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(仮題)異世界に里帰り  作者: 吉田 修二
プロローグ
2/29

2 さよなら、これまでの世界

微妙に鬱っぽいかも。

 翌朝、俺はいつものベッドで、いつもより五分早く目を覚ます。

 すると、聞き覚えのある声が、どこからともなく聞こえてきた。


『さて、サクラ様の「今日の運勢」コーナーのお時間よ。

 今日の運勢指数は50%。

 ……うーん、可もなく不可もなく。普通の日ね。

 いつもどおりに過ごせば良いんじゃない?』


 慌ててシャツを脱ぎ、姿見に自分の姿を映す。


 ――妙に生々しい、現実感を伴った夢だった。


 胸の中央にあった天秤型の痣は、そんな妄想を抱く余地すら与えてくれなかった。

 なら、さっきの『声』は――あの自称女神のモノか。


 どう思えばいいのか――悲しめばいいのか、怒ればいいのか、渾然一体となった感情は吐き出す口を見つけることなく、胸の奥に蟠り、ただただ思考を凍らせる。



 いつしか、いつもの時間になっていたらしい。

 やかましくそう告げる目覚まし時計を宥めると、シャツを着込み、階下に降りた。



 いつものようにぼんやりと朝食を食べ、いつものように両親の話を聞き流し、いつものように学校に向かう。


 何となく、途中コンビニに寄って、ソーダ味の素朴なアイスを買う。

 食べ終え、残った棒に刻まれたのは、「はずれ」の文字。


 それがまさに自分の『運命』を示しているようで、苛立ち紛れに、見かけたごみ箱に、乱暴にごみを投げ捨て、登校を再開する。


 ――どうして俺なんだ、と思った。


 他の誰かでも良かったじゃないか。


 周りには、ざっと見ただけで三十人以上もの人がいる。

 この県だけでもその一万倍、この国にはそのさらに五百倍、世界中だとさらに五十倍もの人間がいる。

 俺が本来生まれるはずだったという世界でも、おそらくは同じ程度の人間がいるんだろう。


 その中で、どうして俺が。俺だけが。



 学校に着く。

 顔色の悪い俺を心配してか、友人達が集まってきた。

 いつもつるんでバカをやる連中だ。悪友と言ってもいいかもしれない。


 けれど、俺の調子が悪いことをすぐに見抜き、心から心配してくれる、大切な友人だった。


 ――その彼らとも、一週間後には会えなくなるのだろうか。



 授業は真面目に受けた。これまでにないほど熱心に。


 つまらない、理解できないと思い込んでいた勉強も、真面目に受けると、意外に分かりやすく、理解できた。

 理解する喜びは、もっと早く真面目に授業を受けていたら、という後悔の念にすぐさま押し潰される。



 昼食は母の作った弁当だ。

 ほとんどが冷凍食品だが、全体的な彩りが良く、栄養バランスも考えられていた。


 朝よりは落ちつきを取り戻していた俺は、一口一口、良く味わって食べる。


 そんな俺の様子に、友人達がはやし立てる。もちろん、これは俺を気遣ってのことだ。

 やはり、俺はいい友人に恵まれたらしい。



 今まで気がつかなかっただけで、世界は喜びに満ちていた。

 平穏であること。

 平凡であること。

 それが幸福だなんて、気づくこともなかった。

 失おうとする今気がつくなんて、俺はなんて間抜けなんだ。


 こんなことなら、猶予期間なんていらなかった。

 あの場でさっさと異世界に放り込んで欲しかった。



 下校時間になる。いつものように、友人達と騒ぎながら下校する。

 中には部活に入っているやつもいるんだが、珍しく、今日は全員が揃っている。

「たまには息抜きしないとな」なんて言って笑うそいつは、一月後には大きな大会があるはずだ。

 今はほんの僅かな時間でさえ惜しいはず。


 誰も、俺の不調の原因は聞こうとしない。

 もちろん気になってはいるだろうし、なんとかして原因を取り除けないかとも思っているのだろう。

