海、料理に目覚めたワケ
「っだ――――っっ!!」
調理場で、盛大に叫ぶあたし。
借家の方には二階建てだけど本当に寝るだけみたいな感じで台所とかはないから、調理とかは全部海の家の方でするんだけど。
まぁ、それはいい。集中出来るし、試作品も考えなきゃだから、ついででいんだけど。
「しくったなぁ……」
久々に、失敗してしまった。
しかし、食べ物を(たとえ失敗作だったとしても)粗末にする事は許されないので、水で流し込みなんとか完食する。
「うぅ……。っあ〜、ダメだ。今日はも〜ヤメ! 空。あたしちょっと出てくるから、帰ったら感想聞かしてよ!」
「えっ? ちょ、海お姉ちゃん!?」
カウンターで他の試作品の味見をしてもらってた空にそう告げ、あたしはエプロンを外すと困り顔で制止の声を上げる空に耳も貸さず、そこから飛び出した。
(……証拠隠滅したし、あの子達がアレ食べることはまずないだろうから、大丈夫……なハズ)
胸中で呟きつつさっきの失敗作の味を思い出し、うぇ〜と舌を出す。
失敗するのは、当たり前だ。一応海の家で調理担当って事になってっけど、あたしだってまだまだ未熟者で勉強中だし。
だけど、それを家族やお客さんに悟られないように、いつも美味しいものを食べてもらえるよう、努力するのがプロってモンだ。
任されたからには、それをなんとしてもやりきる。
初めから上手くはいかないけれど、未熟者でもなんでも、お客さんを相手にするなら、その時はプロでいなければならないんだよ。
オヤジから教わった、唯一のこと。
「……久々に、帰ってきたからだよなぁ……やっぱ」
はぁ、とため息。
七年前蒸発したオヤジとの良い思い出は、そう多くない。いや、もしかしたらあったのかもしれないが、キレーにぶっ飛んじまってんだよ。
あン時の、衝撃が大きすぎてな。
アレは――……
あたしがまだ、五才の時だった。
オカンはその時、腹ン中に渚抱えてて、病院に入院してたんだ。
オヤジだって本当は傍にいたかったんだろーけど、また七才の陸姉にあたし、三才の空がいたから、それは無理だった。
海の家は流石に休業してたけど、空をあやしながら掃除洗濯を陸姉がこなしていたので、オヤジとあたしは必然的に、料理を担当する事になったんだけど……
オヤジが調理場に立った所なんて、あたしが見たのはそん時が初めてだったけど、妙にサマになってたモンだから、そりゃ〜期待した眼差しでお手伝いしたんだけど。
「……思えばアレが、そもそものマチガイだったんだよな……」
はは……乾いた笑いと共に呟く。
アレは、なんというか、うん。
破壊的な、味だった。
「あ」
考え事をしながら電車を乗り継ぎ、ふらふら歩いていたあたしは、いつの間にか一軒の店の前に行き着いていた。
『流星』
洒落た店の看板には、そう書いてあった。
「……ビストロ流星、か……? 確か、クチコミグルメにオムライスが美味、とか書いてあったっけ……」
呟きながら、扉を開ける。
「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」
すると、厨房からあたしと同じかちょっと上くらいの店主らしき兄ちゃんが出てきて、にこやかに席をすすめる。
ランチには遅く、三時のおやつタイムには早い時間帯。
店内にはその兄ちゃんと、もう一人従業員らしい姉ちゃんと、あたししかいなかった。
あたしは真っ直ぐカウンターに腰かける。
「ご注文は?」
お冷やを持ってきた兄ちゃんがそう訊ねてくる。
あたしは迷わずオムライスを注文した。
畏まりましたと言って兄ちゃんが厨房に引っ込んでいる間に、三時のおやつタイムの準備をしているらしい姉ちゃんに話しかける。
「ここ、二人で切り盛りしてんの?」
「そうよ。なんか文句あるワケ?」
「いんや〜?」
じろりとあたしを見やってそう言ってきた姉ちゃんにニヤリとするあたし。
はっきり感情を露にしてくるヤツとか、嫌いじゃねぇよ?
