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(仮題)異世界に里帰り  作者: 吉田 修二
1章 神界にて(チュートリアル)
5/29

3 修行開始

 初めてレベルアップした、翌日のこと。

 朝食の席で、ツカサは「今日から、より実際的な授業に入る」と宣言した。

 エルミナは「もっと基礎を学ばせるべき」だと主張したが、最後には言いくるめられ、午前の授業でも魔術を組み込むことに同意した。

 正直、ツカサとエルミナは同じような無口タイプだと思っていたんだけど、ツカサがあれほど議論に強いとは意外だった。

 そういえば、俺の両親を夢で説得したのはツカサだったっけ?

 それに比べたら、授業方針変更の強制なんて、簡単なものなのかも知れないな。



 いつもの教室で、エルミナは苦々しく、授業方針の変更を告げた。


「……語学学習、および教養については、私たちとの会話、そして授業後に与える教養に関する課題を、共通語で作成することで充当する。

 よって、今日からの授業は、前半をエルガイアの歴史と地理、後半を魔術の習得に当てる」


「課題については、参考書なんかを見てもいいのか?」


「もちろん。そうしなければ解けない課題を与える予定。

 参考図書は、二階の図書室を自由に使えばいい」


 読みと書き、課題への対策という論理的思考を養う、一石三鳥の効果が期待できそうだ。

 いささか不機嫌なまま、エルミナは授業の開始を宣言した。


 まずは初日と言うこともあり、エルガイアの神話から。



 エルガイアは『一の神』と呼ばれる大神がその身を分けて創り出した。

 大神の身体からはさまざまな神が生まれ、ヒトを創り、護り、導いていたが、神々の一人がヒトに悪意を与えてしまったため、大神の理想とは異なる存在となってしまった。

 大神は嘆き悲しみ、魔王とそれに従う魔族、魔物を作り出し、ヒトを滅ぼそうとした。

 だが神々はヒトの側に立ち、大神と戦った。

 結果、魔王は封印され、魔族は辺境に追いやられ、魔物はその力の大部分を失った。

 そしてすべての祖たる大神は神々に討たれ、完全に滅びた。

 ヒトは神に感謝し、祈りを捧げた。それが現在まで続き、何らかの神に信仰を捧げるのは当然とされている。


 だが、『一の神』は確かに他の神々によって滅ぼされたが、魔王は封印され、魔族は辺境に追いやられただけ。

 また、エルガイア中に蔓延る魔物をすべて滅ぼすことは出来ず、今も無辜の人々が魔物の脅威に襲われている。

 民を守るのは国の役目だが、国同士の仲がそれほど良くないため、大規模な兵は挙げられない。

 よって、それに代わって魔物を狩り、人々を守るのが、冒険者だという。



 探せば同じような神話は地球でもあっただろうが、さすがに当事者だけあって、エルミナの語りには臨場感があり、思わず引き込まれた。



 講義を進める中で機嫌が直ったのか、しばらくすると、強張っていたエルミナの顔は元通りになっていた。


 やがて前半が終わり、十分ほどの小休止を挟み、後半の魔術理論へと移った。



 エルガイアにおける魔術は、地、水、火、風、光、闇、無の7属性に大別される。

 地は守りを、水は癒やしを、火は破壊を、風は普遍性を、光は保護を、闇は精神を、それぞれ得意とする。また、無属性魔術は、魔力を属性に加工せず、そのまま放出する魔術の系統で、発動が早く、属性防御を無効化できるが、その分威力に劣るという。

 魔術を発動するためには、決められた呪文を唱える「詠唱」、対応したキーワードの発言による「起句」が必要となる。

 要するに、呪文を唱えて魔術の名を唱えることで、魔術が発動する。


 だが、必ずしもこの形で魔術が発動するというわけでもない。

 エルミナの加護のLv.2では「詠唱省略」が得られ、起句のみで魔術が発動できるようになるし、精霊と意志を通わせることで発動、すなわち規定の詠唱と起句が存在しない、「精霊魔術」という系統もある。

