今日からよろしく!
ブロロロロ……ガタン、ゴトン
大きな白のワゴン車が、後ろに荷台を牽引しつつ、北から東へ、アスファルトの道を進んでいく。
「……ふふん、ふんふん、ふんふふ〜〜ん♪」
雑多に様々な物が積まれたその荷台から、少女とおぼしき者の楽しそうな鼻歌が響く。
「ふふ〜〜ん♪ ……!」
と、何かに気付いたのか鼻歌を止め、回りを確認する事なく(許可無く荷台に人が乗車してはいけない)、荷物の合間を縫って、てっぺんから頭を出し前に向かって叫ぶ。
「潮の香りがする! 海だよ海っ!!」
年の頃十歳くらいの、くりくりの栗毛と同じくりくりの栗色の大きな瞳をした少女だ。
「……そんなの見飽きてるでしょうに」
「え、どこどこ!?」
「ちょっ、海、騒がないで!」
「ここは久しぶり、だよね」
「…………うるさい」
と、各々に口を開きながら、前のワゴン車の四つの窓から、四人の少女が顔を出す。
左前の助手席から顔を覗かせているのは、長女の陸。二十二歳、経理担当。真っ黒なストレートの黒髪をバレッタで留め、眼鏡の間から眩しそうに前を見つめる。
右前から顔を出しているのは、次女の海。二十歳、調理兼接客担当。ハネ気味の黒のショートカットを風に流れるままにし、無邪気にはしゃぐ。
右後ろから顔を出すのは、三女の空。十八歳、接客兼臨時海女担当。外見は長女の陸に似ているが、こちらはおとなしめな性格。実は真の看板娘と言われているとかいないとか。
最後に左後ろの窓からちらりと外をうかがっているのが、四女の渚。十五歳。海女兼臨時接客担当。渚の海女の腕と技は、神がかっているのだそうな。ふんわりした黒に近い栗毛の、無口少女。
「汐。いい加減頭引っ込めなさい」
と運転席から声を上げるのは、五人の少女達の母、青空太陽。ショートの艶やかな黒髪に黒目で、五人の母親というよりは、六人姉妹の長女かと言われるくらい若い容姿。それでも決めるとこはちゃんと決める、五人姉妹の頼れる母だ。
「はぁ〜い」
母の言葉に素直に返事し、まだ木々の多い風景をそろっと見回してから荷物の中に引っ込んだのが、五女の汐。家族の中で唯一、父親の栗毛と栗目を全面に引き継いだ。まだ小さい為役割という程の役割はないが、あえて言うなら宣伝要員、といった所か。〈ある事〉以外はごくごく普通の、女の子である。
そろそろ、道のカーブに終わりが見えてきたようだ。
総勢六人を乗せたワゴン車(+荷台)は、ある場所へと向かってひた走っていた。
近隣都市や県外各々からも名高いこの町――『うろな町』の東、観光地として切り開かれたここは、夏には観光客で賑わう広大な海のあるリゾート地だ。白を基調とした高級感溢れるシーサイドビューが売りのホテルや各種宿泊施設が立ち並び、景観を損なわないように植えられた並木道の緑がまた映える。
が、彼女達はその宿泊施設に行く旅行者などではない。
最も青き海に近く、その白の砂浜に直に建つ、海の家へと向かっているのだ。
そう。彼女達は海の家を開店する為に、このうろな町の海まで遠路はるばる、やって来たのだった。
そうこうしている内にカーブが途切れ、一気に視界が開ける。
一面に、陽の光を受けて煌めく、青々とした海が広がる。
『うわぁ……!!』
その光景には、各々感嘆のため息を溢して見惚れてしまう。
様々な海を、それこそ数え切れない程見てきている彼女達でも、思わずため息が出る程、ここの海は美しかった。
白い砂浜。青々と、澄んだ青空を写し込んで輝く海は、裸眼で海底をかなり遠くまで見渡す事ができ、様々な種類の海の生物達の鮮やかなその色彩は、いつ見ても目に新しい物ばかりを映す。
この界隈の漁獲量が安定しているのも、毎年大勢の観光客が訪れるのも、頷ける美しさだった。
「っ!」
皆の声に促され、慌てて荷台のてっぺんから再び頭を出した汐は、キラキラする海を映すその大きな栗色の瞳を、眼前の海以上にキラキラとさせ、満全の笑顔を浮かべたまま、海に向かって叫んだ。
「今日からまたよろしく! うろな町――っ!!」
こうして、海の家を切り盛りする家族の、うろな町での新たな一日が、スタートする事になったのだった。
前に上げてたのとちょっと変えました。