33 目標
まだ本調子ではないものの、詩織の熱は引いて、ベッドから起き上がっても問題ないほどに回復してきていた。食欲も戻り、クラストやシラバスが用意してくれた食事も食べる事ができる。
しかし約三日ほど寝込んでいたために、体は鈍ってしまったらしい。トイレへ行くために立ち上がろうとしたら、上手く足に力が入らなかった。
「わっ……」
「危ない」
よろけたところを、側にいたクラストに支えられる。
密着する体に、詩織の心臓が一度大きく跳ねた。カッと頬が熱くなる。
「ご、ごめん」
「いや……」
日本語で謝り、慌ててクラストから距離を置く。
その避け方にクラストは戸惑いの表情を浮かべたが、詩織は恥ずかしさのあまり彼から顔を背けていたので気づく事ができなかった。
目の前にいるクラストは本物だ。高熱が見せた幻じゃない。熱が下がった今なら、それが分かる。
そして詩織は、寝込んでいた間に自分がどんな行動をとっていたか、おぼろげに覚えていた。何度もクラストの名前を呼んで、彼に手を握ってもらい——
詩織は両手で顔を覆ってしゃがみこみたくなった。なんて事をしていたんだ、自分!
クラストとの再会は嬉しい。このまま飛んで行けそうなほど、心が浮き足立っている。今だって隣にいる彼の姿をまともに見られない。
けれどそれと同じくらい、クラストと話すのが怖かった。
彼は三年経っても詩織の事を覚えていてくれたし、日本での恩を返そうとしてくれているのか、献身的に看病もしてくれた。今のところ鬱陶しがられている様子はないので、そこはひとまずホッとしたのだが……。
しかしいつ婚約の話題を持ち出されるのか、詩織はビクビクしていた。
とろけるような笑顔で嬉しそうに王女との婚約を報告されたら……クラストの口から直接彼女に対する想いなど聞かされたら……。
それはこの病み上がりの身にはキツすぎる。もう一度寝込むかもしれない。
「詩織、大丈夫か?」
流暢な日本語でクラストが言う。彼がまだ日本語を忘れていない事も嬉しかった。
そっと肩に手を添えられ、詩織はびくっと首をすくめた。
「だ、だだ大丈夫! 一人で歩けるから!」
妙に大きな声を出しつつ、一歩後ろへと下がる。クラストの手が自然と離れた。
(あ、危ない……。これ以上のクラストとの接触は危険だ)
彼の優しさに触れていたら、どんどん気持ちが高ぶってしまう。婚約者のいる相手への想いを募らせたって仕方ないのに。
(私はクラストの事、諦めなきゃいけないんだから)
この失恋を乗り越えられたなら、クラストとは友達になりたいと思う。
けれど今は無理だ。近くにいても苦しいだけ。
(なるべくクラストとは接触したくない)
失恋相手に優しくされるほど辛い事はない。
「クラスト、私はもう大丈夫だからお仕事に戻っていいんだよ? ずっと側についててくれてありがとう。迷惑をかけてごめんなさい」
「迷惑だなんて思ってない」
クラストは少し怒ったように顔をしかめた。
詩織は思わずしゅんとなる。
「ごめん……」
「謝らなくてもいい」
クラストは慌ててフォローした。二人の間に微妙な沈黙が続く。
下を向いてしまった詩織に、クラストがおずおずと声をかけた。どこか辛そうな顔をして。
「やはり怒っているのか?」
「……え?」
詩織は顔を上げてクラストを見た。怒っているのは彼の方ではないのだろうか。
戸惑う詩織にクラストが言葉を付け加える。
「ガレルが君をこちらの世界に喚んだ事。それに俺が二ヶ月も気づかなかった事。大変な思いをしていた詩織を保護してやれなかった事」
まるで剣を心臓に突き立てられているみたいに、クラストは歯を食いしばった。
「詩織が怒るのは当然だ。自分でも自分を許せない。俺は日本でずっと詩織に助けられていたというのに……」
