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(仮題)異世界に里帰り  作者: 吉田 修二
2章 駆け出し冒険者
25/29

外伝 女神達の憂鬱~旅情編~

前作を投稿してより、それなりに間が空いてしまいました。

拙作をお待ち頂いていた方々、申し訳ありません。


さて、外伝については予告したとおり、ルファとエルミナがメインの話です。

お待たせした価値のある本文になっていると良いのですが……。



「――タクミ分が足りない」


 ここはツカサの神界。

 いつもの面々で食堂で朝食を食べ終え、いつものように朝食後の団欒中、エルミナがぼそりと呟いた。


「……あんた、いきなり何言い出すの? ついに狂った?」


 唖然としながらも訊ねるサクラ。

 だが、エルミナはじとっとした目で彼女を睨む。


「私は正気。――サクラ、いつもの事ながら、貴方には礼儀というものが無い」


「はっ、そんなの母様のお腹の中に置いてきたわよ。

 つーか、どうして概念神の私が、地方神であるあんたに礼を払う必要があるの?」


「立場の問題では無い。節度の問題。

 ここでは、私も貴方も、ツカサの客に過ぎない」


「だって、私は兄様の妹よ?」


「それがどうしたの?」


「縁戚の客と、一時的な客だと、扱いにも違いがあるって事よ」


「……なるほど。ツカサは縁戚を重視し、客を軽んじるような愚者であると」


「だ、誰もそんなこと言ってないでしょうが!」


 ヒートアップする2人だが、ふう、という小さな溜息の音で我に返った。


「……主ら、食後の一時くらいは静かに過ごせぬのか?」


「「だってこいつが……」」


 同時に相手を指さす2人に、ツカサは再びため息をついた。


「――それで? タクミが顔を見せぬ事が不満だと言うのか?」


「うん、そ「そうだとも!」」


 これまで黙っていたルファが立ち上がり、握った拳を天に突き上げる。


「タクミのやつめ、二刀流のことなら私に相談すれば良いのに! 自分で何とかしようなど、水くさいでは無いか!」


「……つまり、二刀流の手ほどきをするから、さっさと戻ってこいということか?」


「うむ、そのとおりだ!」


「だが、あれは最近BPをかなり消費したばかりだぞ。『神界の扉』を使えるのは、まだ先の話となるであろう」


「むう……こうなれば、いっそのこと私が地上に降りて――」


「ダメよ。それは認めないわ」


 最初の騒ぎはともかく、それ以降は沈黙を保っていたサクラが、鋭く告げた。


「神による、ヒトへの過度の干渉は許さない。

 そりゃあ、世界の維持のために行動して、結果としてヒトの利益になるなら、それは仕方のないことよ。

 でも、一個人のために、『神は地上に強く干渉しない』ってルールをねじ曲げるつもりなら、本気で潰すわよ」


「何だと? ツカサの妹だからと大目に見てきたが、そこまで言われては黙っておられんな!」


 激昂し、サクラを睨むルファ。

 だが、サクラはうっすらと冷笑を浮かべる。


「――何か勘違いしてない? 私は概念神、『運命』という概念そのものよ。

 たかが一世界で、それなりの武力を持つ程度で、私の定めた『運命』から逃れられるとでも思ってるの?

 兄様が居るから助かってるのは、あんたの方よ。

 あんたらを勝手に潰すなって兄様がお願いしたから、私はそれを聞いただけ。

 そうでなければ――」


「――止めぬか、2人とも」


 ツカサはやれやれと首を振り、2人を諫める。


「もう良い。――エルミナ。オルフェリア。主らの望みは、タクミと顔を合わせることであろう?」


 2人が頷くのを確認し、ツカサはサクラに目を向ける。


「かといって、2人が直接地上に降りることは認めぬ。――主の主張はそうだな、サクラ?」


「ええ、そうよ。こればかりは、いくら兄様でも譲らないわ」


()もあろうな。我自身も、さすがにそれには賛成できぬ」


「だが――」


「だったら――」


 言い募ろうとする2人を手で制し、「だが」とツカサは続ける。


「ならば、『直接』行かなければ良いだけの話だ。――そうではないか?」


 言葉の意味が分からず、不思議そうな表情になるエルミナとルファ。


 だが、サクラは顔を青くし、口の端を引きつらせる。


「ま、まさかとは思うけど、兄様……」


「そのまさかだ。――姉上を呼ぶ」


「ちょ、ちょっと待ったーっ! それは、それだけはマズいわ!

 あの《最悪(ワースト・ワン)》を呼ぶなんて、兄様、正気!?」


「……ふぅん。サクラ。貴方、ずいぶん昔の蔑称を持ち出してくれたわねぇ?」


「いや、アヤ姉と言えば《最悪》、《最悪》と言えばアヤ姉でしょうが!