 もっとも、エルミナの加護のレベルを上げるためには、エルガイアにおける、エルミナへの一定以上の信仰値が必要だし、精霊魔術を使うためには、エルガイアに存在する、精霊との契約が必須。

 つまり、現時点ではどちらも不可能とのこと。

 エルミナ自身は、俺にもっと大きな加護を与えることに何の異存もないそうだが、他の真面目な信者達をないがしろにすることは出来ない、とすまなそうに告げられ、むしろ俺の方が恐縮した。



 ひととおりの事前説明が終わり、エルミナに促されてステータスを開く。

 すると、「クラス」の欄が、「無職」から「初級魔術師 Lv.1」に変わっていた。


「……もしかして、今の基礎魔術理論の学習が、職業習得の条件なのか?」


「そう。これで、あなたは魔術師。――『魔術』の欄をタップしてみて」


 言われたとおりに操作すると、「習得魔術」と「習得可能魔術」の二項目があった。

 「習得魔術」は「なし」だが、「習得可能魔術」には、合計七つの項目があった。



 初級地魔術:BP1 初級水魔術:BP1 初級火魔術:BP1 初級風魔術:BP1

 初級光魔術:BP1 初級闇魔術:BP1 初級無魔術:BP1 初級精霊魔術:BP1



「つまりこれをタップすれば、相応のBPを支払って、魔術が使えるようになるってことか」


「そう。……でも、まさかいきなり全属性が出るとは思わなかった。

 それに、精霊魔術にも適性があるみたい」


「珍しいの?」


「珍しいというか……前代未聞。

 普通は無属性だけで、優れた才能を持つ魔術師でも、他に一つか二つだけ。

 また、ヒトの中でも人族は、精霊魔術への適性が低い」


 僅かに困惑したような声で、エルミナは説明する。

 精霊魔術は、言うなれば魔術の上位互換だという。

 契約した精霊の力しか使うことはできないが、対話によって発動するため、事前に起句を決めておけば、詠唱無しで発動する。

 精霊に気に入られれば気に入られるほど、消費するMPは少なくなるし、逆に威力は高くなる。

 もっとも、それはすべてがうまくいった場合の話だ。

 駆け出しの頃は精霊と対話するだけで精一杯のため、起句の取り決めなんてもってのほか、多大なMPを支払うことでかろうじて魔術を発動できる、と、かなり癖のある魔術系統らしい。

 その分、時間をかけて精霊と対話し、信頼を勝ち取れば、僅かなMPで多くの成果を得ることが出来る。

 要するに、大器晩成型の系統なのだ。

 説明を終えたエルミナは、ようやく困惑が収まったのか、目を輝かせた。


「タクミ、すごい」


「あ、ありがとう。――で、どれを習得するべきかな?」


「ぜんぶ」


「ああ、そう。全部ね……って、全部!?」


「全部。せっかく才能があるんだから、それを生かすべき。半端に習得しても意味がない。

 とにかく手数と攻撃手段を増やすのが魔術師のセオリー」


「い、いや、それは何となく分かるよ。火の魔術しか使えないのに、火に強い敵が出来たら手も足も出ないだろうから」


「火に強い魔物と、地に強い魔物が同時に出てきたら?

