2 Let’s study
神界での生活が始まった。
朝目を覚まし、半ばどうでもいい『今日の運勢』を聞き流し、ツカサの妻だという黒髪美少女(黒鬼さんと言うらしい。正直、人間の名前とは思えなかった)が作った朝食を食べる。
午前中はエルミナによる語学学習。
昼食後、食休みを挟み、午後はツカサによる基礎トレーニング。
へとへとになるまで身体を動かし、夕食後、就寝。
毎日毎日、ほとんどそれの繰り返しだ。
異世界で生活するだけなら、これほどきついトレーニングは必要無い。
なら、どうしてここまで頑張っているのか――それは、俺が『冒険者』を目指すからだ。
冒険者とは、読んで字のごとく、『危険を冒す者』。
前人未踏の土地を探索し、魔物と呼ばれる害獣を倒し、日々の糧を得る。
それが、エルガイアにおける冒険者だ。
言うまでも無く、危険な仕事だ。
だが、普通科高校生だった俺には専門知識も技術も無い。
エルミナの加護があるから、エルミナの神官として生きていく道もあるそうだけど、『神を崇拝する』というのがどういう感覚なのか、いまいち俺にはぴんとこなかった。
――もちろん、エルミナ個人を嫌っているというわけではない。
けれど、それと『崇拝』とは、また少し違うような気がした。
ならばと提示された別の道が、『冒険者』だった。
冒険者となった場合の最大の長所は、自由であること。
守るべき戒律は最低限で良いし、定住しなければ税金を払う必要も無い。
また、冒険者の身分であれば、町や村はもちろん、国の行き来もほとんど制限がない。
大きな仕事をこなせば一度に大金が入ることもあるし、そこまで無理をしなくとも、食うに困ることはないらしい。
特別運動が得意ってわけでもなかったけど、冒険者に必要なのは、身体能力、そして生への執念だ、とツカサは言った。
技術だの効率だのは、経験を積めば嫌でも鍛えられるし、そのためのきっかけはここで学ばせる、と。
――正直、不安が無いと言えば嘘になる。
でも、俺は冒険者になると決意した。
未だ見たこともない大地を、自由に冒険する――想像したその光景が、魅力的に思えたからだ。
ちなみに、いつの間にか日常会話は、日本語から共通語に切り替わっていた。
エルガイアの女神であるエルミナはともかく、ツカサやサクラ、はては黒鬼さんまで完璧に共通語が使えるとは、失礼だが、少々意外だった。
まあ、神様だけあって、知力値も俺とは比べものにならないだろうから、当然か。
最初はかなり苦労したが、今では大分慣れたように思う。
それに気づいたのか、ある日の授業が終わる頃、エルミナがぽつりと呟いたことがあった。
「……覚えが早い」
「え、そう? まあ、エルミナのおかげで知力値が補正されてるからね」
「それも一因。でも、たった四日で、共通語の会話はもちろん、読み書きまでほとんど修得している。
総能力値から予測すると、この段階に至るためには、まだ一週間程度掛かるはず」
「まあ、寝る前に予習復習はしてるから」
そう言うと、エルミナは微かに目を見開く。
「……いつも、HPが1/4になるまでトレーニングをしていると聞いた。どこにそんな余裕が?」
「どこに、って……いや、晩ご飯食べて、少し休めば、それくらいの体力は回復するよ。
まあ、さすがに身体を動かすのは無理だけど」
「確かに、安静にしていれば、自然とHPは回復するけれど。……もしかして」
何かに気づいたのか、エルミナははっとした表情を浮かべる。
「『ステータス』で、ツカサの加護の詳細を見て」
「『ステータス』?」
おうむ返しに訊ねると、エルミナは僅かに眉根を寄せる。
「……教わってないの?」
「え? 何が?」
きょとんとしていると、エルミナは小さくため息を吐き、小声でぼそぼそと呟く。
「……どうしてこんな基礎的なことも教えてないの。経験主義も結構だけれど、基礎が伴わなければ何の意味も無いのに。そもそも……」
長くなりそうだったので、慌てて遮る。
「え、ええと、それで、『ステータス』って?」
「……百聞は一見に如かず。『ステータス・オープン』と言ってみて」
「す、『ステータス・オープン』?」
戸惑いながらも「ステータス・オープン」と呟くと、目の前に、半透明のウィンドウが現れた。
「なっ、なんだよこれ!」
「『ステータス・オープン』は、身体情報を数字化する生活魔術の一つ。
