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リングリング  作者: 三国司


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30 再会

 詩織の異変に最初に気がついたのは、朝食を運んできた牢番だった。ベッドに横になったまま苦しげな呼吸を続ける詩織の様子を見て、シャイルに報告したのだ。


「シオリ!」


 かくして、シャイルは大慌てでやってきた。

 部屋に飛び込んでくると同時に発せられた彼の声が頭に響き、詩織はベッドの上で小さくうなる。

 熱は相変わらず高いまま、どうしようもない倦怠感と気持ち悪さが全身を支配している。


「大丈夫か!?」


 お願いだから声のボリュームを落としてほしい。そう思いながら、詩織は潤んだ瞳をうっすらと開けた。シャイルは目の前で床に膝をつき、詩織の体調をうかがっている。

 恐る恐る……といった感じで伸ばされてきた手が、詩織の前髪をよけ、直接額に触れた。熱がある訳でもないのに、何故かシャイルまで顔が赤い。


「ひ、ひどい熱だな」


 頬を赤らめつつも、神妙な表情でシャイルが言った。


「……たぶ、ん……風邪……」


 喉の痛みはそれほどでもないのだが、詩織の出したかすかな声は、いつもより少し枯れていた。


「風邪か……」


 体温を測り終えても、シャイルの手は詩織の額の上から動こうとしない。顔を背けてその手を振り払う元気も無いのでそのままにしておくが、彼の手はそれこそ本当に熱でもあるんじゃないかというくらい熱いので、お互いの高すぎる体温がこもってちょっと不快だった。冷たい手で触られたなら、きっと気持ちよかったのだろうが。


「医者を呼ぶから、診察してもらって薬をもらおう」


 詩織はシャイルの言葉に半分ホッとし、半分落胆した。

 医者を呼んでもらえるのは嬉しいが、やはりこの寒い拘置部屋からは出られないらしい。もう少し暖かな病室にでも移れるかと期待したのだが、詩織にかけられた容疑はまだ完全に晴れた訳ではないので、仕方ないのだろうか。


「おい、シラバス先生を呼んでこい」


 シャイルは振り返って、部屋の隅に控えていた牢番に指示を出した。牢番はすぐに行動に移したのだが、扉から廊下へ出ようとしたところで、ぴたりと立ち止まる。

 廊下の先からこちらへ向かってくる人物に気をとられたらしい。


「きょ、許可なく入られては困りますっ……!」

「いいじゃないか、固い事言うんじゃあないよ。ねぇ、君」

「え? ええ……いや、うん……俺の立場ではなんとも……」


 声は三つ。

 おそらく最初の困ったような声は、ここにいるのとはまた別の牢番のもの。そしてあと二つの声は、詩織には聞き覚えがあった。

 赤髪の魔術師ガレルと、門番の彼だ。


 ほどなくして拘置部屋へと入ってきた面々は、詩織の予想通りの人物たちだった。

 シャイルは眉間にしわを寄せると、立ち上がって牢番に詰問した。


「おい、何をしているんだ」

「も、申し訳ありません。容疑者と面会したいと言う彼を入り口で止めていたら……」


 彼というのは門番の事らしい。牢番は一度彼に視線を移し、その後すぐにガレルに戻す。


「後からガレル様まで来られまして、2人でこちらの制止を振り切り勝手に中へ……」


 シャイルは思いっきり不機嫌な顔をしたが、それ以上牢番を責める事はしなかった。唯我独尊のガレルを止めろと言う方が無理なのだ。

 詩織がちらりと様子をうかがうと、ガレルはまるで悪い事などしていませんという堂々っぷりだったが、門番の方は悪い事をしている自覚があるようで、申し訳なさそうに少し小さくなっていた。ガレルの勢いに押され、つい一緒に入ってきてしまったらしい。私服姿だから、今日は非番なのだろうか。


