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キノコ、息子の為にお釜を被る

「……きんじょのひとびとをまほうでしあわせにしたきのこのようせいですが。まほうをつかいすぎたせいで、ちからつきてしまいました。

 きのこのようせいはふらふらと、こきょうのもりにかえりました。

 しばらくもりのなかをあるいたきのこのようせいは。おおきなきによこたわり、そっとめをとじました。

 きのこのようせいは、もうめがみえません。ですが、かれにはいままでたすけたひとびとのえがおがみえました。こえもきこえています。

 まんぞくしたきのこのようせいは、ほほえんできにとけていきました。

 しばらくはひとびとのこころにのこっていたきのこですが、いつしか、ひとびとのこころからもきえてしまいました。」

 六歳程の少年は、ふとんから頭だけぴょこっと出した。そして、添い寝をしている父親に悲しげに言う。

「とーちゃん。きのこかわいそうだね。たくさんひとをたすけたのに、わすれられちゃうなんて。」

 父親は、少年の目をまっすぐに見て答えた。

「……渡。ひとをたすけても、むくわれないことはたくさんあるよ。

 だけど、あいするひとにはもっているちからをぜんぶつかって、たすけてあげるんだぞ。

 ……そうしないと、あとでかなしいおもいをするから……。」

 仏壇のある居間に目線をうごかす父親。少年はそんな彼に元気よく返事した。

「うん!」


「俺の好きな打楽器は心臓〜! 愛と命を刻む打楽器〜!」

 人々が秋色に変わりゆく十月。仕事や学校帰りの人々が行き交う駅前。建物の光がフラッシュのように照らす紫の空の下で。

 若い男は、歌を歌っていた。彼はメタリック七色ストライプ柄のウィンドブレーカーを翻し、飛びはねたり、軟体動物のように体をくねらせ、情熱の音を体中から発する。

 しかし周囲の人々の態度は、無視、顔をしかめる、今冬最低気温の目線をよこす、の三択であった。

「孤独で寂しくて死んじゃいそうだよ……かーちゃん、とーちゃん……。」

 彼はがっくりとへたりこむと、小さなキャリーケースを引いて家路を行く。

……そんな彼の背中を柱の影から心配そうに見つめるキノコがいた。キノコは、小学校高学年ほどの身長。水色のフリル傘頭で、白くふっくらとした体にほっそりとした短い手足をしている。

 緑色の紅葉の手で買い物袋を強く握りしめたキノコは。まぁるい黒曜石の両目に夜露を湛え。彼岸花を細くよった糸で縫ったが如く赤い口をきゅっと結んだ。

「空……。いっ!」

「キノコかー?」

「ゆるきゃらだー!」

 酔っぱらいサラリーマンに絡まれるキノコ。彼らはキノコの頭をペチペチ叩く。

「やめてください……。」 キノコは買い物袋をどさっと落とし、黒曜石の目をぎゅっと閉じて震えていた。それに気が付かず、キノコの背中をバッシバッシ叩く二人のリーマン。そこへ、黒いスーツに銀色のソフトクリーム頭の若い男は割り込んだ。

「やめろ! キノコさんが嫌がっているだろ。」

 酔っぱらいはキノコを見る。キノコは黒曜石の両目を緑色の紅葉の手で覆い、しゃがみこんで震えていた。酔っぱらいはキノコにごめんね、と言って頭を撫でると、鼻歌を歌って遠くへ消えゆく。

 キノコはスーツの男に向き直り、頭を下げた。

「ありがとうございます。私は、和泉渡と申します。」

「いやいや、良いってことよ。俺は連城ミチルだ。よろしく。

……それにしてもその着ぐるみ、本格的だな。」

 キノコが落っことした買い物袋を拾い、軽く埃を払ってキノコ……渡に持たせてやったミチルは。まじまじと渡を見つめる。そんな彼に渡は首を振った。

「いいえ。本体です。」

「マジでぇ〜!」

 歌舞伎役者のように、驚き見栄を切るミチル。しかし彼は一呼吸おくと頭と手を高速で振った。

「……いやいや嘘だろ!」

 キノコの渡はミチルの手を引いて人気のない場所にたどり着くと、小さな小さな声で言う。

「本当です。誰にも言わないでいただきたいのですが……私は一度死んで……生き返ったんです。親一人子一人だから何かあったら生き返らせてくれと前もって友人の科学者に頼んでいました。そしたらこんな体に……。」

