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(仮題)異世界に里帰り  作者: 吉田 修二
2章 駆け出し冒険者
14/29

1 異世界は結構シビアです

拙作をお待ち頂いている方々、大変お待たせいたしました。


本日より、2章の投稿を開始いたします。

 イルス王国。エルガイアの大陸の一つ、ラフィール大陸の東部に位置する、人族の国家である。

 もっとも、『人族の国家』と言っても、亜人や獣人が存在しないとか、あるいは差別されているとか、そういったことはない。

 人口比率で人族の割合が7割を占め、王族もまた人族であることから、そう呼ばれているだけだ。

 もっとも、他の国家に比べれば、人族の比率が最も高いのも確かなのだが。


 人族は、俺の知る人類と、ほぼ同じ存在と言って過言ではない。

 違いと言えば、すべての者が魔力の存在を自覚し、魔術を使えることくらいか。

 もっとも、魔力自体は地球人類にもあるし、魔術が使えるのはこの世界がマナに満ちている為だから、実は違いは全くない。

 もちろん、彼らとの間に子供を作ることも可能――らしい。


 子供で思い出したが、人類と人族の違いはまだあった。

 人族、亜人族、獣人族の間では、子供を作ることが出来る。ただし、その出生率は、同族間の半分以下だとか。

 でも、人類は、そんなの無視して、どの種族との間でも、同族間と同じ出生率なのだそうだ。

 ……まあ、だからどうしたって話だけどね。相手もいるわけじゃないし。



 さて、どうして唐突にイルス王国の説明を始めたかというと、俺が降りた地がそのイルス王国だったからだ。

 見た目人族だから、人族が多い国の方がやりやすいだろう、というツカサの心遣いだ。

 もちろん、降り立った地は王国の首都、イルス――ではなく、東の辺境だった。

 大陸東部のさらに東のしかも辺境。これはあれか、大陸横断しろってことか?


