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11/4 笑顔の意味


敵側side

※ご飯時以外で読まれる事をおすすめします

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 くすくすくす。

 少女(L)の口から笑い声が溢れる。

 蔑むような、嘲笑を含んだその笑みが。


「他にも聞いていた人がいたのは驚きだけど。……いや違う、か。意図的に、聞かせてとのかしらねぇ〜。あの爺婆の事だし。ワイヌビ君、本当に信じてなかったのぉ〜?」

「……っ……」


 含み笑みと共に告げられたそれに、Yは答える事が出来ない。

 何かの間違いだと、思っていたかったからなのかもしれない。



 元老院には恩があった。

 魔道具になって(させられて)しまうという事を聞かされたからといって、その恩を帳消しにする事なんて、Yには出来なかった。


「…………」


 ぎゅうと拳を握り、いつの間にか俯かせていた顔を上げ、傍にいるザジィを見上げる。

 暗闇で、更にフードを目深に被っている為に濃く落ちた影で、その表情かおを窺う事は出来なかったけれど。

 今となっては昔の面影すらないーー、その顔だけど。


 僅かに垂れた目元。柔らかに微笑むその笑顔を、今でも鮮明に覚えている。

 だけど、その笑顔を見る事はもう、叶わない。


 Zは病を患った。

 診断した、全ての医師がサジを投げる程の。


 その身体がボロボロと崩れ、砂と化すーー奇病を。


 ただの子供でしかなかった二人に、打つ手など最早なかった。

 住んでいた村からは追い出され、様々な町を転々とし。

 Zの事を隠し、Yは朝から晩まで働いて。なんとか貯めた金で、もっと大きな町に住む医者に、Zを診てもらおうとした。

 だが大きな町になればなる程、ただの平民なんて、と。いくら金を積んでも、診てくれる医者などいなかった。


 そうこうしている内にじわじわと、病魔はZの身体を蝕んでいった。

 徐々に、徐々に感覚がなくなり。次第に動かす事すら出来なくなり。固まって土気色に色が変わり、やがて。

 ボロリと。

 元々の肌の色と隔たれた土気色のその際から、ごっそりと崩れ、落ちる。

 地に落ちたそれは、初めからそこには何も無かったかのように、サラサラと風に流れ消えていく。


 まるで儚い幻想ゆめのように。


 もっと多くの金を積めば。

 もっと大きな街に行けば。

 Zを、診てくれる医者がきっといる。

 その思いだけを胸に、Yは必死に必死に働いた。

 もう動く事も出来ず寝たきりで、困ったような笑顔を向けながら、「いってらっしゃい」と「おかえりなさい」を言うZに、気付く事も無く。


 しかしそんな生活は、何時までもは続かない。

 それから程なくして、Yは体調を崩した。

 無理もない。

 二人分の生活費にZの診療代としての貯金、その貯金額を少しでも増やそうと、ろくに食事もせず朝から晩まで、無理に無理を強いて働いていたのだから。


 だるく、重い身体。それでもなんとかZの待つ家まで辿り着き、倒れ込むようにしてベッドに埋もれる。

 ふかりとしたそれは、久方ぶりの感触だった。

 もうこのまま、泥のように深く眠り込んでしまおうーー。そう思ってYは既に閉じかけていた瞼を落とそうとしてーー


「っ!?」


 異変に気付いて、Yは勢い良く跳ね起きた。

 家具の少ない、いつもの部屋。窓から射し込む陽の光はいちいち眩しくて、前の住人が置いていったらしい、部屋の三分の二を占領するデカいベッド。

 温もりを分けるように、二人毛布に包まって眠った。

 陽の光が降り注ぐ中、微睡むきみがそこにいる。

 その事にホッと息を吐く。


 そう。何も変わらない。何時もと同じ、部屋の景色。

 何も、変な箇所などありはしない。


「だから、今だけはもう、眠らせて」


 囁くように告げて、その瞼を再びYは閉じかけ。

 ちらと走らせた視線の先に、飛び込んできたモノを凝視したまま、固まる。


 何時もの部屋。デカいベッド。隣で微睡むZ。


 それは変わらない。今までと同じ。

 なのに。

 それなのにーー



 どうして隣で微睡むZの、「胸より下の膨らみがない」んだ?


