花火
ドド――ン!
花火が上がる音が聞こえる。
うろな町の真ん中、うろな中央公園で行われている夏祭りの、終盤が近づいてきたようだ。
色とりどりの光の花が、星の瞬く夜空に咲く。
「うわぁ〜っ!」
それを木造二階の借家のバルコニーから眺め、歓声を上げる汐。
手すりにかじり付くようにして、キラキラした瞳を花火が上がる方向に向けている。
こんな遠い海からでも、(遮蔽物の合間からではあったが)花火の光を見ることが出来た。
「絶景かな〜!」
と言って、ビール片手に母太陽がひょっこり顔を出し、
「始まったね」
「…………綺麗」
空に続いて、渚もバルコニーに足を踏み入れる。
「おっまた〜〜♪ 海ちゃん特製おつまみ三種と、ミニスイーツの盛合せだよん♪」
そう言って、トレイを持って現れる海。途端に、待ってました〜! とほろ酔い気分の母がバルコニーに出した丸テーブルの縁を叩いて催促する。
今日のおつまみは、キュウリとチーズの生ハム巻きに鯛のカルパッチョ、カリカリ野菜ステックのマヨわさび&ピリ辛ソースのディプづけだ。
それらに、早速舌鼓を打つ太陽。
子供組の空、渚、汐に手渡されたのは、涼しげなすりガラスの小鉢に入れられた、プレーン、抹茶、チョコチップのカットパウンドに、ミントの乗ったバニラアイスが添えられた盛合せだ。
小鉢の縁に添えられた、星形のスイカが可愛らしい。
それを見つめ、花火を見た時と同じ様に歓声を上げて、ぱくりと一口して、んん〜♪ と頬をとろけさせる汐。
「母さん、海! せめてある程度片してからに……」
と、遅ればせながら陸がやれやれとバルコニーに足を踏み入れるが、
「あみ〜。アンタ私のお嫁に来なさいな〜」
訳の分からない事を呟く母に呆れ、既に始まってしまっている事に更にため息して、そのまま、太陽の隣に腰掛ける陸。
「……海。私にもおつまみ!」
「はいはいっと♪」
椅子に腰掛けるなり、持参していたワインを開け、つまみを要求する陸に、にししとした顔で海が応じ。
大人達は酒の肴に打ち上がる花火を見上げ。
子供達は絶品スイーツに舌鼓しつつ、上がる花火に歓声を上げていた。
パパパパパン、ドドン、ヒュルル〜〜
幾つも幾つも、空に光の花が咲く。
暫し、夜空に上がる色とりどりの花達を見つめ。
「……お祭り、行きたかった?」
ふと、空が傍らにいる汐に訊ねる。
そんな姉の空に一瞬きょとんとした顔をして、汐は空を見上げ。しかし直ぐにその顔をにっこりとしたものにすると、くすりと笑って言った。
「んーん。昨日お手伝いしなかったし、忙しいの、わかってるもん。それに皆がいて、海の側で花火見れるなんて、これ以上にないゼータクだよ? だからいいの〜」
にっこりしてそう告げる汐に、そっか、と呟いて苦笑を浮かべる空。
思えば汐には、随分と沢山の我慢をさせてしまっている気がする。
だから誰かに、我が儘を言ったりするという事が、汐にはあまりなかった。
それが、空には少し心配だった。
(……私が汐くらいの時は、我が儘を言ってばかりだったのにな……)
そんな事を考える空の傍らで、汐を挟むようにして左隣に立って花火を見ていた渚が、汐に向き直り、訊ねる。
「…………本当に?」
「! 渚、お姉ちゃん……?」
それ以上は何も言わず、じっ……と此方を見つめてくる渚に、苦笑いを浮かべる汐。なんとか言い訳を考えようとするが、その眼光から逃げられる筈もなく。
ため息してからほんのりと頬を染め、もごもごと告げる。
「……ちょっとだけ……ほんとに、ちょっとだけだよ? ……皆で、行けたらいいな……って」
「…………そう」
そんな汐にポツリと告げ、渚はその栗色の頭をよしよしと撫で。
「っ! そうだよねっ! 来年は、皆で絶対行こうね!」
恥ずかしがる汐のあまりの可愛らしさに、その身体をぎゅぎゅ〜っと抱き締めながら空がそう言い。
「わわっ? な、渚お姉ちゃん? 空お姉ちゃん?」
二人の行動に困惑する汐を見やりながら、ほろ酔いの太陽が目を細めにこりと告げる。
「そ〜よね〜。母さんも、来年くらいには行きたいわぁ〜」
「……なら、母さんの買い物食べ歩きスケジュールは、きっちり管理しないといけないわね」
あは〜ん今から楽しみぃ〜と言っていた母太陽に、優雅にワインに口を付けつつ釘をさす陸。
「えぇ〜!? それはないわよぅ、陸ちゃ〜ん」
「……到着が遅れたの、母さんの買い物が長引いたのが原因でしょう? 当然です」
頬を膨らませ抗議する太陽だが、スッパリと告げて取り付くしまもない陸。
「あっはは! これは流石にオカンの負けやで」
それを見て、盛大に笑い出す海。腹を抱え、目元には涙まで浮かんでいる。
「そ、そんなぁ〜〜」
母太陽の情けない声に重なるように、周囲は温かな笑い声に包まれ、空には光の花が咲き、色とりどりの光を、その場所に降らせ続けるのだった。