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リングリング  作者: 三国司


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17 パレード

 ロッシェからは騎士団と関わりを持つなと言われ、それを受け入れた詩織だが、「クラストとまた会いたい」という気持ちは、やはり簡単には捨てられなかった。


 クラストに会うチャンスを求めて、こっそりと城に行ってみようかとも思ったが、今ではそれも簡単ではない。

 以前は一日店を空ける事も多かったロッシェが、最近は外出してもちょくちょく店に戻って来るからである。お昼ご飯を食べにだとか、仕入れた薬草を置きにだとか理由を付けて。

 詩織の足では城への往復には数時間かかる。いつ戻ってくるかもしれないロッシェの心配をし、店と仕事を放ってまで会えるかどうかも分からないクラストに会いにいくのは、相当の覚悟がなければできない。


 再会できたとして、クラストには疎ましがられ、ロッシェからも叱られて解雇されるなんて事になったら最悪である。


 そしてそんな事を考えて悩んでいる内にも、少しずつ日々は過ぎていった。この世界へ来て、もうすぐ二ヶ月は経つだろうか。


(もうクラストと再会するの、無理なんじゃないの?)


 そう思うと気分が沈む。クラストの存在を除外すると、この世界で生きていく楽しみが半分ほど減ってしまう気がした。

 それでも仕事が充実している事と、この国でも知り合いが増えた事など、詩織にとっての希望や楽しみも十分に残ってはいたが。



 

 朝、倉庫の食料がそろそろ寂しくなってきたのを見て、詩織は買い出しに出かける事にした。ロッシェは今日も”裏の顧客”のところへ出かけるようだが、それは午後からの予定らしいので、後を頼んで店を出る。


 路地を抜けて大通りへ出ると、何やら街の景色が普段と変わっていた。可愛らしい花をつけた植木が等間隔に配置され、通りのあちこちで小さな屋台やテントが組み立てられ始めているのだ。

 この大通りはいつも人が多くて騒がしいが、今日はそれ以上。街の住人たちは浮き足立っているように見えた。


(近いうちに、何かお祭りでもあるのかな?)


 学園祭前の学校の浮かれた雰囲気が思い出され、事情が分からない詩織も何となく胸躍らせた。

 箒で道ばたの落ち葉を掃いている恰幅のいい中年女性に近づき、声をかける。


「どうも、おはよう」

「あら、シオリちゃんじゃないか」


 女性は、詩織がこれから行こうと思っていたパン屋の店主だ。何度か通っているうちに世間話をするくらいの仲にはなった。彼女の後ろにあるこじんまりとした店からは、芳ばしい小麦の香りが漂ってくる。食欲をそそるその匂いに惹かれながら、詩織は女性に問いかけた。


「街、にぎやかな雰囲気。なにか、お祭りでもある?」

「あー、そういえばあんたはまだこの国に来たばかりだったねぇ。二日後の騎馬試合の大会に合わせて、明日から市が開かれるんだよ。それの準備さ」

「……?」


 首を傾げた詩織に、女性は詳しく説明した。


「騎馬試合ってのは分かるかい? 甲冑に身を包んだ騎士様が馬に乗り、槍と盾を持って戦うんだよ」


 槍と盾を掲げる真似をして身振り手振りを加えて話す女性に、なんだか物騒な試合だ、と思う詩織。

 槍は先端に刃物がついたものではなく丸い金属がついたものを使うらしいが、女性曰く、「毎年怪我人が出るのは当たり前。たまに死人も出る」らしい。

 大会は一年に一度、秋から冬に季節が移り変わるこの時期に行われる。

 ちなみにこの世界と日本では、地球の南半球と北半球のように季節は大きくずれている。五月というのは、ここでは春ではないのだ。


「ほら、街の東の端に競技場があるだろう? 騎馬試合はそこで開かれるのさ」


 詩織がこの街でよく行く場所といえばこの大通りくらいなので、東の端にあるという競技場の事は知らなかった。円形競技場だという事なので、コロッセオのような外観をイメージする。

 試合が行われるのは一日だけだが、街ではその日を中心に三日間市が開かれ、お祭り状態になるらしい。国中から人が集まり、随分賑やかになるようだ。

 クラストもその物騒な試合に出るのだろうかと思って、詩織は尋ねた。


「それ、私たちでも、見学できる?」


 女性は小さく首を振る。


「いいや、招待がなけりゃ無理だと思うよ。競技場に入れるのは、王族に貴族に力のある商人くらいだからね。貴族の方がたも国中から、あるいは国外からも来られるし、あたしら庶民の席は無いよ」