あなたの身体が触れるマナが、身体情報を読み取り、明示する。
これも魔術だけど、ただ情報を表示しているだけだから、MPは消費しない。
魔術師のクラス以外でも使用できる、数少ない魔術。
――それより、表示された情報を見て」
言われるままに、半透明のウィンドウに視線を走らせる。
LV :1
経験値 :10/15
状態 :健康
クラス :無職
信仰 :運命神の加護 Lv.1、斬神の加護 Lv.1、知識神の加護 Lv.1
称号 :異界経験者
HP :103/103
MP :108/108
SP :98/98
ATK :12
DEF :17.5
スキル :なし
魔術 :なし
装備 :布の服(DEF+2)、布のパンツ(DEF+2)
残ポイント:0
「……これが、俺の身体情報? 加護を貰う時に、筋力とか体力とかが上がるって聞いたんだけど、それは表示されないのか?」
「それを知るためには、【中級鑑定】というスキルを取得し、自身を鑑定するか、『残ポイント』が1以上必要。
ちなみに『残ポイント』は、使用可能なBP――ボーナスポイントの量。
このポイントを消費して、能力値を上げたり、習得可能なスキル、魔術に振り分け、習得することが出来る。
BPは、レベルアップ時に、基本値+加護のレベルの一定値を得ることが出来る。
基本値には個人差があり、一概には言えない。
あなたの場合は3つの加護がそれぞれLV1だから、基本値+3を得ることが出来る。
また、今はまだ何のクラスも取得してないけど、クラスのレベルが上がると、上がったレベル分のBPが得られる」
「……ええと、つまり、レベルが上がってBPが溜まるまでは見られない、ってこと?」
「そう。そして、それぞれの項目の詳細を知りたければ、知りたい項目をタップすれば良い。
――とりあえず今は、ツカサの加護――『斬神の加護』をタップしてみて」
言われたとおりに操作すると、『ステータス』が表示されている窓とは別の窓が浮かび上がった。
名称:斬神の加護
Lv.1 刀の才能
刀術スキルを取得・使用可能になる。
筋力、体力、知力、魔力の基本値が5、敏捷・器用さの基本値が10上がる。
剣術家のクラスレベル、および精霊術使用時の魔術師クラスレベルの成長率が20%上昇する。
刀、精霊術を用いた戦闘の場合、得られる経験値が50%上昇する。
HPの自動回復が備わる。(1秒につき1%)
表示される情報を見て、「へえ」と呟く。
「刀かぁ。剣と魔法にも憧れるけど、刀使いってのも恰好いいよなぁ」
「……さすがは概念神の加護。レベル1にもかかわらず、まさしく破格」
耳もとでエルミナの声が聞こえ、思わずぎょっとして振り返る。
いつのまにか、正面にいたはずのエルミナは、俺の肩越しに表示される情報を見つめていた。
これまで向かい合わせに授業を受けていたが、ここまで密着されることはなかった。
花のように甘く心地良い香りが漂い、彼女の体温まで伝わってきそうだ。
「そ、その、エルミナさん?」
「……HP自動回復。なるほど、この効果か。2分も休憩すれば完全に回復する。
いえ、行動中も有効? なら、実際のHP値以上に行動可能時間が延びる」
「……そ、それって、すごいの?」
「『すごい』なんてものじゃない。オルフェリアとジルの加護も自動回復が備わるけど、割合は1秒につき0.5%。
しかも比較的得られやすいオルフェリアの加護でもLv.2が必要だし、ジルに至ってはLv.3。高位神官クラスでなければ得られない」
「エ、エルミナの加護は?」
「私の加護も自動回復が備わるのはLv.3。しかもHPではなくMP。回復量も1秒当たり0.5%だし」
表情も声も変化はないが、何やら落ち込んでいるような気がする。慌ててフォローした。
「い、いや、MPが自動的に回復するなんてすごいよ! 回復魔術と合わせれば、回復薬いらずじゃないか!」
「……でも、私は知識と魔術の神だから、信仰するのは魔術師志望だけ。
魔術師は合理的で論理的な思考の持ち主が多いから、神への信仰とは相性が悪い。
魔術師として大成している信者も、加護レベルは2くらいまでだし、あまり恩恵を与えてあげられない」
「だ、大丈夫! 俺が熱心な信者になるから! 新しい街には行ったら必ず神殿にお参りに行くし、週ごとの礼拝にも欠かさず参加するから!