 今も昔も変わらないわよ!」


「くくっ……いやはや、あの泣き虫サクラが、見ない間に、ずいぶん偉くなったものねぇ」


「いや、偉いも何も私は――って」


 青ざめた顔色を蒼白にまで変じ、サクラはぎこちない動きで背後を振り返る。


 そこには、いつの間にか一人の女性が立っていた。

 容姿は、どことなくツカサやサクラに似ている。

 喪服を模した黒い着物に身を包み、長く艶やかな髪を腰ほどで切り揃えている。

 だが、最大の特徴は、その額と両の顳から生えた角だろう。

 その角と美貌。サクラを上回る冷たい微笑。まさしく、鬼女と呼ぶに相応しい。


「あ……アヤ姉……! い、いつの間に……!」


「ついさっき。ようやくツカサが呼んでくれたから、此所に在ることが出来たのよ。

 ――それで、サクラ? あなた、私がどうだって?」


「あ、いえ、その、アヤ姉はいつも綺麗で羨ましいなー、とか」


「あら、ありがと。貴方もいつも可愛らしいわね。

 ――とくに、私が居ないと思って、陰口を叩くところとか。

 ……本当に、食べちゃいたいくらい可愛いわ」


「い、いや、違うのよアヤ姉! あれはそういう意味じゃなくて――」


「――ひとまず、その辺にしておいてくれぬか、姉上。いつまで経っても紹介できぬ」


 ツカサが出した助け船に、サクラは心から安堵のため息をつき、鬼女はにっこりと微笑んだ。


「まあ、そうね。サクラをからかうのは『とりあえず』この辺にしておきましょうか」


「……兄様、私急用を思い出したわ。しばらく実家(がいねん)に帰って良いかしら?」


「戯け、自業自得だ。

 ――さて、それでは紹介しよう。

 彼女はアヤカ。我の姉であり、『支配』を司る概念神だ」


「よろしくね」


 そう告げると、鬼女――アヤカはにこりと微笑む。

 だが、形だけは完璧な微笑なのに、そこからは何の感情も伝わってこなかった。

 ツカサに促されたから、ひとまず表面的には友好的な態度を取る。

 そういった本音が透けて見えていた。


「……『支配』?」


 呟くエルミナに、アヤカは視線を向ける。

 ――曲がりなりにも神であるエルミナの背筋が、その視線だけで震えた。


「ええ、そうよ。――そうね。言うなれば、サクラの『運命』と同じようなモノよ?

