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灰色の境界  作者: 宵時
第一章「だから、俺は殺す」「それでも、私は殺さない」
9/141

1-5 正義という名の罪

 急な鈍痛が襲いかかる。俺と師匠は、もう今更名乗られても困るくらい古い仲だ。

 師匠、もとい千影はリオンを遥か上空から見下ろすように睨む。

 リオンも静かな怒りの色を称えて瞳の光を強めていく。

 俺には何故ここで静寂たる戦いが始まっているのか理解できない。

「おししょうさまー」

「あ、亮だ」

「ほんとだ。りょーさん久しぶりー」

 今がお帰りらしい子供達が石畳の上を走って寄って来る。

 危なっかしいと思う暇もなく転んだ少年は綺麗な受身を取って反動で起き上がった。

 声がヒトを呼び、ヒトが声を放ってさらなる同胞を呼び出す。

 たちまち俺の周りには十数人の少年少女が集まっていた。

 千影がふっ、と息を吐き珍しく温厚な笑みを浮かべた。俺も一息吐く。

「ともかく、無事顔を見れて良かったよ。亮」

「ええ。師匠も壮健なようで嬉しい限りです」

「まるで怪我して寝込んで欲しいような口ぶりだな」

「そんな師匠は珍しいですから」

 和やかかつ、ところどころに棘のある物言いだが、いつものやり取りだ。

 幼少期からこうやって、何の気兼ねもなく話せている数少ない人物。

 一方で押し黙ったままのリオンが横目で俺を見る。

「……どういう状況なの?」

「いつも通りだ。師匠はこれで平常モードだからな。会うの初めてだよな?」

「ええ、まぁ……」

 子供達が「元気だったー?」「最近来なかったのはなんで?」「ひょっとして彼女さん?」

「それとも補習漬けー?」などと好き勝手に並べ立てているのに適当に答える。

 刃助や遥姫と紡ぐ偽りの〝日常〟そして彼ら幼いものの純粋さに対して苦笑するのもまた、彩られたもの。

 追随して質問を投げる子供達の注目を集めるように千影が手を叩く。

「ほらほらお前達。折角だから亮に相手してもらいなさい」

武舞(ぶぶ)やるのー? やるーっ!」

 口々に元気よく答える少年少女。

 自動的に俺が意見を挟む時間は省略され、無数の手によって道場へと引き連れられる。

 されるがまま、歩き出して背後のリオンへと声を投げておく。

「どうした? お前も来いよ」

「私は……」

「いいから」

 リオンと千影の間にどんな因果があるかは知らない。

 だが、リオンがもたらした情報と千影から伝えられていたことの差異を確かめるにはいてもらわねばならない。

 いや、俺はもっと別のことを確かめたいのだ。

 彼女が〝彼女〟ではないという確たる証拠が欲しいから。

「帰りは紅狼に送らせる。それで問題ないだろう?」

「え……ええ、はい」

「しっかり相手をしてやれ」

 千影の言葉に頷く。引き連れられて歩くという、非常に不安定で転びそうな姿勢のままで石畳を踏み、砂利をかきながら離れを横切って道場の方へ向かう。

 油を撒いて火を点ければ盛大に燃え上がりそうな外観の木造道場だが、内装はコンスタントに変えられ、何度も補修と修繕を受けてもっている。

 聞くところによると先々代から受け継いだものだというので、相当なものだろう。

 いっそ取り壊して建て替えれば、とも思うが安全さえしっかりしていれば問題はない。

「亮、はやくー」

「何人でやるの? ひとりずつ?」

「でも亮つよいからなー」

 口々に捲くし立てる少年少女に引かれていた手を一旦離し、靴を脱いで道場へ上がる。

「きちんと着替えろ、虚けめ」

「……分かってますよ」

 千影が放って寄越した足袋に履き替え、上着だけ柔道着を羽織った。

 期待の目を込めて格闘少年と少女がそれぞれの可愛い胴着の着崩れを直したり、帯を締めたりしているが何となく優しいことにはならない気がする。手加減はできそうにない、というか。