クラストが自分を責めているのがわかって、詩織は急いで首を横に振った。そんなに強く歯を食いしばってたら、奥歯が砕けるんじゃないだろうかと心配になる。
「違うよ、怒ってなんかない。その事はさっきも謝ってもらったし、もういいんだよ本当に」
詩織の熱が下がり、意識がはっきりしてきた時にクラストと赤髪の魔術師ガレルにまずされたのは、心からの謝罪だった。クラストなどは土下座しそうな勢いだったので、止めるのが大変だったのだ。
「ガレルさんにも悪気があった訳じゃないし……お互い懐かしいんじゃないかって、クラストと久々に会わせようとしてくれただけなんでしょ? 二人とも責任なんて感じなくていい。風邪の看病してもらっただけで十分だよ。それにクラストがシャイルさんに言ってくれたから、私はあの拘置部屋からこの暖かい病室に移動できたんでしょう? ありがとうね」
「やめてくれ、礼なんて」
「なら、クラストももう自分を責めるのはやめてね」
困ったように笑って言うと、クラストは渋々ながらも「わかった」と頷いた。
けれどたぶんクラストは、心の中でこの先もずっと自分を許す事はないのだろうなと詩織は思う。彼はそういう人だ。だからこそ好きになったのだ。
「だがしかし、それなら何故……」
悲しげなクラストの呟きが聞こえて、詩織は視線を彼に戻した。何だか今にも泣き出してしまいそうな、悲痛な顔をしている。
「何故、俺を避けるんだ? まさか……いや、その可能性は十分あると覚悟はしていたが……日本に恋人でもいるのか? だがそれにしては詩織はあまり日本を恋しがっていないようだし……。日本へ戻れるようにするというガレルの申し出も断っていただろう?」
自分で話を持ち出しておきながら、クラストはその可能性を詩織に否定して欲しがっているようだった。まるで懇願するような視線が詩織に突き刺さってくる。
「恋人なんていないよ……」
詩織は小さく言った。クラストの事が忘れられず、作ろうとしてもできなかったのだから。
「この三年、一人もいなかった。それにガレルさんからの申し出は完全に断った訳じゃなくて……この一件が片付いて私の容疑が晴れたら、一時的には戻るつもりだよ。両親への説明とか、マンションの解約とか、やらなきゃいけない事があるし」
日本に住むか、こちらの世界に留まるのかの判断には、もう少し時間が欲しかった。
こちらの世界の気風は気に入っているし、街の人たちの気安さも、温かさも、そして何より仕事も好きだ。だから日本へ帰りたいという気持ちはあまり多くはなかったのだが、しかしここへ来て迷いが生じている。
原因はもちろんクラスト。
彼と顔を合わせるのは辛い。これから先、何度も何度も彼と王女の幸せな姿を目にしたり、噂を耳にしたりするのかと思うと、胃がよじれそうになる。
それを考えると、日本へ戻ってクラストとの接触を一切断った方が楽なのではないのかと思うのだ。その方が早く想いを吹っ切れるかもしれない。
決して実る事はないと分かっている恋の相手でも、その人の事が大好きならば、同じ世界にいて同じ空の下で生きていく方が幸せなのだろうか。
それとも全く違う世界で、その人の存在を感じないまま生きていく方が幸せなのか。
詩織がそんな事を考えて胸を痛めていると、クラストもまた辛そうな顔をしたまま、余裕なさげに詩織に詰め寄った。
「だったら……! この二ヶ月の間にこちらで好きな男でもできたのか? 相手はどこの誰なんだ? そいつは俺よりも——」
「おや、修羅場中だったかい?」
第三者の声が割り込んできて、詩織もクラストもハッと意識をそちらに向けた。
病室に入ってきたのはガレルだ。相変わらず真っ赤で、派手で、それでいてどこか優雅な格好をしている。
彼は詩織が目覚めた当初はクラストと共にここにいて、状況説明と謝罪をしてくれたのだが、その後、詩織がもう一度短い眠りにつき、起きた時には姿が見えなくなっていた。