 地に強い魔物は火の魔術で倒せるかも知れない。けれど、そっちに魔術を使っている間に火に強い魔物に攻撃されることもある。

 でも、水か風の魔術があれば、二匹に有効なダメージを与えられる。

 『攻撃手段を増やす』意味はそういうこと」


「……なるほど。一理あるな」


「それに……(教えることが増える。このままだと私の講義の時間そのものが減らされそうだし)」


「……? それに?」


「……なんでもない」


 何か言っていたような気がするが、さすがに小さすぎて聞こえなかった。

 少し悩んだが、エルミナのおすすめどおり、すべての項目をタップした。「習得可能魔術」の欄は「無し」になり、すべて「習得魔術」に移った。


「これでよし、と」


 一人頷いていると、エルミナも何度か頷いていた。


「うん、いい子。――さて、あまり時間がないから、一つだけ魔術を教えて終わりにする」


「お願いします」


 頭を下げると、エルミナは満足そうに微笑んだ。

 そして彼女が腕を振るうと、黒板に五重の円が描かれる。

 促され、立ち上がる。エルミナに連れられ、教室の端、五重円の正面に経つ。


「では、魔術の基礎中の基礎――無属性の攻撃魔術、《マナ・アロー》を教える。私の詠唱に続いて唱えること」


 頷くと、エルミナは右腕を掲げる。



「世界に満ちるマナよ」


「――世界に満ちるマナよ」



「我が意に従い」


「――我が意に従い」



「矢となりて敵を貫け」


「――矢となりて敵を貫け」





 そこで、エルミナは右腕を振り下ろし、真っ直ぐに円の中央に指を向ける。





「《マナ・アロー》」



 同じようにしながら、俺も起句を口にする。



「――《マナ・アロー》」


 

