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リングリング  作者: 三国司


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22 連行

 この世界の事に疎い詩織でも、この高慢な騎士が身分の高い人間であろうことはわかった。

 絶対に貴族だ。しかも上位の。

 歳は詩織よりも年上でクラストと同じくらいに見えるが、『いいとこのお坊ちゃん』がそのまま成長したような印象だった。くすんだ金髪に白い肌、どこか子供じみた我の強そうな目元。


「名を名乗れと言っている」


 固まったまま動かない詩織に苛立ったように、その金髪の騎士が命令する。

 店を荒らされた上に横柄な態度をとられて、詩織も少しだけ頭に血がのぼった。思わず日本語が出そうになったのを抑えて、冷静にこの世界の言葉で話そうとする。


「あなたたちこそ、誰? 何なの?」


 騎士がこんな事をしていいの? 空になった寂しい薬棚と荒れた店内を見ると、悲しくて泣きそうになる。

 けれどぐっと堪えて、詩織は金髪の騎士を睨み上げた。ロッシェがいない今、自分が店を守るしかない。


「目的、何? 一体何のつもりで——」

「質問をしているのはこちらだ。名を名乗れと言っている。お前は何だ?」

「何って、この店の従業員に決まってる」


 少し戸惑いながらも、強い口調で返す。それ以外に何に見えるというのだ、と。


「従業員?」


 金髪の騎士は偉そうに腰に手を当てると、後ろにいた別の騎士に小声で話しかけた。


「あの女は何か言っていたか?」

「いいえ、ロッシェ・グールの名しか出していません。そして、ロッシェ・グールも自分の他に従業員がいるとは言っていませんでしたが」

「ふん、どうせ庇おうとしていたんだろう。女の方は、単純に他に従業員がいるのを知らなかったのだろうが……」


 二人が何の話をしているのか、『あの女』が誰を指しているのか詩織には分からなかったが、聞き馴染みのある上司の名前には反応した。


「ロッシェ? あなたたち、彼の居場所、知ってる!?」


 しかしそう言って詰め寄ろうとした詩織の腕を、金髪の騎士が素早く掴んだ。そして他の騎士に向かって指示を出す。


「こいつも共犯の可能性が高い。捕まえて連れて行くぞ」


 共犯? 捕まえる?

 自分がその恐ろしい言葉の対象となっている事が信じられず、詩織の顔からは段々と血の気が引いていった。訳が分からず、混乱するのみ。

 けれど乱暴に腕を引っ張られて連行されそうになったところで、詩織はハッと我に返った。

 この騎士たちが何を言っているのかは分からないが、自分は彼らに捕まるような事はしていない。抵抗しなければ、と。


「離して!」


 金髪の騎士の手から自分の腕を強引に引き抜き、相手と距離を取る。


「大人しくしろ」


 言いながら、騎士は余裕の態度で一歩一歩距離を詰めてくる。

 詩織は無意識に逃げ道を探して視線をさまよわせた。そして中途半端に開いたままの裏口が目に留まると同時に、床を蹴って駆け出した。背後で誰かが——十中八九、あの金髪の騎士だろうが——面倒くさそうに舌打ちする音が聞こえた。

 体をぶつけるようにして裏口の扉から転がり出るが、しかし眼前に広がった光景に詩織は逃走の足を止めてしまう。


「薬草が……」


 荒らされたのは店内だけではないらしい。裏庭の小さな薬草畑には、騎士たちの足跡が残っていた。土は踏み荒らされ、無惨な状況。いくつかの薬草は乱暴に抜き取られたらしく、畑に穴が開いている。


 この畑は詩織のオアシスだった。植物を育てる事は異世界での生活の癒しになっていたし、自分の子供のようだと言えば大げさだが、育てた薬草にはそれなりの愛着を持っていたのである。


 それがこの有り様。

 ショックと怒りで震え、よろよろと畑に膝をついた詩織の背中に、


「逃げられると思うなよ、罪人め」


 背後から投げられた言葉が刺さる。詩織は座り込んだまま振り返ると、自分を追って裏口から外へ出てきた金髪の騎士をうらめしげに睨んだ。


「意味、わからない。説明欲しい」

「牢の中でいくらでもしてやる。さぁ、来い」


 牢という単語を聞き取り、背筋が凍る。詩織を捕まえようと近づいてくる騎士の姿は悪役じみていて、とても正義の味方には見えなかった。しかし『騎士』が正義であれ悪であれ、今の詩織にとっては敵に変わりないのかもしれない。

 

「……っ!」


 こちらに伸ばされてくる騎士の手に怯み、詩織は思わず側に転がっていた小さなじょうろを掴んで投げた。

 弱々しく放られたそれは緩いスピードで金髪の騎士の方へ飛んでいったが、彼の顔面にぶつかる直前で地面に落下する。騎士が自分の腕を盾にして、じょうろが顔に当たるのを防いだからだ。

