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リングリング  作者: 三国司


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25 尋問

 自分の謝罪があっさりと受け入れられた事に、詩織は安堵していた。数十分謝り倒さなければいけないかと思っていたのに、予想よりずっと簡単に許してもらえた。やはり『下手に出る』という戦法がよかったらしい。

 しかし何はともあれ、これで尋問の厳しさは多少和らぐだろう。そう考えて、少し安堵する。


「とりあえず、す、座れ。じ、尋問を始めなければ……」


 高慢だったはずの金髪の騎士が、うろたえているような口調で詩織に指示を出した。

 下手に出る作戦でいくと決めたので、詩織も素直に従う。それに目が泳ぎまくっている今の彼には、あまり反発心も起きない。


 向かい合わせに置いてあった二つの簡素な木製の椅子。その一方に詩織が座ると、金髪の騎士は残った一つに腰掛けた。

 狭い部屋には他にも二人騎士がいて、一人は紙とペンを持って壁際に立っている。そしてもう一人は部屋の鉄戸を閉めると、同じく壁際にひっそりと並んだ。

 咳払いを一つして、金髪の騎士が口を開く。


「では、まず名前を……お、教えてくれ」

「詩織、です。シオリ・ウメモト」

「シオリ、か……」


 金髪の騎士は、確かめるように詩織の名前を小さく繰り返した。

 そして視線を上げ、改めて詩織に向き直ると、


「私はシャイル・キリングだ。シャイルと呼んでくれ」


 いきなり自己紹介を始めた。

 金髪の騎士がわざわざ自分に名前を教えてくれるとは思っていなかったので、親しげに名乗られたことに詩織は軽く面食らう。

 壁際に立っていた他の騎士も、驚いた様子で顔を見合わせていた。


「あ、はい……シャイルさん」


 おずおずと名前を呼ぶと、シャイルは満足げに頷いた。そして質問を続ける。


「君はこの国の生まれではないようだが、出身はどこだ?」

「えっと……」


 何と答えるのが一番良いのか。詩織は頭を悩ませた。

 この状況ではあまり嘘はつきたくない。自分は口が上手い方ではないし、たった一つでも嘘がバレると、立場がさらに危うくなるかもしれないから。『自分は何もしてない。冤罪だ』という正当な主張まで、偽りだと疑われることになるだろう。

 

 かといって、正直に「異世界から来た」と言うのもどうかと思った。ロッシェのようにあっさりと信じてもらえるのか分からないし、逆に頭のおかしい奴だと思われかねない。

 あまり黙っていても不審に思われる、と、数秒間考えた挙げ句、


「出身、ニホン。東の端の……すごく小さな国」


 などと言ってみた。この世界には地球ほどではないにしろたくさんの国があるようなので、「そんな国は存在しない」と断言される事もないだろうと思って。

 嘘をついてはいないのだが、しかし壁際の騎士がペンを走らせてメモを取っているのを見てしまうと、詩織の心臓は分かりやすく鼓動を速めた。後で調べられたら、この世界にニホンという国がない事がバレてしまう。


「ニホンか。聞いた事のない国名だ」

 

 シャイルが呟く。

 詩織は冷や汗をたらしつつ、小さすぎて地図には載っていない国という事にしよう、と心の中で設定を決めた。

 けれど、このまま出身の話を深くつっこまれるとボロが出るのは時間の問題なので、詩織は自分から違う話題を振る事にした。


「あの、私がここへ連れて来られた理由、聞きたい。私、何の疑い、かけられてる?」


 声はこわばり、表情は真剣になる。出身をごまかした時とは、また意味の違う緊張感。

 こちらを見る時にソワソワと視線を泳がせていたシャイルも、真面目な顔で詩織を見返した。


「本当に心当たりはないんだな?」

「ない。絶対」

「そうか……」


 シャイルは軽く頷くと、ゆっくりと説明を始めた。


「君にかけられているのは、毒薬を製造した疑いだ。詳しく言うと、ロッシェ・グールと共謀して……あるいは彼に指示されて、母体の命をも脅かす危険な堕胎薬を製造し、それを他人に売った疑い」

「ダタイ、薬……?」

「中絶薬と言えば分かるか? つまり腹の中にいる子供を強制的に堕ろすための……胎児を殺すための薬だ」


 お腹、子供、殺す。

 その三つの単語を組み合わせれば、堕胎薬の意味は理解できた。しかしそれと同時に、詩織の顔は青くなっていく。

 

「そ、そんな薬、作った事ない!」


 避妊薬なら店には常に置いてある。それは子供をこれ以上望まない夫婦などに人気で、意外とよく売れる薬の一つだ。

 けれど堕胎薬なんて……。


「君が作った事はなくても、店で扱っていたりはしないか? あの男……ロッシェ・グールがそれらしき薬を作っていたのを見た事は?」


 シャイルの問いかけに、詩織は黙って首を横に振った。店で扱っている怪しい薬と言えば媚薬と精力剤だけだし、それも合法的なもの。ロッシェがひっそりと見慣れぬ薬を作っていたという事もない。