 両者の差は歴然だった。

 エルミナの腕からは、極太のレーザー光線が放たれ、指先に従って真っ直ぐに飛び、円の中央を貫く。

 対して、俺の方はまさしく「矢」――贔屓目抜きで言えばせいぜいが「ナイフ」――であり、速度も、「歩くよりは速いかな?」といった程度。

 しかも的を外し、かろうじて最後の円の外周に引っかかる、というありさまだった。


「……あちゃー。こりゃ失敗だな」


 呟くと、エルミナは首を振る。


「今まで魔術に触れたこともなく、発動するのも初めてなら、当然の結果。

 むしろ、そんな状況で魔術を発動できたのはすごい」


「ありがと。……ま、いずれにせよ、要練習だな、こりゃ」


 見るからに威力は低そうだし、命中率も悪い。今のままでは、到底実戦で使い物にならないだろう。

 逆にやる気が出てきた俺を見て、エルミナは少し考え、「では、今日の課題を告げる」と言った。


「精霊魔術を除く、各属性の初級魔術を、最低一つ、詠唱と起句を覚え、発動させること。また、それをレポートにまとめること」


「よしっ! 望むところだ!」


 なんだかんだで、これまで経験したことのない「魔術」に興奮していたんだろう。勢いよく答えた俺を、エルミナは微笑ましそうに見つめていた。





 午前中の授業が終わり、昼食の時間。

 エルミナはいつものように無口だったが、その表情は、どことなく誇らしげに見えた。

 時折、俺とツカサに視線を向ける。

 俺に向ける視線はどことなく優しく、ツカサに向ける視線は自慢げに見えた。

 サクラや黒鬼さんはその視線に気づいた素振りさえなかったが、無口・無表情同盟のツカサは、やはり気づいていたようだった。



 午後の授業、俺を先導して外に出たツカサは、不思議そうな顔で訊ねる。


「何かあったのか?」


 もちろん、これは「エルミナに」何かあったか訊いているのであり、当然、それがあったのが午前の授業中だということも察しているのだろう。

 俺は少し迷ったが、ありのままを答えた。


 聞き終えたツカサは、苦笑を浮かべる。


「なるほど、それであの得意げな顔か。

 己の弟子が優秀であることを誇り、同時に、残BPを0としたことで、我にまともな指導をさせぬという、意趣返しをしたつもりだったのだな」


「あ――そ、そうか! もうBP残ってない!」


 顔から血の気が引く。

 BPは、能力値の上昇の他に、魔術、スキルの習得に消費される。

 つまり、これから受けるであろう『実戦的な授業』で新たなクラスを得ても、スキルを覚えるにはレベルアップを待たなければならない。

 俺が一人前になる日はさらに遠ざかる。

 暗澹たる気持ちになった俺の耳に、ツカサの淡々とした声が届く。


「さすがは知識の女神。一本取られたわ――と、言いたいところだが」


 含みを持った発言に顔を上げると、ツカサはにやりと笑みを浮かべていた。


「所詮は見た目どおりの女童(めわらわ)よ。――案ずるな、タクミ。我の授業においては、BPはまったく使わぬよ」


「えっ!? でも、スキルを習得するためにはBPが――」


「まあ、最初はそうしようかとも思ったのだがな。主はもちろん、我も楽だし、効率的だ。だが、こうなったならば致し方あるまいな」


「ど、どうするつもりなんだ?」


「知れたこと」


 再び、ツカサはにやりと笑う。


「『技』を――『スキル』の本来の意味である、『技』を、主に習得して貰う」



 エルガイアにおいて、スキルはクラスごとに無数に存在する。

 クラスを生み出し、スキルを創り上げたのは、神々だ。

 だが、ヒトの中でも優秀な者は、それに囚われず、さまざまな『技』を生み出し、神々に新たなスキルとして認めさせたこともある。


 スキルは、通常攻撃よりも優れた効果を持つものが多い。

 単純な与ダメージの増加であったり、毒や麻痺といった追加効果であったりする。

 それらはほとんどすべて、『SP』を消費することで発動する。

 その実態は、目に見える形の『信仰心』そのものだと言う。

 ヒトがSPを消費してスキルを使うと言うことは、『信仰心』を捧げることで、対応する神の祝福を得ること。

 だからこそ、自分自身のみの力では有り得ないダメージを与えたり、有り得ない付与効果を得ることができる。

 もしもSPを捧げる神が、信仰する神と同じであれば、加護のレベルを引き上げる一助ともなる。



「『スキル』の定義は分かったけど……それと、BPを消費しないってのは、どう繋がるんだ?」


「言ったように、『スキル』は神が定め、祝福した『技』だ。その基礎を知るためにBPを消費する必要がある。

 なれば、神が基礎を教え、授けた『技』ならば、『スキル』としての効果を持つのは自明であろう」


「あっ――!」


 思い出す。ツカサのものとおぼしき加護の名前は、『斬神の加護』。つまり――


「――そう。主には我が流派、『雷流』を授けよう」


 そう宣言したツカサは、神に相応しい威厳に満ちていた。



 ツカサの流派、『雷流』は、刀、つまり日本刀を用いた、古流剣術だそうだ。


「天を裂き、地を割り、人を斬り、そして神をも滅ぼす。――ヒトの身で、神をも斬らんとする修羅の剣よ」


 それが基本理念にして、究極の奥義である、とツカサは言った。

 極めれば、神でさえも滅ぼせるのだという。


 ――何やら、とんでもない剣術のようだ。って言うか、それってほんとに剣術なのか?


 もちろん、そこまで至ることはほとんど不可能で、過去、そこまで辿り着いたのは、ツカサとその弟子の二人だけ。

 完全に生まれ持った才能に左右され、辿り着けない者は一生どころか、永遠の命を得ても辿り着けない。

 ちなみに俺は、「その(きざはし)の半ばまでは辿り着けようが、頂までは登れまい」とのこと。

 それでも数億人に一人の才能だそうだが、「極められない」と断言されたのにはちょっと凹んだ。



 さて、事前説明は終わり、いよいよ剣術の稽古に入る――と思っていたのだが、ツカサに言われてステータスを見る。


 クラスの欄には、「初級魔術師 Lv.1」の他に、「見習い剣術家 Lv.1」の記載があった。

 何とは無しの感慨に浸っている俺を余所に、ツカサは『称号』の欄をタップするように告げた。

 言われるままに操作すると、『称号』の欄に『異界経験者』、その下に『習得済み称号』の欄があり、『《斬》を目指す者』の記載があった。

 ……はて。こんな称号あったのか? などと思いながらタップすると、その称号の説明らしき文章が表示される。



称号:「《斬》を目指す者」

   斬神ツカサが弟子と認めた者が取得する。

   刀術の訓練時、剣術家のクラス成長率が実戦の80%となる。


   この称号に変更しますか?