 まあ、気が向いたらそれも良いかもしれないけど、いちおうそこにしてもらった理由もある。

 大陸東部のさらに東ってことは、海が近いってことだ。

 そして、大陸のさらに東にはヤーマンという島国があり、イルス王国はそこと海洋貿易をしているそうな。

 そしてそのヤーマン人は、見た目は東洋人に似ているらしい。

 文化風土は、江戸時代の日本に近いそうだ。


 つまり、俺はヤーマンから船でイルス王国に渡り、この国で冒険者として身を立てようとしている、冒険者志望の旅人、という設定だ。

 おそらくはヤーマン人と会えば違いに気づかれるだろうけど、貿易はともかくとして、ラフィール大陸に定住するヤーマン人は余りいないらしい。


 まあ、江戸時代に近い文化なら、こことは食事も文化も違うだろうしなぁ。

 日本人と同じく、自分の国、自分の家が一番、って考えなのかも。

 かくいう俺もそうなんだけど、今更言っても仕方が無い。

 俺はこの世界で生きていくしかないんだ。





 そんな俺が降り立った東の辺境は、ミルザという名の港町と、オルグという小さな街の、丁度中間にある小さな森だ。

 小さいだけあって魔物も獣も少なく、自生する薬草目当ての駆け出し冒険者、あるいは商人か薬師が稀に訪れるくらいで、ほとんど人気は無い。

 確かに、人目に付かず降り立つ地としては良い条件なんだろうけど……また森かよ、といううんざりした気分もある。

 まあ、あの演習の森に比べれば規模は小さいし、一時間も歩けば抜けられそうだけど。



 迷うことは心配していない。

 なにせ、『記憶珠(メモリー・オーブ)』という魔導具があるからな。

 これは、自分の歩いた場所を保存し、いつでも中空に映し出せるという至極便利な魔導具だ。

 いわゆる3DダンジョンRPG系の、オートマッピングの効果がある、といえば分かりやすいだろう。

 普段は2Dで表示し、踏破部分をタップすると、実際に歩いた際の光景へと変わる。東西南北も分かる。


 また、表示区分を『踏破地図』から『全景地図』に変えると、エルガイアの全景まで表示できる。

 それをズームすれば、持ち運びの出来る地図としても活躍できる。しかも自分の現在地も表示可能と、まさしく至れり尽くせりだ。


 ……実はこれ、演習前に渡されたリュックの中に入ってたんだよな……。

 演習後に「あれを使わぬとはなかなか剛毅だな。だが、使える物は使うべきだぞ」なんてツカサに言われて、ようやく知ったという……。

 呆然としながら使ってみると、俺が大雑把に書いた地図の100万倍も綺麗にマッピングされてたときには、何のための苦労だったんだ、と思わず涙した。


 言い訳をさせてもらえれば、リュックを渡されはしたけど、何が入ってるかの説明はなかったんだよな。

 だから、必要そうなものだけを探してたんで、存在に気づかなかったんだが……。

 いやはや、無限に物が入るリュックも善し悪しだな。



 そんなことを考えていると、魔物とも出会わず、あっさりと森を抜けていた。

 ……いや、ほんと、迷宮に比べれば楽勝過ぎるな。


 そのまま、足を西の方角へと向ける。

 念のために記憶珠を使い、中空に大陸の地図を表示させる。

 間もなく街道に合流し、そのまま真っ直ぐ西に向かうと、目的地であるオルグに辿り着く。

 ここからだと30㎞程度だから、5、6時間ってところか。……遠いなぁ。電車とかバスとか、せめて自転車くらいないものかねぇ。


 ま、今後これだけ移動することがあるんなら、馬の入手も考えた方がいいかもな。

 でも結構維持費が掛かりそうだし、馬自体も高そうだなぁ。

 移動メインの仕事ならともかく、今はあまり考えなくても良いだろう。

 何せ、金も無いし。


 ……というか、そういえば俺無一文なんだけど……

 魔導具も良いけど、先立つものが欲しかったなぁ、なんて。

 ……ま、まあいい。換金用のドロップ品があるから、それで当座は凌げるだろう。たぶん。





 一時間ほど歩いていると、遠目に馬車が止まっていることに気がついた。

 10人ほどの集団が、まわりを囲んでいる。


 護衛かな? と思ったが、馬車に向き合う形で囲んでいるのはおかしい。

 護衛なら、外側に注意を向けるはずだ。

 何やら嫌な予感がした俺は、その集団に向けて駆けだした。


 近づくにつれ、鋼がぶつかり合う音が耳に届く。


 ……やっぱり、強盗の類か。


 見れば、数人の男達が馬車を背にし、もう一方の集団が彼らに襲いかかっている。

 どちらも西洋人風の顔だちだ。


 個々の技量は……おそらくは護衛達の方が上だろう。

 だが、護衛一人に対し、襲撃側は最低二人で挑んでいる。

 いずれは体力が尽き、敗れることになるだろう。



 さらに駆け寄ると、ようやく両者は俺の存在に気づいたらしい。


「なんだ、てめぇは!」


「殺されたくなきゃすっこんでろ!」


 わめき立てる襲撃側。

 護衛側はと見ると、こちらを見定めるような視線を向けている。

 新手なのか、それとも応援なのかを判断しようとしているのだろう。

