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(仮題)異世界に里帰り  作者: 吉田 修二
1章 神界にて(チュートリアル)
10/29

8 総合演習・4 決戦

 MP、SPが回復したのを確認して、探索を続ける。



 ゴブリンの数はぐっと少なくなり、代わりに、森狼、槍鳥、角兎――南部で遭遇した敵と再び出会う。

 チーフを倒したことで、ゴブリンがなりをひそめているんだろうか?

 あるいは、ゴブリンを倒しまくったため、魔物の生態系が変化した?

 これは、現実でも起こりうる現象なんだろうか。後でツカサかエルミナに訊いてみよう。



 そして、残り時間が2時間少しとなった頃。俺は、森の最深部に辿り着いた。


 どうして最深部と断言出来たかって?

 それは、そこの様子から想像しただけだ。


 見渡す限りに大地と空とを覆い続け、『森』という世界を形成していた木々が、そこだけはぽっかりと無くなっている。

 木々の無くなっている範囲はほぼ完全な円形で、今俺が立っている場所のちょうど反対側の円の縁、祭壇らしき石造りの建造物がある。

 祭壇の上に何があるのかは分からない。


 なぜなら、その祭壇を護るように、一匹の銀毛の熊が寝そべっていたからだ。


 額には十字の白い傷跡。歴戦の強者であることを示しているのか、あるいは聖別された存在なのか。

 ただ寝そべっているだけなのに、その強さの格がはっきりと伝わってくる。


 ――なるほど。これは確かに、死力を尽くしても勝てるかどうか。


 【初級鑑定】する。



種族名  :シルバー・ベア

分類   :ガーディアン

LV   :25

経験値  :-/-

状態   :健康(不変)

HP   :1200/1200

MP   :475/475

SP   :725/725

ATK  :90.5

DEF  :62(胴)




 ………………はは、ははは。


 なにこれ。やっぱりボスか。

 レベルの割りにHPとか高すぎじゃね? しかもDEF62とか。

 単純計算で20回以上攻撃当てないと倒せないの?

 ――でも、黙ってやられてくれるはずもないよな。


 ATK90.5。攻撃食らうとほぼ50のダメージ。つまり4回でアウト。

 攻撃は回避に専念して、攻撃喰らったら即ポーション。


 状態異常系の魔術は有効か?

 ……たぶんダメだ、状態が『不変』になってる。


 なら攻撃魔術は……いや、先制の1回目はともかく、詠唱に時間がかかりすぎる。

 おそらくは魔術1回撃つ間に、2回は攻撃出来る。

 しかも、魔術を主体とするならば、詠唱しながら回避する必要がある。

 息をするように、自然に魔術を行使できるならともかく、昨日今日実戦で魔術を使い始めた俺にはまず無理だ。

 

 他に手段はないか。

 ドロップ品のダガー……ダメだ、牽制程度にしか使えない。


 剣技は与ダメージの増加だけど、手数を考えると剣術にSPを使った方が良さそうだ。


 スキルは当然として、与ダメージを増加する手段はないのか。

 総攻撃回数を減らせれば、それだけ危険度が下がる。


 あるいは被ダメージを下げる手段でも良い。

 これも同じく危険度を下げられる。

 ATK、DEFを下げる魔術が闇系であったはずだけど、それも状態異常に属するからやるだけ無駄。


 なら、他に手段は――


 ――そうだ! これならいけるはず!