   「はい」/「いいえ」



「『《斬》を目指す者』……?」


 呟くと、ツカサは頷きで答えた。


「世に剣術は数多在り、刀術もまた数多在る。その究極にして終着点を、我が流派では《斬》と呼ぶ。

 これを極めし者は、斬るべきモノのみを斬る」


「……斬るべき、モノ?」


「モノは者であり、物である。――ある程度の段階にまで至れば、自ずと理解できよう。

 剣でも魔術でも越えられぬ壁に出会い、それでもそれを乗り越えねばならぬ時にな」


「……正直、よく分からん」


 そう告げると、ツカサは珍しく大笑した。


「はっはははは、それが理解できればもはや皆伝よ! それこそが《斬》、雷流の奥義なのだからな!」


 だったら何でそんなこと言うんだ、と訊くと、知ることが《斬》の道への第一歩なのだ、なんて答えられた。


 ……本気で訳が分からない。


 とにかく、言われるがままに、『はい』をタップする。

 すると、ステータスの『称号』欄が『《斬》を目指す者』に変わった。


「実戦に勝る経験はない。これは我の持論だが、このエルガイア式ステータス成長においても、それは証明されておる。

 命のやりとりがない訓練時には、実戦で得られる熟練度の10%程度しか得られぬのだからな」


「……つまり、この称号を付けてる間は、実戦の8割も熟練度が得られる……付けない場合の8倍も効率がいいってこと?」


「そういうことだ。

 ちなみに、我は雷流を極めるのに5年掛かった。だが、我の弟子は3年で極めておる。

 この称号は、その効率的な指導を元に創られた物であろうよ」


「単に、お弟子さんの出来が良かっただけじゃ?」


「はっはっは、それは否定せぬよ。

 だが、言い訳をさせて貰うならば、我は、師からではなく書物から雷流を学んだ。

 対して我が弟子は、我がほとんど付きっきりで指導した。

 その差は大きいとは思わぬか?」


「そ、それは確かに……」


 と言うか、時間をかけたとは言え、本読んだだけで武道を極めるって、とんでもないチートじゃね?

 半ば呆れ、半ば尊敬していると、ツカサはどこからともなく木刀を取り出し、俺に向かって放り投げた。

 危うげなく受け止めると、ツカサはぶらりと両手を下げた。


「さて、雑談はここまでとしよう。百聞は一見に如かず、百見は一行に如かず。理論も技術も後回しだ。

 好きに打ちかかってくるが良い。

 ――ああ、心配せずとも、今の我は主と同じ能力値しか持たぬよ」


 さすがは神様、自分の能力も思うがままに操れる、ってことか。


 良くある物語の主人公なら、素手の相手に打ち込むのは躊躇っただろう。

 いくら刃のない木刀とは言え、当たり所が悪ければ殺してしまうからだ。


 でも、俺は躊躇うどころか、欠片も悩むことはなかった。


 ツカサが神様だということを差し引いても、俺が正規の剣術を習ったことのない素人だという事実を差し引いても、相対するツカサが、途方もなく強いことだけは理解できたからだ。


 だから、俺は頷きで答え、「初め」の合図を待つことなく飛び込み、袈裟懸けに木刀を振るう。

 当然のように弾かれ、逆に胴目掛けて掌――掌打を振るわれた。

 打ち込みに失敗した俺に、避ける余裕なんてあるはずもなく、ツカサの掌打が俺の胴をしたたかに打ち据えた。

 激しい痛みに地面をもんどり打っていると、ツカサは淡々と告げる。


「思い切りは良かったな。木刀故、我を傷つけぬと理解したか。

 だが、踏み込みが遅い。刀の振りが遅い。弾かれた後の対応が悪い。

 つまりは今のところ話にもならぬ。

 ――死力を尽くして刀を振るえ。今の主が何をどうしようとも、我に傷を付けることは能わぬ故に」


 痛みの中、無意識の内に「はい」と答えていた。


「良い返事だ。――さて、そろそろ痛みも落ちついてきたであろう。もう一本だ。立て」


 ツカサの言葉どおり、いつのまにか痛みは和らいでいた。

 もちろん、今も痛みが消えたわけじゃない。それでも、立ち上がるだけの気力は回復した。

 立ち上がり、構え、接近し、振るう。弾かれ、反撃を受け、倒れ伏す。



 そんなことが、何度、何十度繰り返されただろうか。


 いつしか俺は、完全に意識を失っていた。



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