「魔術師ガレル。今日はあなたをここへ呼んだ覚えは無いが? 国一番の魔術師であろうと好き勝手されては困る。それにお前は……パーカーと言ったか、この前もここへ来ていたな? まだ懲りていないのか? 一体何の用だ」


 苛々と靴を鳴らしながらお説教をするシャイルに、門番の彼は震え上がった。


「す、すすすみません! けど、ここでの生活は不自由だろうし、彼女も色々困っている事があるんじゃないかと心配になって……お、俺で何か力になれたらと!」

「うるさい、黙れ。大きな声を出すな」


 何の用だと訊いておきながら、この仕打ち。しかしシャイルを恐れているらしい門番は、速攻で口にチャックをした。

 詩織は熱に浮かされながらも、門番の気遣いに感謝した。彼は本当にいい人だ。


「あり、がと……」


 かすれた声で礼を言うと、門番の注意はシャイルから詩織に移った。そこでやっと体調の悪そうな詩織の様子に気づき、動揺した顔をする。

 ガレルもこちらを見て、険しい顔をして目をすがめた。


「……まさかと思うが、体調が悪いのかい?」


 何故かガレルはそれを信じたくないようだった。詩織の体調が悪いと、彼にとって不都合らしい。少しバツの悪そうな、追いつめられた顔をしている。

 シャイルは魔術師の珍しい表情に驚きつつ、見れば分かる質問をした彼に食ってかかった。


「それが分かったなら、さっさと出ていってもらおうか」


 しかしガレルはシャイルの言葉を無視して、つかつかと部屋の奥までやってきた。


「起き上がれるかい? ここを出よう。僕の部屋で療養するんだ」


 横になっている詩織に手を伸ばそうとするガレルを、走り寄って来たシャイルが止める。


「ここを出るだと? 何を勝手な事を! 彼女は僕の……じゃない、我々第四隊の目の届くところに置いておく必要がある! 今はまだ容疑が完全にはとけていない!」


 怒鳴るシャイルに、詩織は再び顔をしかめた。お願いだから、病人の前では声のボリュームを……。

 後ろの方で関係のない門番と牢番を震え上がらせたシャイルの怒声も、しかしガレルにはさっぱり効いていないらしい。

 癇癪を起こした子どもに話を合わせてやる大人のように、やたらゆっくりと話し出す。

 

「わーかった、わかったよ。そんなに怒鳴らなくたっていいじゃあないか。それじゃあ彼女にかけられた容疑は、僕が責任を持って晴らすとしよう。だから彼女は連れて行く」

「おいッ! なにが『だから』なんだ! 何も繋がってない!」


 詩織の体を起こそうとするガレルと、それを止めるシャイルの攻防が続く。詩織はうんうんとうなされながら、頭に響くシャイルの大声に耐えていた。お願いだから、声のボリュームを(三回目)……。

 ガレルは悪びれもせずに返答した。


「繋がってるじゃないか。この僕が、世界一の魔術師であるこの僕が彼女の無実を証明するって言ってるんだから、彼女の無実はもう決定事項なんだよ。だから彼女をここから出しても問題はない。そうだろう?」

「いや、問題大ありだ。彼女を出してから無実を証明するのではなく、先に無実を証明しろ。だいたい今、私の部下たちがその作業を進めている最中だ。魔術師ガレルの手を煩わせずとも、もう少しで彼女の容疑は晴れる!」

「それじゃあ遅いんだよ!」


 ついにガレルまでもが声量を上げた。詩織はもう黙って耐える事にした。


「彼女の置かれた状況を知っていながら、放置しておく事はできないんだよ」

 

 そこまで言うと、後の言葉はまるで独り言を言うようにブツブツと続けられた。


「……僕にも責任はある訳だし、第一彼女のこの状況をクラストが知ったらどうなるか。彼に見つかる前に、少しでも状況を改善しておかなければ……もっと良い部屋に移して、体調を整えさせて……」