 けれど、俺が何も言わない以上、何も聞かない。――まったく、良く出来た奴らだよ、本当に。



 ゲーセンに寄り道した。

 店長の趣味なのか、俺が小学生の頃に流行った格闘ゲームが、未だに現役で稼働している。

 適当にプレイしながら、時間を過ごす。



 晩ご飯。いつも帰りの遅い父は珍しく残業もなく、久々に一家揃っての夕餉となった。

 やはり母の食事は美味かった。


 食事後の団欒。

 全員にお茶やコーヒーが行き渡ったのを確認すると、俺は話を切り出した。


 話し終え、胸に付いた痣を見せると、母が泣き崩れた。


 信じてくれたのは嬉しいけど、どうしてこんなに簡単に、と戸惑っていると、父は、母を慰めながら教えてくれた。


 昨日の夜、両親は揃って同じ夢を見たらしい。

 夢には神を名乗る二人の兄妹が現れ、そのうち、兄の方から説明を受けたという。

 兄神は言葉を尽くして両親を説得し、突然のことに怒り、嘆き悲しんだ両親も、いつしか事態を受け止めていた。

 そして、兄神は、目が覚めたら、見た夢について二人で話し合い、そして俺の胸に刻まれた痣を見るよう告げたという。


 目を覚ました両親は、半信半疑ながら夢について話し合い、二人がまったく同じ夢を見たことを知る。

 そして、もしも俺が胸の痣を見せてきたら、見た夢が真実だったと認めよう、と。


 すすり泣きを続ける母、それを慰める父の目にも光るものが見え、いたたまれなくなった俺は、そっと自室に戻った。




 ベッドに仰向けになり、天井を睨む。

 やはり湧き上がるのは、「どうして俺が」「どうして今更」の思いだ。


 百万歩譲って、俺が選ばれたのは許容しよう。だが、十五年も生きればしがらみが生まれるのは当然だ。

 家族、友人といった大切な存在がいないならばいい。

 いたとしても、生まれて数年ならば取り返しは付く。


 だが不幸なことに――あるいは幸いなことに、俺は家族にも友人にも恵まれた。

 恋人がいないのが玉に瑕だが、それなりに幸福な人生を送ってきたという確信がある。


 それが、「世界のため」、「神の決定」とは言え、理不尽に奪われる。


 そんなことが許されていいのか。許していいのか。


 そもそも、「神」だと言うならば、人一人分の帳尻くらいうまく合わせられないものなのか。


『――不可能ではないな』


 唐突にそんな声が頭に響き、俺はベッドから跳ね起きた。


「だ、誰だ!」


『ふむ、そういえばまだ名乗ってはおらなんだか。――我が名はツカサ。裁きと破壊、そして創造を司る神。サクラの兄でもある』


 そういえば、と思い出す。サクラの後ろに控えるように佇んでいた青年がいたことを。

 あの場では一言二言しか喋らなかったが、確かこんな声だったような気がする。


「そ、そんなことより、『不可能ではない』って、本当か?」


『我らは嘘は言わぬ。我らは現象であり、現象はただ起こるだけのモノ。真実も偽りもなく、ただ結果のみがすべてだ。

 ――さて、主の疑問に答えよう。人一人分の帳尻を合わせる方法は存在する』


「できるなら、さっさとしてくれ!」


『容易いことだ。もしもその方法を聞き、その上でなお主が望むならば、その願いを叶えよう』


「……方法? 何か問題があるのか?」


『世界全体で見れば些事でしかないな。我自身も何らの躊躇もない。

 ――何、簡単なことだ。主が生まれるはずだった世界、主が生まれたこの世界、それらを滅ぼし、新たな世界を二つ創れば良いだけだ』


「……な、何だって!?」


『そも、今回の問題は、一方の世界の魂の総量が人一人分欠け、もう一方の世界にその分が増えたから起こったことだ。

 ならば、初めからそれを許容する世界であれば、何の問題もない』


 いくら神でも、そんなこと出来るはずがない、と反論しようとし、慌ててその言葉を呑み込んだ。


 おそらく、出来るのだ。


 そして俺が望めば、彼は言葉どおりにいとも容易く、そして何らの躊躇もなく、二つの世界を滅ぼすだろう。