「やあやあ! もう元気になったかな、シオリ! 顔色が良くなってきたね!」
ガレルがいつもの調子で高らかに声を上げると、
「……偉大なる魔術師ガレル、申し訳ないですが病室では少し声を抑えていただけますかな。彼女もまだ本調子ではないのでね」
病室の隣の医務室から穏やかな注意が飛んできた。詩織の位置からでは姿が見えなかったが、この声はシラバスだ。
彼は向こうで怪我をした騎士の手当をしているらしく、時折若い男性の「痛ッ……!」という短い悲鳴が聞こえてくる。
「おや失礼、シラバス君」
ガレルは、見かけだけなら自分より随分と年上のシラバスにも気軽に返事をした。
そうして少しだけ声をひそめて言う。
「さ、シオリ。歩けるようになったなら、僕の部屋に来るといい。ここの粗末なベッドよりずっと寝心地がいいから」
「え、そんな……もう寝ている必要ないし、それにあまり勝手に移動する、シャイルさんに怒られる」
クラストとは日本語で話していた詩織だが、ガレルにはこちらの言葉で返答した。病み上がりで鈍った頭では、言葉を紡ぐのにちょっと時間がかかる。
ガレルはにっこりと笑って言う。どこか純粋さの残る笑顔だ。
「シャイルはもう君を捕えておく事はできないよ。シオリの無実は証明されたんだから! 君は自由だ!」
「偉大なる魔術師ガレル、病室では……」
ガレルが思わず声を大きくすると、隣室から二度目の小言が聞こえてきた。
詩織は『自由』という素敵な単語に目を輝かせる。
「自由って、本当に? 店にあった物の解析、終わった?」
「ああ、全て調べ終わった。そして結果、怪しい物は出てこなかった」
まだ信じられないといった口調の詩織に返事をしたのは、ガレルの後ろから病室に入ってきたシャイルだった。
いつも通り、ちょっぴり高慢そうに胸を張っている。彼は詩織の後ろにいるクラストをちらりと睨みつけてから、もう一度視線を目の前の詩織に移した。偉そうな態度が少しなりを潜める。
「シオリ、君は無実だった。……済まなかったな、最初に手荒な真似をした」
シャイルに謙虚な態度をとられるのは未だに慣れない。第一印象が最悪すぎるからだろうか。
背後でクラストが「手荒な真似?」と地を這うような声を出していたが、詩織はシャイルの謝罪を受け入れた。素直に謝られれば、許さざるをえない。彼らも仕事だったのだろうし。
それに今ではシャイルに対する怒りもない。拘置部屋から出してはくれなかったものの、彼は途中から完全に詩織の味方をしてくれていたから。
「それで、ロッシェは……」
ふと気づいてシャイルに聞くと、
「彼の無実も証明された」
不満げな顔をしてそう返された。相変わらず、ロッシェの事はあまり好きではないらしい。
「店の押収品から何も出なかったのもそうだが、何より侍女が供述を変えた事が大きい」
「供述、変えた?」
詩織が訊くと、シャイルは頷く。
「そうだ。王妃に説得されてもずっと口をつぐんでいたのだが、しかし敬愛する人物に真実を話すよう泣いて訴えられて、やっと本当の事を話す気になったらしい。毒薬はロッシェ・グールから買った訳ではないと」
「それなら、薬を売った真犯人は?」
「まだ捕まっていないが、見当はついている。ロッシェ・グールに毒薬を見せたら、それは隣国のとある地域でしか採れない薬草だと分かったんだ。……認めたくないが、奴の知識だけは本物だな。生のままなら薬になるが、乾燥させると毒性を持つという特殊な薬草らしい。地元の村では今でも堕胎薬として使われる事があるそうだ」
きっとそれは全部ロッシェから聞いた話なのだろう。シャイルは嫌そうに説明している。
