表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
(仮題)異世界に里帰り  作者: 吉田 修二
2章 駆け出し冒険者
23/29

10 誰がための剣・3 勝利の意味

久々に小説情報を確認してみたら、いつの間にか総合評価が1万点を超え、PVも100万を超えてました。

……えーと、正直、完結までに達成できてたら良いなぁ、という程度の目標だったので、あまり実感はありませんが……。

まあ、マイペースで続けられると考えると、逆に良いことかもしれません。


いつも拙作をご覧になっている皆様、本当にありがとうございます。

今後ともよろしくお願いします。

 さて――どうするか。


 唸り続けるキマイラを前に、俺は打つべき手を考えていた。


 彼我の距離は、目算で15から20m。


 逃亡は――ほとんど不可能か。

 今の俺の立ち位置は、洞窟を背にし、キマイラを前方としている。

 逃れるためには、キマイラの脇をすり抜ける必要がある。

 当然、それを黙って見過ごすはずも無いだろう。


 ならば、大きく迂回すればどうだ?

 奴も傷ついている。本来なら俺の相手などしないで、塒でゆっくり休みたいだろう。

 だが、塒で休んでいる間に襲撃される可能性を考えれば、面倒でもここで俺を殺しておくべき、と考えるだろう。

 奴にそれほどの知能があるかは不明だが、そうであると仮定した方が無難だ。


 一旦洞窟の中に退くか?

 ……いや、振り向くわけにも行かないので確認は出来ないが、たしか、奴が入ってこれるだけの広さはあったと思う。

 それに、伝承では、キマイラは炎を吐いたはず。

 よく似ただけの別の存在という可能性もあるが、否定する根拠も無い。

 炎を吐くと仮定すれば、狭い洞窟の中では避けようが無い。


 かといって、この場で戦うのは無謀に過ぎる。

 レベルや能力値もそうだが、奴に翼があることが最大の問題だ。

 炎を吐く、という仮定が正しければ、上空から一方的に火あぶりにされるだろう。



 さて、どうする。

 逃げるのは無理そう、かと言ってここで戦うのは論外。

 洞窟の中に逃げ込むとしても、追ってこられたら炎を避ける場所が――


 ――場所? そうかっ!



「【グロウ・パワー】!」


 起句と共に、俺の両腕、両足が淡く輝く。

 同時に、大きく息を吸い込んだ獅子頭が炎を吐き出す。

 放射状に放たれた炎は、俺の逃げ道すべてを潰した。


 ――後方の、洞窟の内部以外は。


 素早く後方に飛び込み、そのままダッシュで奥へ奥へと逃げ込む。

 奴もかなりの速度で追いかけてくるのだが、魔術で強化した俺よりは遅い。……はず。


 ちらりと後ろを振り向くと、対峙したときよりも更に距離は広がっている。

 よしっ、このまま行けば――

 なんて思っていたのが悪かったのか、キマイラは突如として足を止め、獅子頭が大きく息を吸い込む。

 こんなところで、遠ざかる相手に炎なんて――と思ったが、念のために魔術を使う。


「――【アイス・ウォール】!」


 俺と奴との間に、厚さ10㎝ほどの氷の壁が現れる。

 これで少しは距離が稼げるはず、と内心胸を撫で下ろしていたが、何と奴が吐き出したのは、炎では無く、火球だった。

 多少は抵抗したが、火球はあっさりと氷の壁を突き抜けた。


「あわわわわ、【アース・ウォール】、【アイス・ウォール】、ついでに【アイス・シールド】!」


 岩石の壁、氷の壁が火球の前に立ちはだかり、そして、俺の背中に氷の盾が現れる。

 かろうじて発動は間に合ったが、火球は抵抗を受けながらも2つの壁を抜き、氷の盾を破壊し、俺の背中にぶち当たる。

 衝撃で体勢を崩しかけたが、それだけだ。痛みも熱さも感じない。

 不思議に思い、背中を振り向くと、そこには焦げ跡ひとつないリュックの姿が。


「あ――そうか、なるほど」


 今までお世話になることが無かったから、すっかり忘れていたが、そう言えばこのリュックは……ええと、とにかくすごい防御力があったんだった!

