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カナリヤ・アンド<探偵>



「……毒殺、ですか」


 依頼人――レヴァン氏はええ、と力なく頷いた。

 表情は悲哀に充ちている。恐らくこの一月、ろくに食事もとっていないのだろう。頬は痩け、目の下には黒々とした隈が見える。

 ――まあ当然か。

 娘が亡くなったのだ。まともな精神ではいられまい。


「無礼とは存じ上げますが、自殺――という可能性はないのでしょうか?」


「自殺など――。あの子が自ら命を絶つ理由などありません」


「……なるほどわかりました。ではご依頼内容は『殺人犯の特定』で変わりないのですね?」


「ええ」


 私は小さく息を吐いた。

 レヴァン氏の心中は察して余りある。

 だが――。


「申し訳ございません。その依頼は受諾しかねます」


「――なぜです?」


「失礼ながら、レヴァン氏のご依頼は一個人の裁量で解決出来るものではございません。いえしてはならぬものです。お恥ずかしながら、私はあくまで『探偵』にございます。そして探偵は業務上『警察が取り扱うべき事件性のあるもの』に関しての依頼を受諾する事が出来ないのです。レヴァン氏のご依頼は殺人事件の解決。しかしそれは警察が取り扱うものなのです。ですので誠に申し訳ございませんが、そのご依頼は私ではなく、然るべき組織にお願い致します」


「……警察は」


 結局何もしてくれませんでした――。レヴァン氏は膝に置いた手掌を固く閉ざした。怒りか憤りか、小刻みに体を振るわす。


「そもそも娘の遺体を発見したのは警察なのです。通報があったということでした。当然、娘の死因が毒物の摂取によるものだと言うことも警察を通して知りました」


 まあそうだろう。毒殺であれ服毒であれ、私の元に来るより先に、まず警察だ。そして、警察の対応に不服があったからこそ私を頼ったのだろう。

 しかし。

 どういう事情にしろ私に出来る事などない。警察の判断が探偵の判断を下回る事などないし、あってはならぬ。だからこそ私に出来る事など微塵もないのだ。

 そこをわかって貰いたかった。


「……それで、警察の見解は如何に?」


「――自殺、と判断されました」


「自殺ですか。では他殺の疑いがなく、また事故死でも病死でもない状況という事で判断されたのでしょう。……遺書がございましたか?」


 暫く間を置いたのち、レヴァン氏は低い声であったのです、と答えた。

 ――やはりそうか。

 警察は他殺と自殺の判断に慎重をきす。まず遺体は他殺、事故死病死、そして自殺の別を検視される。事故死病死はさておき、他殺と自殺の判断は難しい。

 しかし死因と自殺という意思が結び付く状況、例えば死因が縊死<いし>であり、なおかつ首吊り自殺と思える状況で、さらには他に死因となるような外傷あるいは争った形跡がない場合などは自殺と判断される事が多いようだ。

 そして、遺書の有無も大きく影響する。


「辛い事をお聞きするようで恐縮ですが、ご息女の死因である毒の詳細はわかりますでしょうか?」


「……娘の死因は砒素<ひそ>による急性中毒だと言うことです」


 砒素か。

 青酸カリよりは入手し易いか。いや砒素だとしても子供が易々と入手出来るものでもない。


「砒素の出どころはわかったのですか」


「……それが、死因は砒素によるものなのですが、娘の体内からは他にも農薬に含まれる成分が発見されたらしく……」


「農薬――」


「ええ。農薬ならば、わたしは農業を生業としておりますので――」


 レヴァン氏はそこで口ごもる。

 事件の全貌が朧気ながら見えてきた。


「なるほど。出どころはそこと判断されましたか」


「……はい。そう言われ、農薬を置いている倉庫を確認しましたら――確かに減っていたのです」


 毒は目と鼻の先、手の届く場所にあった――。ならば他殺を疑える最後の可能性が消えたわけだ。

 それならば確かに、自殺という判断が無難であろう。


「……ですが娘は決して自殺などするような子ではないのです」


 親ならば、きっと誰もがそう思うだろう。そして、そう思う、思いたいという気持ちを汲んではあげたい。しかし。


「……やはり、残念ながら私はお悔やみを申し上げる事しか出来ないようです」


「――しかし、もう頼るところがないのでございます」


 もう貴女にしか――。そう言ってレヴァン氏は顔を伏せた。

 そんな憐れな男に、せめてもの同情の言葉を掛けようとしたその時――。


「ならば、魔女を頼りましょう」


 涼やかな声。そして伏せる男とは比べ物にならないほど健気な声。

 レヴァン氏の――妻女の言葉だった。

 それまでレヴァン氏の隣席に座し、ただ黙して私と夫のやり取りをじっと見つめていた妻女は、はっきりとした発音でそう言った。


「――魔女、でございますか」


 魔女。

 私が知る限り、そう称される人間は一人しかいない。


「失礼ながら、貴女のお噂は予々お聞きしています」


「噂――とは」


「貴女が、難解な依頼を魔女に託し解決しているという噂にございます」


 それは――。

 その『繋がり』は特定の人間しか知らないはずだ。この女は、何故知っている。


「ま、待ってください、何を仰っているのかわかりません。わたしは魔女など――」


「知らないと。ならば直接依頼しましょう」


「直接――」


「この街の住人が知る魔女と言えばただ一人にございましょう。ならば直接会いに行くことも不可能ではございますまい」


 会いに行くと言うのか。あの深き森を進み、あの蒼き魔女の元へ。


「待ってください。わかりました」


 私はそこで咳きを一つ払い、妻女を真っ直ぐと見つめた。


「レヴァン氏のご依頼、確かに私が受諾しましょう」


 その言葉を聞き、レヴァン氏は顔を上げて本当ですか、と問うた。


「ええ。受けさせて頂きます」


「ありがとうございます!」


 ありがとうありがとうとレヴァン氏は何度も頭を下げる。しかし、そんな夫を痛ましそうに見つめた妻女は、夫と、そして私を冷たく切る。


「いえ、それはもう結構にございます。貴女では、私共の願いは叶いますまい」


 その言葉に、私もレヴァン氏も言葉を失った。


「私共の願いは娘を殺めた者を裁く事ではありません」


「そ、それはどういう――」


「私共の悲しみは、たとえ犯人を殺したとしても晴れるものではないのです。私も夫も、心から願うはただ一つ」


 そしてそれは『魔女しか叶えられない』のでございます――。


「その、願いとは――」


 私は息を飲む。

 この展開は不味い。胸を締め付けるような不安感。これは――。

 ――魔女に結び付いてしまう。

 私共の願いは――。

 妻女はただ淡々と。


「娘を生き返らせること――にございます」


 そう言い切った。

 

 押し寄せる懸念と当惑が渦巻き混ざる暗き心中に、私はあの蒼き光を想った。



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