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(仮題)異世界に里帰り  作者: 吉田 修二
1章 神界にて(チュートリアル)
3/29

1 神界再訪

説明回です。


そして一人目のヒロイン登場。

 白い大理石に囲まれ、赤色の絨毯がアクセントを加える。

 それぞれの素材は高級品なのだろうが、華美な装飾はなく、シンプルそのもの。

 それが、俺の知る神々の住まう世界――神界だ。


 一週間の猶予期間が終わり、俺は再びここに戻ってきた。

 目の前にはサクラと、その数歩後ろにその兄、ツカサが控えている。

 サクラははっきりと分かる、ツカサは本当に微かな笑みを浮かべていた。


「久しぶりね、タクミ。この一週間は有意義に過ごせたかしら?」


「ああ、おかげさまでな。……見てたんじゃないのか?」


 猶予期間の最初の夜、ツカサが丁度いいタイミングで話しかけてきたことを思い出し、そう訊ねるが、サクラは思いっきり呆れたような表情を浮かべる。


「はあ? 何でこの私があんたみたいな凡人のありきたりな日常なんて覗き見る必要があるの? バカなの? 死ぬの?」


「……い、いや、その……すみませんでした」


「――ふむ。つまり今のは、『か、勘違いしないでよね! あんたが普段どんなことしてるかなんて、興味ないんだからね!』というやつか?」


 まるっきり棒読みでテンプレなセリフを呟くツカサだが、サクラは真顔で振り返る。


「何というテンプレ。今どきそんなテンプレのキャラしか作れないんなら死んだ方がいいんじゃない?」


「ふむ。最も需要があるからこその王道ではないかな?」


「知らん知らん。王道なんて知りませーん」


「まあ、確かに主はヒロインにはなり得ぬ女だが」


「ちょっ! 兄様マジ酷くない?」


「ちなみに今回もヒロインの予定はない」


「誰がメタれっつったのよ! まあむしろ望むところだけど!」


「……それはメタ話をか? それともヒロイン予定無しの方か?」


「無論後者よ! だってサクラはぁ、兄様のメインヒロインなんだもん!」


「……ウザ」


「うわーい心の底から嫌がってますよこの人ー」



「……そろそろ、兄妹漫才はやめてくれない?」


「ふむ。少々はっちゃけ過ぎたか」


「兄様表情ひとつ変えてないけどね! 