 貰ったときに、「これで背中の守りは万全」とか思ったのは覚えてる!

 よし、奴も足を止めてたし、これで大分距離が稼げるぞ!


 足を止めること無く、俺は一気に洞窟の奥へと駆け抜けた。



 やがて洞窟の道は左に折れ、レッサーキマイラが塒にしていた空間まで辿り着く。

 奥へと続く道を背に、右手で打刀を抜き――そして、左手で剣を抜く。

 二刀流は、まだ稽古にさえ入っていない。ぶっつけ本番も良いところだ。

 だが、「二刀で攻撃する」事に拘らなければ、剣を盾代わりに使うこともできる。

 もちろん、両手で刀を使うより、与えるダメージ量は少なくなるだろう。

 動きがぎこちなくなり、回避できる攻撃も回避できなくなるかも知れない。

 だが、一刀ならすべての攻撃を躱せるかと自問したならば、「躱せる」と断言することは出来ない。

 いざというときのことを考えれば、回避よりも防御に専念するべきだろう。


 奴の足音が近づいてくる。

 気を取り直し、魔術を使う。


「――【グロウ・パワー】、【グロウ・シールド】、【スピアー】×5」


 俺の全身が輝き、目の前には5本の鋼の槍が現れる。



 じりじりと湧き上がる焦りを押し殺し、奴が顔を出すのをじっと待つ。



 やがて、通路の先に、獅子頭が僅かに覗くのが見えた。


 ――来たっ!


「【ダーク・パワー】、【ダーク・シールド】、【ダーク・スピード】! そして、【シュート】!」


 ダーク・パワー、シールドは闇の初級魔術、ダーク・スピードは闇の中級魔術だ。

 パワーは筋力と敏捷を、シールドはDEFを一定時間低下させ、スピードは敏捷のみだが、パワーよりも大きく減少させる。


 そして、俺の起句と共に、5本の鋼の槍は獅子頭目掛けて襲いかかる。


 距離があったせいもあるが、3本は外れ、1本は鼻先を掠めるに留まったが、残った1本は奴の左目に突き刺さった。


 絶叫を上げて首を振り、左目に刺さったままの槍を抜こうともがき始める。

 ついには左の前足で周囲の部位を抉りながらも、かろうじて槍を抜き放つ。


 痛みに悶え、怒りと共に火球を吐く。

 その状態でも正確に俺目掛けて飛んできたのは驚きだが、あっさりと横にステップして回避する。


 だが回避した直後、雄叫びを上げ、俺目掛けて突進してきた。

 かなりの速度だが、敏捷が大きく下がっているからか、これも難なく避けられた。


 躱しざま、奴の胴体に沿わせて刀を滑らせる。

 異様に外皮が硬く、突進の勢いもあって弾かれそうになったが、それでも浅く傷を付けることには成功した。

 そのまま壁に獅子頭を突っ込ませたので、背後に回り、蛇の尾に集中攻撃。

 やはりかなり鱗が堅く、しかも刃先が滑る。

 刀で切断することは諦め、剣で叩き潰すことにする。

 左手の剣で【クロススラッシュ】、【先の後】により硬直キャンセル、もう一丁【クロススラッシュ】!