 ミチルは彼の体を360°見回した。

「……縫い目や継ぎ目はないけど後ろにチャックがあるぞ!」

「これは飾りです。」

 ミチルはチャックに手を伸ばす。一瞬後。彼の手にはぺりっと剥がれたチャックが握られていた。

「おぁーっ!」

 あわててチャックを張り付けたミチルは、渡に問う。

「なんでそこまでして、息子の傍にいたいんだ?」

 渡は凜とした眼差しでミチルを見上げた。

「息子……空は凄くさびしがりで心配なんです。だから、私の代わりに傍に居てくれる誰かを……バンドメンバーを見つけるまでは死ねないんです。」

「バンドぉ?」

 声を裏返すミチルに、渡は続ける。

「空は才能があります。ミュージシャンを挫折した私にもわかります。

 声が伸びやかで輝きがあるし、独特の作曲センスもある。ただ……絶望的に歌詞センスと服のセンスと踊りのセンスと頭が悪くて……。

 おまけに先ほども言いましたが凄まじいさびしがりなので、一人で歌うといつもの半分しか力がでないんです。だからバンドメンバーを探しています。」

 渡はそう言うと、ミチルに頭を下げた。

「お願いです。空のバンドのメンバーになってくれませんか?」

「へぇえーっ? いや、俺、楽器なんてやったことないぞ!」

 慌てて大きな体躯を揺らし、手を振るミチルの手を渡は握り、深々と頭を下げた。

「あなたはいい人です。それに音感やリズム感もいい。話し方と声、さっきの買い物袋の埃をはたいたリズムでわかります。

……良かったらうちに来て息子と会ってみていただけませんか?」

 ミチルの目は、迷子の子猫のようにさまよう。

「そこまで信頼されるのは嬉しいけど……俺は……いいやつじゃない……。

 スーパーで備え付けのビニール袋は多目にもらっちゃうし、風邪を引いてた時はデパートのトイレットペーパーを30cmほどパクって鼻を噛む男だ……。それに……。」

 ミチルは下を向いたまま黙る。少しして。渡は顔を上げて必死に訴えた。

「あなたの力がうちの子には必要なんです。どうか力を貸してください。お願いします!

 これからは必ず私か空があなたに夕食をご馳走しますので!」

 スーツの男は唾をのみこんだ。

「……グラタンは得意か?」

――渡とミチルが駅前を出て四十分後。

「とーちゃん! お帰り!」

 駅前で人々に白い目で見られていた青年は、虹色のの笑みで玄関に走る。

「カボチャと油揚げの味噌汁と、ハンバーグと野菜炒め作ったよ!

 あと、とーちゃんにはおがくずサラダ! 近所の神社からコケをもらったから、コケもトッピングしてあげるからな!」

 様々な色のグラデーションのセーター、水色のバンダナとエプロンを纏ったその青年は。美男子であった。彫刻のように繊細で整った鼻と口、赤みのある形のよい口。生き生きと輝く澄んだ目。神話から飛び出したような美青年である。

