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リングリング  作者: 三国司


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11 一歩前進?

「なかなか乾かないな」


 店の裏に干していた外套に触れ、困ったように詩織が言う。昨日、門番の騎士に借りた雨用の外套は、今もまだしっとりと湿っていた。


「雨こそ降ってないけど、今日もお天気悪いしね……。暖かい店の中で干しといた方がいいかな」


 かまどの近くで干しておけば早く乾くかも。そう思い、曇天の下の外套を回収する。

 裏口から店の中へ入ると、いつの間にか客が一人、来店していた。


「ごめんなさい。裏、いて、気づかなかった」


 そう言って謝ると、詩織は外套を作業台の上に置いてカウンターに向かった。


「いいえ、いいんですよ。私も今来たところです」


 客は上品な身なりの、白髪の紳士だった。歳は七十代くらいで杖も持っているが、背筋は伸び、足腰もしっかりしていて若々しい。

 街の人なのかな? と、詩織は疑問に思った。いつもこの店に来るお客さんたちとは少し雰囲気が違う上流階級の人間のように思えたのだ。


「何かお探しですか?」


 少し緊張しながら質問する。白髪の紳士は店の棚に並んだ様々な薬のビンを眺めながら答えた。


「いえ、緊急に欲しい薬はないんですけどね」

「そう……」


 じゃあ何で来た。とは思っても言えない。

 手持ち無沙汰な詩織が、なんとなくカウンターの整理などしていると、


「実は表通りの方でね、この店の噂を聞いたものですから」


 紳士はそう言って、眼鏡越しに詩織を見てほほ笑んだ。


「噂?」

「そう。悪い噂ではないですよ。『この店の薬はよく効く』という良い噂です」


 詩織もつられて表情を崩す。店の事を褒められると嬉しい。


「お嬢さんはまだ若いようですが……ここは君の店ですか?」


 紳士はざっと店を見渡し、他に人がいない事を確認してから聞いた。


「いいえ。店主、他にいる。今はいないけど」

「そうですか」


 ロッシェは今日も朝からお出かけである。一人での店番も、詩織にとってはもう普通になってきていた。


「実は私は医者をしていましてね。何かいい薬はないかと思って来たんですよ」

「お医者さん……!」


 確かにそれっぽい、と頷く詩織。


「私の患者は擦り傷や切り傷をつくってくる者が多くてね。あとは打ち身も。そういうものに効くような薬はありますか?」

「えっと……」


 詩織は棚の方へと向かい、茶色い大きめのビンを持ち上げた。中には乾燥させた薬草が、適度な大きさに千切られ入れられている。


「これ、傷薬。少しの水で戻して、ねって、清潔なガーゼに乗せて、傷に貼る。もちろん、傷よく洗った後で」


 ビンのふたを開け、中身を白髪の紳士に見せるように傾ける。

 この傷薬は、傷口から出てくる体液を乾燥させないように蓋をし、自己治癒力を生かして治す薬なのだ。日本でも最近知られてきた湿潤療法に似ているかもしれない、と詩織は思っている。ロッシェから最初に説明を聞いた時の感想が、「あぁ、あのお高めの絆創膏と似たような効果があるのね?」だったから。


「あと、これとこれもおすすめ」


 詩織は、今度は小さなビンを二つ取った。


「こっち、患部の熱、発散させる薬。こっち、患部の痛み、和らげる薬」

「この痛み止めはシロールの根の粉末が使われているものですか?」

「ごめんなさい、ちょっと待って」

 