 更にラッシュを掛けようとするが、壁に突っ込んだ獅子頭が徐々に引き抜かれようとしているのに気付き、【先の後】後にバックステップ、着地と同時に【ソニックブーム】。

 ここまで攻撃して、ようやく蛇頭が動かなくなった。

 そして程なく、壁に埋まっていた獅子頭は完全に自由を取り戻し、俺に向かって怒りの声を上げた。


 ――半ば分かっていたことだが、やはりかなり力の差がある。

 果たして、こいつに勝つことは出来るのか。

 いやそれ以前に、生きて帰ることは出来るのか。


 俺の不安を嘲笑うかのように、キマイラは大きく息を吸い込む。


「――っ【アイス・ランス】!」


 反射的に水の中級魔術を唱える。

 眼前に俺の腕とほぼ同じ大きさの氷の槍が現れ、奴の口元目掛けて猛スピードで飛び込んでいく。

 効果はともかく、驚かせることには成功したようだ。

 キマイラは獅子頭を傾げて氷槍の直撃を避け、口元から僅かな炎がこぼれる。


 氷槍を放つと同時、俺も地面を蹴っている。

 肉薄し、獅子頭の喉元目掛け、剣で【クロススラッシュ】。【先の後】から【飛燕】、右後方から刀で斬り上げ、切り下ろすタイミングで【隼】。

 怒りの咆哮を上げ、まだ傷の残る右腕を僅かに持ち上げるのを認め、【後の先】。

 途端ゆっくりと流れる時間の中、右腕の振り降ろしをしゃがんで避け、【昇竜】――の発動には助走が無いため失敗。

 だが撓めた身体の勢いを利用し、その場で跳躍しつつ右手の刀を斬り上げる。

 やはり獅子頭の首は異常に硬く、斬り落とすには至らないが、集中攻撃の甲斐があり、喉元から血が噴き出す。

 着地と同時に飛び退くが、さすがに追撃は出来ないようだ。

 喉元から血を流しつつ、苦悶の悲鳴を上げている。


 ――良し、これならもう炎は吐けないだろう。


 内心ほっと胸を撫で下ろしていたのが悪かったのか。

 噴き出していたはずの出血がいつしか弱まり、やがてぴたりと止まった。

 全身の毛が逆立ち、背中を嫌な汗が伝う。


 ――まさかこいつ、自動回復まで持ってるのか?


 不意に過ぎった思考は、バカバカしいと切り捨てるにはあまりにも真に迫っていた。

 なぜならば、喉元をさんざんにいたぶられたはずのキマイラは、俺を睨め付け、威嚇の唸り声を上げている。

 よく見れば、斬り落とされたはずのもう一つの首はすでに出血が止まり、肉が盛り上がりかけている。

 傷跡が付いているはずの右前足は、もはや血の跡を残すだけだ。

 そして、ぐったりしていた蛇頭はぴくぴくと蠢き始めている。


 ――自動回復がある、あるいはそれに準じた再生能力がある。それを前提に戦術を練る。


 おそらく、今までに俺が与えたダメージは、すべて回復しきっていないだろう。

 傷口が再生し続けるとしても、それよりも与えるダメージ量が多ければ、いずれは倒すことが出来る。

 だがそれは、俺がキマイラから受けるダメージ量を考慮しなかった場合の話だ。

 回避し続ければいい、などという思考は楽観に過ぎる。


 ――だが、無茶と分かっていてもやるしか無い。

 死中に活を見出す。身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ。

 そうでもしなければ、この怪物を倒すことなど――



 ――頼む、キーンを助けてくれ!