 沈黙を続けていると、ツカサは続けた。


『サクラが言ったことは本当だ。このまま主がこの世界に居続ければ、二つの世界は滅びよう。

 再生不可能なほどの傷を負い、そうなれば我とて創り直すことは不可能だ。


 だが、はっきり言えば、我らにとってはどちらでもいいのだ。


 無限に存在する世界の中の、たった二つが無に還ったところで、世界全体には何らの影響も及ぼさぬ。

 まあ、そうなる前に我が手で滅ぼした方が、まだ救いはあるとは言えるが、それとてもやはり、些事でしかない』


「……じゃあ、何で、俺を送り返そうと?」


『サクラの言うところのクソ溜め野郎――あの最悪の狂神のしでかした痕跡を、可能な限り消したいからだ。

 あれがいたという証、あれが起こした事象、そのすべてを無に帰さしめんと欲するからだ。


 だが、その対象となった主には同情するし、可能な限り願いには応えよう。


 故に、我は主に、三つの選択肢を与える。


 一つ、このままこの世界に居続けること。

 少なくとも、主が生きている間には、破滅的な影響は少ないだろうな。

 ただし、主の死後、遅くとも千年後には、この世界は消滅する。


 二つ、主の生まれるべきであった世界、主の生まれたこの世界を滅ぼし、それぞれの世界を創り直す。

 おそらく、二つの世界は現在に至るまで、似たような歴史を辿るであろう。

 ただし、主が両親、友人と見える可能性はほとんどない。


 三つ、サクラの提案どおり、主が生まれるべき世界に戻ること。

 これはもっとも矛盾が少ない。

 残された者は悲しむだろうが、悲しむことが出来るのは、それはそれで幸福なことだ。

 悲しむべき対象が何かを認識している、と言うことだからな。


 だが無論、主は二度と、この世界に戻ることは出来ぬ』



 ツカサの提案は、絶望的だった。


 確かに、俺がここに残れば、望みどおり、平凡な人生を送れるだろう。


 だが、俺が死んだ後、世界の破滅は確定する。


 自分の死んだ後の世界がどうなろうと知ったことか、そう割り切る、あるいはそもそもサクラやツカサの言葉を信じないことも出来る。


 だが、世界を見捨てたという罪悪感は生涯俺につきまとうだろうし、もし将来結婚し、子供が生まれたら、その子供に破滅の未来なんて残したくない。


 そして、神の兄妹にはこちらを騙そうとする気配はまったく感じられなかった。

 ツカサの言うとおり、滅びた狂神の痕跡を消したいという――言うなれば最悪の別れ方をした恋人の、残した小物を処分するような心境なんだろう。

 気になるし、目に入れば苛立つが、処分しなくても死ぬわけではない。

 ただ、そちらに目を向けなければいいだけなのだ。

 やり方は強引だが、これはむしろ、あの兄妹の善意とも言える。


 世界を壊して世界を創る、それはたしかに凄まじいが、俺が生まれるべきだという世界に行きたくないのは、大切な人たちと別れたくないからだ。まさしく論外だと言える。


 なら、俺が選ぶべき選択肢は、たったの一つしか無い。


「………………わかった。当初の予定どおりに頼む」


『……うむ。良き選択だ。我もさしたる手助けは出来ぬが、その選択に敬意を表し、我の加護を与えよう』


「――え? もうサクラに貰ってるけど?」


『加護は、一人につき一つというわけではない。ヒトと神とでは存在強度がかけ離れておるため、神に己の存在を認識させるためには、強い信仰心が必要になる。

 故に、己の信仰する神以外からは加護を受けにくい、というだけのことだ。

 それに主は、あれを信仰しようなどとは思うまい?』


「まあ、それはその……ノーコメントで」


『くくっ、聡いな。ここで心にもない世辞を言うつもりならば、最低限の援助だけですませるつもりだったが――気に入ったぞ。

 加護の他にも便宜を図ってやろう』


「い、いや、そんなつもりじゃ……」


『くれるというのだから貰っておけ。邪魔になりはせぬ。

