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リングリング  作者: 三国司


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23 とある作戦

 城に着いた時には、辺りはもう薄暗くなっていた。

 一旦馬車が止まったので、詩織は窓から外の様子を伺う。正面には見慣れた大きな門があり、金髪の騎士の指示でゆっくりと開かれていく途中だった。

 門が完全に開くと、また馬車は動き出す。その振動で倒れないように詩織は木製の窓枠を掴んだ。


 門の脇には松明が掲げられていて、そのゆらゆらと揺れる炎が、外にいるある人物を明るく照らし出した。

 詩織もよく知る、あの門番だ。背の高い、茶髪の……。

 門を通り過ぎた瞬間、彼もまた荷馬車の中の詩織に目を留め、ぎょっとしたように表情を固めた。

 その驚いた顔を笑うほど、今の詩織に余裕はない。馬車の中から声をかける事もなく擦れ違ったのだが、


「あのッ……」


 数秒遅れて、外から焦ったような声が聞こえてきた。門を通過し終えた詩織からは見えなかったが、門番が金髪の騎士に話しかけようとしたらしい。

 しかしその声は馬車が動く音にかき消され、金髪の騎士には届かなかったようだ。門番をその場に残し、詩織を乗せた馬車と騎士たちは城の敷地内へと入っていった。


 馬車に揺られながら、さらに五分ほど進んだだろうか。敷地内を区切る小さな門をくぐり、城からは離れた位置で詩織は馬車から降ろされた。

 目の前には石造りの建物があったが、それは美しく華やかな城とは違って、どこか陰気で冷たい雰囲気をかもし出していた。

 出来ればこの建物の中に入るのは遠慮したかった詩織だったが、その希望はあえなく崩れた。金髪の騎士に引っ張られ、見張りが立っている出入り口から中へと入っていく。


 窓が少ない構造だからだろうか。内部は外と変わらず薄暗く、等間隔に設置されたランプの明かりだけが廊下をぼんやりと照らしていた。空気は重く、しんと冷えていて、詩織はそわそわと首をすくめた。

 重い鉄の扉を抜け、地下へと続く階段の横を通り過ぎる。何となく、自分が向かう先が地下でなかった事にホッとした詩織だったが、しかし状況が良くないことには変わりない。想像はしていたというのに、廊下の先に広がっていた光景に改めて目を見開く。


 牢獄……なのだろうか? 石で出来た閉鎖的な小部屋がずらりと並んで、それぞれに覗き窓のある頑丈そうな鉄の扉がついている。詩織が確認しただけで部屋は六つあった。

 自分はこの牢獄へ入れられるのかと、詩織は表情をこわばらせた。


「ここ……何? 牢?」


 前を歩く金髪の騎士に向かって、恐る恐る尋ねる。

 彼は手前の部屋の扉の前で立ち止まった。


「正確には牢屋ではない。それは地下にある。ここはお前のような者の身柄を拘置しておく場所だ。お前は一応まだ罪人ではなく、容疑者だからな」

 

 もっとも、私はお前を罪人だと確信しているが。騎士の口調は、言外にそう言いたげだった。

 ギギ……と耳障りな音を立てて拘置部屋の重い扉が開くと、金髪の騎士はその中へと詩織の体を押し込んだ。そして他の騎士に向き直ると、

 

「私は隊長のところへ報告に向かう。すぐに戻るから、尋問の用意をしておくように」


 そう指示を出して去っていく。廊下に響く彼の足音を聞きながら、詩織は青い顔で部屋の中を見回した。金髪の騎士は違うと言ったけれど、これは普通に牢屋じゃないのか? などと思いながら。

 部屋には簡素なベッドがひとつ置いてあるだけ。扉と反対側の壁には換気用の窓があったが、小さい上に鉄格子がついていて、開放感などは一切ない。


 冷たく、暗く、重く、容赦がない。それがこの場所の印象。

 鉄の扉が閉まってしまえば、もう二度と日の光の当たる外へは出られないのではないか、という恐怖が胸を襲い、ぞっとした。


 この世界にも慣れてきたと思っていた詩織だが、やはりまだここは自分にとっては『外国』なのだと認識を改める。外国で投獄される事の恐ろしさったらない。

 ここにはきっと誰も味方がいない。心細くて悲鳴を上げてしまいそう。

 クラスト……! と、思わず心の中で彼に助けを求める。


 が、クラストにこの状況を救ってもらうのは難しいかもしれない。英雄とはいえ、一介の騎士だから。自分に一体何の容疑がかけられているのか分からないが、騎士が自由に容疑者を釈放できるとは思えない。


 けれど彼が側にいて「大丈夫だ」と言ってくれるだけで、随分安心できると思うのだ。それなら牢屋の中にいたって平常心を保てる。


 クラストに会いたい。

 詩織は今までよりずっと強くそう願ったが、同時にそれは駄目だと自分を律する。

 クラストをここに呼んでもらえるとして、彼に会えるとして……。詩織は想像して、苦しげに目をつぶった。

 彼に会えるとして——私は迷惑しかかけられない。

 

