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敗者には厳しい?家庭事情


今日三回目……あれ?あれれ?


「あたしとしたことが……誤算だったわ……」


 窓を拭きながら、降りしきる雨を見つめ、ため息を付く母、太陽(ひかり)


 夕方から、町の色んな所でチラシ配りをしようと思っていたのだが、この雨ではそれも無理だ。

 それに、それに――


「お祭りを忘れるだなんてぇ〜〜」


 弱々しく言って、うぅ……とその場にヘタリ込む。


「……どしたの? あれ」


 そんな母を物珍しげに見やり、傍らの(そら)に訊ねる(あみ)

 二人とも雑巾を手にテーブルやら床やら拭きながら、こっそりと囁き合う。


「……えっと……海お姉ちゃんは知らないんだったっけ? お父さんとお母さん、七夕祭りで出会ったんだって」

「! な〜るほど♪」


 空の囁きに、納得がいったようにパチンと指を鳴らして海が答える。

 以前にちょっとだけ、聞いたことがある。

 海好きの二人の馴れ初めだ。


「……大輪の花火と海の景色をバックに、二人は互いに見つめ合い……ロマンチックだよね」


 その風景を想像してか、指を絡め目を閉じる空。

 そんな妹に、興味無さげに海。


「……そうかぁ? それよりも、今週チラシ配りした所で効果が薄いのに気付かされて、ソレに落ち込んでんじゃない?」


「……そ、そんな事ないと、思うけどな……」


 さらりと告げる海に、言いながらあははと空は微苦笑を浮かべる。

 完全には、否定するのは難しいからだ。


 両親共に海が好きで、色んな海を見たいが為に、二人で移動版海の家をやり出したのが始まりで。

 勿論姉妹達も海も海の家も好きだし、今の生活に不満はない。

 しかしそんな風に、母太陽はお店を始めてしまうくらい海と海の家が好きなのだ。

 空の思い描いたロマンスが、今や海の家をどう繁盛させるかに切り替わっていたとしても、不思議ではない。


 現にそのロマンスの相手であり、空達の父親である青空所在(ありか)は、今ここには、いないのだから。


 その事に思い至って、やっぱり、と空は呟く。


「でも、やっぱりあると思う。だってお母さんが、今も移動しながら海の家をしてるのは――」


 海を振り返り、先を続けようとした空の目の前に。


「お喋りも結構だけど、ちゃんと手を動かしなさいね? 今日も車で寝たいのかしら?」


 にっこりとした顔をして、長女陸(むつみ)が立っていた。


「げ」

「あ、はは……。ごめんなさい、陸お姉ちゃん」


 それにあからさまに嫌な顔をする海と、苦笑しつつも直ぐ様ぺこりと謝る空。

 頭を上げ、首を傾げて問う。


「お店の方は、もう終わったの?」

「ええ。渚がいたしね」


 楽なものだったわよ〜渚の発明品も役に立ったし、と言って、陸は膝を折ると側にあったバケツに浸かっている雑巾を手に取り、絞る。


「……え、と? 陸お姉ちゃん、もしかして、その……手伝ってくれるの?」


 姉の意外な行動に驚きつつ訊ねてくる空に、陸は事もなげに告げる。


「母さんはお祭り忘れてたショックでそこでウジウジしてて使えないし、いい加減、海には夕飯の用意に取りかかってもらいたいし、渚は新たな閃きを思い付いたらしくて発明に没頭してるし、汐は帰って来る途中で母さんにこっぴどく怒られてふて寝てるし。その状況で、掃除要員に使える人材は私と空のが二人だけでしょ。効率を考えるなら一人より二人だし、私……今日も車で寝るなんて嫌だもの」


「………………」


 本音が、洩れている。

 それに、逐一説明してきたその段階で、睦が若干怒っているのが、良くわかる。


「っ! じゃ、後よろしくぅ〜っ! さ〜て、今日のおかずは何にしよっかな〜♪」


 それにこれ幸いと雑巾を手離し、そそくさと台所に消えようとする海。

 その後ろ姿に、陸がにっこりと声をかける。


「今日のメニュー、私に決めさせてもらってもいいかしら?」


 それにこくこくと、海は無言で頷いた。






 その夜。

 なんとか掃除も終わり、遅い夕食をとるべく、食卓を囲む六人。


 円形のテーブルの上には、海お手製の料理がズラリと並んでいた。


 赤、緑、白、黄と見目にも楽しくカラフルな、渚が海で捕ってきた魚介入りサラダと、ブイヨンから作ったコンソメスープに黄金ライス、デザートには、メロンシャーベットがあるそうな。


 しかし、先に述べた物よりも皆が心踊らせているのが今日のメイン料理、〈海お手製のパリふわハンバーグ〉だ。


 しっかりタネから作るこのハンバーグは、生地に卵白を泡立てたメレンゲとすった山芋が入っていて、焼き方にもこだわりがあるらしく、軽く焼いた後オーブンで外がパリッとするまで焼き上げ、それをまたフライパンで煮焼きする、という二段行程を踏んでいる。


 しかしその手間のおかげで、肉汁たっぷり口あたりはパリパリふわふわの、素敵ハンバーグが出来上がる。

 この時だけは、さすが海様々である。


 だが、皆の大好きなそのハンバーグは、テーブルに四つしか置かれていなかった。


「………………」

「………………」


 悲しげな顔をして、自分達の手元を見つめる、太陽と汐。

 その顔をそろっと上げて、すましている陸を見る二人。

 その瞳が、これでもかと言うくらい、悲しげに揺れていて。


 太陽と汐の二人と陸を、海、空、渚の三人はハラハラしながら見守る。


 しかし、二人に取り合う気はないのか、陸は静かに手を合わせ。


 食事が始まってしまったら、もう本当にメインがない! と二人は慌てて頭を下げて謝った。


『ごめんなさいっ! もうしませんっ!』


 見事に声と頭を下げる角度がシンクロしている。さすが親子。


「……何が、ごめんなさいなの?」


 そんな二人に静かに、陸が問う。

 すると二人はビシッと背筋を伸ばし、まず太陽が告げる。


「任された仕事を、きちんとやらなかったからですっ!」


 続いて汐も告げる。


「ふて寝して掃除のお手伝いしませんでしたっ」


 各々告げる二人に、更ににっこりして陸。


「この家の家訓は?」

『任された仕事は、最後まで責任を持ってやりきる事』


『助け合いは大事』


 陸の質問に、声を揃えて告げる太陽と汐。

 びくびくとしている母と末っ子を殊更にこりと見つめ、陸は続ける。


「――あら、わかってるんじゃない。なら、もうしないのね?」


『はいっ!』


 それに、元気いっぱいに太陽と汐は答え。

 その返事にやれやれとため息して、


「……わかってるんならいいわ。――海?」

「はいはいっと♪」


 陸に言われ、海がカタンと席を立ち。


「母さんが決めたんだから、守ってくれないと示しがつかないんだからね」


 海が戻って来る前に、母にきちんと釘をさしておく陸。

 そんな陸に、てへっと太陽が下を出した所で、


「おっまたせぇ〜♪」


 と、海が二人分のハンバーグを持ってきて。


 和やかになった雰囲気の中、同時にパンッと手を合わせる六人。


「それじゃ、今日も恵みに感謝して――、いただきます!」


 母の声に重なるように、子供達五人の声も上がる。


「いただきますっ!」



 笑顔溢れる中――、楽しい食事が始まったのだった。


最強なのは、もしかしたら陸なのかも…

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