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リングリング  作者: 三国司


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27 救援?

 結局詩織はほとんど眠れないまま翌朝を迎えた。わずかな日光しか入らない拘置部屋は、よく晴れた早朝でも薄暗く、時間の感覚がいまいち鈍る。ずっとここにいたら体内時計が狂いそうだった。


 トイレは部屋には無いので、牢番らしき人間に声をかけて連れて行ってもらうしかない。お風呂へ入るのも無理だが、水で濡らして絞った布くらいなら持って来てもらえる。

 詩織はその布で顔を拭くと、出された質素な食事に手を付けた。食欲はないが、食べなければ体力も気力も落ちてしまいそうだから。


 朝食を終え、詩織が暇を持て余し始めた頃に、タイミングよくシャイルはやってきた。

 今朝は彼のくすんだ金髪も何だかキラキラしているように見える。薄暗い部屋に監禁されている詩織にとって、外から来た人間は皆眩しく感じるのだ。

 まだここに入れられて一日も経っていないのに、すでに太陽が恋しい。


「昨日はよく眠れたか?」


 気遣うようにシャイルに問われ、詩織は「あまり」と肩をすくめた。

 しかしシャイルのこの優しさは、やはり『下手に出る作戦』の効果なのだろうかと心の内で思う。店で会った高慢な彼はどこへ行ったのだろう。

 シャイルは遠慮がちに続けた。


「……そうか。今日もこれから少し話を聞きたいんだが、大丈夫か?」

「平気、です。話してた方が、気も紛れる」


 たとえそれが尋問でも。

 それに話して無実を訴えなければ、いつまでたってもここを出られない。

 昨日と同じように向かい合わせに椅子が置かれ、詩織たちはそこに座った。紙とペンを持った騎士が一人入ってきて、壁際に立つ。シャイルは静かに質問を始めた。


「君が堕胎薬を作るとしたら、どんな材料を使って、どんな方法で作る?」


 少し考えて、詩織は諦めたように首を振った。


「分からない。どの薬草使えばいいのかも……」


 素人の詩織が薬を作れるのは、ロッシェのレシピがあればこそだ。これまで扱ったことのある様々な薬草とその効用を代わるがわる思い浮かべて見るが、その中に堕胎薬に使えるものがあるのかどうかすら分からない。まだ自分で薬を調合できるレベルには達していないのだ。

 

「では、これを見てくれ」


 差し出されたのは、薄い布に包まれた少量の薬草の葉だった。乾燥させてあるらしく小さく縮れてはいるが、細かく千切られたり粉末状になったりはしていないので、ある程度の原型は留めている。

 詩織はそれを指でつまんで、よく観察した。


「これは?」

「側妃様が飲んだ堕胎薬の残りだ。珍しいお茶の葉として、犯人の侍女が持って来たもの。これを君の店で見た事はないか? ロッシェ・グールが作っているのを見た事は?」


 正直、乾燥させた薬草の葉なんてどれもこれも似たり寄ったりな形をしていて、特徴的なものでない限り、詩織では見分けがつかない。

 

「たぶん、見た事ないと思う。ロッシェが作ってるところも」

「では、この薬草の名前は分かるか? 実は我々もまだこの薬草名を特定できていないんだ」

「ううん、分からない……。ごめんなさい」

「謝らなくてもいい」


 シャイルの穏やかな声に、詩織は戸惑わずにはいられなかった。『作戦』が効いたのではなく、どこかで頭でも打ったのでは? と心配してしまうほどの変わりようだ。

 動揺しつつも、葉の匂いを嗅いでみる。発酵させたり炒ったりはしていないようで薬草自体の青臭さが残っているが、際立った特徴のない香りだ。


「これ、ロッシェにも見せた? 彼ならこの薬草の名前、知ってるかも」


 ロッシェの薬草に関する知識は恐るべきものだ。この道何十年という古老の薬師よりも、きっと多くの種類を知っているに違いない。今あるものだけで満足せずに、外国で採れる薬草なども積極的に取り入れているから。

 シャイルは言う。


「いや、見せていない。実はあの男にはあまり詳細な情報は与えていないんだ」

「……なぜ?」

「当事者でしか知り得ない情報を、彼がうっかり口にするのを狙っている。ロッシェ・グールには『侍女が側妃のお茶に毒を仕込んだ』程度のことしか言っていない」


 それなのにロッシェが、その茶葉自体に毒があった事を知っていれば——液体だったり粉だったりする毒をお茶に混ぜたのではなく——、あるいはその茶葉の形状などを知っていれば、彼が侍女に堕胎薬を売ったという容疑は深まるのだろう。