「……っ、ぐぅ!」


 それをちゃんと理解した時。吐くものすらない状態でありながらも、堪えきれずにYは吐いた。

 胃酸が喉を、手を焼いた。


 その時Yは初めてーー

 気持ち悪いと思った。

 しかしそれと同時に、そんな事を思ってしまった自分自身を嫌悪した。


 共働きの両親。年の離れた兄に姉。

 顔を合わせた事など数回しかなく、回りに近しい年の子供もいなかった為、いつもいつも、一人だった。

 居候として、Zが家にくるまでは。


 あの冷たく暗い家で、Zだけが。

 手を差し伸べてくれた。

 笑いかけてくれた。


 居候だとかなんて、関係無かった。


 Zは家族で唯一のーー

 友達だった。


 それなのに。


「……っ……」


 拭っても拭っても、涙は止め処なく溢れて。

 それでもなんとか涙を拭い微睡むZを振り返った、Yの目に映ったのは。


 微笑みを讃えたまま自分を見つめる、Zのその表情かお

 初めて手を差し伸べてくれた時と同じ、その笑顔。


 それに余計、視界が滲む。

 僅かに動くその唇で、何かを伝えようとしているZの顔が霞む。

 Zが何かを言っている。

 それをちゃんと受け取る為に、唇を噛み締めて涙を堪える。

 ゆっくりと、Zの唇が動く。


 いい、と。

 もういいよ、と。


 確かにその唇が、告げる。


 もう僕の為に、頑張らなくていいんだよーーと。


「……! ……っ!!」


 それにYは、必死に必死に首を振る。


 ずっとずっと。

 Zが、そう言っていたのを知っていた。

 ただ聞かない、知らないフリをしていただけ。


 絶対に助かると、助けると、誓った。

 たった一人の友達に、何かをしてあげたかった。


 ……たった一人の友達を、失いたくなかった。


 その事に、思い至ってYは。


 Zが自分の為に今まで、永らえていてくれた事を知る。

 Zを支えていたのは自分だと思っていたのに、支えられていたのは、本当は自分の方だったと。


 Zの為Zの為と言いながら、それは結局全て自分の為だった。

 誰かの為に、何かをしている自分に。

 温もりを求める自分に。

 自分の寂しさを払拭させる為に。


 もう、失いたくなかったから。

 傍に、いて欲しかったから。


 また一人に、戻り(なり)たくなかったから。


 きっときっと。

 Zは知っていたんだろう。

 それを知っていながら、ずっと。

 傍にいてくれた。


 涙を拭い、擦りに擦って赤く腫れたYのその目から、涙が溢れた。


 ずっとずっと、傍にいてくれた大切な友人に。

 償いなんて、もしかしたら出来ないのかもしれないけれど。

 それにもしかしたらコレは、更にZを苦しめるだけなのかもしれないけれど。


 それでもそれでも。

 大切な友達を、このまま何もせず失うなんて事は、Yには出来なかった。



 重い身体を引きずり、シーツに包んだZを抱えて。

 Yは、雨の降る中全財産を持って、医者の元へと這った。

 しとしと、しとしとと。

 冷たい雨が降る、そんな中を。


 しかしやはりと言うべきか、診てくれる医者など、何処にも居りはしなかった。

 雨の中、どんなにどんなに歩いても。

 数人のゴロツキ達にぶつかって、水溜りに足を取られて転び、投げ出され被いの取れたZに戦きながらも、道に散らばった金だけはちゃっかり頂戴して逃げ去っていくゴロツキ達を、転んだままボンヤリと見つめるY同様、遠巻きに始終を眺め目が合うとそそくさと、足早に立ち去っていく者達と同じに。

 誰も彼も、手を差し伸べてくれる者はいなかった。


 雨が、降る。

 しとしと、しとしとと。

 まるでひたひたと、静かに襲い来る波のように。

 雨音が、じわりじわりと死へと誘う旋律のように、Yには聞こえた。


 重い手足を必死に動かし、霞む視界の中なんとかZの元へと這い寄る。

 柔らかな笑みを、貼り付けたかのように微笑むZは、降る雨に砂化した部分を流され、もう首だけになっていた。


 もう、一歩も動けなかった。

 降る雨が、死に逝く二人を憂いて、天が泣いているかのようにYとZには思えた。

 このままここで、死ぬのだろうと二人は思った。


 雨音が、次第に遠くなり。

 暫くして冷たかった身体が、ふんわりと。

 何か温かなモノに、包まれたような気がした。

 明日を願い、二人で毛布に包まった時のような。

 朝、陽の光が眩しく降る中、くすくすと笑いながら微睡んでいた時のような。

 その柔らかく温かな微睡みに誘われるかのように、二人は目を閉じ。


 眠りに落ちる間際、確かに声を聞いた。


「生きたいのならばーー手を伸ばせ」


 嗄れた、それでも尚強い、その声を。




「……ザザ、ディノス……」


 疑心に揺れ、深く落ちていた意識を、なんとか浮上させ。

 ワイヌビは、ザジィの名を呼んだ。

 見えない筈の微笑みが見える、その顔を見上げて。


 その笑顔の意味を、今度こそ間違えないように。


ザジィの想いはワイヌビ君に届くのか


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