「さて、準備が出来たものから上がれ。武舞は十対一で行う」

「じゅったいいちー?」

「亮大丈夫なの?」

「構わないな、亮」

 念を押されるが、意志は最初から聞かれていない。

 そんなことは最初から分かっているので、俺はただ頷くだけ。

 感覚を確かめるように床を踏み鳴らし、構える。

 準備運動を終えて上がってきた子供達が俺の周りを囲んでいく。

 少し離れた位置に千影が立ち、その隣にリオンもいた。

 少年少女は千影の号令を今か今かと待ち構え、そわそわしている。

「武舞、達成条件は来々(くるるぎ) 亮を転倒させること。総員、構えっ」

 (しん)、と張り詰めた空気が流れる。僅かながら高揚を覚える自分がいた。

 命を削りあう、大切なものを奪い合う戦場をこの魂は望んでいる。

 深く息を吐いて吸う。自らを戒め、また思い返す時間を与える。

 ここは戦場ではない。殺し合うのではなく、戦い競い合う舞台。

 そして相対するのは未来を担う、守るべき存在。俺に与えられた役割は、打ち倒すのではなく。

「始めっ!」

 よく通る声で千影が合図を放った。

 幼いながらもやる気と熱気に満ち満ちた咆哮が響き渡る。

 並び立つ少年少女十二人を相手に俺は短く息を吐いた。

「やあっ」

 元気な声と共に前へ突き出された拳を回避、即応して追随した裏拳を右肘で受けて流す。

 防御のタイミングを狙った蹴りを左の膝で抑えてから踏み込みを強くして息を吸う。

「せいっ」

 少女の飛び蹴り、を俺は背中で受けながらも揺るがない。

 別の少年が足払いをかけるも、俺は跳躍して回避。

 追撃を加えようとしていた少年達が標的を失い、各々の顎を打ち抜く。

「あっ……」

 小さく声と共に後悔の念が生まれるも、もう遅い。遠慮なく互いの顎を打ち鳴らし、恐らくは目の前にたくさんのお星様が浮かんでいるであろう二人の少年は、二回三回と首を回して糸の切れた操り人形のように倒れてしまった。

