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くくくっの学者さん

 今日も聖剣守さんは、剣をハンカチーフで磨いた後、のんびりと雲を見ながら椅子に座っています。

 今日も椅子に座って誰かが、あの剣を引き抜きに挑戦しないかを待っているのです。


「くくくっ、もしかして、キミ、聖剣守さんかな?」


 声を掛けられた聖剣守さんが、顔を向けます。

 茶色の髪をぼさぼさに伸ばして、目には大きな眼鏡をかけた、よれよれの外套を着た、聖剣守さんよりちょっと年上に見える男性がいました。


「はい。聖剣守ですけど、何かご用ですか?」

「くくくっ。キミ、変な事を聞くね。ここに来る人の、目的は一つじゃないか」


 人を小馬鹿にしたような笑い方で言う眼鏡の男性に、聖剣守さんはちょっとだけムカッとしました。


「聖剣さまへ挑戦するなら、お布施をいだたきます」


 つっけんどんな聖剣守さんに、眼鏡の男性は硬貨を一枚。

 それはピカピカに光る金貨です。

 思わず聖剣守さんは驚いてしまいました。


「ほ、ほんとうに、お布施に金貨ですか?」

「くくくっ。何か、おかしいかな?」


 目を白黒させる聖剣守さんが可笑しいのでしょうか。眼鏡の男性は、口元に笑みを浮かべています。

 それを見た聖剣守さんは、ムッと口を尖らせてから、遠慮なく金貨を服のポケットの中に入れてしまいました。

 そして黙って眼鏡の男性の前に立って、あのコケで覆われた台座にささった剣がある場所へと、ずんずんと進んでいきます。

 眼鏡の男性は、くくくっ、と笑いながら、聖剣守さんの後ろに歩いていきます。

 そうして二人が剣の前にやって来ると、何故だか剣の柄に埋められた薄緑色の玉や、剣の刃は木漏れ日を反射せずに光りません。


「どうやら、聖剣さまは、あなたのことが気に入らないみたいです」

「おやおや、それはまた、どういう、意味で?」

「見たらわかるじゃないですか?」

「見ただけでわかる、それは、素晴らしい事だね。くくくっ」


 一つ笑ったあとで、眼鏡の男性は遠慮するそぶりもなく、台座に刺さった剣に向かって歩いていきます。

 すると近づくなと言いたげに、剣の刃がギラリと光り、男性のすぐそばに大振りの枝が落ちてきました。

 

「くくくっ、これはまた、興味深い」


 その事に驚きはせずに、良い物を見たと表情で語った眼鏡の男性は、剣のすぐそばまで歩き寄ってしまいました。


「お初に、お目にかかります。わたくし、王都で、学者を、しているものです」


 そして、眼鏡の男性は頭を剣へと下げます。

 しかしそれでも、剣は不機嫌な様子を表すかのように、刃の部分がギラギラと光っています。


「聖剣さまの、ご高名、数々拝見し。一度、この目で見てみたい、と思ってました。実際にお会いしてみると、持ち手の装飾の見事さ、刃の研ぎ澄まされ具合、台座のコケむし方。そのどれもが、大変美しい。加えて――」


 つらつらと眼鏡の学者さんがほめ続けると、剣の刃の部分のギラギラが収まっていきます。

 やがて照れるかのように、剣の柄の玉がキラッキラッと小さく光ります。


「持つ者がいなくとも、こうして力を、お使いできるのは、大変興味深く。少し調べてみたいのですが、よろしいでしょうか?」


 ほめ言葉の終わりに、眼鏡の学者さんがそう付け加えます。

 するとついつい頷いてしまったかのように、剣の玉がキラリと光りました。


「それでは早速。ああ、手は触れませんので、お気になさらずに」


 さっそく学者さんは、着ていた外套の中からスケッチブックと筆を取り出して、剣の姿を写していきます。


「ここの装飾が、いやいや、ここの刃の紋が……」


 絵を描きながら、その横に文字で何かを書いていきます。

 聖剣守さんは興味本位で、絵を覗いて見てみました。しかし、絵がキレイな以外は、書いてある文字の意味はちんぷんかんぷんで、分かりませんでした。


「よし、できた。では聖剣さま、なにか、お力をお使いください」


 絵を描き終えた学者さんは、そう剣に言葉をかけます。

 しかし、もうほめられて浮いた気分が落ち着いたのか、剣はキラリともギラリとも光りません。


「困りましたね。では、こうすると」


 不意に、学者さんの手が延ばされて、剣の刃の部分に触れようとします。

 すると剣は、学者さんの無礼な行為に怒ったかのように、刃がギラギラリと光りました。


「うわっと。これはこれは、なかなか、手厳しい」 

 

 慌てたような声をだした学者さんに、聖剣守さんが目を向けます。

 なんと学者さんの眼鏡のレンズが、両方とも真っ二つになっているではありませんか。

 聖剣守さんは青くなって、学者さんがこれ以上失礼な真似をしないようにと、引いてこの場を去ろうとします。

 しかし学者さんは、眼鏡を失った目をキラキラさせています。


「すばらしい。どうして、こんな現象が。刃が光ったのだから、やはり刃に秘密があると、考えるのが普通だな。興味が、次々に湧く、くくくっ」

「だ、だめです。きょうは、もう帰ってください~!」

「せっかく金貨を、払ったのだから。もう少し、もう少し」

「また今度にしてください~!」


 このままではまた剣に手を伸ばしそうな学者さんを、聖剣守さんは顔を真っ赤にしながら、引っ張って行きます。

 そうして汗だくになりながら、聖剣守さんは学者さんを、門の前まで引っ張り終えました。


「今日は、もう、お帰り、ください」


 息も絶え絶えな聖剣守さんに、学者さんは笑いかけます。


「くくくっ。やっぱり聖剣さまは、興味深い。次は、もっと長い時間、調べたいものですね。くくくっ」

「お、お願いですから、聖剣さまを怒らせないでくださいね。ヘソを曲げられると、直すまで大変なんですから」

「くくくっ。次はアレを試して、いやいやまだ早いソレをアレしてコレの方が……」


 聖剣守さんの悲痛な訴えも、学者さんは自分の興味の世界に旅立ってしまっていて、聞いている様子はありません。

 仕方がないので、聖剣守さんは学者さんの背を押して、門の向こうへと押しやってしまいました。

 すると学者さんはぶつぶつと呟きながら、王都へと戻って行きました。


「ふぅ~。今日は一段と、変な人が来ました」


 椅子に座りながら一息ついた聖剣守さんは、そのまま次に誰か来ないかを待ちます。

 そうして今日も、聖剣守さんの一日は過ぎていくのでした。



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