 ガレルの小さな呟きは、詩織やシャイルの耳には届かなかった。


「クラストに知らせるのはそれからだ」


 実はガレルは、詩織がクラストの『異世界の君』である事に気づいていた。といっても、気づいたのは今朝なのだが。

 詩織に開心術をかけた昨日から、ガレルは何となく彼女の事が気になっていた。最初は詩織の話す母国語に関心を持ち——ガレルは長い時を生きてきて世界中色々な国を訪れたが、詩織の話す言葉はそんな彼でも耳にした事のない全く新しい言語だったから——、出身はどこなのだろうとぼんやり考えていたのだ。


 ちなみにクラストは地球や日本の話はしても、名前以外、ガレルに『異世界の君』の事を詳しくは教えてくれなかった。その情報を元にガレルが何か良からぬ事を企むのでは、と警戒したのか、あるいは詩織に関する情報は自分のものだけにしておきたかったのかは分からないが。


 しかしそういう事情もあって、ガレルは詩織の外見だけでは、彼女が『異世界の君』だとは判断が出来なかった。

 焦げ茶の瞳も黒い髪も、この世界では特に珍しくはない色合いだし、王都では出稼ぎに来た異国の人間も少なからず生活しているのだ。


 ガレルは昨夜とっても暇だったので、暖炉の燃える暖かな部屋で紅茶を飲みながら、詩織の出身地について考えを巡らせていた。

 彼女の話す言葉は周辺国ものではないし、世界の主要な大国のものでもない。となると、よほど辺境の地からやって来たのだな、と。


(……ん? 辺境の地からやって来た?)


 そこで何故か、『異世界の君』を喚び出そうとした時に使った彼女の髪の毛の事を思い出した。艶のある長い黒髪で、直毛というわけでもないが、ほとんど癖はなかった。そして拘置部屋にいた彼女の髪も、それに似ていて……。

 だが、髪一本で二人を同一人物だと判断する事は出来ない。ガレルは今朝、出勤したシャイルの部下を捕まえて詩織の調書を見せてもらい、そこでやっと確信を持った。


 ——ニホン出身のシオリ。

 彼女こそ、クラストが追い求める『異世界の君』だ。


 そうしてガレルは、再びこの拘置部屋にやってきた。詩織を保護するという自分の責任を果たすため、そしてクラストの怒りを少しでも回避するために。

 詩織は今、『側妃とそのお腹の王子の暗殺未遂』という大事件に巻き込まれ、容疑者扱いされて獄舎に監禁されている。おまけにそのせいで体調を崩して高熱を出し、苦しんでいる真っ最中。

 この哀れな状況の詩織をクラストに見せるなど、いくらガレルでも恐ろしかった。


 それにもちろん、罪悪感もある。訳も分からぬままこの世界へやってきて、詩織は今までどんな苦労をしてきた事か。

 クラストに会わせるまではガレルが側にいて、まず事情を説明してやるはずだったのに。


「さぁ、僕の部屋に行こう。暖かいし、もっと柔らかなベッドもあるから」


 ガレルは詩織を抱き起こそうとしたが、ぐったりとしている彼女を持ち上げることは出来なかった。

 元々、腕力など皆無なガレルである。やはり魔術に頼るのが一番と、詩織を小さくして持ち運ぶことにした。

 クラストには悪いが、詩織が元気になるまで、もう少し再会は遅らせてもらおう。


 シャイルが妨害を続ける中、ガレルは魔力を込めた指先をベッドの詩織に向ける。

 しかしその瞬間——





「…………詩織?」


 唐突に、誰かの呟きが漏れた。

 振り返ると、開け放たれたままの拘置部屋の扉の前に、一人の男が呆然と立っていた。ここまで走ってきたのか少し髪が乱れているが、それに構う事なく、目を見開いたままでベッドの上に横たわる彼女を凝視している。

 ガレルは諦めたように長い睫毛を伏せた。


(あーあ、見つかっちゃった)



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