 さて、そんじゃ、そろそろ本題に入りますか」


 一瞬で真顔に戻ると、サクラは軽く手を振った。

 すると、周囲の景色が変わり、やはり簡素だが落ちついた小部屋に切り替わった。

 勧められて椅子に座り、紅茶を飲む。

 え、驚かないのかって? いや、さすがに今更だろう……。


 しばらく歓談していたが、話が一区切りすると、サクラは再び手を振った。

 目の前に半透明の地図らしきものが浮かび上がる。


「ここがあんたの本来生まれるはずだった世界――エルガイアよ。簡単に説明するから、質問は後でね」



 エルガイアは、大きく分けて三つの大陸と、大小さまざまな島々で構成された惑星だ。

 その中の一つの大陸、ラフィール大陸が、俺の生まれるはずだった大陸らしい。

 文明レベルは中世ヨーロッパ程度。科学はあまり発達してはいないが、それに替わり、魔術という技術があり、それなりに快適な生活が送れるとのこと。


 ラフィール大陸には三つの国がある。

 東部のイルス王国、中部のディスティア連合国、西部のタラール帝国。

 それぞれ順に、人類とほぼ同じ特徴の人族、エルフやドワーフといった亜人族、狼、猫などの獣の特徴と兼ね備えた獣人族が支配する国家だ。


 エルガイアを語る上で、もっとも重要、といっても過言ではないのが、宗教だ。

 ヒトはほぼ例外なく、何らかの神に信仰を捧げている。

 無宗派の者は、最悪の場合、魔族――神を否定し、魔王を崇拝する種族――扱いされて殺されても文句は言えないらしい。



「ま、駆け足になったけど、こんなところかしらね」


 話し終え、サクラは紅茶を飲む。


「しかし、何らかの神を信仰してないと殺されるとか、かなり凄まじいな」


「そう? 地球だって、キリスト教はさんざんやらかしてきたと思うけど。魔女狩り然り、十字軍然り。

 それからすれば、ずいぶんと緩いと思うわよ。

 だって、神を信仰してさえいれば、それがどの神だって構わないわけだから」


「ま、それもそうか。

 ……しかし、神の信仰か。お盆に墓参りくらいしかしたことなかったんだけどなぁ……」


 感覚のズレには悩まされることになりそうだ。


「で、お前らを信仰すれば良いのか?」


「私らを信仰しても仕方がないでしょ。私らはエルガイアの神じゃないんだから」


「……そうなのか?」


「そうなのよ。――まあ、神にも上位と下位が存在すると思っておけば良いわ。


 上位の神、これは概念神と呼ぶんだけど、彼らはいろんな世界に干渉できる。

 けど、干渉はあくまでも『世界』全体に対してであり、余程のことがない限り、ヒトには干渉しない。

 結果として、ヒトは基本的に、彼らの存在には気づかない。


 下位の神、これを定義上地方神と呼ぶけど、彼らは担当している世界にしか干渉できない。

 けれど、その世界に対してであれば大きな影響力を持つわ。

 たとえばヒトに加護を与えて信仰を得たり、ヒトの敵に立ち向かったりね。

 ――つまり、世界にとっての神が概念神であり、ヒトにとっての神が地方神ね」


「……すまん。正直、よく分からなかったんだが。

 とりあえず、おまえたちはその上位の神、概念神だってことで良いのか?」


「そういうこと。だからあんたが信仰するのは、エルガイアの地方神ってことね」


「じゃあ、誰を信仰すれば良いんだ?」


「そこはほら、兄様がなんか手を打っててくれたみたいよ?」


 顔を向けると、ツカサは湯飲みから日本茶を一口含み、頷いた。


「先に言ったであろう。『加護の他にも便宜を図ってやる』と」


「おお! そういうことか!」


 喜びの声を上げる俺に微かな笑みで答えると、ツカサは手を振った。

 白い大理石の小部屋は一変し、辺りの風景が草原に変わる。

 青い空に白い雲、照りつける太陽。草原を渡る風は草いきれを含み、自然の強さを感じさせる。


 見渡すと、すぐ側に一つの建物があった。

 二階建ての木造建築で、どことなく学校のような雰囲気がある。

 校庭らしい土が剥き出しの広間、併設された建物は体育館だろうか?


「では、付いてくるが良い」


 そう告げ、先導するツカサの後に続き、学校(?)に入る。

 中身はやはり木造の校舎そのものだった。木張りの廊下にはニスが塗られ、窓から差し込む光を反射し、鈍い光を放っている。

 そして、ツカサは教室(?)の一つに入る。

 それに続いた俺は、思わず息を呑んだ。

 教室の中には机と椅子が二つ、向き合う形で配置されている。

 その一つ、黒板を背に下側の机には、一人の少女が腰かけ、こちらに視線を向けることなく、書物に目を落としていた。


 年齢はおそらく十二、三。未だ幼さを残す顔は非の打ち所なく整っており、波打つ黒髪は長く、腰程まであるだろうか。

 逆光に佇む少女の姿は幻想的で、白魚のような細く小さな手が、時折書物を捲る様は、いっそ艶めかしささえ感じさせる。

 身にまとうのは、ところどころフリルの付いた、黒いドレス。ゴスロリと言うほど装飾はないが、少女の魅力を良く引き立てていた。

 白い額には金の鎖紐が巻かれ、中央には緑色の小さな宝石が付けられている。


「待たせたな、エルミナ。生徒を連れてきたぞ」


 ツカサの声で我に返る。それは少女も同じだったのか、顔を上げ、じっと俺を見つめてきた。

 少女の瞳は、額に小さく輝く宝石と同じ、エメラルド色。いささかの揺るぎもなく、はっきりとした知性の光が宿っている。

 しばらくじっと見つめ合っていたが、ややあって、俺は頭を下げる。


「あ、その、俺は斎城拓巳です。よろしくお願いします」


「――エルミナ」


 幼さの残る声色だったが、声質は落ちついていた。

 エルミナはふっと視線を外し、ツカサを見つめる。


「――ああ、タクミが名前だ。サイジョーは家名だな」


 一つ頷くと、エルミナは「タクミ」と呼びかけ、手招きをする。

 おずおずと近寄ると、焦れたのか、彼女の方からも近寄ってくる。


「――しゃがんで」


 言われたとおり、腰をかがめる。するとエルミナはその繊手を伸ばし、そっと俺の額に触れた。


「――我、知識と魔術の神、エルミナ。その名の下に、汝、タクミ・サイジョーに加護を与える」


 神様だったのか!