「――世界に満ちるマナよ。光の名の下に我が身に宿り、我が力と為せ。――【グロウ・パワー】」


 瞬間、俺の身体が光に満ちる。程なく、光は両腕、両足に吸い込まれた。持っている木刀が軽く感じ、身体もまた軽くなる。


「――世界に満ちるマナよ。光の名の下に我が身に宿り、我が身を守れ。――【グロウ・シールド】」


 光が溢れ、俺の身体を包み込む。


 【グロウ・パワー】は筋力値、敏捷値を一時的に上昇させ、【グロウ・シールド】はDEFを一時的に上昇させる。

 俺の知力では効果時間は5分程度だが、やらないよりはよほど良い。


 さて、先制の攻撃魔術は――初級では地、水、火、風、無の5属性しか選択肢が無い。

 なら、やはりここは――


「――世界に満ちるマナよ。炎の名の下に我が敵を貫け」


 眼前に炎が灯り、徐々にその大きさを増していく。

 やがて炎は形を変え、俺の腕ほどの大きさまで収束する。


「【ファイア・アロー】!」


 起句と共に、炎は凄まじい速度で疾走する。

 ボール系の魔術は、各属性に形を変えたマナを圧縮し、標的に当たると同時に爆裂し、拡散する。

 故に、爆心地の破壊力は大きいが、離れれば離れるほど効果が小さくなる。

 加えて、魔力が低い内は、肉体の内部までは大きなダメージを通せない。表層近くを少しばかり焼くのがせいぜいだ。


 対してアロー系の魔術は、『貫く』ことを主眼とした魔術だ。

 初級では1本の矢を創るのがせいぜいのため、多数を相手取るには向いていない。

 だが、狙ったその1体に対しては、少なくともボールよりは肉体内部に潜り込める。

 しかも、一定時間は消えず、刺さった場所に留まり、内部を苛み続ける。

 つまり、継続ダメージがある。

 HPが多い相手に対しては、有効な手段の一つと言えるだろう。

 もちろん追尾なんて便利な機能は無いから、外せばそこで終わりだが。

 だが、実際に寝ているのか、それとも寝たふりなのかはともかくとして、今の銀熊には避けようがない。



 炎矢が銀熊に突き刺さったのを確認すると、響く怒号を意識の外に置き、【チャージ】を発動。

 威力もそうだが、中距離の間合いを一気に詰めるには最適の剣技だ。

 ただし、ヒット後は僅かな硬直時間がある。


 額を狙ったが、銀熊は威嚇のために立ち上がっていた。

 差し出した木刀の切っ先は、銀熊の胴体に吸い込まれる。

 分厚い脂肪と筋肉に阻まれ、鈍い手応えが伝わってくる。

 当たった部位という点でも、HPの最大値という点でも、さしたるダメージではない。

 その上、俺は【チャージ】発動後の硬直で、一秒程度は身動き出来ない。

 それを見逃すはずもなく、銀熊は丸太のような右腕を振り下ろした。


 ――【後の先】発動。

 迫り来る腕、鋭い爪が、風を引き裂く様をはっきりと知覚出来る。

 銀熊の腕が俺に触れる直前、硬直時間が終了。


 慌てず騒がず左手側に前転し、回避。


 【先の後】を発動し、身を起こすと同時に剣を振り上げ、右腕に攻撃。

 硬直をキャンセル、背後に回り込んで【飛燕】。背中に振り下ろし、振り上げる。


 怒り狂う熊が振り向くより先に、背中に突きを差し入れる。

 もっとも、これは攻撃が主目的じゃなく、反動で距離を取るためのものだ。



 これまでのSP消費は50弱か?

 ならば、と空中にある間にポーチに手を突っ込み、着地と同時に下級スキルポーションを取り出し、一息に飲む。


 連撃に驚いたのか、銀熊はこちらを睨み、警戒の唸り声を上げている。


 すかさず【初級鑑定】。HPだけに意識を集中させて確認し、一瞬でウィンドウを閉じる。


 現在HPは1000を切っていた。

 このままの流れを保てば、勝利も不可能ではない。



 勝利を意識し、僅かに集中力が切れたのか。あるいは、相手の行動に集中しすぎたのか。


 銀熊は大きく息を吸い――咆吼した。


 周囲の空気がビリビリと震え、俺の鼓膜を伝い、心に混乱を、思考に空白を生む。


 惚けている俺に構わず、銀熊は四つん這いに戻ると、凄まじい勢いで突進してきた。


 避けなければならない。混乱する心が粘つく思考をかき乱す。


 【後の先】か【先の後】を――いや、もう間に合わない!

