早朝の渚
見事にしゃべってない…(苦笑)
「ぷはっ」
海の中から顔を出し、エンジン付き自作ボートの縁に手をかけ上に上がる。
周りの海は太陽がまだ昇りかけの為、昼のような真っ青な青ではなく、燃えるような赤色をしていた。
「…………」
一回目に潜った時に捕れた魚介類の類いを、背中の網かごから簡易生け簀の中へ。
朝の海は静かで、海の生き物のそれぞれの動きが、手に取るようにわかった。
海の愛娘
「…………」
ふと、そんな言葉を思い出し、渚はふぅと息を吐く。
漁業組合に挨拶に行くと、必ずそう呼ばれる。
家の家訓で、自分で出来る事は自分でしなければならないので、組合に挨拶に行くのは今や渚のするべき事であり、そこに行けば名人の師匠に会えるので、組合に行くのは嫌いじゃないのだが。
海の愛娘、と呼ばれるのは好きじゃない。
家やお店で使う必要最低限のものしか捕ってないし、捕るのが物凄く上手い訳でもない。名人にだってまだまだ、遠く及ばないのに。
一人前の海女になるには、それなりの年数と経験が必要だ。若干十五歳で一人で漁に出れているのだから、認められてはいるのだろうけれど。
それもこれも、師匠の教え方が上手かっただけで、自分の力なんかじゃない。
発明品の、事だって。
集めたジャンク品が良質なモノばかりで、教えられるままに組み立ててみたら、出来てしまったというだけだ。
たまに無性に、海に潜りに行きたくなったり、新たな発明品を閃いたりする事もあるけれど。
渚にはただ、見てみたいモノがあるだけだ。
「…………」
徐々に、その青を取り戻し始めた海を見つめながら思考を打ち切り、もう一度潜りに行く為に、その身体を良くほぐし。
網かごを背負って、海に入る。
すると途端に広がる、美しい海の世界。
海藻が流れるままに躍り、その間を縫うようにして、降り注ぐ光に鮮やかな鱗を反射させながら、魚達が元気に泳ぐ。
(……こんな世界、なんだろうか?)
美しい海の世界を見つめながら、ふと渚は考える。
自分には、決して見ることは叶わないけれど。
あの子が見ているもう一つの世界は、こんな風に美しい世界なのだろうか、と。
キラキラだね、とよくあの子が言っているから、きっとキラキラ輝いている世界なのに違いない。
きっとたぶん、この事を知っているのは、自分達家族だけなんだろうけど。
あの子が見ているその世界を、疑うことはない。
七年前にいきなり行方知れずになった父さんが、
世界は、キラキラで溢れているんだよ
等と言っていたのを、覚えているのだから。
父さんの容姿を、一人だけ全身に引き継いだあの子が、父さんが見ていた世界と、同じ世界を見ることが出来たとしても、なんら不思議はない。
父さんが見ていたその世界を、見る事が出来るあの子を、汐を、たまに羨ましくも思うが、ただそれだけだ。
渚には、今あるものがそこにあれば、それでいいのだから。
海に潜っている時も、発明品を作っている時も、家族がいる事も、あの子の周りも。
そしてきっと、自分の周囲も。
毎日キラキラ、輝いているのだから。
(……きっと、そうだ)
汐が感じているキラキラの片鱗を感じて、渚は柔らかく微笑み。
「……ぷはっ」
もう随分と青色に変わった海の波間から顔を出し、空の網かごを見やってくすりと苦笑する。
考え事をしていたせいで、海姉の試作品用の材料分が、捕れていない。
だけどなんだか今日はもう、家に帰りたい気分だった。
網かごだけをボートに上げ、そのままボートを押しながら、渚は前に向かって泳ぐ。
家族が待つ、家があるその方向へ。