そうすれば、いつかエルミナだって俺の加護レベルを上げてくれるだろ?」
「……うん。熱心な信者なら、加護レベルは上げやすくなる」
「いやー、エルミナの加護がLv.3になるのが待ち遠しいなぁ! そうすれば戦闘でも魔術使い放題だし、怪我してもすぐに回復できるし!」
必死に慰めようとする俺を、エルミナはじっと見つめていたが、やがて、にっこりと微笑んだ。
「……ありがとう、タクミ」
初めて見る彼女の笑みは、愛らしく、美しく――思わず時間を忘れ、じっと見惚れてしまった。
そんな日々を繰り返していると、ある日、トレーニングが終わった直後、「ぴろん」とかいう間の抜けた電子音が、どこからともなく聞こえてきた。
思わず辺りを見渡すが、特別なものは何もない。
幻聴か何かだったのか、と思っていると、ツカサが微笑を浮かべていた。
「おや、どうやらレベルが上がったようだな」
「レベル……アップ? い、今のが?」
「うむ。ステータスを確認してみよ」
戸惑いながらも「ステータス・オープン」と呟くと、目の前に、半透明のウィンドウが現れた。
IM :レベルアップ(1→2)
筋力+1、体力+1、敏捷+1、知力+1
「運命神の加護」により、能力値追加上昇
筋力+1、器用さ+1、魔力+1
LV :2
経験値 :16/45
状態 :健康
クラス :無職
信仰 :運命神の加護 Lv.1、斬神の加護 Lv.1、知識神の加護 Lv.1
称号 :異界経験者
HP :106/109
MP :113/113
SP :103/103
ATK :14
DEF :18.2
スキル :なし
魔術 :なし
装備 :布の服(DEF+2)、布のパンツ(DEF+2)
残ポイント:8
IMは、多分だけど、「インフォメーション・メッセージ」の略かな。
「って、かなり能力値上がってないか? しかも、『運命神の加護』により追加上昇?」
「ふむ? ……ああ、なるほど。サクラの加護の効果だな。
詳しく効果を見たければ、『運命神の加護』をタップしてみれば良い」
言われたとおりにしてみると、表示画面が切り替わった。
名称:運命神の加護
Lv.1 運命の風見鶏
起床時、運命神のお告げにより、その日の運勢を知ることが出来る。
就寝後の起床、もしくは前回お告げを聞いてより、24時間経過すると、新たにお告げを得る。
また、運勢を減少させ、後日、充当することが出来る。
取得経験値が50%上昇する。
また、レベルアップ時、ランダムで3つの基礎能力値が1上昇する。
「……え? お告げを聞くだけじゃ無かったのか?
しかも取得経験値50%上昇の上、レベルアップ時に基礎能力値3つ上昇。
……よく分からないが、これってかなり強力なんじゃ?」
「まあ、あんなでも運命を司る女神だからな。因果律操作はお手の物だ。
――しかし、今の今まで『運勢の操作』については聞かなかったのか?」
俺が頷くと、ツカサは小さくため息を吐いた。
「……相変わらず、あれの横着も酷いものだな。
まあ、確認方法を聞いていながら、今まで確認せぬ主も主だが」
「うっ……そう言われると反論できないな」
「――まあ良い、明日の朝からはより注意深く『お告げ』とやらを聞くが良い。
――ともあれ、主の上昇値は4か」
「上昇値?」
「レベルアップ時に上がる能力値の数だ。積んだ経験の種類によって、ある程度は制御可能だ。
午前中はエルミナと知力を磨き、午後は我の元で筋力、体力、敏捷を上げておるからな。
この4つが選ばれたのも当然の結果だな」
「……なるほど。
あ、残ポイントが8になってる。すぐに使った方がいいかな?」
「能力値の上昇か? とりあえず、スキル習得のために溜めたほうがよかろう。
ちなみに、スキルや魔術は、習得可能であれば、タップすることで確認できる」
「なるほど。……どっちも習得可能なモノは無し、と……。
――あ、そうそう、これで能力値が確認できるんだっけ」
『残ポイント』をタップすると、別のウィンドウが現れる。
残ポイント:8
筋力:14(+5)、体力:13(+5)、敏捷:13(+10)、
器用さ:11(+10)、知力:13(+10)、魔力:11(+10)
……うーん、多いのか少ないのかよく分からん。
能力値を前に、うんうん唸っていると、ツカサが呟く。
「さて、いよいよレベルが上がったな。明日以降を楽しみにするが良い」
「……それって、今日までよりも厳しくなるってことか?」
そう訊ねると、ツカサはにやりと笑った。
「いいや。明日『から』厳しくなるのだ」
同じ意味のように思えるが……もしかして、ツカサの基準では、今日まではぜんぜん厳しくなかったってこと?
――ふと過ぎったそんな不安が真実だと、次の日、俺は身を以て知ることになった。
ちなみに、算出能力値の計算は、
HP:体力×6×(1+LV/100)、小数点以下は表示せず
MP:(魔力+知力/5)×4×(1+LV/100)、小数点以下は表示せず
SP:(器用さ+知力/5)×4×(1+LV/100)、小数点以下は表示せず
で計算されています。
ATKについては、装備武器、クラス等によって計算式が異なりますので、タクミが武器を装備したときに紹介しようと思います。
ちなみに、適正の無い武器を装備した場合は、単純に筋力+武器の攻撃力で計算されます。
今回表示されたATKは、装備武器無し、格闘適正無しのため、単純に筋力値のみの数値です。
DEFは、現在のところ「体力×0.3+敏捷×0.2+器用さ×0.2+防具の防御力」で算出されています。
係数はクラスによって変動する場合があります。(特に魔物)