 ロッシェは、自分よりもずっと本格的に疑われているらしい。詩織はそう思って顔をしかめた。


「どうして私にはその方法とらない?」


 不思議に思ってシャイルに聞く。


「犯人の侍女の供述によれば、彼女がロッシェ・グールから堕胎薬を買ったのは、今から三ヶ月ほど前のことだからだ。ちょうど魔術師の占いで胎児が男の子だと判明した直後だな。側妃様の様子を見ながら機会を伺っていたら、計画を実行に移すまで時間がかかったらしい。君は三ヶ月前はロッシェ・グールのところにいなかったんだろう? 侍女も君の事は知らなかったし、彼女に堕胎薬を売ったという疑いについてはほとんど晴れている」


 けれどロッシェ・グールの元で、堕胎薬をはじめとする違法な薬を製造販売していたという疑いはまだ残っているが……。シャイルは気まずそうにそう続けた。

 そして彼の話によれば、ロッシェには侍女についての情報も詳しくは教えていないらしい。教えてもいないのに彼女の髪の色なんかを知っていればやはり怪しいという訳だ。


「私たちの容疑、どうすれば晴れる?」


 詩織は懇願するようにシャイルを見つめた。

 シャイルはその視線にたじろぎ、目を泳がせた。


「きっ、昨日君たちの店から回収した物を、今調べている最中だっ……。そこで堕胎薬や違法な薬を作っていたという証拠が出て来なければ、とりあえずは解放される事になるだろう」

「店の物調べるの、どれ位かかる?」

「量が多いからな、一日や二日では無理だ」

「そんな……」


 詩織は肩を落とした。こんな所には、もう一分一秒だっていたくないのに、と。

 石で囲まれたこの部屋には妙な圧迫感があり、常に薄暗いせいで気分も沈むばかり。冷たくて固くて陰鬱としていて……一週間もここで過ごせば閉所恐怖症になりそうだ。

 もし店から押収した物の調査に数ヶ月もかかったらどうしよう。そう考えてぞっとした。


「……そう気を落とすな。なるべく早く調査を終えるよう部下に指示を出す」


 暗い表情で自分の腕をさすっている詩織には、シャイルの言葉は届いていなかった。

 お風呂にも入れなければトイレにも自由に行けないこんな場所で何日も……と想像して落ち込む。しかもこれから寒さは厳しさを増してくる。


「話をしていると気が紛れると言うならば……わ、私も毎日ここへ……きっ、君に会いに来るし」


 雪なんて降ったら、私はここで凍死してしまうんじゃないだろうか。

 そう思って顔を青くする詩織。


「何か困った事があれば、い、いつでも私を頼ってくれて構わないぞ」


 毛布をもう一枚貰っておいた方がいいだろうか。魔術を使った便利な暖房器具とかないのかな。


「一応言っておくが、私は容疑者に対していつもこれほど寛容なわけではない」


 換気用の小窓から、結構冷気が入ってくるんだよね……。寒い時は木の板か何かで塞げるといいのに。


「君だからこそ、や、優しくしているのであって……それはつまり、その——」

「おい、勝手にッ……!」


 詩織が寒さ対策に頭を巡らし、シャイルが顔を赤らめながら独り言を喋っていると、突然廊下の奥から怒鳴り声が聞こえてきた。詩織もシャイルもハッと顔を上げて、廊下の方に視線を向ける。


 おそらく男性が二人、何やら言い合いながらカツカツと足音を立てて、建物の出入り口の方からこちらに向かって歩いて来ている。

 一人はこの建物の警備をしている牢番のようで、勝手に中に入ってきた男を止めようとしているらしかった。二人はちょうど詩織のいる部屋の扉の前で立ち止まり、言い合いを続けている。