 痺れる両腕を決死で動かし、木刀の後ろに隠れるようにして身を守る。


 無論、絶対的な質量の差は、そんな悪あがきを嘲笑うかのように、俺の身体を跳ね飛ばした。



 不思議と、痛みは感じない。

 押し潰されるような苦しさが、宙に舞う今も続くだけだ。


 何度か空が見え、地面が見え、徐々に銀熊の姿は遠ざかる。


 縦に回転しているらしい、と今や冷静に戻った思考が推測する。


 このまま頭から地面に叩き付けられれば、おそらくは死ぬ。

 かといって、身体が宙にある以上、もはや運を天に任せるしかない。

 幸い、今回はHPが0になっても死ぬことはない。

 BPも十分稼いだし、このくらいで良いだろう――



 ――冒険者に必要なのは、身体能力、そして生への執念だ。技術だの効率だのは、経験を積めば嫌でも鍛えられる。



 ツカサの言葉が、脳裏を過ぎる。

 あれは、いつのことだったか。

 エルガイアで生きていく道を、ツカサは俺に提示した。

 安全な神官の道を選ぶか、自由な冒険者の道を選ぶか。


 ――自由には責任が伴う。

 『冒険者の自由』には、『自分の命』が担保となる。


 ならば俺は、自分の命に責任が持てるのか。


 演習だと思い、死ぬことはないという約束を真に受けて、それで実際に冒険者になったとき、俺はどうする?


 この銀熊は、決して例外の存在ではない。

 冒険者として生きていく以上、どうあがいても勝てそうにない強敵と、いつか見えることもあるだろう。


 そうなったとき、俺はどうする?

 勝てるはずはないと諦めるか?

 自分の命を天に任せ、黙って結果を受け入れるか?



 ――否! 断じて、否だ!



 天の助けなど知ったことか!


 俺は俺の生きたいように生きる。それが俺の自由だ。

 そして俺は、俺自身の命に責任を持つ。

 命に責任を持つってことは、みっともなくても、最後まであがくってことだ!


 だから――こんな程度の絶望で、生きることを諦めるか! 



 ――【後の先】を発動する。


 命の危険で上がった知覚速度が、さらに加速する。

 次の半回転で、俺の頭は地面に叩き付けられる。

 ぐしゃりと潰れて地面に赤い花を咲かせるか、首の骨が折れるだろう。


 このままでは、死は免れない。


 木刀を手放し、右腕を空ける。

 そのまま、空いた右腕を、頭上に持ち上げる。


 上がった知覚速度と比べ、その動きはナメクジが這うがごとく遅い。


 でも、まだ間に合う。――いや、間に合わせる!