 詩織はカウンター横の棚からノートを取り出し、ぱらぱらとめくり始めた。薬の事についてロッシェから聞いた説明を、日本語でメモしていたノートだ。

 薬のレシピは他の人には言ってはいけない事になっているが、シロールの事に関しては大丈夫だろう。痛み止めとして広く知られている薬草である。


「そう、シロール主成分。だけどうちの、他にも少し、違うの入ってる。だから効果高いはず」

「ふむ」


 白髪の紳士は思案するように顎に手を当てた。

 そして、


「では試しに、その三つの薬を貰いましょうか。今使っているものより効果が高いようであれば、また継続して買わせてもらいましょう」

「ありがと、です」


 やったぁ、と詩織は笑顔を浮かべた。新規のお客さん一人ゲットである。

 しかも医者だけあって、薬を買う量も一般の客とはケタが違った。


「あの……痛みを取る薬と、熱を取る薬、在庫でなんとかなる。けど、傷薬、量足りない。薬草の仕入れ、必要。だから用意できるまで、一週間かかる」


 申し訳無さそうに詩織が言うと、紳士は前払いの金を払いながら、「構いませんよ」と了承してくれた。


「どのみち今日私一人で持ち帰るには少し多い量ですからね。一週間後に、荷物持ちを連れてまた取りに来ましょう」


 にっこり笑う紳士に、詩織もにっこりと笑い返す。いい人だ……と、心をほわほわさせながら。

 忘れる事はないと思うが、注文をもらった薬の種類と量を一応紙にメモしておく。こちらの世界の文字はまだ数字くらいしか書けないので、日本語で。


「お名前、なに?」

「シラバスと申します」


 シラバスさん、大学時代よく聞いた単語だ。覚えやすい。などと思いながら、その名前もメモをとる詩織。そんな彼女の後方を見て、ふとシラバスが質問した。


「あれは騎士が使うものでは?」


 彼が見ていたのは、作業台の上に置いてあった外套だ。昨日、門番の騎士に借りたもの。

 何故ここに? と聞きたげなシラバスの表情を察し、詩織は事の次第を説明した。会いたい人がいて城まで行ったけれど結局会えず、諦めて帰ろうとした時に雨が降ってきたので、親切な門番の人に借りたのだ、と。


「会いたい人? お嬢さんの知り合いに、城で働いている方でもいるのですか?」

「いや、えっと……」


 説明しようかしないでおこうか、詩織は迷った。英雄と知り合いだと言ったら、やはり嘘だと思われるだろうか? 

 言いよどむ詩織に安心感を与えるように、優しくシラバスが言う。


「実は私も城に勤務していましてね。騎士団の専属医なのです。お嬢さんの知人が私の知る人物であれば、伝言を伝えておきますよ。お嬢さんが会いたがっていたと」

「ほ、本当!?」


 詩織は思わずカウンターから身を乗り出した。


「あ、あの……私の知り合い、クラスト・オーフェルト。信じる無理かもしれないけど、本当。昔の知り合い。私、彼に会いたい」


 気持ちが高ぶって早口になってしまう。

 クラストの名前を出すと、やはりシラバスは少し驚いたように目を見開いた。小さな薬屋で働く普通の娘と国の英雄に繋がりがあるなんて信じられないのかもしれない。


「本当、です。嘘、違う。クラスト英雄になる前の、昔の知り合い」


 しかしそう訴える詩織の真剣な瞳にほだされたのだろうか、シラバスは少し考えた後で、


「ええ、お嬢さんが嘘つきだとは思いませんよ。年をとっている分、人を見る目はあると思っていますからね。そうですか、オーフェルト君の……」


 と、頷いた。


「クラスト、知ってる?」

「ええ、もちろん。私も彼が英雄になる前から知っていますよ。騎士団に入りたての頃からね」

「あの、じゃあ、もしよければ伝えてほしい……私がここにいること、会いたがっていること……」


 詩織の頼みに、シラバスは「いいえ」と首を振った。が、その途端困惑したように眉を下げた詩織を見てほほ笑むと、素敵な紳士はこう言ったのだ。


「直接ここへ連れてきましょう。一週間後に、荷物持ちとして」


 胸に喜びが広がり、自分の脳内にパァァと花が咲き乱れたのが分かった。小さな天使が吹き鳴らすラッパの音を聞きながら、詩織は破顔した。


「あ、ありがとう……!」


 まさかこんなところで、こんなタイミングで、クラストと会える機会が得られるとは思わなかった。詩織は軽く泣きそうになりながらシラバスの手を握り、選挙前の政治家よろしく深い握手を交わした。

「そんなに感謝されると、こちらも何だか嬉しくなりますね」などと言いながら、シラバスが笑う。


「オーフェルト君は忙しい身ですが、まぁ大丈夫でしょう。上手く連れてきますよ」

「ありがとう、本当に。とても感謝」

「構いませんよ。それとあの外套ですが、私から門番に返しておきましょうか? どうせこれから城に戻りますから、ついでです」


 作業台の上の外套を指差し、シラバスが申し出る。

 本当にいい人だなぁ。超紳士! などと思いながらも、詩織は首を横に振った。薬をたくさん買ってくれた上にクラストも連れてきてくれるというシラバスに、これ以上何かを頼んだらバチが当たりそうだ。


「有り難いけど、自分で返す、です。直接、お礼も言いたい」


 借りたものを人づてに返すのはためらわれる。おまけに外套はまだ生乾きなので、それをシラバスに持たせるのも門番に返すのも申し訳なく思えた。

 シラバスは「そうですか」とほほ笑んだ後、ポケットに入れていた懐中時計を確認し、少し慌てたように詩織に声をかけてから店を出た。


「おや、つい長居してしまったようです。そろそろ戻らなくては……。それではお嬢さん、オーフェルト君を連れてまた一週間後に参りますよ」

「待ってる、です。ありがとう!」


 やった! これでクラストに会える。やっと……!


 一週間後を待ちわびて、詩織は胸を高鳴らせた。


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