「騒がしいな」


 いらっとした様子でシャイルが立ち上がる。眉間にしわを寄せ、扉を開けて廊下の外にいる人物たちを叱りつけた。


「うるさいぞ。一体何をしているんだ、馬鹿者どもめ」


 その高慢で尊大な口調に、詩織は安心感を覚えた。あ、よかった、頭を打った訳じゃなかったのね、と。


「も、申し訳ありません」


 牢番が謝るが、詩織の視線はその前に立っている男に注がれた。茶髪で背が高く、バスケ部にいそうな風貌の男。


「門番の……」


 ぽつりと声をこぼす。

 そしてその声に反応して、廊下にいた門番も部屋の中の詩織を見つけた。


「……!」


 彼は部屋の中に閉じ込められている詩織を見て、改めて驚いたように息をのんだ。

 無意識に中へ入ろうとした門番を、シャイルが片手で遮る。肩をつかんで強く押し返したのだ。門番の視線が自分に移ったのを見てからシャイルは話し出す。とても偉そうに。


「名前と所属は? 何の用でここへ来た」


 シャイルは門番の事を知らないようだが、門番はシャイルを知っているようだ。彼と対峙して僅かにたじろいだから。

 表情をこわばらせながらも、門番はシャイルを見返して言った。


「警備隊のパーカー・コルクです。私は彼女の、知り合いで……」


 ちらりと視線を向けられて、詩織は「え?」と瞳を瞬かせた。私の事で彼はここへ乗り込んできたのだろうか? と。

 シャイルは訝しげに片眉をつり上げる。


「知り合い? どういった知り合いだ?」

「いえ、あの、知り合いというか……ちょっとした顔見知り……というか」


 ごにょごにょと勢いをなくしていく門番の言葉をシャイルは鼻で笑った。


「つまりほとんど知らないんだな?」

「……っ、し、しかし彼女が悪い人間だとは思えません。今回の事件に関わっているようにはとても……」


 詩織は目を丸くした。どうやら彼は自分を擁護しに来てくれたらしい。

 雨用の外套を貸してくれた事といい、彼はびっくりするほどいい人のようだ。

 たった二度しか話した事がないのに……しかもこちらは「クラストに会わせろ」と詰め寄って迷惑をかけていただけだというのに。親切な彼に詩織は感動さえ覚えた。

 一方でシャイルの機嫌は悪くなるばかりだ。


「そこまで言うからには何か証拠があるんだろうな? 彼女の無実を証明する証拠が」

「い、いえ、証拠は……」


 がんばれ、門番さん! と心の中で声援を送る詩織だが、しかし同時に、彼がシャイルに勝てない事も分かっていた。

 証拠がどうとかではなく、そもそも彼がシャイルを言い負かす場面が想像できない。

 体は門番の方が大きいのだが、精神的に勝てそうにないというか。単純にシャイルの方が性格悪くて弁が立ちそうというか。


「証拠もなく適当な事を言うな。お前はただ勢いだけでここへ来たのか? それで彼女を解放できるとでも思っているのか? 感情で行動する前に、頭を働かせたらどうだ」


 ほら、と詩織は内心苦笑いした。矢継早に放たれるシャイルの言葉に、門番は「うう……」と口ごもって、ただ打たれるだけ。何だか可哀想になってきた。

 かばってくれようとした気持ちはすごく嬉しかったから、もういいよ。今ここにタオルがあったなら、詩織はそれを門番に投げていたことだろう。


「馬鹿な事をしている暇があったらさっさと持ち場に戻れ。私情を仕事に持ち込むな」

「う……はい、すいません……」


 カンカンカンとゴングが鳴って、門番の心は折れた。言っている事はシャイルの方が正しいのだから。

 門番はしょぼんと意気消沈しながら、最後に詩織の方を振り返った。力になれずにごめんと言うように。

 詩織も去っていく彼に元気のないほほ笑みを返しながら、「気にしないで」とささやいた。相手に聞こえていたかは分からないけれど。


 門番の彼が自分を助けようとしてくれた事は嬉しいが、やはり簡単にはここから出られない事を詩織は痛感した。

 誰かを頼っても——その時の詩織の頭に浮かんだのはクラストだったが——、この状況から救ってもらうのは容易ではない。

 けれど店からの押収品の調査をただ待つのも、どれだけの時間がかかるか分からないだけに辛い。

 ここにじっと監禁されているだけではなく、何か自分にも無実を証明するためにできる事があればいいのに。詩織はそう考えると、鉄の扉を閉めてこちらへ戻ってきたシャイルに訴えた。


「あの、自分の無実証明するため、私にできることない? 私、何でもする」


 ぎゅっと眉根を寄せて、真剣に哀願する。


「容疑者である君ができる事と言っても……」


 シャイルは逡巡しながらも、なんとか詩織の訴えを聴いてやろうと考えているようだった。顎に手を当てて思案した後で、はたと思いついたように口を開く。


「だったら……魔術師をここへ呼んでこよう」

「魔術師?」


 意味が分からず、詩織はこてんと首を傾げた。


 

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