 ただ、私の『支配』は感染するけれど」


「感染……だと?」


 思わず呟くルファ。アヤカは今度は彼女に視線を向け――そしてやはり、彼女の背をも震わせた。


「そう。サクラは『運命』の概念神。ヒトを操るのでは無く、導くの。そしてその対象はヒトに留まらず、世界さえも対象となる。

 対して私の『支配』は、あくまでも『支配』という概念を理解できる存在に対してのみ有効な概念よ。

 けれど、『支配』は『支配』を生む。王が貴族を支配し、貴族が領民を支配するように。

 私の『支配』を受けたモノは、他者に対して『支配』を行使できる権限を得る。

 ゆっくりとではあるけれど、確実に世界を侵す概念よ」


 口元を着物の袖で覆い、くすくすと上品に笑うアヤカ。

 だが、聞かされたエルガイアの女神達は、ようやく顔色を蒼白に変える。

 彼女がその力を行使すれば、ゆっくりと、しかし確実に、エルガイアという世界は彼女の意のままに操られることとなる。


 どうしてこんな災厄そのものの神を呼んだのか――2人は揃って、ツカサに視線を向ける。

 視線の意味に気づいたのか、ツカサは小さくため息をつく。


「――そう脅してやるな、姉上。こう見えて、彼女らはずいぶんマシな神なのだからな」


「そうでしょうねぇ。『斬神』たる貴方が自身の神界に呼ぶくらいなのだから。

 ――ふふ。でも、そういうモノこそ壊しがいがあると思わない?」


 アヤカは妖しい笑みを浮かべ、ツカサにしなだれかかる。

 だが、ツカサは淡々とした口調を崩さず、訊ねる。


「その後始末をするのは誰だ? まさか姉上ではあるまいな」


「まさか。そんな面倒なこと、私がするはず無いでしょう?」


「で、あろうな。――さて2人とも。我が姉上を呼んだのは、何もエルガイアの破滅を意図したわけではない」


「……じゃあ、どうして?」


「姉上は、我と同じくヒトから概念へと成ったモノ。ヒトであった頃は比類無き魔術師であり、さまざまな二つ名で呼ばれておった。

 曰く《最悪(ワーストワン)》、曰く《人形師(ドーラー)》とな」


「……《人形師》? 人形のように他人を操るから?」


「実のところそれが真実ではあるのだが……姉上」


「はいはい」


 アヤカがにこりと微笑むと、彼女の目の前に、エルミナとルファそっくりのビスクドールが現れる。

 顔や体付きは瓜ふたつと言っていい程に似ているが、関節は球体によって形成されており、それが人間ではなく人形であることを無言の内に語っていた。


 アヤカが手を振ると、二つの人形はぱちりと目を開き、滑らかな動きで自ら立ち上がる。

 そして互いの手を取り合うと、情熱的なタンゴを踊り出した。

 エルミナの目には、アヤカの身体から魔力による無数の糸が伸びているのが見え、それが人形を操っているのだと知れた。


 やがて人形達は踊りを終え、優雅に一礼した後に、糸を切られて頽れた。


「まあ、これが《人形師》としての私の能力ね。つまりは私が望んだ形で人形を創り、それを操ることが出来るのよ」


「……つまり、この人形を地上に降ろし、私たちは神界からそれを操作すると言うこと?」


 呟くエルミナは不満そうだ。

 彼女の認識はエルガイア全域に及ぶ。ただ見るだけならば、現状でもさほど変わりない。

 だが、アヤカはうっすらと妖しい笑みを浮かべる。


「私の創った人形が、そんなに単純なはず無いでしょう? ――まあ、騙されたと思って、この人形に魔力を流してみなさいな」


 半信半疑ながら、言われたとおりにするエルミナ。

 すると――


「『……え? うそ』」


 当惑の声を上げるエルミナ、そして彼女が魔力を流した人形。

 今や、エルミナの意識は二つに分かれていた。

 エルミナ本人がエルミナ人形を前に呆然とした表情を浮かべ、エルミナ人形はエルミナ本人を前に同じ表情を浮かべている。

 互いに右手を伸ばし、互いの左頬をぺたぺたと触る。――どちらの思考でも、『頬を触れた』という感触がはっきりと伝わってきた。


 しばらくは同じ動作を繰り返していた本人と人形だが、やがてコツを掴んだのか、まったく別の動きが出来るようになる。


「……つまりは、スキル【思考分割】と同じこと?」


『この人形に魔力を流すことで、強制的にそのスキルを再現する』


「そして、分割した思考の一つは、完全に人形の操作に占有される」


『そういうこと?』


 人形と本人で交互に喋ってみせるエルミナ。


「ええ、そうよ。もちろん、人形の五感は貴方自身にフィードバックされるように創ってあるから、自分の体を動かすのと同じ感覚で動かせるわ」


 なるほど、と同時に頷くエルミナとその人形。

 だが、魔術の神であるエルミナは【思考分割】に慣れているが、果たして闘争の女神であるルファは――と視線を向けると、何と自分自身と人形とで模擬戦をやっていた。


「『……うそ』」


 思わず呆然と呟くエルミナ。呟きが耳に入ったのか、ルファは模擬戦を止め、にやりと笑って見せた。


「ふっふっふ。【思考分割】が魔術師だけの特権と思うなよ」


『私は本来二刀流だからな! 左右の武器をまったく同等に扱うならば、【思考分割】はむしろ必須のスキル!』


「もっとも、最近は本気で戦うことも無かったから、スキルの存在さえ忘れていたがな!」


 はっはっは、と高らかに笑うルファとその人形。


「……とりあえず、2人とも問題ないみたいねぇ」


 暢気に呟くアヤカの声を、エルミナはただ呆然として聞いていた。





 さて――すべてを諦めぐったりした様子のサクラが、不気味なほどにこやかなアヤカに首根っこを引っ掴まれてどこかに引きずられていったり、黒鬼がいつもの2割増しの笑顔でハンカチを振り見送ったりといった一幕があったりしたが、無言でそれを見送ったツカサがその光景にまったく触れることが無かったため、エルミナとルファは気にしないことにした。



 ともあれ、ツカサによって地上に送られた2人の人形は、やがてオルグの街へと辿り着いていた。


 ルファはきょろきょろと、忙しなく辺りに視線を送っている。

 対するエルミナは、真っ直ぐに視線を前方へと向けている。

 ちなみに、2人の人形は本人そっくりなので、本来ならば大騒ぎになるところだが、エルミナの魔術によって認識が阻害され、ごく普通の旅人に見えている。もちろん、互いとタクミを例外設定にすることも忘れていない。


『ほほう! ここがタクミの住む街か!』


『……貴方、どこの田舎者? この街の様子など、「見よう」と思えばいつでも見られたでしょうに』


『もちろん見てはいたがな! だが、実際に自分がその街を歩くとなると、やはり感慨深いものがあるな!』


『そんなことより、タクミを探して』


 声に僅かな苛立ちを滲ませ、エルミナが告げる。



 もちろん、神である2人にとって、本来はヒト一人――まして、自身が加護を授けた者を探すことなど造作も無い。

 だが、2人の人形を地上に降ろすにあたり、ツカサからはさまざまな制約が設けられた。

 神としての力を行使してはならない、というのもその一つだ。

 もっとも、万が一の事態に備え、一定の戦闘能力の行使は認められている。

 つまり、ヒトの枠内であれば力を行使しても良い、と言うことだ。

 もっとも、ヒトの枠内で使える魔術の中には、失せ物や探し人を見つけるものもあるのだが、これもまたツカサに禁じられている。


 ――本当に逢いたいならば、多少の労力など気にもなるまい。

 ――己が五感を最大限に活用し、探して見せよ。

 ――それに、愛情とは障害があるほど燃え上がるもの、らしいぞ?