 まあ、その「便宜」が役立つのは、主が再びこちらに来てからだがな』


「……分かったよ。楽しみにしとく」


『ああ、そうするが良い。

 ――では、心を静めて跪き、頭を垂れよ』


 言われたとおりにすると、やがて再び、俺の身体が光に包まれた。光からは厳しさと、同じだけの慈愛が感じられた。

 相手を思うからこそ厳しく接する――そんな言葉が、ふと頭に浮かんだ。

 やがて光は、日本刀を意匠化したような印に収束する。

 印は俺の右手に吸い込まれ、同じ形の痣が浮き上がった。


『楽にして良いぞ。――さて、我の加護だが、筋力、体力、知力、魔力の基本値が5、敏捷・器用の基本値が10、それぞれ上昇する』


「……は? 言葉の意味は何となく分かるけど、その数字はどっから出てきたんだ?」


『エルガイアでは、身体能力を数値化し、知ることが出来る。それを『基本値』という。

 一般的な青年男性の平均値をそれぞれ10とした場合、それに対し、どれだけ優れているか、劣っているかが分かる、ということだな。


 ちなみに、主の基本値は、珍しいことにすべて10だ。

 故に、我の加護を受けた主は、単純計算で、これまでの2倍素早く動け、2倍器用に行動できるということだ。まあ、あくまでも目安であって、実際にはそうも単純ではないがな』


「何というチート……」


『上には上がおる。ただそれだけで最強になりはせぬよ。

 ……まあ、我らの加護は単純な能力上昇だけではないが』


「え?」


『何、少なくとも今は関係のない話だ。

 ――さて、そろそろ眠らねば明日に差し支えよう。ゆるりと休むが良い』


「ああ。……その、ありがとう」


『無理を強いておるのはこちらだと自覚しておる。気にするな。――では、良き日々を』


「ああ、あんたもな」


 そう答えると、苦笑めいた気配を残し、ツカサは去って行った――ようだった。


 それしか道がなかった、選ばされたという念はもちろんある。だが、それでも選んだのは自分自身。


 これまでよりも少し穏やかになった心のまま、俺は目を閉じた。





 翌日、揃っていた両親には笑顔で挨拶できた。

 おそらくは眠れなかったのだろう、二人とも赤い目をしていたが、かろうじて笑顔を浮かべ、挨拶を返してくれた。



 学校で会った友人達には、来週には海外に留学すること、そのために学校を辞めなければならないこと、向こうではあまり通信網が発達していないのでこれからは連絡できないことを告げた。

 嘘を言うのは心苦しかったが、それ以外にうまい言い訳が思いつかなかった。



 友人達は別れを惜しみ、出発の前日にはお別れ会までしてくれた。

 いつも明るい友人の一人が、実はかなりの泣き上戸だということを知り、やはり長く付き合っていても分からないことはあるんだな、と変に感心したりもした。



 面白いこと、楽しいこと、刺激的なことは、探せばいくらでもあるだろう。

 でも、俺が別れを惜しみ、愛おしく思うのは、何の変哲もない、平穏な日常そのものだった。

 だから、出来るだけごく普通の生活を送ることにした。



 日々は飛ぶように過ぎ去り、気がつけば一週間。


 最後の夜、俺は家族と共に食事をとった。

 いつもよりも豪華な食事。食卓に並ぶのは俺の好物ばかり。


 最後だからと、父はとっておきの酒を引っ張り出し、三人で杯を酌み交わした。


 二人の口から語られるのは、俺との思い出話。


 正直なところ赤面しきりだったが、それでも幸せだった。



 そして、いつしか酒も尽き、日付が変わろうとしていた。


「父さん、母さん。今まで育ててくれて、ありがとう」


 万感の思いと共に告げる。二人は堪えきれず、涙を流す。


 感極まった二人に抱きつかれながら、いつしか時計は零時を指し、そして――俺は再び、あの空間にやってきた。



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