 腕を下ろした騎士の表情は、冷たい怒りをたたえていた。他人に物を投げつけられた事などないのだろう。


「この……」


 眉間に深いしわを寄せ、吐くように呟く金髪の騎士。次の瞬間、彼は有無を言わさぬ勢いで詩織を捕縛しにかかっていた。


「ッきゃあ!」


 両手首を掴まれ、仰向けに地面に叩き付けられる。とはいえそこは畑だったので、詩織は柔らかな土に後頭部をめり込ませるだけで済んだが。


「暴れるな!」


 などと言われてたって、素直には聞けない。金髪の騎士が上にのしかかってきたので、詩織は尚更ひどく暴れた。

 両手が地面に縫い止められて動かないので、じたばたと足を動かす。しかしそのめちゃくちゃな動きが、相手に思わぬ攻撃を与えた。

 ——下半身の急所にヒットしたのだ。


「……〜〜ッ!!」


 彼の悲痛な叫びは、音にはなっていなかった。いつのまにか裏庭に出てきていた他の騎士も、一斉に同じような——自分が蹴られた訳でもないのに、痛みに耐えるような——顔をする。

 極限まで目玉をひん剥いた金髪の騎士は、喉の奥からひゅうひゅうと空気を吐きながら、地面に膝と額を着いて悶絶した。両手は股間を守るように添えられている。


 拘束から逃れた詩織は、相手の惨状を見て自分がどこを蹴り上げてしまったのかを悟った。汚い物を見るような微妙な顔をして、”そこ”に当たったであろう己の右膝を見る。

 悪いが、騎士に対する罪悪感などは特にないのが正直な気持ちである。


 詩織が地面から立ち上がったのと、金髪の騎士が地獄からの復活を遂げたのはほぼ同時だった。騎士は未だ引かない冷や汗をたらしたまま、憎々しげに詩織をねめつける。


「貴様、よくもッ!」

「だって、そっちが先に……!」


 二人は絶妙な距離を保ちながら、じりじりと睨み合った。足技を警戒しているのか、騎士は詩織の背後に回り込んで拘束しようとしてくるので、詩織もそうはさせまいと逃げる。騎士が右側に回り込もうとすれば、詩織も相手を避けるように回るのだ。

 ぐるぐると円を描き続ける二人を、周りの騎士が困惑気味に見守る。しかし、


「おい、何をボケッと突っ立ってるんだ。加勢しろ!」


 金髪の騎士がそう命令すると、詩織は一気に劣勢になった。騎士たちに周りを囲まれ、あっという間に捕まってしまう。一番体格のいい騎士に背後から腕をひねり上げられ、「痛いっ」と小さく悲鳴を上げる。

 

「縄で拘束しておけ」


 身動きのとれなくなった詩織を見て、金髪の騎士が満足げに指示を出した。


「私、何もしてないっ! 捕まる、おかしい!」


 必死に訴えたが、それで何が変わる訳でもなかった。

 詩織は両手を縛られ、騎士たちによって連行されていく。

 



 騎士たちが大通りに停めていた馬車は、人が乗るような作りのものではなかった。屋根はあるものの椅子はなく、頑丈そうだが飾り気のない、地味な荷馬車。

 詩織はその中に、騎士が店から回収した薬のビンや書類、畑から引き抜かれた薬草などと共に詰め込まれていた。両手首は荒縄で縛られ、体の前で拘束されている。


 舗装された石畳の道を抜けたのだろう、急にガタガタと馬車の振動が激しくなったので、詩織は座っていられずに、壁に寄りかかりながら立ち上がった。板が張ってあるだけの荷馬車の床に、振動で一瞬浮き上がったお尻が何度も何度もぶつかって痛いのだ。

 しかし立っているのもなかなか辛い。詩織は馬車の窓——四角い木枠の中に、縦に三本角材が並んでおり、ガラスは張られていない——に捕まって、満員電車に揺られる感覚でバランスをとった。


 窓の外では、三人の騎士が悠々と馬に乗って馬車を囲んでいる。残る一人の騎士は御者台に座っているようだ。

 馬車と並走している金髪の騎士を見つめると、『大人しくしていろよ、罪人め』と釘を刺すような視線で一瞥された。


(一体、何なの……? どうして私が捕まるの? これからどうなるの?)

 

 不安と緊張でいっぱいになっている詩織の胸は、もうそろそろ破裂してもおかしくないところまで来ていた。

 騎士たちが店でしていた会話を思い出してみるが、そこから得られる情報は少ない。しかしロッシェの名が出たという事は、彼も騎士たちに捕まっているという事なのだろうか。


 ロッシェが何かやらかして、そのとばっちりで私も捕まった?

 詩織はそう考え、いやいやと首を振る。風貌はアレでも、犯罪を犯すような人ではないはず。ロッシェの事を信じてあげなければ、と。

 しかしロッシェも何もしていないとなると、尚更自分たちが捕まる理由が分からない。


 が、そこで唐突に『冤罪』という言葉が頭に浮かんだ。黒い文字として浮かんだそれは、ぐにゃりと歪んで泥のように溶けていく。

 詩織は顔を青くした。日本ですら冤罪事件は起きていて、関係のない人間が罰を受けたりしているのだ。様々な部分で日本より多少遅れているこの国でも、もちろんそれは起こる可能性がある。

 

 ここではちゃんと公正な取り調べをしてくれるのだろうか。容疑者や犯罪者の人権は守られるのか。まさか拷問を受けるなんてことは……。

 そこまで考えて詩織は身震いをした。額に冷や汗が浮かぶ。


 この状況から逃げ出したいと思う詩織の望みとは裏腹に、馬車は着実に前へと進んでいく。

 そして到着したのは、詩織も何度か来たことのある——王城だった。

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