 そう言ったツカサは、意味ありげに黒鬼に視線を送る。

 もっとも黒鬼は柔らかく微笑むだけで、それには何も答えなかったが。



『だが探すと言っても、この街だけでも結構なヒトが居るぞ。闇雲に探していては、見つけられぬまま今日が終わってしまう』


 それもまた、ツカサに課せられた制約の一つだ。

 2人、正確には2神を模した人形がこの地上に存在できるのは、太陽が沈むまで。

 太陽が沈むと、2つの人形は強制的に神界へと引き上げられる。


『……それは、分かってる。だから、タクミが行きそうな場所をしらみつぶしに探してみる』


『おお、さすがに頭が回るな。――なるほど、そういうことならば、まずは冒険者ギルドに行ってみるとしよう』


『……確かに、エルガイアに来てからのタクミは、ほぼ毎日ギルドに行っている。わりとあっさり見つかるかも』


 2人は顔を見合わせ、頷き合うと、冒険者ギルドへと足を向けた。



 本来は、神である2人が1つ街の構造など知るはずも無いのだが、少なくとも今の2人にとって、この街はエルガイアの中で最も重要だ。

 タクミが普段通っている場所など、当然ながら熟知している。

 2人は迷うことなく目的地へと――


『見ろエルミナ! あの男、剣を呑み込んだぞ! ――なんと、剣に血が一滴も付いていないだと!?』


『……そんなのは良いから、早く』


『しかも今度は油を飲んで――おおっ、引っ張るな!』


 ――紆余曲折はあったが、目的地へと辿り着いた。



 ギルドの扉を開き、中に入った2人に、冒険者達の視線が集中する。

 だが、エルミナの魔術の効果で『どこにでも居る旅人』と認識した彼らは、すぐに視線をもとに戻した。


『ふうむ……やはり魔術は便利だな』


『何を今更。それを知りながら、これまで否定してきたのは貴方でしょう』


『まあそうなのだが……むっ! エルミナ、この板の影に隠れるぞ!』


 何かに気づいたルファは、戸惑うエルミナを掲示板の影へと引っ張り込んだ。

 何の説明もないことに少し気分を害したエルミナだったが、身を隠しながらも真剣な表情でカウンターに視線を向けるルファに習い、掲示板から顔半分だけを出す。


 カウンターの前には、2人の目的の人物が立っていた。


『タクミ……!』


 駆け寄ろうとするエルミナだが、ルファはそれを押しとどめ、自らの口元に人差し指を一本当てる。


『しーっ! 少し待て。どうも様子がおかしいぞ』


 ぎろりとルファを睨んだエルミナだが、いつになく真剣な彼女の様子に、しぶしぶとタクミを観察する。

 ――どうやら、タクミはカウンターの向こうに座る女性から説教されているようだ。


『……あの女。たしかタクミにいつもちょっかいを出してる』


『シルファ、とか言ったかな。――おいエルミナ、2人の会話を聞く魔術はないのか?』


『もちろん、ある』


 そう答えたエルミナが意識を集中すると、詠唱も起句も無しに、一瞬で魔術が発動した。

 聞こえ始めた2人の会話に、エルミナ達は耳をそばだてる。


「いいですかタクミさん。何度も言うようですが、貴方のレベルではキマイラ討伐なんて危険すぎます」


「い、いや、それはもう重々分かってるんですけどね? でも、採取の途中に戦闘になったから、それは仕方ないかな、と……」


「そういう時は逃げて下さい! 死んでしまったら、そこで終わりなんですよ!」


「もちろん、それは分かってますよ。でも、俺が依頼を放棄してたら、キーンの命は助からなかった」


「それはっ……そうですが……」



『――どうも、キマイラと戦ったことに対して説教されているようだな』


『それは討伐したレッサーの方? それとも逃げるしかなかった、むしろ逃げて正解のグレーターの方?』


『……うむむ。カウンターの上に置いてあるのはキマイラの爪だから、おそらくはレッサーの方だろうな。

 それはともかくとして――前々から思っていたのだが、あの女、どうしてタクミの成長を妨げようとするのだ?』


『知らない。――でも、あれだけの実績を出しているタクミの行動をここまで制限するのは、確かに異常』


『はっ――! 実はあの女はタクミに惚れているのではないか? だから、危ない橋を渡らせまいとしている、とか』


『……さあ。その可能性も否定できないけど、それだけだと弱い気がする』


 そもそも、シルファがタクミの担当(?)になったのは、タクミが客観的に見て危険な討伐依頼を受けようとしたからだ。

 一般職員が依頼の受領に渋り、その結果受付の責任者であるシルファが呼ばれる、と言うことを何度も繰り返したため、そのうち最初からシルファが担当するようになったのだ。

 他の街のギルドの場合でも、冒険者のレベルに見合わない依頼の受領は渋られる傾向にある。

 だが、何らかの形で――たとえば他の街で同程度の依頼を経験済み、など――実力を証明すれば、以後はほとんど問題なく依頼を受けられる。

 ところが、このオルグの冒険者ギルドにおいては、必ずしもそうはならない。

 現に、タクミは十分以上に実力を証明し続けてきた。

 にもかかわらず、毎回責任者を呼ばれたと言うことは、このギルド全体が討伐依頼の受領に消極的、あるいはリスクを過剰に高く見積もっているのだろう。


『……つまり、ここのギルドの体質的な問題では?』


『……なんたることだ。魔物の討伐は冒険者の義務と言っても過言ではないのに。――よし、ここは一つ私が――』


『ダメ。地上への過度の干渉は禁じられている。

 サクラに言われるまでもなく、あの時、私たち自身がそう決めたはず』


『……むう。だが、冒険者が魔物を倒すのは当然のことだろう?』


『そう、当然のこと。――でも、確かに過剰と思える面もあるけれど、駆け出しの冒険者にとってはそのほうがいいという面も否定できない。

 束縛を厭うなら、さっさと他の街に行けばいいだけだし』


『うむ、それもそうか。タクミにはさっさとこの街を出て、まずはクールーの迷宮に挑んで貰わねばな!』


『……ダメ。さすがに、今の段階で迷宮狩りは無謀に過ぎる』


『だが、今のタクミはレベル20目前だぞ。

 迷宮狩りにはまだまだ不足していると言うのは認めるし、迷宮を探索する適正のレベルにも僅かに及ばないが、迷宮の探索、および迷宮を舞台とした自身の強化という点では、十分に活躍できよう』