「で、真犯人だが、侍女がまだ下級貴族だった頃に彼女が親しくしていた下男が、その村の出身だという事が判った。その男らしき人物と件の侍女が最近街で密会していたという目撃証言も、彼らが昔恋仲だったという噂もある」
「という事は、その元下男が侍女に協力していたんだな。その毒にもなる薬草は、彼が故郷から採ってきたんだろう。そして侍女は彼を庇っていた」
クラストが口を挟むと、シャイルはさらに不機嫌になりつつ答えた。
「そうだ。だが、未だ侍女はその下男の協力については認めていない。王妃にどれだけ説得されてもな」
詩織は話を聞き終えた後でふと声を上げた。
「なら、ロッシェは今どこに——」
「俺ならここだ」
病室の扉から、ゆっくりとロッシェが姿を現した。詩織よりは元気そうだったが、やはり少しやつれたような印象を受ける。
「ロッシェ!」
喜んで駆け寄ると、ロッシェはぎこちない笑みを浮かべた。
「よぉ、元気か? 熱出したって?」
いたわるように、今までされた事ないくらい優しく頭を撫でられる。
背後でクラストが凍り付いているとも知らず、詩織は心配そうにロッシェを見上げた。
「うん、もう大丈夫。ロッシェも平気? いつ出れたの?」
「お前が寝込んでる間に」
そこでロッシェは言葉を切り、間を置いた後で申し訳なさそうに言う。
「……悪かったな。お前まで巻き込んで。少し痩せたか?」
思いがけない謝罪に詩織は目を丸くした。あのロッシェが謝るなんてと、逆に怖くなる。
というか、今日は謝られてばかりだ。クラストにガレルに、シャイルにロッシェまで。
こちらを気遣ってくるロッシェに軽く動揺しつつ、詩織は言った。
「どうしてロッシェ謝る? ロッシェも無関係だったのに」
「ところが全くの無関係という訳でもない」
シャイルがフンと鼻を鳴らしてロッシェを睨んだ。それに対してロッシェは苦い顔をしている。いつも余裕な彼にしては珍しい態度だった。
「どういうこと?」
詩織の疑問に、ロッシェは渋々といった感じで説明を始めた。
容疑が晴れた後に侍女と面会したらしいロッシェは、その顔にどこか見覚えがあったという。しかし名前はおろか、どこで見たのかも思い出せずにいると、鉄格子の奥にいた侍女が冷えた目をして淡々と説明し出したらしい。
『あなたは覚えていないでしょうが、私はあなたをよく覚えています。私は慈悲深い王妃様に手を差し伸べられる前まで、とある大商人の屋敷におりました。下種で人でなしの、畜生にも劣る男です。あなたとはその屋敷で何度か顔を合わせています。あなたは仕事で男に薬を売っていただけで、私に直接何かした訳ではありません。けれど私はあなたの事が嫌いでした。ですので、今回の件で罪をかぶってもらおうと思ったのです』
そこまで聞いて、ロッシェはやっと侍女の正体に気づいたという。
「あの女は、俺が数年前まで親しくしていた裏の顧客の”愛人”だった。少なくとも当時の俺はそう認識していた」
彼女はいつも無表情で、気だるげに大商人に寄り添っていたそうで、ロッシェは直接言葉を交わした事すらないという。
そしていつも高級品のドレスを着せられ、髪を整えられて、大切に扱われているように見えたらしい。商人の人柄も真面目で温厚そうで、彼が媚薬や精力剤を買い求めた事にも最初は驚いたほどだと。
しかしシャイルの補足によると、彼女はその商人の下で、とても悲惨な目に遭っていたらしい。それはシャイルが詩織に説明する時に刺激の少ない言葉を選ばなければならないほど、口にするのもおぞましい行為だった。女性の尊厳をズタズタに踏みにじるようなその行為を、侍女は毎日のように強いられていたのだ。
侍女はロッシェに言ったという。
『あなたが来ると、その晩は地獄でした。私も、薬の効果で勝手な反応を示す自分の体を恨めしく思いました。あなたは本当に優秀な薬師です。けれどそれ故、私はあなたが嫌いだったのです』