 残った少年少女達が気圧されたようにたたらを踏む。

()じるな。ここで引いてしまえば、守りたいものは守れんぞ」

 冷たく鋭く、千影が言い放つも子供達は動かない。

 呆れたように溜息を吐くと、千影が軽く首を回し、肩を回し始めた。

「仕様のないやつらだ」

 すっ、と千影の姿が消えた。と、感じた瞬間に肘を縦に構える。

 みしり、とひしゃげる音が聞こえてきた。

 深く腰を落とした姿勢から千影が右拳を突き出している。

「ふむ、衰えていないようだな」

「た、りまえですよっ」

 押し戻して跳ぶ。距離をとった後で、また目前から千影がその長身を消す。

 より高い跳躍と共に踏み込んだ一撃を風が受け流すがごとく、回転で避ける。

 が、余波で床板に穴が開いた。肝を冷やすも、安心するにはまだまだ早い。

「脇が開いているぞ」

 鈍痛。己の肉体が空気をかき乱していくのを感じながら、俺の両目は回転を込めて拳を振りぬいた千影の目を正面から睨んでいた。壁に両足で着地、反動を利用して跳ぶ。

 最初から予測していたように、千影は構えている。

 どこからでもかかってこい、と薄く微笑んだ唇が語っていた。

 真っ直ぐ、一直線に飛び込んでいく。

 着地の勢いを利用した踏み込みは床を軋ませるだけ。

 地に着いた瞬間を狙われ、払いに来た足をどうにか踏み込んだ足で受けるも、痛みが骨にまで響いてくる。

 対して放った手刀は空を切り、放った直後の硬直に腹へ蹴りを叩き込まれた。

 が、寸前に左手で受けたのでどうにか意識の綱は握ったまま。

「少しは、成長したようだな」

「お褒め、に預かり、光栄です、よ」

 千影が足を下ろす。まだ安心できない。

 構えたままの俺を見て、満足したように頷くと背後で傍観していた子供達が一斉に拍手し始めた。

 大音声に包まれ、鼓膜だけでなく少し痛んだ箇所まで辛くなっている。

 一つ深呼吸して精神状態を落ち着けていく。

 千影は集まってきた子供達の頭を撫でてから、衣服の乱れを直し外へと促している。

 首を回して各部の調子を確かめていると、視界の端に表情を曇らせたリオンの姿が。

「リオン?」

 名を呼ばれてから気付いたように、リオンが顔をあげてぎこちない笑顔を浮かべる。

「す、すごいね。亮と、お師匠さん?」

「千影でよい。別段、頭だろうと気遣う必要などない」

「は、はい。千影……さん」

「まぁ、構わないだろう」

 息切れすらしていない千影に、リオンがおずおずと答えた。

 気にも留めずに、千影は大方の子供達を返して、見送る。

 遠くで糸目の青年がこちらに手を振っていた。

「晴明さんも仕事終わりですか?」

「ああ。子供達を見送ったらすぐに戻るだろう。先に食事でもどうだ」

「誘い、ではなく〝意味〟があるから呼んだのでしょう?」

「分かっているじゃないか。そっちの娘も食っていけ」

 有無を言わさぬ物言いもいつも通り。

 だが、何もかも初めてなリオンにとっては強烈だったらしい。

 そそくさと母屋へ戻る千影に返事すらできないでいる。

「リオン」

「あ、うん。その、何だか圧倒されちゃって」

 照れ笑いを浮かべるも、目は笑っていないように見えた。

 単なる賞賛や憧憬ではなく明らかな〝敵意〟が混じっている。

 どうして、とは尋ねない。ただ、促すように肩を軽く叩く。

「行けば、分かる」

「うん」

 一言だけ交し合い、共に道場を出る。先にリオンを行かせ、俺は当たり前にやる流れ作業のように門戸を閉めて、古めかしい南京錠を取り付けて鍵をかけた。




 夕食をもらった後、俺とリオンは十人は囲めそうな樫製の机の前に座っていた。

 並んで座るリオンと俺の対面には澄ました顔で湯呑みを手に取る千影と、バラエティ番組を見ながらビール缶片手に呵々(かか)と笑う男の姿。

紅狼(くろう)、そろそろ切れ」

「いいところなんだけどなァ」

「後で送るんだ。外に出て酒気を抜いて来い」

「へーへー」

 手をひらひらとさせて出て行くのを、俺は苦笑いを浮かべつつ見送る。

「紅狼さんも相変わらずですね」

「ああ。人とはそうそう変わらぬものだ。私も、お前も、な」

「ええ。変われないからこそ〝俺達〟がいるんですから」

 視線を合わせることなく千影はさらりと言い切った。

 リオンが口を開けようとしたところで、目の前にコースターが置かれる。

 続いて麦茶が注がれたコップが置かれた。揺れてぶつかり合った氷が軽い音を立てる。