『だからと言って、1人ではさすがに認められない。

 ――忘れたの。かつての貴方のお気に入り、英雄と呼ばれた『黒竜の牙』は、平均レベル35の4人で迷宮に挑み、ナッシュとミディアが喪われた』


『……忘れたわけではない。

 だが、あの迷宮で一体何があったのだ? 確かに迷宮狩りを成し遂げる程の強さには達していなかったが、あの4人なら、仲間を喪う前に撤退できていたはずだ』


『……それは、私にもわからない。

 迷宮は父様の怨念が濃すぎて、私でも見通すことは出来ないから』


『……父上の怨念、か。そもそも、どうして父上は、あれほどヒトを憎んだのだろうか。

 ラーヴァンの阿呆めが悪心を吹き込んだのは確かだが、善心が失われたわけではないのだ。

 状況によっては悪と成り得るモノと変わったと言うだけで、どうして父上はヒトを滅ぼそうとしたのだ?』


『それについては、「私たちでは理解できない」という結論がすでに出ているはず。

 ――所詮、私たちは創られた神。世界を維持し、あるいは多少の変化を与えることは出来ても、世界そのものを創るには至らない。

 世界を創った父様の考えることなど、私たちに理解できるはずがない』


『むう……ツカサやサクラなら知っているだろうか?』


『彼らは概念神だから、自身が司る一面については理解は出来るでしょう。

 特にツカサは「創造」をも司っているから、真実に近い答えは得られるかもしれない。

 けれど、いくら近くてもそれは真実そのものではないし、結局は父様本人以外に出来るのは、想像することだけ。

 ……もっとも、彼らに聞いてみるのは悪くないアイディアかも知れない。

 たとえ一面であろうとも、父様の考えの一端に触れることが出来るのだから』


『うむ、では早速――む? 本体の近くにはツカサ達が居ないぞ?』


『……「今は余計なことを考えるな」という意味?』


『おお! そうこうしている間にタクミが居なくなっているではないか!』


『くっ、この私ともあろう者が、くだらない雑談で目的を見失うなんて……!』


『良くあることだな!』


『……いいから、次に向かう!』




 次に2人が向かったのは、ルファの神殿だった。

 タクミは2人の神殿にほぼ日参してくれているが、その順番は大抵ルファの神殿→エルミナの神殿だった。

 その順番について、エルミナに不満がないというわけではないのだが、エルミナの神殿に行った後は、併設された図書館で自主学習に励んでおり、それはたいてい閉館ギリギリまで続く。

 その後にルファの神殿に行っては、帰りが遅くなりすぎるという判断なのだろう。

 実に効率的な時間の使い方だ。知識を司る神としては、賞賛すべき事だ。

 だが、それがエルミナ自身の僅かな不満を帳消しにする程かと言えばそんなこともなく、賞賛と不満を同時に抱いていた。


 神殿に向かう途中、エルミナはルファに問いかける。


『……どう? タクミは礼拝してる?』


『うむ、今は本体とお話し中だな』


『なら、私たちが行くまで引き留めておいて』


『なかなか難しい相談だな! 基本私は直感で会話しているからな!』


『……お願いだから、少しは考えることも覚えて』


『何を言う! 前衛が無駄に考え込んだら、後衛に無駄な被害が出るではないか!』


『それはそうだけど、今は戦闘中ではない。頭を使ってもいい場面』


『むう……やってはみるが……』


 歩きながら額にしわを寄せ、『むむむ』と唸り始めるルファだが、やがてぱっと明るい表情になった。


『成功した?』


『うむ、諦めた!』


『……なんですって?』


 エルミナの声が低くなった。


『そうは言っても、慣れないことをいきなりやるのはさすがに無理だ! お前だって、魔術抜きで戦えと言われたら戸惑うだろう?』


『……確かに、それは一理ある』


 良くも悪くも知識の神であるエルミナは、理不尽に思ったことでも、納得できる理由があると怒りを静めてしまう。

 それだけに、タクミへの僅かな不満が消えないことは、自分でも不思議には思っているのだが。


『……なら、急ぐ。今なら間に合うはず』


『うむ、そうだな! お前を担いで走ろうか?』


 それは楽でいいかも、と一瞬考えたエルミナだったが、荷物のように小脇に抱えられる自分の姿を想像し、首を振った。


『……それは止めておく。私も頑張って走る』


『おお、お前にしてはなかなかの根性だ! 見直したぞ!』


『……止めて。根性とか精神論とか大嫌い』


 顔をしかめて答えながらも、エルミナは一層強く地面を蹴った。



 エルミナの体力に多大なダメージを与えつつ、ようやくルファの神殿に辿り着いた2人だが、敷地内に入った直後、ギルドのときと同じように、揃って木陰に身を潜める羽目になった。