くっくと笑っているあたしの元に、お待たせしました、と言って兄ちゃんがオムライスを持ってきてくれた。
一匙掬って、口に運ぶ。
「! ……うまい」
あたしはついつい、そう呟いてしまった。
卵のとろりとした部分とふわふわの部分。それにライスが合わさって、口の中でリズミカルに踊る。
流石、グルメサイトに紹介されているだけはある。
早々に平らげ、ふぅと幸せのため息をつく。
旨いものが食えた。それは大いに満足だ。
でも、だからこそ。
「あ〜ヘコむわ〜〜」
呟いて、そのままへにょりとテーブルに突っ伏すあたし。
「!? ど、どうしたんだい!?」
「ちょ!? ちょっとちょっと、なんなのよ!」
あたしのその態度に、二人から驚いたような声が上がる。
しかし、弁解する気力もないのでへらへら笑って誤魔化そうとするが、
「……よかったら、話してみない? 少しは、気が楽になるかもしれないよ」
「しっ、仕方ないから、聞くだけ聞いてあげてもいいわよ?」
二人が各々そう言ってくれるから、あたしはついつい、口を開いちまった。
「……あたしさぁ、二十日から開店する海の家で調理担当やってんだけど。あ、これチラシ。よかったら定休日にでも来てよ、サービスするからさ」
言いながら起き上がって、ポケットに入れてたチラシを差し出す。
そのチラシを受け取りながら、兄ちゃんがそれで? と促してくる。
それに苦笑し、続ける。
「……珍しく、失敗しちまったんだよぅ。あ〜ヘコむわ〜〜」
そのまままたへにょり、と突っ伏すあたし。
「そ、そんな。一回失敗したくらいでそんなに落ち込まなくっても……。誰にだって、失敗くらいあるんだし。それに、失敗してももう一回、チャレンジしたらいいんじゃないかな?」
そんな時もあるよ、と兄ちゃんが優しく言ってくれるんだけど、今回ばかりは素直に頷けない。
「ありがとな、兄ちゃん。あたしだって、フツーに失敗してただけなら、そう思えてたんだろうけど。でも、今回ばかりは、そーもいかねぇんだよ……」
苦笑してそう告げるあたしに、上から姉ちゃんの声がかかる。
「フツーじゃない失敗って……一体どんななのよ?」
興味と呆れが入り交じったその声音に苦笑しつつ、あたしは三度起き上がって、ごくりと唾を飲み込み、告げた。
「……破壊的な、味だったんだよ……。三途の川が、見えるくらいには……」
「……そ、それはまた……聞いてるだけで逝けそうだね……」
「三途の川!? どんだけマ……なモノ作ったのよアンタっ!?」
あたしの言葉に、冷や汗を流す兄ちゃんと驚き顔の姉ちゃん。ま、そりゃそーだよなー。
「……あたしだって別に、ンなモン作るつもりなかったってーの。ってか、失敗したのがうんねんじゃなくて、このあたしが、オヤジと同じモン作っちまったのがモンダイなんだよっ!」
あ〜も〜ありえねぇ〜! と頭を揉みくちゃにするあたしをまぁまぁと宥め、どういう事? と兄ちゃんが問いかけてくる。
ここまで言っちまってんだからもういいやと、好意に甘えて話し出すあたし。
「あたしンちのオヤジってさぁ、ちょっと緩いんだけどオカンと一緒でなんでもそつなくこなすし、人当たりもいいし、歌うまいし、まぁまぁ格好良い? んだけどさぁ……」
あたしのその言葉に、姉ちゃんがただの自慢かよと突っ込んできそうになるんだけど、兄ちゃんの方がそれを止めてくれて、あたしはそれに苦笑しつつ続ける。
「……若干五才のあたしに三途の川越えさせそーな程に、料理の腕が破壊的に無いんだよ……」
まぁそのお陰? で、あたしが料理に目覚めたんだけどさぁ、と続けて、あらかた話す。
オカンが妹出産の為に入院してた時、初めて食べたオヤジのありえねぇくらい不味い料理に死期を悟った事とか。
今回の失敗作が、それの再現かの如く不味かった事とかを。
「……ここまでのって、滅多にねーんだけど。まぁ、七年前蒸発したオヤジの事を、ちょっと思い出しちまったからかもなぁ……」
はぁ、と息を付くあたし。ここまで聞き役に徹していた兄ちゃんと姉ちゃんは、何て言ったらいいかわからないって顔してた。
それに微苦笑を返し、席を立つ。
「ま、うだうだ悩んでんのなんて、あたしらしくないんだよね〜♪ ……聞いてもらえてスッキリした。サンキューな♪」
明るく言って会計を済ませながら、苦笑混じりに口止め。
「出来ればこの事は、他言無用で頼むわ。あぁ、それと」
去り際、振り返って告げる。
「あたし、青空海。あんた等は?」
「僕は葛西拓也。……よければ、また来てくれると嬉しいな」
「一条彩菜よ。気が向いたら、アンタのトコ行ってあげなくもないわよ?」
正反対な二人の態度ににかっとして、
「葛西さんに、一条さん、ね。覚えとく。あ、店来てくれた時には、腕によりをかけてもてなさせてもらうから。んじゃな〜♪」
笑って言って、来た時とは正反対の晴れ晴れした気分で、あたしは流星を後にした。
「さぁて♪ 新しい料理のインスピレーションも浮かんだし、さっさと帰るとしますかね〜♪」
呟いて、足取りも軽く、家路へと急ぐのだった。
その頃の、流星。
「……やっぱり料理人だったわね」
「え? もしかして彩菜ちゃん、初めから気付いてたの?」
「ふふん、当然でしょ!」
そんなやり取りをしつつ、おやつタイムに差しかかり、混雑し始めた店内の対応に追われる二人なのだった。
なんだか、お悩み相談的な感じに…?
そしてオヤジのハードルが上がったのやら下がったのやら…(苦笑)
綺羅ケンイチ様のうろな町、六等星のビストロより
葛西さんと彩菜ちゃんをお借りしました
グルメサイトにクチコミされてますが、大丈夫だったでしょうか?
おかしな点等ありましたら、ご連絡くださいませ