 不意に脳裏に蘇った声に、俺は全身に冷や水を浴びせられたような思いがした。


 ――俺は、バカか。


 湧き上がる自らへの怒りに、目の前が一瞬赤く染まる。


 強敵と戦い死んだとしても、それは自分自身の責任だ。

 後顧に憂いが無いならば、望むまま勝ち目の薄い闘いに臨めば良い。

 だが、俺がここで死んでしまったら、助かるはずの一つの命が失われる。


 たとえ俺がここで死んでも、クールーに出した依頼が功を奏し、キーンの命が助かる可能性はある。

 だが、可能性はあくまでも可能性。

 今の俺には、確実にキーンを助ける手段がある。

 それを無視し、あるかも知れない可能性に縋るなど許されない。

 ――いや、誰が許したとしても、他ならぬ俺が、俺自身を許さない。


 ――バカもいいところだ、と俺は再び自分自身を罵った。


 ――目的を履き違えるな。

 強敵と戦うことは、確かに俺の望みかも知れない。

 だが、今回の依頼の目的は、キマイラを倒すことでは無い。


 ――子供の命を救うため、薬草を採取し、届けること。

 それが、今の俺の目的だ。


 ――となれば、今俺がすべき事は、命を掛けてキマイラに挑むことでは無い。


 ――どうにかしてこの場を切り抜け、一刻も早くオルグの街に辿り着かなければならない。



 そのためには、どうするのが最善か。

 倒すのはほぼ不可能。

 なら逃げるか?