 年の頃は二十歳そこそこといった所であろうか。

「ありがとう。空。

今日は、町で酔っぱらいから助けてくれた恩人を連れてきた。くれぐれも匂いを嗅いだりなめ回すように見ちゃだめだよ……連城さん。どうぞ。」

 ミチルは渡が開けたドアをくぐり、空へ爽やかに話しかけた。

「よぉ! 俺は連城ミチル。よろしくな!」

 空は彼をじっと見つめると、行進曲を攻撃的にした感じのメロディーを口ずさんだ。

「ダダダ〜ダダンダンタヂァーヌ!」

「な、な、なんなんだよ!」

「ヅダダダダーダワン。」

 顔をピクピクさせ、思わず空手の構えを取るミチル。空はそれに構わず、真剣な顔で、『どうぞ』と言わんばかりに指をぴったりくっつけた手のひらを上にしてミチルを指す。

 ミチルは頭をかきむしると、粗っぽい調子で適当なメロディーを叫ぶ。

「……ドダダダ〜スダダダドガンナ!」

 空は真剣な顔で頷いた。

「みっちょんはギター!」

「何でそうなるんだよ!」

 渡は閉じていた目をそうっと開き、解説する。

「空はね、連城さんの雰囲気と声から、勢いとパワーのある金管楽器に、打撃、濁音も絡めた音を連想して……でもワイルドさの中にある繊細さも汲み取り、ナとンをつけた言霊とメロディーでまとめたんだ。