 劣勢にありながら、冷静さは失っていなかったようだ。


「助太刀する」と告げると、ほっとしたような表情を浮かべる。

 俺の強さはさておいて、自分たちの負担が減るのは確かだからだ。


 念のために強盗達を【初級鑑定】してみると、一番レベルの高い者で8、平均で5といったところだった。

 少なくとも、ステータス上は俺の敵ではない。


 だからこそ、こう思う余裕もある。


 ――さて、どうするか。


 殺すのは簡単だ。

 ステータス差以前の問題で、強盗達の構えには無駄が多すぎる。明らかに我流だ。

 俺が『雷流』という武器を持っているのに対し、相手は素手。

 正規の武道を習った者とそうでない者には、それだけの差がある。


 エルミナからはラフィール大陸の一般常識も習っている。

 その中には、簡単な刑法もあった。

 イルス王国において、強盗は十年以上の強制労働、殺人は死刑。

 正当防衛は当然のように有効で、武器を持って襲いかかってきた相手を殺しても何の問題も無い。


 だが、平和な日本に生まれ育ったこのオレが、果たして殺人を犯せるのか。


 ――なんて迷いは、おそらく、あの演習前なら抱いていたかも知れない。


 正直に言おう。

 今の俺は、必要とあれば何の躊躇いもなく人を殺せる。

 生きるか死ぬかの闘いを経験した以上、その相手が恐ろしい銀熊だろうが、人間だろうが、変わりは無い。

 もちろん、好んで人を殺したくなどないが、出来るか出来ないかで言うならば、出来る。


 俺は人を殺せる。そう断言出来る。


 それを踏まえた上で、どうするべきか。


 ――決めた。殺さずに捕らえよう。


 殺さなければ殺されるのなら、殺すことに躊躇いはない。

 だが、殺さなくても十分勝てる。それだけの力量差はある。


 俺の数秒に満たない葛藤を言葉にするなら、そんなところだろう。

 実際は、「殺すまでもないな。捕まえよう」と思っただけだけど。


「――そういうことだ。頼んだぞ、カタリナ」


『ええ、タクミ様。この程度の者、殺す価値もありません』


 俺は刀を抜き放ち、峰を返す。

 ――鉄の塊でぶん殴られればそれだけで死んでしまうから、出来るだけ手加減しよう。


 俺に向き合い、武器を構える強盗達に目掛け、地面を蹴る。

 一気に間合いに飛び込んできた俺に対し、あいつらに出来たのは、ただ武器を振り上げるだけ。


「――遅い」


 呟きながら、まずは正面の強盗の横っ面をぶっ叩き、返す刀で隣の強盗の肩を殴る。

 どちらも、衝撃と言うよりは苦痛で一気に白目を剝き、地面に倒れる。


 あっさりと味方が倒れたことに呆然とする強盗達の内、さらに二人に向かって飛びかかり、どちらも一太刀で気絶させる。


 そこで、ようやく我に返った護衛達が、自分の相手取っていた強盗に向かって襲いかかる。

 強盗達は一瞬反応に遅れ、次から次へと斬り伏せられる。



 その後、さらに俺が二人の強盗を気絶させると、戦闘は終わった。

 護衛達に混じり、俺が気絶させた強盗達を縛り上げ、ようやく一同は安堵した。


 護衛の一人が、ほっとしたような表情で右手を差し出す。


「――いや、助かったよ。俺はカール、冒険者だ。護衛依頼の途中だったんだ」


 差し出された右手を握り返し、俺は微笑で答える。


「いや、気にすることはないさ。俺はタクミ、冒険者志望の旅人だ」


「冒険者志望? じゃあ、まだ冒険者じゃないってことか?」


 目を見開いたカールは、俺をまじまじと見つめる。


「ああ。見てのとおり、俺はヤーマン人でね。つい最近この大陸に来たばかりなんだ」


「ああ……なるほど。どうりで珍しい剣を使うと思ったよ。

 確か、カタナとか言ったか? こんな細っこい武器でまともに戦えるのか?」


「師匠からの餞別でね。こう見えて、折れず、曲がらず、欠けることのない名刀らしいよ」


「へえ、そんな細いのになあ。――っと、こんなところで話し込んでる場合じゃないな。

 俺たちはオルグに向かうところなんだけど、良ければ一緒に来てくれないか?」


「願ってもない。一人旅だと退屈でね」


 俺が頷くと、カールは護衛対象の商人に許可を取りに行った。

 商人はルカという名で、オルグに店を構えており、ミルザに買い付けに行った帰りらしい。

 俺に感謝の言葉を述べながらも、探るような目が気になった。まあ、襲われた直後だし、仕方が無いだろう。


 縛り上げた強盗と、殺した強盗の首を入れた袋を一緒くたに馬車の中に放り込むと、オルグへの移動を再開した。




 道中、主にカールが俺の話し相手を務めてくれた。

 厳ついひげ面の男だったが、年を聞けば二十代前半だそうだ。

 冒険者歴は3年目で、ランクはE。

 レベルは13だそうだ。


 ランクとは、冒険者ギルドで設定した冒険者の格らしい。

 レベルやクラスレベルとは異なり、依頼ごとにギルドの設定したギルドポイント――通称GP――を必要値溜めると、ランクが上がり、より難度の高い、だが実入りの良い依頼を受けられるようになる。