 ――引き離すこと自体はできるけど、洞窟を出たら空を飛んで追いかけられるだろう。

 こいつが飛ぶ速度は不明だが、少なくとも地面を駆けるよりは速いはず。


 戦うのもダメ。逃げるのもダメ。

 なら、一体どうすれば――


 そこまで考えたとき、こいつが降り立った場面を思い出した。

 瞬時に一つの戦術が組み上がる。


 その内容に俺は思わず眉根を寄せた。

 ――結局は、それも賭けになるか。


 だが――少なくとも、どっちかが死ぬまで戦うか、あるいは単純に逃げるよりは、生き残れる確率が高い。



 覚悟を決め、俺は再び地面を蹴った。

 当然のように、迎撃の右腕が振るわれる。


 ――だが、2度も見せられ、ある程度は速度に慣れた。


 一歩後方へとステップして回避、再び前方へと飛び込み、その勢いを利用して右手の刀を突き入れる。

 回避によって体勢が崩れていたキマイラの右目を狙ったが、やや下過ぎた。頬を掠めるに留まる。

 怒りの咆哮を上げるキマイラを無視し、剣で右頬を斬り付ける。

 顔面の皮さえ固く、僅かに皮膚を傷つけるに留まるが、剣の重さは刀よりも上だ。

 衝撃はさすがに無効化されず、鈍い手応えと共に獅子頭が揺らぐ。

 怒りと共に噛み付こうとするが、反撃を予測していた俺の身体はすでに後方へと飛んでいる。

 着地と同時、再び反動を利用して飛び込み、刀を右目に突き入れる。

 さすがに目までは硬くないようだ。切っ先は右目を貫通し、更に奥まで入り込もうとするが、痛みにもがくキマイラの力に抗えず、刀ごと振り回されそうになる。

 躊躇わず刀を右手から放す。その勢いで、打刀は明後日の方向へと飛んでいった。

 それを【俯瞰】で観察しつつ、左手に構えていた剣を両手で握る。

 怒り狂うキマイラは、両腕を振り回し、噛み付きで反撃する。

 両目は未だ潰されたままだが、その反撃の精度は恐ろしいほどに高かった。

 あるいは回避し、あるいは剣で受け流しつつ、【俯瞰】でキマイラの全身を観察する。


 ――先ほどまでは蠢いていただけだった蛇頭が鎌首をもたげ、怒りに燃える目で俺を睨んでいた。


 ……なるほど。つまり、こいつらは3つの頭がそれぞれ感覚を共有できるのか。


 かといって、この猛攻の中、改めて蛇頭を潰すのは不可能に近い。


 だが――もう一息だ。

 実情は不明だが、そう自分に言い聞かせる。

 少々残量が不安ではあるが――だめ押しと行こう。



 これまで最低限の動作で回避し続けてきた俺は、何度目かの噛み付きを大きく後方に飛んで回避した。


「【スピアー】、【シュート】!」


 生み出すと同時に放たれた鋼槍は、狙いどおりに、再生しつつあった左目へと突き刺さる。

 絶叫を上げ、激しく首を振って鋼槍を振り落とそうとするキマイラだが、一度目に突き刺さったときとは発動した距離が異なる。

 飛距離による威力の減衰は無く、一度目の時よりも更に深く突き刺さっている。

 どれだけ激しく首を振っても、鋼槍は揺るぎもしなかった。


 そして再び左手に剣を移し、空いた右手を高々と差し上げる。


「――【サンダー・フォール】!」


 【サンダー・フォール】は、風の中級魔術。

 範囲魔術のため、単体への与ダメージ量は、同位同属性の【サンダー・ランス】よりも劣る。

 ――だが、今回に限っては別だ。

 本来ならば広範囲に降り注ぐはずの雷は、一つに束ねられ、キマイラへと突き刺さる。

 獅子頭の左目に刺さったままの鋼槍に。


 遅れて響く轟音に、獅子頭の上げる断末魔の悲鳴がかき消される。


 これで獅子頭をつぶせたかどうかは不明だが、『キマイラ』という魔物に大きなダメージを与えたのは確実だろう。

 キマイラはゆっくりと地面に倒れ伏す。


 急いで打刀を回収しようとするが、足に力が入らず、がくりと膝をつく。


 ――やはり、MPはギリギリだったか。


 朦朧とする思考の中、かろうじてポーチから下級マナポーションを取り出し、一気に飲み干す。

 ――程なくして多少は思考がクリアになり、立ち上がることが出来た。


 だが、俺が打刀を回収しようとするよりも早く、キマイラは緩慢な動きで身体を起こす。


 もはや獅子頭の顔に生気は無い。

 いや、それどころでは無い。左目があった場所はぽっかりと空洞になっており、そこを中心に顔面のほとんどが焼け焦げ、今なおぶすぶすと煙を上げている。

 肉の焦げるいやな匂いが周囲に漂う。

 普通の魔物ならば、とうの昔に息絶えていただろう。


 だが、やはりキマイラは例外らしい。

 この魔物に3つの頭がある理由が、初めて理解できた気がする。


 2つの頭はもはや機能していないだろうが、未だに蛇頭は健在だ。

 むしろ、先ほどよりも動きが良くなっているような気さえする。

 おそらく、他の負傷を後回しにして、蛇頭のダメージを回復させているんだろう。

 残った蛇頭に、『キマイラ』という魔物の身体を制御させるために。


 キマイラは背中の翼を広げ、地面を蹴ると、頭上の穴目掛けて一直線に飛び上がった。

 逃げるつもりだろうか? それとも、上空から炎を吐いて俺を一方的に焼き殺すつもりだろうか?