 礼拝を終えたタクミを子供達が取り囲み、遊びに巻き込み始めたのだ。


 鬼ごっこにかくれんぼ、兵士と盗賊(日本で言うところのケイドロ)などなど。

 少年達はまだまだ遊び続けていたが、タクミはほどほどのところで切り上げ、休憩していた。


『……むっ、今がチャンスなのではないか?』


『そうみたい。……今更だけど、どうして私たち隠れてるの? 私たちの姿は、子供達にはまったくの別人に見えているんだけど』


『……そう言えばそうだな。まあ、ノリという奴かな!』


 はっはっは、といちおう隠れているという状況に気を使ったのか、小声で笑うルファ。

 その暢気な姿に、怒りを通り越して呆れさえ感じるエルミナ。


『……まあ、いい。とにかく行く』


『うむ、そうだな……いや、待て!』


 一歩踏み出そうとするエルミナの首根っこを引っ掴み、ルファは再び木の影へと戻す。


『……何?』


 隠しようもない苛立ちを声に載せるエルミナだが、ルファの指さす先に視線を向けると、思わず黙りこむ。

 休憩していたタクミの周りに、いつの間にか少女達が集まり、盛んに話しかけている。

 魔術で盗み聞きしてみると、どうやらタクミの冒険譚を聞きたがっているらしい。

 タクミは戸惑っていた様子だが、やがて少しずつ話し始めた。


 子供に聞かせることを念頭に置いてか、血なまぐさい描写は極力避け、時折身振り手振りでオーバーアクションを交えながら、タクミの語りは続く。

 いつしか少年達も遊びを中断し、タクミの周りに集まると、少女達と一緒に話を聞き始める。

 お話しの中のタクミが危機に陥れば、緊張した顔でごくりと生唾を呑み込み、危機を乗り越えるとほっと胸を撫で下ろす。

 いくつか話した冒険の中でも、子供達が一番食いついたのは、やはり自分たちも関わりのある、ピラル草の採取だった。

 絶対に見つけるという決意と共に悪路を乗り切り、数々の魔物との戦いを経て、ようやく洞窟へと辿り着く。

 洞窟の中にも多くの魔物が巣くっており、そこを塒にしていたレッサーキマイラを倒し、なんとか薬草を見つけたときには、子供達も歓声を上げていた。

 だが、ほっとしたのも束の間、グレーターキマイラと遭遇した(くだり)にさしかかると、タクミの語る上位種の強さに、多くの子供が顔色を青くし、悲鳴を上げた。

 その強敵との戦いを、タクミがとっさの機転で切り抜けたときには再び歓声が上がり、ピラル草を持ち帰り、「めでたしめでたし」で話を終えると、感極まった子供達にもみくちゃにされた。