「では、堕胎薬でなくてもいい。ロッシェ・グールが違法な薬を売っていた、という事は今までなかったか?」

 

 シャイルの態度は詩織に対しては緩和したようだったが、ロッシェに対してはまだ厳しいままだ。

 詩織は再度首を振り、シャイルは質問を変えた。


「君はどれくらい前から、あの男の下で働いているんだ?」

「えっと……まだ二月ふたつきくらいだと思う」

「なんだ、そうなのか」


 何故か安心したように言った後で、シャイルは小声になった。


「という事は……ロッシェ・グールとはまだそれほど親しくない訳だな? つまりその……ただの上司と部下、雇用主と従業員という関係で、男女の仲ではないと」


 一瞬戸惑ったが、詩織はすぐに「もちろん」と返した。ロッシェとは随分親しくなったし、二ヶ月よりもっと長く一緒にいる感覚はあるが、上司と部下という関係に変わりはない。


「そうか」


 ほんのりと嬉しそうな顔をしているシャイルに、部屋の中の誰もが——詩織も残る二人の騎士も——首を傾げた。ぽかんとしている周りの様子に気づいたのか、シャイルは慌てて取り繕う。


「き、君とロッシェ・グールが深い仲であるかどうかというのは、重要な事なのだ。恋人同士だと相手をかばって嘘の供述をしたりするからな。しかしまだ会って二月しか経っていないというのなら、君があの男をかばう可能性は低いと判断できるわけだ」

「はあ、なるほど……」


 詩織は曖昧に返事をかえした。自分を擁護してくれるかのようなシャイルの言い方に若干戸惑う。


「だけど、かばうも何も……ロッシェが危険な堕胎薬作るところ、本当、見た事ない。彼も無実」


 詩織は切々と訴えた。そして続ける。


「というか、そもそもどうしてロッシェ捕まった? 堕胎薬売るところ、誰かが見た?」

「そうだな、それを説明しなければ。まず何から話そうか。君はこの国の王族についてどれくらい詳しい?」

「全然。この国のこと、まだよく知らなくて……王女様が一人いる事、知ってるけど」


 唐突に出た『王族』という単語に尻込みする。一体、それと自分たちが捕まった事に何の繋がりがあるのかと。

 シャイルは頷きを返してから先を続けた。



 +++



 数時間後、取り調べを受け終えた詩織が拘置部屋で一人休んでいる頃、そのすぐ近くの王城でクラストはまだ仕事を続けていた。

 月明かりに照らされた中庭の景色になんとなく視線を向けつつ、廊下に立つ。しかし側にある大きな扉が静かに開くと、クラストはそちらに向き直って、中から出てきた人物——国王を出迎えた。


「いかがでしたか?」


 クラストが問いかける。


「随分回復している。母子ともに、もう命の危険はないそうだ」


 国王は、神妙な面持ちながらも安心したような声音で話した。その答えを聞いてクラストもホッと息をつく。

 王の言った『母子』とは、彼の二番目の妻——側妃と、そのお腹の子どもの事。今クラストたちが立っているのは、側妃が休んでいる寝室の、控えの間の扉の前だった。

 三日前に起きた”とある事件”のせいで城にはピリピリとした緊張感が漂っていたのだが、被害者である側妃と胎児の体調が回復したとなれば、この張りつめた空気も少しずつ和らいでいくだろう。

 

「安心致しました。側妃様もですが……お腹の中の王子もご無事で」


 クラストが言うと、国王も深く頷いた。側妃のお腹の中にいるのが男の子だということは、赤髪の魔術師ガレルの占いで判明している。

 赤ん坊は現国王の血を引く唯一の男児で、未来の王なのだ。その大事な命が、生まれる前に危うく失われるところだった。



 騒動が起こったのは三日前。王妃に仕える侍女が一人、側妃の元を訪ねたことから始まる。

 彼女は美しい箱に入ったお茶の葉を差し出して、側妃の侍女に言ったのだ。


「これは王妃様からの贈り物でございます。異国から特別に取り寄せたお茶の葉で、身重の女性に必要な栄養がたっぷりと含まれております。側妃様のお体のために、是非お飲みくださいませ」


 王妃からの贈り物を無下にするわけにはいかない。侍女たちはさっそく午後のお茶の時間に、焼き菓子と共にそれを出した。そして側妃は王妃の心遣いに喜び、迷いなくティーカップに口を付けたのだ。

 ちなみに、王の跡継ぎを身ごもっている側妃の食事には必ず毒見役がつくことになっており、それは王妃からの贈り物も例外ではない。

 側妃は毒見の終わったお茶を飲んだのだが、それは苦みが強く、決して美味しいものではなかった。

 側妃の侍女は、


「栄養がたっぷり入っているということでしたから、半分薬のようなものなのでしょう」


 と言って、お茶に甘いジャムを加えたが、それでも側妃の舌には合わなかった。


「甘味を加えても強い苦みが消えないわ。良薬口に苦しとは言うけれど、このままこのお茶を飲んでいたら胸が悪くなりそうよ。王妃様には申し訳ないけれど、これはこっそりと捨てておいて」


