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クラン・アーチ<使用人>



 応接間にはソファーに深々と腰を預けたソラリスの姿があった。

 

「……あれ、カナリヤさんもう帰られたんですか?」


 ええ――と頷くソラリスの表情は曇っている。というより呆けている感じだ。まあ大体、カナリヤから寄せられる奇怪な依頼を受けたあとはいつもこんな風である。

 何か考えているのだろうか。いや、何かに思いを巡らせているのかもしれない。


「……そうですか。せっかく紅茶のお代わりとクッキーを焼いて参りましたのに。せっかちな方ですね」


 捨てるのも勿体ないので、あたしはそれらをテーブルに乗せてソラリスのカップに紅茶を注いだ。ソラリスは何も言わず、ただ静かに紅茶を口にする。


「それで、どうです?」


 ソラリスの向かいに座り、自分のカップに紅茶を注いだのち、そう聞いた。


「……どうとは?」


「もう呆けちゃって、依頼の内容に決まっているじゃないですか。今回もまためんどくさいヤツですか?」


「……わたしから説明しなくても、聞いていたのでしょう?」


 ありゃりゃ。


「バレてました?」


 ソラリスは小さくため息を吐く。


「紅茶もお菓子も冷めていますよ」


「うふふ、あたしも詰めが甘いなあ。よ、名探偵」


「……もう、はしたない。カナリヤさんのお話に興味があるなら同席すれば良いじゃないの。盗み聞きなんて良くないわ」


「いえいえ。あたくしのような下賤の者が立ち会える場ではございませんよ。あたしゃ扉の後ろからこそこそ聞き耳を立ててる方が性に合ってます」


「またそんなこと言って……。貴女はわたしの世話などしなくても良いのですよ? ここにいたってどうしようもないわ。街に出て自分のやりたいことをやれば良いのです。何ならカナリヤさんに口添えして――」


「はいストップ。それはぶっぶー」


 あたしは胸の前で大袈裟に腕をクロスさせ、ソラリスの言葉を止める。


「あたしはここにいたいからいるんです。いたくなかったらさっさとおサラバしてますよ。それにカナリヤさんのところったって探偵事務所でしょ? あたしゃ探偵のお仕事なんて出来ませんよ」


「そうかしら? クランは頭も要領も良いですし、何より気が利くわ。どこに行っても上手くやっていけるでしょうに」


「ですからどこにも行きませんって。あたしゃここが良いんです。それに――」


「それに?」


「あたしがいなくなったらソラリスさんのお世話、誰がするんです?」


 ソラリスはもう、と呟き眉間に皺を寄せた。


「だから、お世話なんて必要ないわ。それじゃわたしが何も出来ないみたいじゃない」


 珍しくムキになっている。

 あたしはそんなソラリスの姿がどこか愛らしく思えて、ついつい追撃してしまう。


「でも、お料理は出来ないじゃないですか」


「――し、失礼ね。お料理くらい出来るわ。クランにも一度ご馳走したじゃない。忘れてしまったの?」


「いえいえちゃんと覚えていますよ。スープを作ってくださいましたね」


 ほら見なさい――とソラリスはそんなに張っていない胸を張る。


「でもあれ、毒キノコ浮いてましたよ?」


「な、なんてひどいことを――。 毒キノコなんて入れていないわ!」


「いえいえ、確かにあのスープには月夜茸が浮いてましたよ。いえ、それはあとで調べたことですけどね。なんせあたし、あのあと食中毒で死にかけましたもん」


 ソラリスは嘘よ、あり得ないわと頭を振る。


「いやいや、ちゃんとお医者様に診てもらいましたから確かです。あの時は本当に死を覚悟しましたからね」


 ソラリスは未だ、あり得ない――あり得ないわと頭を振っている。

 ああ、可愛い。


「てかソラリスさんはよく無事でいられましたね」


 摂取量の違いだろうか。

 いや待て。

 あの時、この人は食べてなかったような……。


「わたし、茸……嫌いだから」


「――あんた、味見もせずに出したな!」


「ふふふ」


「ふふふじゃないですよ。そこで不敵に笑う意味がわかんないです」


 全く、恐ろしい人。


「まあともかく、あたしがいなきゃ食事だってままならないんですから、あたしはここを離れません。ですがそれは好きで残るんです。だから心配ご無用にございます」


 そう、とソラリスは微笑む。

 優しい表情。

 ――暖かい。


「……ああ、毒と言えば今回の依頼にも毒が登場しましたね」


 毒で死んだ娘。娘の死に疑問を抱く父。そして――娘を甦らせようとする母。

 この展開は『予想と違う』が――。


「やっぱり『起きましたね』」


 ソラリスはその蒼い瞳を閉じた。


「……出来ることなら、避けたかった。でも、わたしは『あの子』をきちんと『送ってあげたい』。それが――」


 魔女<わたし>の贖罪――ソラリスはそう結んだ。


「魔女も難儀なものですね」


 ソラリスが過去に何を行ったかは知らない。しかしこの人は自身の過去に罪を置き、その罪を償うためだけに今を生きている。時に身を削り、時に心を削り、そうやって誰かを救い続ける日々を贖罪として、ソラリスは漸く――『生きている』。

 それが正しい生き方かどうかなんてあたしにはわからない。本来、人生の善し悪しなんてものは当人にしかわからないことなんだろう。

 だけれど。

 ソラリスのその生き方は――少し哀しく見える。

 あたしは、ソラリスが『魔女』と呼ばれる理由を知っている。

 魔女を定義するのは、凡そ魔術や魔法といった『奇跡』である。

 あたしは、ソラリスが引き起こす『奇跡』を確かに知っている。

 いや、正確に言えば『奇跡の起こし方』だろうか。

 ソラリスは決して『魔女ではない』。しかし、ソラリスは確実に『魔女である』。

 哀しくも、魔女なのだ。


「……お手伝いしますよ」


 その苦しみを少しでも和らげることが出来るなら、あたしに出来ることはすべてしよう。それが、あたしがこの魔女の傍にいる本当の理由だ。


「ありがとう。先程はお世話なんかいらないと申しましたが、お恥ずかしながら、今回の依頼を叶える為には貴女のお力が必要なのです。貴女には――」


「わかってますよ。あたしだって今回の件には少なからず関わっておりますから。とりあえず必要な物を街で調達してきますね」


 ありがとう――ともう一度言って、ソラリスは立ち上がる。それにつられてあたしも腰を上げた。


「さて……『あちらのこと』はカナリヤさんにお任せして、わたしたちもこちらの準備を整えましょう」


「はいはい。んじゃ、あたしゃ早速『儀式』の道具をかき集めますかね」


 お願いしますと言ってソラリスは応接間を後にする。

 魔女の芳香だけが、空虚な空間を満たしていた。


 ――“死者の再生”、か。


 蒼き魔女の御力の下に、きっとその願いは成就するだろう。


 あたしはテーブルに残された紅茶とクッキーを片付けたのち、魔女の屋敷を後にした。



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