1章エピローグ さらば神界、さらば師よ、また会う日まで
翌日。いつものように食堂で朝食を取る。
今日のメニューはご飯と味噌汁、納豆に卵焼き。純和風のメニューだった。
エルガイア料理に慣れるようにと、最近はほとんど和食の割合がなくなってたから、かなりありがたかった。
でも、これからは、和食を食べる機会はほとんど無いんだよなぁ……まあ、どうしても我慢出来なくなったら、『扉』を使って戻ってくれば良いか。
一口一口を噛みしめ、ゆっくりと味わっていたが、いつしか空腹も満ち、食後のお茶の時間となっていた。
茶を飲みながら、ツカサが「さて」と呟く。
「この一月の修行、そして先日の演習、良く耐えた。期待通りに見習いも卒業したようだし、これを授けよう」
そう言って、一振りの刀を手渡される。
どことなく見覚えがあるような……などと考えていて、思い出した。
銀熊との死闘の後、手に入れたはずの刀だった。
アイテム名:打刀+2<+精霊>
簡易説明 :ATK+30、敏捷・器用さに+5のボーナス。
斬神ツカサが祝福した刀。錆びず、折れず、欠けず、曲がらない。
神の祝福により、実体のない敵に対しても効果がある(ただし、与ダメージは半減)。
「これって、祭壇に置かれてた刀だよな。『授けよう』ってどういう意味だ?」
「あれは、あの段階ではただの打刀に過ぎなかった。効果もATK+30のみだな。その他の効果が、我の祝福によるものだ」
「ああ……つまり、『祝福された刀を改めて授ける』ってことか」
「そういうことだな」
「しかし、ATK+30とか……さすがに木刀とは違うな。
……あれ? この<+精霊>ってなんだ?」
「抜いてみれば良い。すぐに分かる」
言われたとおりに、鞘から刀身を抜く。
反り身の、俺が想像していたとおりの日本刀だ。
刃の部分には波打つ白い刃紋があり、日の光を照らしてぎらりと剣呑な光を放っている。
思わず見とれていると、刀身からゆらりと銀色の煙が立ちのぼり、やがて煙は少女の形を取った。
刀身とほぼ同程度のサイズだが、整った顔だちをしている。
『――初めまして、我が主。私はこの刀に宿る精霊です』
頭の中に、直接彼女の声が聞こえてきた。
突然のことに驚いたが、良くも悪くも、超常現象には耐性が出来てしまった。
「せ、精霊? 君が?」
『はい、我が主。どうか私に名前を与えてください。きっとお役に立って見せます』
思わずツカサに顔を向ける。ツカサは頷くと、「聞いたとおりの意味だ」と答えた。
「精霊は世界を維持するシステムだ。故に世界の何処にでも在り、通常は自意識など持たぬ。
だが、それらを認識し、名を与えることで、自意識を持ち、システムから独立する。
そこな者は、今のところは刀に宿る精霊――鋼精霊とでも言うべきものだな。
主との繋がりが増えれば、より多くの力を振るえるようになるであろう。
――とりあえずは、名前を与えてやるがよい」
「名前……ねぇ」
正直に言えば、名前を付けるのは得意じゃない。
ゲームなんかでも、主人公の名前を決めるのに丸一日かけるなんてことはざらだ。
仲間の名前まで付けなきゃならないゲームとか、もうそれだけでクリア相当の気力を使い果たしてしまう。
刀の精霊。女の子。刀子……うわ、センスなさ過ぎ。
カタナの子。カタナ……そうだ!
「カタリナとかどうだろう!」
某ロマンシングでフリーシナリオなRPGで、奪われた剣を追い求めて旅をする女主人公がいたはずだ。
剣と刀の違いはあるけど、剣と関わりの深い女性ってことでぎりぎりセーフだろ!