 ――だが、どちらだろうと同じことだ。


 俺は不敵に笑うと、打刀を拾い、剣と共に鞘に収める。

 そして――出口目掛けて、一目散に駆け出した。





**********



 キマイラが逃げた方向目指し、一直線に掛けていたアスタは、やがて岩山へと辿り着く。

 その中ほどにある洞窟を前にし、なるほど、と一人呟く。


「――つまり、ここが奴の巣ということか」


 洞窟の中は薄暗い。

 前衛職一本のアスタに、タクミが使ったような【ライト】の魔術は使えない。

 だが彼女は、熟練の冒険者だった。

 背負っていたリュックからランタンと火打ち石を取り出し、火を灯す。


「――塒で死ねるとは、ある意味幸運な奴だな」


 呟きつつ、洞窟の中に足を踏み入れる。



 内部には魔物の類が居ることを想定していたアスタだが、その気配さえ感じない。

 疑問に思うが、だからといって気を緩めるわけには行かない。



 その警戒が当を得ていたと言うべきか、探索を進めて程なく、洞窟の奥から雷鳴が聞こえてきた。


「――なんだ?」


 警戒心を一層強め、洞窟の奥に視線を凝らす。

 すると、ややあって、何かが奥から走り寄ってくる音が聞こえてきた。


 大剣を抜き放ち、迫り来る「何か」に備えるアスタ。

 だが、ランタンの乏しい光に照らされたのは、いつぞや見た駆け出しの冒険者だった。

 頭上には、【ライト】とおぼしき光球が浮かんでいる。

 その様に僅かな疑問を感じたが、それが言葉になるよりも早く、少年はアスタの間合いの半歩手前で急停止した。

 おそらくは、アスタが構えたままの大剣に警戒したのだろう。


「――貴様は?」


「え、アスタさん? どうしてここに――って、そうか。あいつを追い詰めてたのはアスタさんだったのか」


「あいつ、とは?」


「キマイラ――あ、グレーターキマイラでしたか。

 山羊頭が斬り落とされてましたから、まあ誰かがやったんだろうな、と」


 当事者であるアスタしか知り得ない情報を口にする少年に、アスタは更に警戒心を強める。


「――小僧。貴様、それをどこで知った?」


「どこでも何も、ついさっきまで戦ってましたから。

 いやー、あの堅いキマイラの首を両断するなんて、さすがですね。

 今の俺だと浅く肉を斬るのがやっとでしたから」


 本気で感心した口ぶりだったが、その言葉の意味を悟り、呆れを通り越して頭痛さえ感じてきた。


「……ちょっと待て。まさかとは思うが、駆け出しの貴様が、奴とまともに戦ったのか?」


「まともかどうかは微妙なところですが、戦いましたよ。

 ――そうそう、この先には奴の塒っぽい場所がありますけど、戻ってるかどうかを確認してから突っ込んだ方がいいでしょうね。

 ヘタしたら、頭上から炎を浴びせられる可能性がありますから」


「――どういう意味だ?」


「ええと、この先はもうすぐ左に折れて、少し広くなった場所に辿り着きます。

 その真上が吹き抜けになってて、おそらく普段はそこから出入りしてるんでしょうね。

 で、今はその吹き抜けから上空に逃れたんで、そこから炎のブレスで攻撃してる可能性が高いです。

 もっとも、奴がこの塒に執着してなければ、さっさと逃げた可能性もありますけど……

 まあ、それは無いでしょうね。

 獣だって、相手の強弱は分かります。いや獣だからなお、ですかね?