「そうなんだ……」


 もしクラストが出るのならその戦う姿を見てみたかったな、と肩を落とす詩織に、女性はおせっかいな笑みを浮かべた。


「おや、誰か慕っている騎士様でもいるのかい?」

「えと……」


 少し迷ってから答えた。


「クラスト……英雄の」

「ああ! なんだクラスト様かい。そりゃシオリちゃんだけじゃなく、皆見たいよ。でも安心しな。競技場に入れなくても、クラスト様のお姿を拝見する機会はあるよ」

「えっ、本当?」


 詩織はダークブラウンの瞳をきらりと輝かせた。

 女性は言う。


「騎士様たちのいる城と試合の行われる競技場とは、この街を挟んでちょうど反対側に位置しているだろ? だから騎士様たちは競技場に向かう時、この街を通っていくんだよ。大会の日の朝、馬に乗った騎士様たちと専用の馬車に乗った王族方は、列をなしてこの大通りをゆっくりと行進するのさ」


 女性が言うには、その行進は競技場に入れない庶民たちのための、大会前のパレードみたいなものらしい。普段にも増して勇ましい騎士たちの姿を見ることで、実際の試合を見られない者も盛り上がる事ができるのだ。


「去年と同じなら、クラスト様は行列の一番先頭にいるはずだから見つけやすいよ」


 付け加えられた女性の言葉に、詩織は胸を躍らせた。三年ぶりに、クラストの姿が見られるかもしれない!

 当日は沿道に立つ人も多くなるだろうし、クラストにこちらの姿を認識してもらえるのは無理かもしれない。

 しかし詩織はそれでもよかった。一方的にこちらがクラストを見つけるだけでもいいのだ。そしてそれならばロッシェも文句は言えないだろう。


 きっとクラストは三年前と変わらず格好良いのだろうと想像し、思わず頬を赤らめる。

 大会は明後日。そして騎士たちがここを通るのは、その日の朝。詩織はパン屋の女性にもう一度日時を確認し、必ずクラストの姿を見に行こうと決めたのだった。



「ただいまー」


 かごいっぱいに食料を買い込んで、詩織は店に戻った。ロッシェは煙草をふかしながら、苔みたいな色のどろりとした液体を鍋でグツグツと煮ている。


「何か良い事でもあったのか?」


 目が合うなりそう言い当てられたので、詩織はギクリと顔をこわばらせて挙動不審になるしかなかった。


「べ、べべ別に何も……! 何もない、本当!」


 騎馬試合のパレードには一人でこっそり行くつもりだったのだ。ここでバレてはいけないと、詩織は大いに慌てた。

 じっとこちらを観察しながら、無言で何かを考えている様子のロッシェが怖い。ロッシェは男の人にしては色々鋭過ぎるんだよな、と、詩織は自分が分かりやす過ぎる事には気づかずに思う。

 緊張感漂う数秒の後で、ロッシェが「……ああ、分かった」と納得したように呟いた。詩織はビクッと固まる。


「あれだろ。街のやつらに騎馬試合の事聞いたんだろ。確か明後日の朝だったか? 大通りを騎士が行進するっていう……。きっと英雄も来るよなぁ」


 詩織の背中にだらだらと冷や汗が流れた。ロッシェって他人の心が読めるのでは? と疑ってしまう。

 しかしここはシラを切るしかない。どれだけ疑われても、知らないふりを続けるのだ。戦う覚悟を決め、詩織は目を泳がせながらポーカーフェイスを気取った。


「え……ええー? 何の事? ロッシェ何言ってるかよく分からない。き、騎士が何?」

「腹の立つ演技すんな。……別にいいぞ、パレードくらい見に行っても」

「ぅえっ!?」


 予想していなかった言葉に、思わず声も裏返る。詩織は持っていたかごをやや乱暴にカウンターに置くと、ロッシェに詰め寄った。


「行っていいって、ほんと!? クラスト見に行く、いいの?」


 きゅっと腕を掴んで、ロッシェの顔を見上げる。信じられなくて、自分の瞳がまん丸になっているのが分かった。

 ロッシェは木べらで鍋をかき混ぜながら答える。


「見に行くくらいなら平気だろ。当日は人が多いだろうし、お前が英雄を見つけられても、英雄がお前に気づくとは思えないしな。ただし、一応俺もついて行——」

「やったぁ! ありがと!」


 保護者付きだってかまわない。詩織は手を叩いて弾けるような笑顔を浮かべ、それを見たロッシェは眩しそうに目をすがめたのだった。

 

 

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