 頭が地面に触れるよりも早く、右手が触れる。

 触れた右手に体重が移ろうとするその瞬間、右腕を撓め、身体が受ける衝撃を、前方に転がるエネルギーに変える。

 一回、二回、三回……十回ほども繰り返し、ようやくエネルギーを使い切る。



 荒い呼吸で上下する胸が、全身に血と酸素と、忘れていた激痛を運んでいく。

 残りHPは……いや、確認する意味が無い。その隙が惜しい。おそらく、半分以上は減っている。それで十分。


 ポーチに手を突っ込み、下級ポーションを三本取りだし、まとめて飲み干す。

 全身の苦痛は次第に治まり、やがて消えていった。


 次の一手は――とにもかくにも、投げ捨てた木刀を拾うことだ。

 あれがなければ、剣術はもちろん剣技も使えない。


 転がってきた方向を目線だけで追う。


 ――あった。おおよそ5メートル離れた地面に、切っ先を下に、斜めに突き刺さっている。


 だが、その2メートルほど向こうには、突進の硬直を終えた銀熊が、唸り声を上げて待っている。

 知性か、本能かは分からないが、理解しているんだろう。俺に、あの木刀を持たせてはいけない、と。


 つまり、ただ走ったところで、迎撃されて終わりだ。ならば、策を練る必要がある。


 ポーチに手を入れながら、魔術を詠唱する。


 応えるように、銀熊も大きく息を吸い込む。


 ――咆吼か。俺の詠唱が終わるより、あっちの方が早いな。


 三音節言い切った上で詠唱、合計四テンポ必要な俺に対し、向こうは息を吸い込み、吠えるだけで良い。

 単純に考えて、二倍も速度が違う。多少は知恵が回るようだ。


 だが、熊公よ。――悪知恵で、人間様に勝てると思うなよ。


 俺は素早くダガーを取り出し、狙いも定めずに投げつける。

 当然ながら、ダガーは見当外れの方向に向かう。


 だが、銀熊は一瞬、そのダガーの行く先に視線を奪われた。

 さらに、銀熊目掛けて走る。

 咆吼するべきか、迎撃するべきか、一瞬悩む様子を見せる。


 これで、俺は詠唱完了。残された行程は、互いに一つのみ。


 結局咆吼を選んだらしく、銀熊は口を大きく開く。


 当然、俺が木刀に辿り着くよりも、咆吼される方が早い。


 だが、最初から流れを予測していた俺と、惑い、悩んだ熊公では、ほんの僅かな差があった。



「【サイレント・エアー】!」

「――――――――――!!」


 駆け続ける俺の周囲に空気の層が生まれ、層外の音を遮断する。


 これはまさしく、ただそれだけの効果を持つ初級風魔術。

 範囲は自分を中心に、消費MP次第で広げられる。

 主に、盗聴防止に使われる魔術だという。


 もちろん戦闘においては、ほとんど使い道がない。

 うまく魔術師を沈黙の層に包んでやれば、魔術の発動を防げるが、層から逃げられれば意味がない。

 だが、心配性のエルミナは、魔物の特性について良く講義してくれていた。

 その中には、『咆吼』についてのものもあった。



 ――『咆吼』は、大型の魔物が使う、原初の魔術。大声に魔力を乗せることで、聞いた者の心と思考を凍らせる。

 ドラゴンのような桁外れの魔力を持った存在が使うと、それだけで命さえ奪うことがある。

 音は目に見えないし、走るよりもはるかに速い。よほどのことがない限り、直接的な危険は持たないのが幸いだけど、動きが止まったら、まず大技が来ると思って良い。

 そんな厄介な咆吼への対策は、主に三つある。