 アスタさんみたいなあからさまな強者に攻撃されたならともかく、俺みたいなペーペーのへっぽこにさんざんいいように殴られたんだ。

 怒り心頭で、未だ塒に居るはずの俺を焼き殺そうと頑張ってると思いますよ」


 少年の言葉を聞き、アスタは再び襲ってきた頭痛に耐えるため、額に手を当てる。


 ――断片的な情報だが、朧気ながら全容が見えてきた。


 アスタから逃れたキマイラは、塒であるこの洞窟まで飛んできた。

 だが、そこには――理由は不明だが――目の前の少年がおり、不運にも遭遇してしまった。

 当然、キマイラの討伐など駆け出しが一人で出来るはずも無い。

 少年もそれは理解したのか、無謀にも討伐に挑むのでは無く、生き残るために戦った。

 キマイラは一般的な魔物よりも知能が高いが、獣としての本能もある。

 一気に大きなダメージを与えられれば、自身の生き残りのために逃亡を選ぶこともある。

 ――まさに、アスタとの戦いでそうしたように。


 少年は、自身の力ではキマイラを倒しきることが出来ないと悟った。

 故に、一気に大ダメージを与えることに集中し、手段は不明だが、それを成し遂げた。

 結果として、キマイラは上空に飛んで逃れ、少年もまた逃げる機会を手に入れた。

 もしもキマイラがこの塒を捨てる決断をしたならば、この場に追い詰めたアスタの努力は無に帰する。

 いや、それ以前の問題として、新たな塒を探すため、更なる被害が出る可能性さえある。


 だが、アスタには少年を責めることなど出来なかった。

 冒険者にとって重要なことは依頼を達成することであり、場合によっては魔物との戦いを避ける必要さえある。

 依頼に直結しないならば、あえて勝てない相手に挑むなど愚の骨頂。

 少年は生き残るために全力を尽くしたのであり、それを責めることなど出来るはずも無い。

 そして何より、駆け出しの少年がキマイラと相対する羽目になった責任は、キマイラを逃がしたアスタにある。

 たとえ少年の予想を裏切り、キマイラが逃げだしていたとしても、それを追い、殺すのはアスタの役目。

 逃げる途中で被害が出たら、それはアスタの責任だ。


 ――しかし、とアスタは少年の全身を眺め、呆れと感心がない交ぜになったような気持ちが浮かんでくる。


 一回り――いや、あのキマイラは上位種だったから、最低でも二回りはレベルに差があったはず。

 だが、それと戦闘となり、相当のダメージを与えたはずの少年の身体には、ほとんど傷らしい傷が無かった。

 さすがに革製の篭手は半ば壊れ、スチールアーマーには細かな傷やへこみがあるものの、少年本人はほとんどダメージを受けなかったらしい。

 体力にも未だ余裕があることは、ここまで走って逃れてきたことからも明らかだ。

 ヴォルトに鍛えられているらしいことは知っていたが、その将来を考えると、空恐ろしくなるほどの技量だ。


「――小僧。貴様の名は?」


「あれ、名乗ってませんでしたっけ。――タクミです。タクミ・サイジョー」


「タクミ、か。……覚えておこう」


「はい、よろしくお願いします。――じゃあ、俺は依頼があるんで、先に帰りますね」


 アスタが頷くのを認めると、少年――タクミは深々と一礼し、その脇を通り過ぎると、アスタでさえ驚くほどの速度で駆け出した。


「……余裕がありそうだとは思っていたが、あれほどとは。

 ……死力を尽くせば、今でも上位種に届くのでは無いか?」


 半ば呆れたように呟くが、やがてアスタは首を振る。


 ――あの少年は、依頼があると言っていた。

 強敵との死闘に熱中し、本来の依頼を失敗するなど、3流以下のすることだ。

 だから討伐以外の依頼は面倒なのだ――


 頭を振って、余計な思考を追い出す。

 一歩、また一歩と、慎重に洞窟の奥へと歩を進める。


 やがて熱せられた空気と共に、ブレス特有の異音が聞こえてきた。


 ――どうやら、タクミの予想どおり、未だ奴は上空にいるらしい。


 ――さて、どれだけ待てば降りてくるのだろうか。


 アスタはその手間を思い、小さくため息をついた。



今回は飲んでないので普通のテンションです。


前回までにさんざんフラグを立てておきながら、結局アスタとの共闘は無しになりました。

キマイラの打倒に拘っていたら、途中でアスタが助けに入るという展開になったんですが……

今回のエピソードは「タクミの精神的な成長」がテーマだったので、こういう形に落ちつきました。

実際にどういう形で成長したかは、今後の行動でそれとなく示されるかと思います。


ちなみに、今回の運勢値は80%でしたが、剣の技術力向上、および生還という形で現れていました。

道中の連戦によって剣の扱いにある程度慣れ、防御と回避に専念すれば上位キマイラの猛攻も何とか凌げるようになりました。

仮にタクミが命を掛けて上位キマイラに挑んでいたとしても、アスタが助けに入るまでの時間は稼げ、生き残ることが出来たでしょう。

まあ、「もしも」の展開をタクミが知るはずも無いので、その効果は実感できていません。


さてさて、2章も残すところエピローグと外伝だけとなりました。

1章の外伝と同様に、コメディ要素が高くなる予定です。

また、2章外伝限定の新キャラも登場する予定です。……新キャラというかゲストキャラ?

相変わらず、読まなくても本編には影響が無いような作りになってますので、キャラのイメージを大切にされる方は避けた方が無難かも……。


次話投稿は……ええと、10月4日くらいまでにはなんとか!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