『……どうしてだろう。微笑ましい光景のはずなのに、何故か苛立つのだが』


『……奇遇ね。私も同じ気分。――あっ、あの女の子タクミの頬にキスを……!』


 エルミナと同じ光景を見ていたルファは、しばらく目を見開いて固まっていたが、やがて叫び出す。


『ええい、隠れるのはやめだ! 私たちも混ざるぞ!』


『……え。アレに混ざるの。何というチャレンジャー』


 そうは言いつつも、エルミナはルファとほとんど同じタイミングで、木の影から姿を現す。

 そして足音高く近寄ると、子供達はもちろん、タクミも彼女たちの存在に気がついた。

 子供達と同じように、ぽかんとした顔で2人を見上げる。


「……は? 何で2人がここに?」


『うむ、ちょっとした裏技を使ってな!』


『……まあ、使ったのは私たちではないけど』


 しばらくぽかんとしたまま固まっていたタクミだが、やがて驚きの表情はみるみるうちに笑顔に変わる。


「いやー、久しぶりだな2人とも! 来てくれるんなら言ってくれたら良かったのに!」


 ――その笑顔を見ただけで、2人の心の奥にあった僅かな苛立ちも不満も、淡雪のように溶け、消えていった。


 ……不思議そうな顔で2人を見る子供達に、タクミが「別の街で知り合った友人」と説明しているのを聞き、新たな苛立ちと不満が募ったが。





 ルファの神殿から商店街にある喫茶店に場所を変え、ケーキと紅茶を3人分頼む。

 1人当たりの金額は銅貨10枚、日本円で千円。

 ファミレスでケーキとドリンクバーを頼んだ経験はあるタクミだが、喫茶店に行くのは初めて(しかも異世界)のため、高いのか安いのかはよく分からなかった。

 1食の平均が銅貨5枚程度と考えると、割高かも知れない、とは思ったが。

 ちなみに、タクミはこの喫茶店の場所そのものは知っていたが、1人で行くような場所でもなかったため、そのままスルーしていた。


 程なく注文の品が運ばれてくると、タクミは2人にどうやってここに来たのか訊ねる。

 2人は少し迷った様子だったが、神界での出来事をかいつまんで説明した。


「――へ? それじゃあ、今の2人の身体は人形なのか?」


 平然とケーキを食べ、紅茶を飲む2人をまじまじと見つめるタクミ。

 人形が飲み食いできるのか、と考えているのだろう。

 ルファはにこやかに微笑み、頷いた。


『うむ。正直どこに入っているのかは謎だが、ちゃんと味も感じられるし、満足感も得られているぞ』


『――さすがは《人形師》の二つ名で呼ばれる概念神、ということかしら』


「へえ。人形作りが上手いから神に成ったんかね」


 何気ないタクミの一言に、エルミナとルファは顔を見合わせた。


『それは――』


『――まあ、おそらくは正しい、のだろうな』


 ただし、正確に言えば『人形を作る』のではなく『人形にする』のだろうし、その上で『人形にしたモノを操るのが上手い』からこそ《人形師》などと呼ばれていたのだろうが。


『まあ、せっかくのデートなのだ。他の女のことなど忘れて、今は私たちに集中するのだ!』


「デ、デート?」


『そう。誰が何と言おうとも、これはデート』


「……普通、デートってのは恋人と2人でするもんじゃないのか?」


『細かいことは気にしない。――さあ、これから先はどうする?』


「……どうするって言われてもな……正直、冒険者としての活動ばっかりで、この街の遊び場なんて知らないんだが……。

 …………それに、デートなんてしたことないし」


 後半は独り言のつもりか、ごくごく小さな呟きだったが、2人の耳にはしっかりと届いていた。

 知らず、2人の顔には笑みが浮かんでいた。

 その顔のまま、ルファは宣言する。


『なら、適当に賑やかなところを散歩して、目に付いた店を冷やかすとしよう!』


「……そんなんでいいのか?」


 タクミはきょとんとした顔でそう呟く。

 それに、エルミナはやはり笑顔のままで頷いた。


『そう。それでいい。……ううん、それがいい』


 タクミと同じく、エルミナ達もデートなどしたことはない。だから、正しいデートのやり方なんて知るはずもない。

 だが、何よりも大切なことは、『デートしたい』と思った相手と共に行動することだということは、知るまでもなく理解していた。

 何をするか、どこに行くかなんて二の次なのだ。


『よし、では早速行くぞ!』


「いやいや、まだ紅茶飲み終わってないし」


『何よりそれ以前の問題として、ケーキを食べ終わっていない。ここ重要』


『なにおう! そんなもの、こうだ!』


 ルファは2人の前に残されたケーキを一気に口の中に流し込むと、同じく残った紅茶を一気に流し込んだ。


『私のケーキ!』


 エルミナが悲鳴を上げるが、ルファは容赦なくどちらも呑み込んだ。


『ふっ。いつまでも後生大事に残しておく方が悪いのだ!』


 呆然と強制的に空にされた皿を眺めていたエルミナだが、やがて暗い表情でぼそぼそと呟き始める。


『……おのれ。タクミが初めて奢ってくれたケーキと紅茶に対し、なんとぞんざいな扱い。

 やはり、しょせん脳筋は脳筋か。私とは相容れない』


『ほう? やるつもりか?』


『やらいでか。――よりにもよってタクミが食べかけのケーキと飲みかけの紅茶にまで手を出すなんて!』


『……む。そう言われると確かに……』


 戦いの予感に獰猛な笑みを浮かべていたルファは、エルミナの言葉に当惑し、やがてその表情のまま、みるみるうちに顔色だけが赤くなっていった。


『……い、いや、正直すまん』


『……自覚無かったの』


『う、うむ……何故か照れるな』


『……やはり殺す!』


『――ふ、ふん! やれるものならやってみるがいい!』


「ちょ、待てお前ら! いいからとにかく外に出るぞ!」


 闘気を高めつつある2人の腕を引っ張り、手早く会計を済ませると、タクミは逃げるようにして喫茶店を後にした。





 店を出てしばらく歩くと、ようやく頭が冷えたのか、2人はしおらしく謝罪する。


『……いや、すまなかった』


『……反省している』


「いや、いいよ。――よく考えたら、あそこに行く機会なんてほとんど無いだろうしな!」


 あはは、と気楽に笑うタクミに、ほっと胸を撫で下ろす2人。


「――さて、ちょうどここらが商店街だし、適当に店を冷やかすか!」


『おう!』


 ルファは元気よく声を上げ、エルミナは笑顔で頷いた。






~1軒目、小物屋の場合~