 ――一つは、そもそも咆吼を使わせないこと。発動条件は『大声に魔力を乗せる』ことだから、大きく息を吸うような行動を取ったら、ひるませ、発動を邪魔してやれば良い。


 ――二つ目、もしも邪魔が間に合わなかったら、死ぬ気で防御を固めること。大技はダメージが大きいけど、棒立ちで受けるよりはよほどマシ。


 ――そして三つ目。単純だけど効果が高い防御法。

 ――耳を塞ぐ。『咆吼』は魔力のこもった大声が鼓膜を震わせ、振動で脳を揺らし、心と体を震わせる魔術。

 なら、耳に入る音を少なくしてやれば、被害も小さくなる。



 『咆吼』は音を媒介にした魔術。音とは、空気を伝わる波だ。

 耳を塞ぐことで被害を抑えられるなら、同じ理屈で、完全に音を遮断してやれば、『咆吼』を無効化出来る。

 もちろん、詠唱時間の兼ね合いもあるから、狙って無効化するのは難しい。


 だが、どのタイミングで来るのか分かっていれば、無効化を狙うことも可能だ。



 未だに吠え続けているらしい銀熊を無視し、駆ける。

 効果がないことに気づいたか、戸惑ったような様子で俺を見る。

 その頃にはすでに、俺は木刀にまで辿り着き、地面から抜き放つ。

 駆けた勢いのまま反転し、遠心力たっぷりの一撃をやつの横っ面目掛けて振り抜いた。


 突然の痛みに困惑する銀熊を余所に、【旋舞】発動。

 一度、二度、三度と、舞うようにして連撃を見舞う。


 痛みが困惑を塗り潰したのか、銀熊は怒声と共に、両腕を振り上げる。


 【先の後】発動。

 硬直をキャンセルした俺は、振り下ろされる両腕を余裕を持って避け、【スラッシュ】を発動させる。

 これまでよりも重い一撃に、銀熊は体勢を崩す。


 その隙に硬直時間は終わり、再び【旋舞】を見舞う。

 今度は、自ら間合いを離すような真似はしない。

 容赦のない連撃で、押して押して押しまくる。


 合間合間で、三発入れられるところを二発に抑え、下級スキルポーションを飲む。

 一度の連撃で50以上は余裕で消費してるから、今のままだとジリ貧だ。

 でも、やらないよりはやった方がいい。

 少なくとも、飲んだ分だけ手数は増える。





 いつしか、銀熊の体毛は真っ赤に染まり、右目が潰れている。

 その動きも、徐々に緩慢になってきた。

 だが、俺の方もかなりの疲労を覚えている。

 おそらく、SPはほとんど底をついているだろう。


 ――まだか。まだ死なないのか。計算上はとっくにHPは0になっているはず。


 焦る心を呼吸一つで押し殺し、冷静に、着実に、一刀一刀を正確に振るい、反撃を避ける。



 不意に、パターンが変わった。

 動きが鈍くなってから、俺の攻撃にいちいち怯むようになっていた銀熊は、俺の一撃を受けてもよろめかず、反撃の爪を振るう。


 十分に警戒していた俺はかろうじてその場を飛び退くが、爪の先がレザーアーマーに当たり、半ばから断ち切られる。


 ――これから先の攻撃は、防具無しで耐えきらなければならない。


 確かにHPは最大値に近いだろうけど、それでも、次の一撃は、銀熊の本気の一撃だ。


 おそらく、まともに食らえば、死ぬ。


 先ほど覚悟したばかりだって言うのに、俺の身体は、その事実にみっともなく震えていた。


 足が震える。歯はがちがちと鳴り、木刀の切っ先が揺らめく。



 ――死ぬのが恐ろしいか? はっはっは、そんなのは当たり前だっ!