 ランクは、Gから始まり、F、Eと上がっていき、Aの次の最高位はS。

 Sランクの冒険者は、国に一人か二人くらいしかおらず、レベルはおそらく100を超えているそうだ。


 ちなみに、大半の冒険者はルファ、もしくはエルミナの信者らしい。俺はどうかと聞かれたので、とりあえず左手の篭手を外して聖痕を見せ、ルファの信者だということにした。

 あそこまで前衛っぽい動きをして見せて、エルミナの信者ってのは通らないだろうし。

 まあ、額にはエルミナの聖痕があるんだけど、幸い前髪に隠れて見えづらいし、二神以上の神の加護を受けることはないから、見えたとしても単なる痣だと思ってくれるだろう。


 ……あとで額が隠れる防具でも買っておこう。高けりゃハチマキかなんかでいいや。


 俺自身のことも結構訊かれた。

 幸いエルミナが背景についての設定を教え込んでくれたんで、一度も行ったことのないヤーマン王国についても詳細に答えることが出来た。

 ヤーマン人は自分の生まれた土地から離れたがらない。

 だが中には変わり者もいて、まだ見ぬ大地に行ってみたいと思う者も居る。

 俺はそうした一人なのだ、と答えておいた。


 俺の年齢とレベルを聞いて、カールは驚いていたようだった。

 特に、上級職なのにどうして駆け出し未満なんだ、と半ば呆れられたが、俺のクラスレベルが上がったのは長年の修行の結果だし、そもそもヤーマンには冒険者ギルドなんてない、という言葉で納得してくれたようだ。

 ――まあ、長年って言っても一月だけどね。





 太陽が中点を過ぎた頃、ようやくオルグの街に辿り着いた。

 魔物避けのためか、あるいは戦争に備えるためか、五メートル以上の石造りの塀でぐるりと囲まれ、入口には二人の衛兵が立っている。

 身分証の提示を求められたら厄介だな、と思ったが、そこはルカさんがうまくやってくれたらしい。

 何の問題も無く、街の中へと入る。



 思わず感嘆の声が漏れた。


 正面にはかなり大きな建物。おそらく、昨日まで俺が暮らしてきた学舎と同じかそれ以上。領主の館か何かだろう。


 大通りらしい正面の道路は石畳で舗装され、両側には大小さまざまな建物が並んでいる。

 行き交う人々の数は多く、時折、馬車が行き来している。

 感心したのは、馬車用の道路と、通行用の道路が完全に分けられていることだ。

 馬車は人込みを気にせず駆け抜けることが出来、人は馬車に轢かれる危険から避けられる。

 行き交う人々は、ぱっと見ると人族が多いが、猫の耳を生やした者、両耳が長く先が尖っている美しい男女、背の小さなひげ面の男性など、それ以外の種族もちらほらと見かける。

