朝散歩・空と汐
「…………行くの?」
「…………ん」
話し声が、聞こえる。
「…………」
もぞりと身動ぎ汐がうっすらとその瞼を開けると、パタンと玄関のドアが閉まるのが見えた。
「んぅ〜……」
こしこし、目を擦り起き上がる。
辺りはまだ薄暗く、明けてもいないのがわかる。
周囲を見回すと、母親の太陽、長女の陸、次女の海がすやすやと安らかな寝息を立てながら寝ている。
二階で寝るのは流石に暑くて、皆で一階の広間で寝たんだった、と思い出し。
「!」
手早く身支度を整えると、汐はここにいない二人の姉の後を追って、家を飛び出した。
早朝の海は朝靄に包まれていて、雲の上にいるかのような、幻想的な世界が広がっていた。
いつも見ている世界とは違うその景色に、なんだか得したような気分になって、汐の顔に自然と笑みが溢れる。
ドルルルルッ
と、静かな海にエンジン音が響き渡り、汐がそちらに目を向けると、すぐ上の姉渚が朝靄を切り裂いて、海に出ていく所だった。
手を振り渚を見送る空の所に駆けていく汐。
汐に気付いて、空が此方を振り返る。
「あれ、汐? もしかして起こしちゃった? ごめんね」
「ん〜ん。むしろ早く起きれて得した気分〜♪」
苦笑しごめんねと手を合わせる空に、汐はにっこりと微笑む。
「これこそ雲海! だよね」
雲のような靄に包まれている海を見て、きゃははとはしゃぐ汐。それにそうだねと笑い返し、空も雲海と化した海を見つめる。
そろそろ日が昇り始めてきたのか、薄紫色の世界が、徐々に赤、黄金色へと移り変わる。
「わぁっ」
その光景に、栗色の瞳をキラキラとさせて魅入る汐。確かに、この景色を見るだけでも、早起きする価値はある。
汐同様、空もその景色を静かに眺めていると。
「……ね、空お姉ちゃん、歌って?」
「えぇっ!?」
突然、汐からそうお願いされて、空は驚き慌てる。まさかそんな事を言われるとは、思ってもいなかったのだ。
「……で、でも。……だ、誰かいるかもしれないし……」
「だいじょ〜ぶ。今ならまだ、誰もいないよ?」
誰かに聞かれたら……と恥ずかしげに頬を染めて告げる空に、にっこりと汐は笑顔で答え。
「空お姉ちゃんと渚お姉ちゃんは、この綺麗な景色を今までずっと二人じめしてきたんでしょ? なんかズルいもん、それ」
「ええ〜っ!?」
汐の口から出たなんとも理不尽な言葉に、空が声を上げ驚いていると。
上目遣いに此方を見つめ、可愛くおねだりしてくる汐。
「この綺麗な景色に空お姉ちゃんの歌声が合わさったら、もっと素敵になるんじゃないかなって。……それでもダメ?」
「………………」
これには流石に、落ちざるをえない。空は仕方ないなぁと呟いて、辺りを念入りに見回してから、すぅと息を吸い、歌い出した。
はじ〜まるよ
光、瞬く海から
私た〜ちの ものがた〜りが〜
その途端に、キラキラキラキラ、輝く空。
汐はそれに、満全の笑顔を向ける。
空の歌に合わせて風が謳い、波が踊り。
何処からともなく、カモメ達がやってくる。
そうして空の周りに、キラキラが溢れていく。
はにかみつつ歌っている空お姉ちゃんは、本当に綺麗だな、と歌を聞きながら汐はそう思い。
歌い終えた空に、歓声と惜しみ無い拍手を送るのだった。
「……そ、それじゃ、もう帰ろう? 渚はまだかかるだろうし、お母さん達が起きた時に私達までいなかったら、きっと心配しちゃうから」
「うん」
苦笑してそう言い手を差し出してくる空のその手をしっかりと握り返して、汐はにっこりと微笑み。
明るくなった景色の中、二人手を繋いで家へと帰っていくのだった。
帰り際、汐はふと思う。
(空お姉ちゃん、家族の前でも滅多に歌わないんだよね……。レアだよ、レア。……でも歌声って、実は結構遠くまで届くんだけど……空お姉ちゃん、気付いてるかな……?)
こっそりとそう思う汐の口元は、小さな笑みが浮かんでいた。
ほのぼの、のハズが…
海の悪戯心が汐に移っちゃった模様…
遮蔽物のない所では、歌声って特によく響きます
ソプラノだとかなり
なので往来で歌う時はご注意くださいね〜
あぁ、早くチラシ配りしないと……っ(汗)