『見ろエルミナ! お前に似せた木彫りの人形があるぞ! おおっ、こちらには私のも!』


『……むう。似て……いる、のかしら?』


「まあ、良く特徴を捉えた人形ではあるな。今のお前たちみたいに瓜ふたつ、って訳じゃないけど、これはこれで味があるな」


『よし、買いだ!』


『……ちょっと待って。どうして自分たちに似た人形を買わなければならないの』


『何を言う! 買うのはタクミ、これを持つのもタクミだ!』


『なるほど……! つまり、これがあれば、いつでも私たちと一緒にいる気分になれる、と……!』


「……いや、俺にもプライベートな時間が必要だと思うんですが……」


 ――結局、買うことになった。どちらも大銅貨1枚で、会わせて銀貨1枚の出費。



~2軒目、武器屋の場合~


『そろそろ鉄の剣ではきついだろう! ここは一つミスリル製に!』


「どれどれ――って、金貨20枚から!? 無理無理無理、俺の全財産余裕で超えてるから!」


『……魔力を増幅する類の品は置いてないの?』


「いや、そういうのは魔導具屋に行けばあるだろうけど……」


『よし、では次はそこへ』


『お、おい、待て! 長剣が無理なら短剣でも!』


「それも金貨5枚からだろうが! やっぱり無理だっつーの!」



~3軒目、魔導具屋の場合~


『……あまり質のいい魔導具は置いてないみたい』


「まあ、立地条件からして、どちらかと言えば日常生活で使う魔導具が中心だからな」


『おお、これは面白い! 一見ただの手が付いた棒だが、魔力を流すとみょーんと伸びるぞ! みょーんと!』


「……マジックハンド? いや、別に魔導具にする必要無いんじゃ……」


『そもそも、遠くの物を呼び寄せる魔術はあるし』


「たしか【アポート】だったか? 無属性の初級魔術の」


『そう。基本的に視認できる物しか呼び寄せは出来ないけど、事前に対象に魔力でタグを埋め込んでおけば、ある程度離れた場所からも呼び寄せ出来る。

 戦闘中に武具が壊れた場合、拠点に保管してある予備を呼び寄せることも可能』


「でも、対象との距離が離れるほど多くのMPを消費したと思うんだけど。

 数メートル単位ならともかく、数キロも離れてたら、必要MPがえらいことにならないか?」


『呼び寄せの距離を短縮して、頻繁に呼び寄せれば、あるいは』


『そんなまどろっこしいことやってられるか! 壊れたときに備え、正副二つの武器を持っていくのは常識だろう!』


「……え。そういうものなの?」


『……何故現役冒険者のお前がそんな常識も知らないのだ……ああ、そう言えば、お前に関しては武器の損耗は考慮しなくていいのか』


「まあ、そうだな。今後どうなるかは分からないけど」


『……とにかく、もうここに用はない。さっさと次に行く』





 そんな調子で商店街を練り歩いた3人は、屋台で軽食を食べてみたり、まだ残っていた大道芸を見物したりして時間を過ごす。



 そしていつしか、太陽は西の地平線へと沈もうとしていた。

 おそらく、神界に戻るときには、2人の姿が忽然とその場から消えたように見えるだろう。

 人目に付くことを警戒した3人は、東門から街の外に出ていた。


 やがて、ルファがぽつりと呟く。


『……そろそろ、終わりだな』


『……そうね』


「ああ、楽しかったよ。――2人はどうだった?」


『うむ、満足したぞ!』


『……私も』


 2人の晴れやかな笑顔を見て、タクミは内心ほっと胸を撫で下ろしていた。

 エスコート役にしては拙い限りだったが、2人が満足してくれたのなら、この『デート』もきっと成功だったのだろう。


『では、私たちはそろそろ帰るぞ! 良い冒険者となれることを祈っている!』


『身体には十分に気をつけて。……ついでにあのシルファとか言う女にも』


「ああ……って、なんでそこでシルファさんが出てくるんだ?」


 不思議そうに訊ねるタクミの様子に、エルミナとルファは互いに顔を見合わせ、やがてため息をついた。


『……まあ、分かってはいたが……』


『……これは、長期戦になりそうな予感……』


「え、何が?」


『いやいや、こちらのことだ。気にするな』


『そうそう。タクミはそのままでいて欲しい。悪い虫が付かないから。

 ……む。でもそれだといずれ私たちも困ることに……』


『まあなんだ、ほどほどに成長してくれ!』


「お、おう?」


 よく分からないながらも、頷くタクミ。


『――さて、本当にもう時間が無いようだな。

 では、一時のお別れだ。また会おうぞ!』


『……またね、タクミ』


「ああ。2人とも元気でな!」


 3人は笑顔で手を振り合う。


 やがて太陽は完全に西の地平線へと沈み込む。

 その次の瞬間、ルファとエルミナの姿は忽然と消え去った。


 しばらくその場に残り、2人がいた場所をじっと見つめていたタクミだが、やがて「よし!」と1人呟き、街への帰路を辿った。


 その足取りは軽く、顔には僅かに笑みが浮かんでいる。

 突然の女神達の来訪。そして彼女たちに振り回され、多くの時間が消費された。

 だが、少なくともタクミにとっては、実りのある時間だったのだろう。


「さーて、明日からも頑張りますか!」


 見守る誰かに聞かせるように、タクミは明るくそう宣言した。




以上をもちまして、2章は終了となります。


予告した「本話限定の新キャラ」は、概念神のアヤカです。

アヤカは直接的な影響力はそれほど大きくはありませんし、その力が行使できる範囲も限定的ですが、一度力を振るわれたが最後、誰にも止めることは出来ません。

それは、ツカサやサクラでさえ例外ではありません。ある程度のリセットは可能ですが。

正直、彼女を出すかどうかは迷ったんですが、「神は『直接』地上に干渉しない、できない」というルール上、彼女の《人形師》としての能力が一番都合が良いかなぁ、と思い、登場させました。

そんなわけで、彼女の登場は本話限定です。もしかしたら外伝には出てくるかも知れませんが、少なくとも本編には登場しないと思います。


次回投稿からは3章に入ります。

視点変更が多い構成になる予定ですが、タクミの一人称では語りきれないシーンの補足ですので、1つのシーンを複数のキャラの視点で描写することは無いかと思います。


以上、今後ともよろしくお願いいたします。

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