 こうした人々を見ると、異世界に来たんだと強く実感する。

 ……まあ、俺は本来こっちに生まれる予定だったらしいけど、気分的にはここは異世界だ。



 惚けたように町並みを眺めていると、ぽんと肩を叩かれ、思わずびくりと身体を震わせた。

 振り向くと、カールが苦笑を浮かべている。


「どうした? やっぱり、ヤーマンとは違うか?」


「そうだな。……うん。ぜんぜん違うよ」


 カールは「そうか」と頷き、俺に二枚の硬貨を差し出してきた。

 金色で、表面には王冠を被ったおっさんの顔が彫られている。


「……これは?」


「おまえが倒してくれた強盗の賞金だよ。金貨2枚だ」


「金貨2枚? そんなになったのか?」


 思わず、目を丸くしてしまう。


 ラフィール大陸の通貨は、金貨、銀貨、銅貨、鉄貨の4種類だ。

 鉄貨100枚で銅貨1枚、銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚の価値がある。

 また、それぞれの硬貨には、1枚で50枚分に相当する大貨と呼ばれる硬貨もある。

 平民の平均年収が金貨3枚程度だそうだから、鉄貨1枚の価値がおおよそ1円と言ったところか。


 つまり、金貨2枚は200万円に相当する。


「でも、俺が倒したのは6人だぞ? しかもあんたらみたいに殺してもいないし」


「いや、おまえが来てくれなきゃ、俺たちは死んでただろうしな。

 それに、『生かして捕らえる』方が、基本的には報奨金が多くなるんだよ。

 そいつらのアジトを吐かせて一網打尽にしたり、溜め込んだお宝を回収したりできるからな。

 ――しかも6人もいれば、見せしめに殺すって選択もある」


「……なるほど。そういう考えもあるか。

 でも、俺が金貨2枚も貰ったら、あんたらの取り分がなくならないか?」


「いや、オレらはオレらで金貨1枚貰ってるし、護衛の報酬もあるからな。功績を考えたら、妥当な配分だろう」


「分かった。そういうことなら、ありがたく貰っておくよ」


 金貨を受け取り、入れる場所に迷ったが、結局ポーチの中に入れた。

 ……財布、買っといた方がいいかなぁ。


「ところで、俺たちはこれから冒険者ギルドに向かうんだが、おまえも一緒に来るか?」


「ああ、そうしてもらえるとありがたい。――何せ、どこに何があるのかさっぱりだ」


「気にするな。新人の世話を焼くのは、先輩の義務みたいなもんだからな」


 そう言うと、カールは豪快に笑い、俺の肩を叩いた。





 カールの案内でやってきた冒険者ギルドは、石造りの3階建ての建物だった。

 木のカウンターがあり、職員らしき制服を着た女性達が、向かい側の男達に応じている。

 男達の装備に統一感はなく、鉄の鎧に身を包む者、革の胸当てだけを着けた者、ローブに身をまとった者とさまざまだ。

 ロビーには何枚ものボードが立ち並び、依頼書らしき紙が雑多に貼りつけられている。

 真剣にそれを吟味する者も居れば、備え付けの椅子で談笑する者も居る。


 ざわめきに圧倒されていると、再びカールに肩を叩かれた。


「新規登録は一番向こうのカウンターだ。頑張れよ」


「ああ、世話になった。ありがとう」


 頭を下げると、カールは「良いってことよ」と照れたような顔で笑い、仲間達と共に入口から四番目のカウンターに向かった。

 カウンターには、『依頼報告所』と書かれた金属の板があった。――なるほど、報告はここですれば良いのか。



 教えられたカウンターに向かう途中、他のカウンターはどんな意味があるのか、と観察していく。

 入口から順に、『買い取り所』、『販売所』、『依頼報告所』×2、『依頼受注所』×2、『その他相談所』、そして『新規登録受付所』だった。


 つまり、依頼を受ける際は、ボードから依頼書を取り、『依頼受注所』で依頼を受け、成否を『依頼報告所』で報告する。

 魔物討伐などで得られたドロップ品は『買い取り所』でお金に換え、冒険に必要な最低限のものは『販売所』で購入する。

 おそらくは、それが冒険者としての流れだろう。


 なかなか良く分けられてるなー、と感心しながら、俺は『新規登録受付所』へと辿り着いた。

 真っ直ぐに向かう俺に気づいたのか、カウンターの向こうの女性がにこやかに微笑んできた。

 耳が長く、ほっそりとした体型の美女だった。おそらくは、エルフだろう。

 緑色の髪を背中で束ね、同じく緑色の瞳には、柔らかな光が宿っている。


「いらっしゃいませ。新規登録ご希望の方ですか?」


「はい、よろしくお願いします」


 頭を下げると、女性は驚いたような顔をしていたが、やがて「こちらこそ、よろしくお願いいたします」と、にっこりと微笑んだ。心なしか、若干表情が柔らかくなったようだ。

 促され、カウンター越しに向かい合う。

 カウンターの下に手を伸ばしていた女性は、やがて一枚の羊皮紙と、羽根ペン、インクを取り出した。


「それでは、必要事項のご記入をお願いいたします。代読、代筆は必要でしょうか?」


「いえ、大丈夫です。――ところで、これはすべて記入する必要があるんですか?」


 名前や年齢はともかく、出身地とか、両親の名前とかを聞かれたら困ると思い、保険のために聞いてみる。

 女性は僅かに顔を曇らせた。


「よほど答えづらいことであれば結構ですが……あまりお勧めはいたしません。

 あまりに空欄が多いと、【上級鑑定】させていただくこともございますので」


 名前からして、【初級鑑定】の上位スキルだろう。犯罪歴とか出身地まで分かるとか?