 そして連城さんはそれを本能で感じ、同じように返した。

 ワイルドで勢いがあり、かつ、繊細さもちょびっとある……まさにギターにぴったり!」

「い、意味わかんねー! アンタらあったまおかしいんじゃねーの!」

 顔をひきつらせるミチル。そんな彼の携帯が何事かを訴えた。

「……もしもし連城でございます。はい。かしこまりました!」

 ミチルは携帯を切ると、渡と空に眉をハの時にして言った。

「わりぃ。ちょっとこれからさくら組に拉致られた佐藤さんを助けに行くんだ。またな。」

「ちょ……れ、連城さんはまさか……やくざ?」

「わー! みっちょん本物さんかー!」

 驚く一人と一本に、ミチルは申し訳なさそうに言った。

「ああ……ヤクザだ……ぼたん組組員だ。言わなくて悪かったな。」

「本当にや、やや……ファガガがー!」

 渡の黒曜石の目は、くるんと表裏がひっくり返り、白い碁石の目になった。おまけに口からは白い糸が垂れてくる。

「と、とーちゃん! 落ち着け! 確かにやくざだったって驚いたけど! みっちょんはいい人だから大丈夫だって!」

 空は渡の背中を優しくさする。渡はすぐに元に戻った。

「ああ驚いた。……あれ、連城さん?」

……ミチルは口から泡を吹いて、気絶していた。 


――三十分後。

「はぁ! 連城の代わりにきたぁ? ふざけんなこの着ぐるみ野郎!」

 強面の男たちに囲まれ、黒曜石の目に涙を浮かべて震えるキノコの渡。

「わ、わたしが代わりに頑張りますので……わたしが手柄を上げたら連城さんは組から抜けさせてください! お願いします!」

「……良いだろう。」

 渡が恐る恐る顔をあげると、そこには知的で整った風貌の中年紳士がいた。

「お前は最前線で囮になれ。……蜂の巣になる可能性はあるがな。」

 震えつつも、凜とした眼差しで頷く渡。紳士はニヤリと笑った。

「いい面構えだ。もし任務を果たせたら、連城はおとがめなしで足を洗わせてやる。まだ新入りだしな。」

「ありがとうございます!」

 渡は、『家内安全』とかかれたはちまきを額に巻いた。


――一時間後。さくら組事務所。

「何だあの野郎!」

 渡は銃弾が飛び交う中、頭にぼたん組の食堂から借りた給食調理用サイズの大きな釜をかぶって、ピョコピョコうろついていた。 

 渡が囮となって弾丸集めをしているため、多少余裕の出たぼたん組。別動隊を佐藤救出に向ける。ここまでは計画通り。しかし。

「……はぁ……はぁ……。」

 渡は、先ほどから息が荒い。弾丸でぼこぼこになった釜を押さえる手も震え、足取りが辿々しくなっていく。そして

「あっ……。」

 カラン、と乾いた金属音を立てて釜は転がり、渡もバタンと床に倒れた。

「キノコだ!」

「着ぐるみだろ! チャックがあるぞ!」

「で、でも、なんか白いのが出てやがる!」

「昔絵本でキノコの妖精を見た! 撃っちゃ駄目だ!」

「撃ったらヤバい液体が出てきそう……。」

 キノコに怯えるさくら組員。その間にぼたん組は佐藤救出へ走る。リーダー格の男は、結論を下した。

「とりあえずぼたん組を追え! こいつは俺が始末する。」

「で、でも……。」

 心配そうな顔の組員にリーダーは雄々しく微笑んだ。

「俺を誰だと思ってる? かまぼこの小田原だぜ。これが片付いたら飲みに行こう。」

 組員は涙ながらに頷くと背を向けて走っていく。

 小田原はそれを見届けると、ポケットから出した手術用手袋をはめた。

「チャック開けると何が入ってるんだろう。小田原はちょードキドキするんですけど。あれっ?」

 小田原は自分の手が掴んだチャックに目をパチパチさせる。そんな彼に起き上がって口を拭った渡はおずおずと話しかけた。

「すみません。雑巾はございませんか。床を汚してしまって……。」

 小田原は無言でハンカチを渡す。渡は慌てて首を振る。

「あ、あの。多分もうお会い出来そうにないので洗って返せません……もっと汚な……。」

「口拭けよ。そのハンカチはやるから。みっともない。」

 小田原は無言で渡の口を吹いてやると、キッチンに行き、雑巾とごみ袋を渡した。

 それを受け取った渡は丁寧に掃除をすると、ピョコンと頭を下げた。

「ありがとうございました。」

 くるりと背を向ける渡を小田原は引き留めた。

「チャック。」

「あっ。どうも。」

 チャックをペタリと張り付けた渡に、小田原は問う。

「お前は何しに来たんだ? どう見ても組員じゃないだろ。」

「はい。そうです。私が手柄を立てたら、息子の親友(予定)を組み抜けさせていただくという条件で、本日はお邪魔したのです。」

「息子の親友の為にそこまですんのか?」

 目を丸くした小田原に、渡は自分の手のひらをじっと見つめて言った。

「私はもうすぐ、傍にいられなくなるんです。そうしたらあの子は一人ぼっちになってしまう……。」

「……病気なら良い医者を紹介してやってもいいが……。」

 同情的な眼差しの小田原に、渡はふわりと微笑んだ。

「私はキノコのゾンビなので……。でも、ありがとうございます。」

 頭をまた下げて走っていく渡の背中を見て、小田原は遠い目をした。

「何で勝手にヤクザをやめさせらんなきゃいけねーんだよ!」

 顔を真っ赤にしたミチルにヘッドロックをかけられた渡は。ぎゅっと目を瞑り、絞められた首から糸のように細い声を紡いだ。

「空と……バンドをやって……欲しかっ……それに……連城さんは……意外と……」

「以外となんだよ!」

「気がちっ……か…感受性が…ゆたか……。私の姿ごときで怯えるなら……ヤクザは……無理。」

 ミチルは少しだけ腕をゆるめて小さく呟いた。

「それは……。」

 静かに口を閉ざす一人と一本。そんな中、渡に気絶させられていた空は目を覚ました。

「ふぁああ……とーちゃん!」

 彼は首根っこ捕まれている渡を目にし、ミチルに体当たり。しかしあっという間に払いのけられ。尻をさする。

「空!」

 目をぐるぐる回して口が波線になった渡を解放すると、ミチルは背を向けた。「暴力振るったのは悪かった。……だけどもうお前らとは付き合ってらんねぇ!」

 ミチルはそう言い捨てると、部屋を出た。

「連城さん……。」

「みっちょん……。」

 寂しそうにミチルの残像を見つめる一人と一本。

……その一分後。

「俺、行くとこ無くなったんだが! どうしてくれるんだこのキノコ!」

 ミチルは携帯の画面を渡と空に見せた。

「お前はクビだ。」 


……こうして二人と一本の共同生活が始まった。


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