 今現在『容疑者』という立場にいる自分と国の英雄であるクラストが知り合いだという事が周囲にバレたら、彼の立場は悪くなるかもしれない。

 王女との結婚の話もなくなってしまうかも。彼の輝かしい未来を潰す事になったら……。

 そう考えて顔をしかめると、詩織はぎゅっと自分自身を抱きしめた。一人で戦うしかないのだ。今はロッシェも頼れない。


 この国の司法制度はどうなっているのだろう。ちゃんと容疑者の言い分も聞いてくれるのだろうか。罪を認めるまで拷問を受けたり、「神の審判にゆだねる」とか言って縛られたまま泉の中に落とされたりはしないだろうか。

 不安に震える詩織に、背後から声がかかった。


「腕を出せ」


 騎士が一人、部屋の中へ入ってきていた。扉は開いたままだが、廊下に他の騎士の姿はない。

 

「縄を切る。部屋の中では、君が暴れたりしない限り拘束具は外す事になっているから」


 騎士は片手にナイフを持ちながら言った。その口調や表情からして、彼は詩織の事をちゃんと『容疑者』として見てくれているらしい。つまり、まだ罪人ではない、無実の可能性もある人間だと思ってくれている様子。——金髪の騎士とは違って。

 

 手首の縄を解かれながら、詩織はその金髪の騎士の憎たらしい顔を思い出していた。高慢で偉そうで……。

 だけど実際、騎士団の中ではそこそこ偉いのかもしれない。少なくとも店にいた四人の騎士の中では、立場は一番上のはずだ。

 そこまで考えて、「どうしよう」と頭を抱える。自分は彼に何をした?

 膝で、大事な所を、蹴っ——

 詩織は両手で顔を覆った。


(どうしよう、どうしよう。私とんでもない事をしてしまったかもしれない! 彼の中で、私の印象は最悪なはず。それがこの後の取り調べなんかにも、きっと悪い影響を与える。うちの店で彼らに会った時、もっと大人しくしていればよかった。逃げたり抵抗したりせずにあの金髪の騎士のいう通りにして、もっと冷静に「私は何も知りません」って言えばよかった!)

 

 詩織はぐっと唇を噛んだ。


(今更謝ったって遅いだろうか? 許してくれないかな? 何も悪い事をしていないのに謝るなんて、とも思うけれど——正直、彼を蹴った事もあまり悪いとは思っていないし——金髪の騎士の判断で私の運命が変わるというなら、少しでも心象を回復させておきたい。ここから出るためなら、あのいけ好かない騎士に媚びるくらいなんでもない)


 そう決意した詩織だったが、しかし心の奥では「どうして私がこんな目に」と嘆いている自分もいた。「不当な扱いをされているこちら側が、どうしてあの騎士に気を遣わなきゃならないの」と。


 瞳にじわりと涙が浮かんだのは、悔しさと不安と心細さからだ。

 ここは日本じゃない。取り調べや尋問がどんな風に行われるのかも、自分の人権は守られるのかも分からない。

 私は今、絶対的に弱い立場にいるんだ。そう思って、詩織は本気で泣きたくなった。

 こみ上げてくる涙を抑えて、小さく鼻をすする。


 ガタガタと音を立てながら、騎士が背もたれのない木製の椅子を二つ持って部屋へと入ってくる。それを向かい合わせに置くと、詩織に座るよう促した。

 まばたきを止めて、目尻に溜まった雫が落ちないように気をつけながらも、大人しく従う。


 やはり下手に逆らわない方がいい。自分は本当に何もしてないのだから、暴れたりせず堂々と、しかし切実に無実を訴えるしかない。詩織は小刻みに震える手を強く握った。

 

「用意は出来たか?」


 廊下の奥から金髪の騎士の声が響いてきた。気取った感じがするから、すぐ分かる。部屋の前にいる騎士が「はい」と答えるのを聞きながら、上手く立ち回らなければと詩織は頭を巡らせた。

 金髪の騎士はプライドが高そうだから、こちらは下手に出つつ、同情を誘うようなやり方がいいかもしれない。

 今溢れ出そうになっている涙すら利用して、自分の無実を訴えるのだ。


「尋問を始めるぞ」


 拘置部屋に入ってきた金髪の騎士は、どこか薄ら笑いを浮かべながら傲慢な視線で詩織を見下ろした。これからキツい尋問——という名の詩織イジメ——を始める気満々といった感じで。

 反発したくなる気持ちを抑え、詩織はしおらしく眉をたらした。涙で潤んだ瞳で彼を見上げる。


「……!」


 ——と、その瞬間、軽く驚いたように瞠目した騎士の反応に、詩織は手応えを感じた。

 鈍い自分に『女の勘』というものがあるのなら、今その直感が言っている。


 大丈夫、この作戦で行け。相手は思ったより単純な性格をしている、と。

 

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