「やぁやぁ、亮君は久しぶりだね。で、その子が噂の〈蒼の死神〉かな」

 自分の分もおいて柔和な笑顔を浮かべた男が千影の隣に腰を下ろす。

晴明(はるあき)さん、仕事の方は?」

「それなりに。上手く地域と適合してやらせてもらっているよ」

「世間話はいい。亮、聞きたいのはもっと別のことだろう?」

 叱責されるように会話を打ち切られる。晴明も笑ったまま硬直していた。

 とりなすように千影が一つ咳を吐く。

「さて。改めて紹介しておこう。彼が〈紅の死神〉来々木 亮だ。担当はアルメリア」

「師匠や紅狼さんには及ばないけど、な」

 謙遜して言っておくが、鼻で笑われただけだった。

「私の隣にいる糸目の優男が、夫の坂敷 晴明だ」

「ひどいなぁ、千影。僕も好きでこんな目をしているわけじゃないんだ」

「ど、どうも」

 多分晴明は困ったような笑みを浮かべているんだろうが、ぱっと見では違いが分からないだろう。

 セミロングほどの黒髪にいつも笑っているかのような細い目。

 薄い唇からあからさまな溜息を吐くが、千影は小さく笑うだけだった。

 そして二人の視線がリオンへと向けられる。

「えっと、その新しく〈蒼の死神〉として参加させてもらいます。リオン・ハーネット・ブルクです。

以前はウランジェシカ帝国で武具の試験テスト要員をやってました」

「武器の扱いやルートを良く知っている、とのことで招聘(しょうへい)した。それで、

亮は私にどんな疑問があるんだ? 雇った理由か、それとも別に気になることがあるのか」

 率直な問い。ならば、俺も率直に投げるしかない。

「そこの、リオンから聞きました。各国の〈死神〉を全員集めるそうですね」

「言わなかったか?」

「聞いていません」

 さらりと言ってきたので、きっぱりと切り返してやる。

 千影はちらりと晴明を見るも、晴明も自分に振るなと言いたげに首を振った。

「忠国とロスシアのあった大陸にも不穏当な動きがあると聞きます。今の情勢でアルメリアに

灰絶機関(アッシュ・ゴースト)〉の最高戦力を集める、ということは相応の事態だと取りますが」

「その通りだ。亮、お前が危惧した通り旧ロスシア、忠国で大規模な地殻変動はあったが、

今回のことには関係ない。あるとすれば、あれはイズガルトの問題だからな」

「どういうことですか?」

 学校の授業における世界史で見通せるものは、あくまで世間的に伝えてもいい情報に過ぎない。

 それらは既に誰かの手による検閲を受けて都合の悪い部分は削除されている。

 例えば、露日事変を経て英雄として祭り上げられているアルメリア王の存在も。

「人の、見える範囲掴める範囲でしか情報の信憑性は見えない。これは、所詮伝聞で与えられようが

情報自体が自己認識でしか受け入れられないと、本能的に規定しているからだ」

「分かっていますよ。表側に伝えられるものなんて、虚実交じりでしかない」

「そう。国内の情報統制はアルメリア王だけでなく我々〈灰絶機関〉も行っている」

「与えられるだけでなく、自ら道を切り開く。師匠の口癖ですよね」

 千影が頷く。めぐるましく変わる世界で、情報は武器であると同時に自身を蝕む毒でもある。

 何が正しくて何が間違っているのか、判断を他者に委ねる時点で、その情報は真実とは言い難い。

 かつてある賢君が言ったように、人は己の知りえる世界しか認知できない。

 利権のみしか考えない連中が駆逐され、〈灰絶機関〉の人員に置き換えられたのも、それでいて世界の実権を握っているわけでもなく、あくまで世界の秩序を守るために動くことを目的としていることも、普通の人間には伝わらない情報だ。

「そうだな。ウランジェシカについては、そこの娘の方が詳しいだろうが、兵器産業で

もっている国だ。加えて、ロスシアと忠国が共同開発していた人造兵器も流れていると聞く」

「本当、ならば先に手をつけるべきはそちら側の殲滅では?」

「いや。まだそこは調査中なんだ」

 晴明が割って入る。

 こういう話は、そもそも地元の人間に聞くべきかと思ったが、リオンは特に口を挟む気配が見えない。

 言葉を続けようとする晴明を手で遮って、千影が口を開く。

「さっきも言ったが、情報共有は人間関係と直結する。信頼できるから、その情報も

信頼できる。私は、私の同胞である〈灰絶機関〉を信じているし、その存在は混迷する

世界の中で必要不可欠だと考えている。だからこそ、私が作り出したのだからな」

「呪われた子供達(クラッドチルドレン)