ロッシェは憔悴したように言った。
「言い訳に聞こえるだろうが、俺はあの女がそんな酷い目に遭っているとは知らなかったんだ。いくら男の方が薬を求めても、女が嫌がっているようだったら、さすがに売ったりはしない。どれだけ金を積まれてもな……。薬の性質上、悪用する奴には注意を払ってたつもりだったが、甘かったな」
疲れたような口調。ロッシェもショックだったのかもしれない。自分の薬で酷い目に遭った人間がいた事が。誰もが皆、お互いの同意の下で、相思相愛の相手と愛を深めるために薬を使う訳ではないのだ。
「だが、お前は濡れ衣を着せられそうになっただけだから、まだマシな方だ」
シャイルがロッシェの方を見て口を挟む。そして疑問の表情を浮かべた詩織に視線を移して説明した。
「実は大商人の方は一年ほど前に惨殺されていてな。遺体は酷い有り様で、猟奇的殺人だとずっと捜査は続いていたんだが、今日になって侍女が自分が殺したと認めた。おそらくそちらの犯行にも、元下男が協力したのだろう。女一人の力では、成人した男の体をあそこまで酷い状況にはできない。彼女の境遇には同情するが、やった事は許されない事ばかりだ」
冷静なシャイルの声を聞きながら、詩織も頷く。救いのないまま一生を終えていく人もいる中で、彼女は一度王妃に助けられているのだ。そこでどうにか人生を変えられなかったのだろうか。
とはいえ、自分も彼女と同じ目に遭えば、相手を恨む気持ちは簡単には消えないのかもしれない。
詩織は何だかやるせなくなった。
「ロッシェ……」
「お前の言いたい事は分かる」
喋り出そうとした詩織をロッシェが制する。
「だが、それをやるとお前の給料は今までの半分以下になるぞ。まぁ俺もだが」
シャイルたちは訳が分からないという顔をしているが、詩織はしっかりと頷いた。
「平気。お金はこれから頑張れば何とかなる。——裏の商売、もうやめよう。違法じゃないけど、侍女さんみたいな例があるなら、私もう媚薬作りたくない。精力剤は……本当に必要としてる男の人には売ってもいいのかもしれないけど」
ロッシェが黙り込んだので、クラストの「媚薬? 精力剤?」という驚きの声が病室にやたらと大きく響いた。
詩織は続ける。
「ロッシェ、さっき私の言いたい事分かったって言った。つまりロッシェも同じ事考えてた。でしょ?」
いつだったか、ロッシェがぽつりと話してくれた彼の生い立ちを思い出す。ロッシェは貧しい村で育ったらしく、そこでは病人が出ても薬一つ満足に買えなかったとか。貧困にあえぐ者には、薬を買う余裕もないのだ。
ロッシェはそれ以上の話はしてくれなかったが、その過去が彼を薬師にしたのだと思った。裏の顧客からはこれでもかというほどぼったくっていたが、表の薬はその品質に対して少し安すぎるくらいの値段設定だったし。
裏の商売はすっぱり辞めて、初心に戻って真面目にやっていった方がいいのではないかと詩織は思う。
「大丈夫! ロッシェの薬、品質は最高だし、効果も抜群だから。宣伝すればきっと店賑わう」
詩織は自信を持って言った。彼の腕は確かだ。そしてその外見からは想像がつかないほど薬に対しては真面目で、勤勉でもある。知識量もそんじょそこらの薬師には負けない。
「店、見つけ辛いところにあるから、私ビラ配る。あと大通りに案内看板立てさせてもらったり。一度薬使ってもらえれば、きっと皆、常連さんになってくれる」
言っているうちに、何だかやる気がみなぎってきた。
この世界で生きていく上での目標が出来た——ロッシェの店を今よりもっと繁盛させるのだ。
「頑張ろう! ね!」
弾んだ声でロッシェを元気づける。
ロッシェは大人っぽく笑うと、無言で詩織の頭を撫でくり回した後、「しばらくは節約生活だな」と呟いた。




