもりは……」
とっさに否定しかけた聖剣守さんですが、商人さんの言った事について考えてしました。
それは仮にこの場でお布施の硬貨を貰ったら、きっと聖剣守さんはお菓子を買ってしまう事でしょう。
聖剣守さんはその事に自分で気がついて、言葉を濁してしまったようです。
「ふふふっ、冗談ですよ。聖剣さまに挑戦しようとしないのは、随分と昔に一度挑戦してダメだったので。その時に諦めてしまったのですよ」
「へー、そうなんですか。それって、どれほど前の事なんですか?」
「そうだなぁ。今の商会で下働きで働き始めた時だから、かれこれ何十年も前の事ですね」
過去にあの剣を引き抜こうとした時の事を、思い出しているのでしょう。
商人さんは、遠くを見る目つきをして、空に浮かぶ雲を眺めています。
「ねえねえ、商人さん。その何十年も昔のお話を、聞かせてくれない?」
聖剣守さんはそんな商人さんの様子を見て、彼女が生まれる前の知りようのない過去の事に、少し興味を持ったようです。
「いやいや。商人であって、語り部ではないですよ。それに大して面白くもありませんよ」
「そこをお願い。ちょこっとだけで良いから」
そう聖剣守さんにねだられて、商人さんは困ってしまいました。
「本当に、大したお話じゃないんですよ。あの時、まだ小僧だった時。初めて、まとまったお給金を受け取った時。下働き仲間どうし連れだって、聖剣さまを抜こうとしただけですよ」
「何人で抜きに来たの?」
「そうですねぇ。ひとり、ふたり……合計で六人ですね。全員ダメで、お布施に出したお金で、露店で食い物を買えばよかった、なんて言い合いながら。その道を戻って行ったんですよ」
「その時の、聖剣守さんは、男の人? 女の人?」
「はて、どうでしたか。覚えているのは、日の光を跳ね返す金髪だったというだけで。少年だったような、少女だったような」
「金髪って、お貴族さまだったの?」
「昔は、勇者さまになられた人に初めてお会い出来るからと。お貴族さまの子供が、聖剣守の役に就いていた、という話でしたね」
「でも、わたしはお貴族さまじゃないよ?」
「あんまりにも勇者さまが現れないので、お貴族さまの子供がなりたがらなくなったのですよ」
「そうなんだー」
一しきり昔の事を聞いて、聖剣守さんの興味心も満足したようです。
そのことは商人さんも分かったようで、時間を確かめるように太陽の位置を見上げます。
「はてさて、何時になく長居してしまいました。もう王都へと戻りますね」
「はい、商人さん。食料品と、昔のお話、ありがとうございました」
「いえいえ。ではまた次の時に」
聖剣守さんは深々と、商人さんは軽く頭を下げ合います。
その後で、聖剣守さんは扉を閉めて、食料品とお菓子を持って小屋の方へ。商人さんは軽くなった荷物を持って、王都の方へと歩いて行きました。
小屋に物を置いた聖剣守さんは、また門の前に戻ってきて、椅子に座って誰か来ないかまた待ちます。
そうして聖剣守さんの一日は過ぎて行きました。