 ぽつり、とリオンが呟いた。

 千影が湯呑みに口をつけて、机に置く。リオンがさらに続ける。

「そもそも、クラッドチルドレンって何なんですか。何故私は、

あなた達はテロリストまがいの行為を平然とやっているんですか!」

「テロリストって……」

「違うんですか?」

 リオンが言葉を挟んだ晴明を睨む。

 動じることなく、千影はほぅ、と息を吐いた。

「世界中に点在する、人の身でありながらあらざる力を持つ子供。

二十年という限られた命しか持たぬもの。それを私達はクラッドチルドレンと呼ぶ」

「……私も、その一人だと言いましたよね。それも、強大な力を持つという」

「そうだ。現代における四人の限られた、特異な力を持つ超越者。それを〈死神〉と呼ぶ」

「呪われているから、短い命だから何をやってもいい、ってことですか」

 リオンの問いは続く。

 その低い声は火山の底に眠るマグマのような憤怒の色合いが見えていた。

 長く、ゆっくりと千影が息を吐く。

「力の有効活用、だ。我々が、我々の力で、なし得ないことをなす」

「〝世界の灰色を全て駆逐する〟ですよね。改めて言いますけど、傲慢ですよ」

「ならば貴様はあのまま、利権者が貪るままに国が死ぬのを見届けろというのか?」

「違います。でも……」

 下唇を噛み、リオンは押し黙った。

 俺は一つのことを思い出す。

「師匠。ウランジェシカもかつては南北に分かれて内戦やってましたよね」

「ああ。北部側は油田を、南部側は鉱脈を盾に争い食い合っていた。

あれも結局は独占したいがためのくだらない政争だったな」

「だから〈灰絶機関〉が叩き潰した」

 千影が頷く。戦いを引き起こすもの、戦いを幇助するもの。

 放逐すれば幾千幾万もの命が失われ大地が疲弊していく。

 繰り返される歴史の中で、常に人間は戦い続けている。

「よもや、戦争で親を失った、とは言うまいな。貴様の過去は調べているぞ」

 脊髄反射で問いたい気持ちを、必死に押さえ込む。今は、その時ではない。

 リオンが何に対して怒りを覚えているのか。

 ともすれば〝叩き潰す〟ことを、武力行使を糾弾しているのか。

「いえ。ただ、間違ってる。当事者が終わらせるべきことに介入するなんて」

「そうしなければ、より多くの死者が出たかもしれないのに?」

「結果論じゃないですか! だからといって罪を犯していい理由にはならないっ」

「なんだ、そんなことか」

「そんな、こと……?」

 驚いたように目を見開くリオンを前に、千影は自嘲気味に笑った。

 俺も嘲笑(わら)う。純粋だ。リオン・ハーネット・ブルクという人物は真っ直ぐすぎる。

「貴様は大きな勘違いをしている。当事者で終わらせられないから、我々が終わらせるのだよ。

ウランジェシカは恐らくどちらかが滅ぶまで戦争を続けていただろう。

ならば、さっさと頭を潰して終わらせてやった方が多くの命が救われる」

「だから、結果論です!」

「そうだな。確かに貴様の言う通り、我々の行為はテロかもしれない。ならば、

オーリェンのように神はここにおられます、祈りましょう。などと戯言を垂れ流すか?」

「そんなつもりは……」

「正義、なんてものは得てして傲慢なものなんだよ。情報の真偽と一緒だ。

結局、その答えは個人の中にしか存在し得ない」

「だって、あなた達が殺した人にも家族がいるんですよ」

「ああ、そうだな。その通りだ。だから、全員が助かる方法を考えましょう、と?」

「殺す、必要なんて……」

「ある。断言するよ」

 反論を許さない声色で千影が告げる。俺も、ただ頷くだけだった。

 言葉を挟む余地なく、俺は千影の信条に自分の信条を重ねている。

「人は変われない生き物だ。自分がそうして生きてきたのだから、諭されようと

裁かれようと生き方を変えるのは容易ではない。再犯率を考えても分かるだろう?」

「でも、実際に更生できている人もいるわけで……」

「だから、その枠組みを越えて外れたものを駆逐しているんだよ。麻薬常習者、裏金、

献金。汚職、談合。諸々の裏取引や、金儲けのために人の命を売り、武器を売る死の商人」

 繰り返される悪意と、ばら撒かれる害意。巡り巡るならどこかで断ち切らなければならない。

 自らが断ち切れないのならば、誰かの手によって断ち切らなければならない。

「それでも、どうしてクラッドチルドレンがその役割を持つことにっ!」

「力を持つものの義務だ。旧日本の連中は権力を持ちながら、己の私腹を肥やすために

多数を蔑ろにした。そんな自己中心的なものは、鏖殺されても仕方ないじゃぁないか」

「そ、れこそ……傲慢で、自己中心的です!」

「何度も言わせるな。正義とは、そういうものなんだよ」

 そう。そこに帰結する。

 力を持つ者が、正しく多数のために使うのではなく個人のために使い潰した。

 旧日本の政治家がそうであったように。

 ウランジェシカの油田王や鉱山王が、己の利権だけを求めて争ったように。

「理想だと思うか。綺麗事かと思うか。それでも、我々は力を持って生まれた。短い命と

引き換えに人より優れた力を得た。ならば、死ぬまでにその力は使い切るべきだろう。

最高に価値ある方向で、意味を残して死ぬべきだろう。それとも、無意味に死にたいか?」

 リオンは答えない。答えられないのだろう。

 力を持つものが、全体奉仕のために力を使う。そうでないものを滅ぼす。

 たとえ、それが罪だと言われようとも力を持って変えられないものを破壊する。

 俺は、自分が〝そのためだけに使われる存在〟だと捉えている。だからこそ、高揚していた。

 そんな力を持つ〈死神〉が招集されなければ立ち向かえないほどの困難。

「正義の味方、なんてものは物語にしか存在し得ないよ。現実は、どこまでも残酷だ」

 千影の言葉に迷いはない。俺も小さく頷いて肯定する。

 自分が、正しいなんて思ったことはない。

 人を殺すことは殺人という罪だ。

 俺達が裁かれないのは、今のアルメリアや世界が〈灰絶機関〉という抑制装置を必要としているからだ。

 実際に〈灰絶機関〉によって救われた国があり、人々がいる。

「裏側に、悲しむ人がいることなんて分かってる。それでも、変わらない結果を、

終わらない輪廻を終わらせるには根源を断つしかないんだよ」

 即ち、殺すということ。命を終わらせることで、完了とする罪の清算。

 変われないのなら、終わらせるしかない。

 人を殺すのが罪だというのならば、終わらせずに放逐することで生まれる新しい被害者はどう守られるのか。

「それでも、私は……」

「いい。どんな信条を掲げようが、任務をこなせるならば構わん。が、責任は負ってもらう」

 沈黙に支配される。

 〈灰絶機関〉が掲げる〝罪の根源を排除する〟ことは、死罪による清算。

 即ち、罪によって罪を殺すという矛盾によって成立しているのだった。

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