 結局側妃はお茶を二口飲んだだけで捨ててしまった。けれどその判断は、後で彼女自身の命を救う事となる。

 夜も更け、毒見役が腹痛を訴え出した頃に、側妃も同じような症状で苦しみ始めたのだ。

 

 しかしすぐに痛みの収まった毒見役と違って、妊娠中の側妃の衰弱は激しかった。一時は流産の危険もあったのだ。

 けれど周囲の懸命の看病もあって、三日経った今では、医者が「もう問題はない」と言えるくらいにまで回復している。


 側妃も胎児も無事だった訳だが、しかし事件の犯人は追求しなけばならない。

 側妃の近衛騎士たちが、怪しいお茶の葉を持って来た王妃の侍女を拘束し尋問すると、彼女は意外なほどあっさりと自分の罪を認めた。どうやら死罪になる覚悟すら持って行動を起こしたらしい。

 侍女は言った。


「今回の件は私一人でやったこと。王妃様は何も知らない。全く関係ない」


 その供述を裏付けるかのように、事件の事を耳にした王妃は驚きに身を震わせたという。もちろん演技だという可能性もあるが、事実、王妃の周りから事件に関与しているという証拠は一切出てこなかった。

 そもそも王妃とて、王の跡継ぎが生まれる事を心待ちにしていたのだ。例えそれが自分の子でなくとも。


 王妃は子どもが出来にくい体質だった。長く子づくりに励んでやっと授かった一人の子どもも、王位を継げぬ女の子。

 この国では、女性が王になる事は認められていないのだ。

 その後も男の子を授かるためにと努力をした王妃と国王だったが、最初の女の子以外、子宝に恵まれる事はなかった。


 そして一年前、国王は二人目の妻を迎える事を決めた。王妃も高齢となり、安全な出産が難しくなったためだ。

 王族に限って一夫多妻が許されているこの国で、これまで王が他の女性と関係を持とうとしなかったのは、ひとえに王妃を愛していたからに他ならない。

 王妃も王を心から愛していたが、「彼の血を継ぐ子にこの国を継がせたい」という強い想いがあり、自分から王に二人目の妻をめとるよう勧めた。

 もちろん様々な葛藤もあっただろうが、王妃は王と共に、まだ歳若い側妃を温かく城へ迎え入れたのだ。


 そのような経緯があったために、王と王妃の仲はもちろん、王と側妃、王妃と側妃の仲も問題なく上手くいっていた。側妃が謙虚で慎み深い人物だった事も大きいかもしれない。

 ほどなくして側妃は王の子を身ごもったのだが、その子が男の子だと分かった時に誰よりも喜んだのは、他の誰でもなく王妃だった。


 城の人間の多くはそういう事情を知っているので、今回の事件に王妃が関わっていると疑う人間はほとんどいなかった。毒を飲まされた側妃でさえそうだ。

 事件は王妃の侍女が単独で起こした事。それはほぼ確定的だった。


 騎士たちは今、侍女の犯行の動機と、危険な堕胎薬の入手ルートについて調べている最中だ。

 この国では堕胎薬を売るのに特別な許可がいるのだが、今回の事件で使われた薬は母体の命も奪う可能性のある危険で違法なものなので、もし犯人の侍女に薬を売った者がいるのなら、その者は問答無用で罪に問われる事になる。たとえ堕胎薬販売の許可を取っていたとしてもだ。



「そろそろ陛下もお休みになられた方が……」


 疲れた表情の国王に、クラストがそっと申し出る。事件が起きてからずっと気を張りつめ、ほとんど休息を取っていない主を心配して。

 しかし王は緩く首を振ると、


「執務室に戻る。尋問に当たっているオットーかシャイル辺りが、そろそろ報告に来るはずだからな。それが済んだら休もう」

「分かりました」


 クラストは頷いて、廊下を進む王の後に続いた。

 オットー、シャイルというのは、側妃の近衛隊の隊長と副隊長の名前だ。王の近衛隊の副隊長であるクラストも、彼らの事はよく知っている。城の中で頻繁に顔を合わせるし、時には協力して任務に当たる事もあるから。

 

 しかもシャイルにいたっては、『家柄が近い』『年齢が同じ』という事もあって、昔からよく知る人物である。

 が、幼なじみと言えるほど仲は良くない。

 クラストは彼に親しみを持って接しているのだが、シャイルからは何故か嫌われているようであった。子どもの頃からそうだ。

 

 今回の事件に関しては、シャイルたち側妃の近衛騎士が中心となって捜査の指揮を執っており、クラストは犯人の尋問などに一切関わっていない。いつも通り国王の護衛を続けるのみだ。

 しかしもし関わっていたのなら、詩織は今晩、狭い拘置部屋で夜を明かさずに済んだかもしれなかった。

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