 理論優先のエルミナ、実戦重視だが理論もフォローするツカサと比べ、正直、ルファはあまり良い師匠とは言えなかった。


 エルミナは、これから行う講義、実践が、どんな意味を持っているのか、事前に詳しく、俺が納得するまで説明する。

 講義内容も、分からないところは分からないままにはせず、切り口を変え、根気よく教える。まさに、優秀な家庭教師そのものだ。


 ツカサは、何をするかは説明するが、その意味までは教えない。

 俺がその意味を悟るまで、何度も何度も、繰り返し同じことを繰り返す。

 初めはその意味が分からず、身体の動きもぎこちなくなるが、意味を理解するにつれ、動きが格段に良くなってくる。

 考えてみれば、一月足らずで、木刀だけで魔物を倒せるようになったのは、尋常な成長速度ではない。

 俺自身の素質と言うよりも、ツカサの教え方が良かったんだろう。


 だが、ルファの授業は模擬戦のみ。

 しかも、かろうじて対応出来るようになると、楽しそうに笑って、自身の能力値を引き上げる。

 油断すれば死にかねない攻撃を、喜々として振るう。

 ツカサとの模擬戦が俺の成長を目的としているのに対し、ルファは模擬戦そのものを楽しんでいるように見えた。

 何度も何度も殺されかけ、その度に俺は言った。


「死んだらどうする」と。


その度に、ルファはこう答えるのだ。


「死を恐れるのは当然だ。だが、その恐れに飲まれたとき、その者は本当に死ぬ」と。


 ルファは言う。誰もが勇者と認める者でも、死は恐ろしいのだと。

 死とは終焉。その先には何もない。

 勇者と呼ばれ、背負う者が大きくなればなるほど、死への恐怖は大きくなる。


 だが、その恐怖を忘れれば、退くべきところで退けなくなる。

 恐怖に飲まれれば、動くべきところで動けなくなる。


 戦場に立つ以上、死の恐怖は常に傍らにある。


 それを撥ね除け、勝利をつかみ取るためには、生への渇望が必要だ、と。


 これまで歩んできた道が、人を戦場に立たせ、これから歩もうとする道があるから、人は戦う。


 おまえが背負ってきたもの、背負おうとするものが、丸ごとすべて、生への渇望となる。


 恐怖で身体が震え、心が凍りついたら、過去を振り返り、未来を見よ。そして、自分自身に告げるのだ。


 ――おまえの歩んできた道、歩もうとする道は、こんなところで途絶えて良いはずはない、と。


 その傲慢さに、話を聞いた当時の俺は呆れていた。

 だが、今はどうだ。言われたとおりに過去を思いだし、これからのことに思いを馳せている自分がいた。


「……そうだ。俺の道は、こんなところでは終わらない。――終わって、たまるかよおおおおおおぉぉぉぉっっっ!!」


 魂の咆吼。身体を縛る恐怖は、嘘のように消え去っていた。

 見ると、銀熊の身体は震え、あからさまな怯えを見せていた。

 無理矢理に、口の端を吊り上げる。


「――おまえ、呑まれたな?」


 迫り来る死への恐怖に。そして、それを齎すこの俺に。


 木刀を左の腰の後ろに下げ、身体の重心を前方に傾ける。

 震えながらも、銀熊は腕を掲げる。

 気力のほとんどを失っただろうが、それでもその一撃は、容易に人を殺すだろう。

 レザーアーマーが用を為さない、今の俺ではなおのこと。


 死なない、なんて確信は持ちようがない。

 可能性は厳然として其処に在り、変わることはない。

 だが、それでも俺はこいつを殺し、生き残ってみせる。

 その確信はなくとも、その決意は変わらない!


 地面を蹴り、今の俺に出せる全速で熊の懐に飛び込む。


 振り下ろされる両の腕。


 【後の先】を使いたがる思考をねじ伏せ、身体を地面に沈み込ませる。


 頭上を通り過ぎる両腕。切り裂かれ、行き場をなくした風が頬を叩く。


 飛び込みの勢いを、身体を撓めることで溜め込み、一気に解き放つ。


「おおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 知らず、雄叫びが漏れていた。


 飛び上がり、同時に振り上げた木刀は、銀熊の頭部にぶち当たり――ぐしゃり、と何かを潰した。


 中空にある俺は、確かに見た。

 俺の木刀の先、銀熊の顔の右半分は、ひしゃげ、潰れていた。


 哀れっぽい悲鳴を最期に漏らし、銀熊はゆっくりと地面に倒れ伏す。


 一撃にすべての気力を使い果たした俺は、受け身すら取れず、地面に叩き付けられた。


 衝撃で肺がつまる。

 それでも、地面を這って距離を取る。


 よろめきながらも立ち上がり、ふらつく木刀を正眼に構える。


 ――銀熊は、ぴくりとも動かない。


 やがて、その巨体が宙に溶けるのを認め、俺はへなへなとその場に膝を突いた。



 ぜいぜいという、自分の呼吸がうるさい。

 電子音が鳴ったような気がしたが、構っている余裕もない。



 やがて多少は呼吸が戻り、よろめきながらドロップ品の毛皮を回収する。


 半ば無意識の内にGMを確認すると、残り時間は10分を切っていた。

 結構な長時間、戦っていたらしい。



 現在Pは1500丁度。

 これで、この演習も終わりなんだろう。

 ぼんやりと考え、ふと思い出す。


 休息を訴える身体に鞭を打ち、真の最奥と言える石造りの祭壇を目指す。

 普段なら1分かからずたどれる距離を、たっぷり5分かけて祭壇に着くと、その中央には、一振りの刀が安置されていた。

 【初級鑑定】すらせず、刀を掴む。鞘のひんやりとした感触が手に伝わる。


 そこで安心したのか、俺の意識は一気に闇へと落ち込んだ。



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