 内心驚く俺を余所に、俺の身体は光に包まれる。

 やがて光は杖の形に収束し、俺の額に吸い込まれるようにして消えていった。おそらくは、同じ形の痣が浮かび上がっていることだろう。

 呆然と額に手を当てる俺を余所に、エルミナは一歩、二歩と距離を取ると、落ちついた声で呟いた。


「――私の加護は、知力、魔力の基本値を5、MPの基本値を10%増加させる。

 また、魔術を使用した場合、該当するクラスの成長率が10%上昇する」


「……魔術の、成長率?」


「魔術とは、己が魔力を用い、マナに干渉する技術の総称。

 使えば使うだけ経験値を獲得し、一定値を越えるとクラスのレベルが上がり、威力が上がる。

 その一度の使用で獲得できる経験値の量が、10%上がる」


「でも、俺は魔術は何も知らないんだけど……」


「問題ない。ひととおりの基礎は教える。ついでに大陸共通語の読み書きも」


「か、神様が直々に?」


「他に手段はない。神界で存在できるのは、神、もしくはそれが認めた者のみ。

 私が認める信者はすごく忙しいから、こんな雑事で長期間拘束することは出来ない。

 ツカサやサクラは概念神で、あれでもかなり忙しい。

 そして私はエルガイアの知識を司る神。すなわち誰かに教える方法についても熟知している。

 それに普段は自分の研究をしているから、比較的時間が取れる。

 故に、私が教師役。きわめて論理的な結論」


 知識を司る神様だけに、論理性や効率性を重視する傾向にあるようだ。

 出来る者が出来る事をする、というのが基本思想なんだろう。


「――ツカサ、これからの予定は?」


「午前中は主の授業、午後は鍛錬に当てる。特別な事情がない限り、しばらくはこれで様子を見るつもりだ」


「期間は?」


「一ヶ月」


「――たったそれだけ?」


「それだけあれば、駆け出しレベルにはなるであろう。

 それとも、まさか自信が無いのか? 知識と魔術の神、エルミナよ」


 挑発するようなツカサの物言いに、エルミナは――表情こそ眉一つ動かさなかったが――むっとした様子だった。


「冗談。あなたの方が心配」


「それこそ無用な心配だ」





「……何やら、俺の進路が俺の知らないところで決定されていく予感がする」


「え? 今更なに言ってんの?」


 驚いたような顔をするサクラ。……た、確かに、反論できそうもない……。





 やがて教育方針についての合意が得られたのか、再びエルミナに手招きされる。


「まず、ラフィール大陸の共通語の読み書きからマスターして貰う」


「分かった。……正直自信はないが、精一杯頑張る」


 何せ、英語はもちろん、国語もお察しレベルなのだ。

 それでも、別言語の国に永住するとなれば、その国の言葉を覚えるのは必須、むしろ義務だ。教養どころの話ではなく、生死に関わる。

 だが、エルミナは微かに笑みを浮かべる。


「……大丈夫。私とツカサの加護で、貴方の知力値は大きく上がっている。習得にはそれほど時間が掛からないはず」


「賢くなったってこと? 自覚は無いんだけどなぁ」


「誰だって、自分自身の事が一番理解できない。今は自覚は出来ないだろうけど、効果は確実にある」


「……分かった。君がそう言うんなら、信じてみるよ」


 エルミナは、今度ははっきりと笑みを浮かべた。


「ええ。私を信じて」


 こうして俺は、生まれ育った地球を離れ、異世界に――行く前に、神々の世界でお勉強をすることに相成った。



※(9/20)エルミナの加護の説明文を少々変更しました。

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