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さあ、始めよう!




「さぁて。海開きまで時間無いからね! さくさくいくよ!」


 車から降りた太陽(ひかり)が、そう言って五人の娘達に向き直る。

 場所は海の家の隣にある、二階建ての借家の前。

 海の家開催期間中の、彼女達の家である。


 子供達を見回していた視線を長女の(むつみ)で止め、一言。


「まずは、陸?」


「母さんは、役所に。私は確認次第管理人さんに挨拶に伺います。(あみ)(そら)は借家の方で荷ほどきと整理。(なぎさ)は漁業組合に挨拶に……」


 テキパキと指示を出しつつ、順々に事柄を告げていく陸だったが、最後の一人の所で、ピタリと動きが止まる。


 眼前には、栗色の瞳をキラキラさせた(うしお)がいて。


 その目がハッキリ告げていた。


 私は? 私は? わたしは? 何をしたらいいの?

 と。


 ある意味、ご褒美を貰える前の仔犬より、期待に満ち満ちた眼差しをしていて。

 ……待てをしている仔犬より、随分と厄介そうだった。


「えぇ、と……」


 そんなキラキラとした期待の眼差しで真正面から見つめられ、たらりと冷や汗を流し言葉に詰まる陸。


 その様子を、まだまだだねぇ、と太陽は肩を竦めて見つめている。

 いずれは陸に大部分を担っていって貰わなければならないのだから、と太陽は助ける訳でもなく、陸と汐のやり取りを見守る。


「う、汐は……」


「うん! お姉ちゃんっ」


 視線を逸らし逸らし告げる陸に、天使のような満全の笑顔で、待て状態の汐。


「!」


 と、何かに気付いたのかはっとして陸は荷台に駆け寄り、中から紙の束を取り出して、それを汐の眼前に掲げ、告げる。


「汐には、海の家宣伝部長を任命しますっ!」


「センデンブチョー!!」


 それの意味がわかっているのかいないのか、役目を貰えてきゃあ〜! と汐が両手を上げ歓声を上げる。

 そんな汐に、言い聞かせるよう指を一本立て、陸は告げる。


「いい? このチラシを配ってうろな町の皆さんに、海の家の事を宣伝するの。わかった?」


「アイアイサー!」


 何処で覚えて来たのか、真面目な顔の陸に向かって、敬礼ポーズで答える汐。

 と、言うが早いか早速持てるだけの紙束を持って、町の方へ駆けて行こうとする。


「待ちなさいっての」

「ふぇっ!?」


 その首根っこを、黙って見守っていた太陽がむんずと捕まえる。

 その腕に持ち上げられ、ぷらんと、猫の子状態の汐。足が上がっているので、猫ならちゃんとネズミが捕れるだろう。


「アンタわ。こんなトコから歩いて行くつもりなの? それじゃ日が暮れても辿り着かないよ!」


「だってだって〜! 宣伝は早い方がいいんでしょう〜? 時間が命だ、ってお母さんいつも言ってるよね?」


「……そりゃそうだけどね。状況把握をちゃんとなさい。人ひとりが、一人で出来る事は限られてるの。状況をきちんと把握しないと、出来る事も出来なくなるよ。――これも、いつも言ってる事でしょう?」


「あ、そっか。ごめんなさ〜い」


 母の言葉に、汐はてへへと舌を出す。


「ワゴンの方荷降ろし終わったから、もういつでも行けるよん♪」


 その間に、トランクに積んであった物を降ろし終えた海が、ドアを閉めつつそう告げる。

 我が娘ながら流石、無駄がない。教え込んだだけはあると言うものだ。


「ありがと海。じゃ、海と空以外は車に乗って……ん? なに渚?」


 と、他の子供達を車に乗せようとしていた太陽は、じっ、と此方を見つめている渚に気付く。


「………………」


 母太陽の視線に気付き無言で踵を返すと、渚は降ろした荷物からあるモノを取り出し、ぼそりと告げる。


「……私……これで行った方が、早い……」


「あ、ちょっと渚!」


 母の制止の声に耳も貸さず、言いながらじゃりじゃり、砂を削り港の方へ渚は浜を滑っていく。


 陸海両用の、ミニボードボートだ。

 エンジン付サーフボードの上に救難用のボートが乗っている感じの、渚自作の小型ボートである。

 後部に網かごがちゃっかり乗せられていることから、一回は潜ってくる気満々なのが伺える。

 ああなったら、暫くは帰っては来るまい。


「ちゃんと挨拶済ませてからじゃないと……後が怖いよっ!」


 その後ろ姿にそれだけ叫んで告げて、太陽は再び運転席に乗り込み。

 太陽に続いて陸が助手席に、汐が後部座席に乗り込んで。

 太陽がエンジンをかけている間に、助手席の窓を開け、陸は海に向かって手招きすると、その耳にこそっと耳打ちする。


「……バレないようにね?」

「わ〜かってるってぇ♪」


 陸のその囁きににんまりしながら、空が髪留めに使っていたヘアピンを拝借して、それをクルンと指で回す海。


「それじゃ、行ってくるから。海、空。あとお願いね?」


「はいは〜い♪ 行ってらっしゃ〜い!」

「気を付けてね?」


 三人を乗せたワゴン車が、町の方へと走っていく。

 そのワゴン車を見送り、残された二人は借家の裏口へと、こっそりひっそりと向かうのだった。


 六人家族の一日は、まだ始まったばかり。

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