 ……確かにすごいけど、戦闘では役立たない気もするな。


「わかりました。出来るだけ正直に書かせて貰います」


「ええ、お願いいたします」


 ざっと用紙を眺め、項目を埋めていく。


 ……うん。年齢とか性別とかは問題ないな。

 出身地は……設定どおりのヤーマン王国で十分だろう。

 犯罪歴は無し、と。



 書き終わった羊皮紙を提出すると、女性はさっと一瞥し、にこりと微笑んだ。


「はい、結構です。――それでは次に、こちらのカードに魔力を流して頂けますか?」


 そう言いつつ、白銀のカードを手渡してくる。

 手に取り、言われたとおりに魔力を流し込むイメージを浮かべると、カードの色が白銀から銀色へと変わった。


 まさか壊してしまったのか!? と内心慌てる俺を余所に、女性は小首を傾げる。


「あら、銀色――いえ、これは鋼色ですか。変わった魔力をお持ちなのですね」


「鋼? ああ――」


 鋼精霊のカタリナと契約してるからか、とすぐさま思い至ったが、口には出さなかった。

 駆け出し未満で精霊と契約してるってのはそれほど珍しくもないだろうけど、『鋼精霊』なんてのは、エルミナの授業でも聞いたことが無い。

 まだエルガイアに来たばかりなのに、ヘタに公開して、騒動になっても面倒だ、と思い、俺は口をつぐんだ。


 幸い、女性は小首を傾げながらも、気にしないようにしたようで、説明を続ける。


「はい、これで登録は完了です。ですが、魔力の定着には1晩必要ですので、このカードはお預かりします」


「ああ、はい。お願いします」


「いえいえ。――それで明日なんですが、初級冒険者講習がありますので、必ず出席してください。

 時間は二つ目の鐘が鳴る頃、場所はこの受付です。講習終了後、カードをお渡しいたします」


「分かりました。――ちなみに、二つ目の鐘っていつごろ鳴るんですか?」


「ああ、ヤーマンでは違う仕組みなんですね。

 ――失礼いたしました。説明が不足しておりましたね。

 ここイリス王国では、国民の方に時間をお知らせするため、定期的に神殿が鐘を鳴らすんです。

 主に、その役割は、知識の神エルミナ様か、商売の神オスマン様の神殿が担っております」


 女性から聞いた、鐘が鳴る時刻の対応は下記の通りだ。


 一つ目の鐘=AM5:30頃、日の出

 二つ目の鐘=AM9:00頃、仕事始め

 三つ目の鐘=PM0:00頃、昼食

 四つ目の鐘=PM3:00頃、休憩

 五つ目の鐘=PM6:00頃、仕事終わり

 六つ目の鐘=PM9:00頃、就寝時間


「なるほど。つまり、午前9時前に来るように、と言うことなんですね」


「はい。――ただ、ご存じのように、個人が携帯できる時計はとても高価です。

 本冒険者ギルド、およびエルミナ様、オスマン様の神殿でご購入頂けますが、最低でも大銀貨1枚はいたします」


「えっ、そんなに!」


 思わず声を上げてしまった。

 大銀貨1枚=約50万円。

 ……たしかに今は金貨2枚あるから、買えないことはないけど……

 とりあえずは、宿を決めてからだな。

 時計を買って宿に泊まれないなんてことになったら、それこそ本末転倒だ。


 あ、そういえば――


「申し訳ないんですけど、もう一つ聞かせて下さい。

 この街に、エルミナ――様と、ル――オルフェリア様の神殿はありますか?」


「はい、もちろんです。

 エルミナ様の神殿は、ここを出て、西の大通りをまっすぐ行った突き当たりです。

 また、東の大通りをまっすぐ行けば、オルフェリア様の神殿があります。

 ……でも、どうしてお二方の神殿の場所を?」


「あ、えーと……」


 まずい。理由までは考えてなかった。

 ……ええい、適当にでっち上げてしまえ!


「実は、生まれつき魔力値が高いみたいで、前々からエルミナ様の加護には興味があったんですよ。

 でもウチの実家はかなりの田舎でして、オルフェリア様の神殿しかなくて。

 とりあえずはオルフェリア様の加護を得まして、修行を積んできたんですけど、せっかくだから、魔力値を生かす方法はないのかな、と思いまして」


「――なるほど、そういうことでしたか。

 確かに、剣士としてクラスアップをされた方が、改めてエルミナ様の加護を得ることで、初めて就ける職業があるという話です。

 そういうことなら、お二方の神殿に寄られることは、確かに良いことだと思います。

 信仰を変えるにしても、オルフェリア様の承諾を頂いてからの方がよいでしょうから」


 俺のでっち上げを信じてくれたのか、にっこりと微笑む女性。

 ……ああ、その邪気のない笑顔が良心が痛い……。

 は、話を変えよう。


「と、ところで、明日の講習に、もし遅れたらどうなるんです?」


「そのときは、さらに翌日に持ち越しですね。

 冒険者カードがないと依頼を受けられませんから、当然、その間は収入がなくなります。

 滞在費を無駄にしないためにも、是非明日、またおいでください」


「分かりました。気をつけます」


「はい。……ではまた明日。お待ちしております」


 深々と頭を下げる女性に、同じような礼で答え、俺は冒険者ギルドを後にした。



今後の予定ですが、書き溜めは2章の7話まで完了し、8話が1/3ほど完成しています。

ですが、設定変更に伴い、いろいろと書き直しが多くなってます。

そのため、今後は定期更新は難しいかと思いますが、2話は早めに投稿したいと思います。

以上、今後ともよろしくお願いいたします。


※10/6 誤字訂正

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