『カタリナ……よい名前です。ありがとうございます、我が主』
「……その、我が主ってなんとかならないか? タクミで良いよ」
『では、タクミ様と。――ふつつか者ではありますが、今後とも、末永くよろしくお願いいたします』
様付けもちょっと……とは思ったが、カタリナの目は『これ以上の譲歩はしない』と明確に語っていた。
……まあ、良いけどね。
カタリナは一礼すると、刀身に吸い込まれるようにして消えていった。
おそらくは、俺が呼べばまた姿を見せてくれるだろう。
「挨拶は終わったな。――ふむ。これで、ようやく主の『初級精霊魔術』が使えるようになったわけだ。
具体的に何が出来るのかは、後でカタリナに訊くが良い」
「ああ、そうさせて貰うよ」
そしてささやかなお茶会は終わり、俺の旅立ちの時がやってきた。
そういや、熊公に革鎧壊されてたんだよな……と思っていると、ツカサが新しい鎧をくれた。
鉄製の鎧で、名前もそのまんま、『スチールアーマー』。
DEF+20はありがたいんだけど、鉄の鎧なんて重すぎるんじゃないだろうか。
雷流の持ち味、敏捷性とは対照を行く装備だな。
なんて心配していたが、どうやら軽量化の魔術が掛かっているらしく、むしろ革鎧より軽かった。
エルガイアでは一般的な付与魔術らしい。
両手、両腕は先日貰ったレザー系のままだけど、腰に刀を佩けば、駆け出しの冒険者くらいには見える……かも知れない。
ちなみに、エルガイアへは、いつもランニングで目標にしてた、一本の木に触れることで行けるらしい。
今後神界に戻ってくる際も、そこに出るのだとか。
「みんな、本当に世話になった。ありがとう」
深々と頭を下げる。
ツカサは微笑みを浮かべて頷き、サクラはやる気のない笑みを浮かべてひらひらと手を振る。
ルファは「頑張れ、タクミ。私はいつもおまえを見守ってるぞ」と自信に満ちた笑みで何度も頷く。
そしてエルミナは、何やら決意を秘めたような表情で、一歩、二歩と、俺に向かって近づいてくる。
「……エルミナ?」
やがて触れ合えるほどにまで近づいた彼女に、思わず呼びかける。
だが、エルミナの表情は変わらない。
「……少し身をかがめて、目を閉じて」
何がなんだか分からないが、言われるままに心もち身をかがめ、目を閉じる。
――右頬に、柔らかな感触が一瞬だけ触れ、すぐに離れた。
「………………………………え?」
「……せ、餞別代わり。称号を確認して」
顔を真っ赤にし、俯きながら早口で告げるエルミナ。
半ば呆然としながらステータスを開き、称号に触れる。
『習得済み称号』の欄には、新しく、『知識神の寵児』の記載があった。
その説明文には、
『エルミナの加護のLv.3における詠唱省略と同等の効果を得、さらに消費MPが半減する。』とあった。
「あ、あなたなら、すぐに加護のレベルもLv.3になると思う。
でも、近接戦を主体とするあなたでは、魔術は戦闘に入る前くらいにしか使えない。
その称号があれば、詠唱を省略し、起句のみで魔術を発動できる。
だから、それで一杯魔術を使って。魔術師のレベルが上がれば、その分BPが得られる。だから――」
そこまで言うのが限界だったのか、さらに顔を紅くしたエルミナは、口を結んだ。
もっとも、エルミナの言葉の続きは、俺には分かっていた。
――勘違いかも知れないけど、そう思いたかった。
「あ、ありがとう、エルミナ」
何を言うべきか分からず、とりあえず礼を言うと、エルミナは真っ赤な顔のままで首を振り、学舎に走って消えていった。
半ば呆然とその背を見送っていると、「むうー!」と何やら悔しげな唸り声が聞こえてきた。
ルファだった。
走り去っていったエルミナと、俺とを交互に睨んでいたが、やがて告げる。
「くっ、抜け駆けとは卑怯だぞエルミナ! だが、おまえがそのつもりなら、私にも考えがある!」
何やら嫌な予感がして、後ろに下がろうとしたが、一歩踏み出すよりも早く、ルファは俺の肩をがっしりと掴んでいた。
――あれ? 少なくとも10メートル以上は離れてたよな?
呆然とする俺の左頬に、ルファは何の躊躇いもなく口付けた。
「なっ――!」
「これで良し、と。――さあタクミよ、私も称号を与えたぞ!」
いや、なに対抗してんの? などと思いながらも称号を確認すると、新たに『戦女神の弟子』の称号があった。
効果は、
『取得経験値が20%上昇する。また、自身よりもレベルの高い者との戦闘においては、各基本能力値が一時的に5%上昇する。』そうな。
……あの熊公みたいなやつを相手にするときは有効だな。
でもそうなると詠唱省略がなくなるし……まあ、相手次第で戦術を変えれば良いか。
もし隙があれば、戦闘中に入れ替えても良いだろうし。
「あ、ありがとう?」
「うむ! なぜ疑問形なのかは気になるところだが、私の称号でがんがんレベルを上げるがいい!
クラスレベルアップ時よりも、レベルアップ時の方が取得BPが多いからな!」
「そ、そうだな。そうするよ」
気圧されながらも素直に頷く。なんだかんだで、混乱に混乱が上乗せされ、よく分からない状況になっていた。
とにかく、気持ちを切り替え、再び神々に頭を下げる。
「いろいろと世話になった。ありがとう。――じゃ、行ってくるよ」
「うむ。――何かあったら、すぐに我に呼びかけるが良い。オルフェリアらと違い、我の言葉を聞くのは神殿である必要が無いからな」
「ああ。頼りにしてるよ」
俺は頷き、手を振った。四人は微笑みながら、手を振り返してくれた。
――若干一名、酷くやる気のないままのやつがいたけれど。
そして、俺は彼らに背を向ける。その直後、学舎の入口から手を振ってくれているエルミナに気付き、笑顔で答える。
エルミナは再び顔を紅くしたけど、晴れやかな微笑みで見送ってくれた。
最後のトレーニングとばかりに、草原の木に向けて走り出す。
これからどんな冒険が待っているのか――そんな、子供じみた好奇心を膨らませながら。
※10/6 誤字訂正




