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灰色の境界  作者: 宵時
第四章「……ええ。時を経て、俺は殺人者になった」 「〝英雄(ヒーロー)〟とは言わないのだな」
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4-16 魂が堕ちる音

 遠くで皿を片付ける音が鳴っている。

 特別豪勢でも質素すぎるわけでもなく、主菜と副菜に汁物という至って一般的なアルメリア式の食事をほとんど会話もなく完食した。刃助が場を和まそうとオーバーリアクション気味に反応し紅狼と意気投合したり、晴明が照れくさそうに笑ったりしていたが、それだけ。セラの言葉が響いているらしい。

 時間だけが淡々と流れ続けている。

 千影が茶を(すす)る音がやけに大きく鼓膜を叩く。

 何を話すべきなのか、話すつもりだったのか全く筋を立てられない。

 かといって遥姫や刃助もどう言葉を引き出すか考えあぐねているようだった。クレスやリオンにしても同じ。元より、俺が招いたのだから俺が切り口を探さねば意味がない。

 いや、そもそも本当に彼らに話す必要があるのだろうか。

 ことり、とセラが自らの湯呑を机に置く。宝玉よりもなお強い輝きを放つ碧眼が貫くように俺を睨んでいた。ルージュをひいたわけでもないのに、(あで)やかで人を惑わず吸淫力を持つ唇が動き、言葉を生み出す。

「来々(くるるぎ) 亮、このまま無為の時を刻み続けるつもりなのですか」

「いや、その……タイミングというか、きっかけを」

「では、どうぞ。さあ、どうぞ」

「どうぞ、って言われても」

 続く言葉が浮かばない。思考がまとまらない。何故だ。

 覚悟して迎えたはずだ。少なくとも先程までは確実に、口にしようとしていた。

 俺達は〈灰絶機関〉、更生不可能な灰色を死滅させる存在であり、平和維持の名目で暗躍している王直下の殺人者なのだと、その王ですら罪だと認めれば殺すのだと。数えきれない人間を、その罪ごと滅してきたのだと告げるはずだった。

 言葉を(つむ)げず、間抜けに魚が餌をねだるように俺の口は開け放たれたまま。セラが大袈裟に溜息を吐いた。普段は見られぬ、やけに人間臭い動き。

 そう、かつてセラが〈渇血の魔女(ワルクシード)〉とクレスの因縁を語った時に見せたもの。

 真正面から誰かを糾弾するために射出される、必中の刃を放つ前兆だ。

「貴方は今、真実を語る必要があるのか、疑問に思ったのではありませんか」

「……何を言っているのか、よくわからないが」

「飽くまで気付かぬザル演技を続けるのであれば、代わりに私が語りましょう。

何者であるのか、何を為してきたのか、これから何を行うのか余さず全てを」

 唾を飲み込む。全てを見透かされている。

 セラの言葉通り、ただ食事をし時間を過ごすならば連れてきた意味はない。

 彼らが望むならば真実を伝えなければならない。それが、どれほど汚く当人が聞きたくないものであり知りたくないものであっても、望まれるのであれば。

 揺らいでいるのだ。この期に及んで、まだ俺は迷っている。

 セラが冷徹に言葉を連ねていく。

「代弁して差し上げましょう。貴方は自身の心を疑っている。

勝手な思い込みで、そこまで深刻な状況ではないのではないか。

語らずとも済むのではないか。これまで通りに誤魔化せばいいのでは

ないか。彼らも、本当は知りたくなんかないのではないか」

「あの……」

 刃助が挙手した。一応、先刻叩きつけられた言葉を考慮しての行動らしい。

 セラの視線が動き、見られた刃助が巨獣に睨まれたように身を(すく)ませる。

「そう恐れる必要はありません。どうぞ」

「で、では僭越ながら。誤魔化す、というのはどういった意味で?」

「言葉通りです。彼が、来々木 亮はこれまで

偽りの仮面を被っていたということです」

「それ、は俺達を騙して嘲笑っていた、みたいな

ドラマにあるものなんです、か……ね?」

「……それは、どうでしょうね」

 碧眼がまた俺を貫き刺す。違う。そんなことはない。

 千影や晴明、剣聖・相滝(さがたき)の言葉が蘇る。痛いほど奥歯を噛む。

 彼らは日常の象徴であり、守るべきものの価値を常に教えてくれた。

 目の前にある笑顔を守るためなら何でもできた。

 違う。守るべきものに罪過を押し付けるなどもっての外だ。

 突き詰めれば刃助や遥姫も切り取られた〝日常〟の一部に過ぎない。

 守るべきものの末端に過ぎない。最優先にするべきものではない。

 否、優先してしまうのは安心を預けてしまったからだ。

 彼らならば理解してもらえるかもしれない。命を切り裂き、吸い取り続ける血塗られた人生でも頑張っているよと、間違っていないよと後押しをしてくれるのだと信じ込んでいる。彼らだけは裏切らない、全部を受け止めてくれる。

 裏返せば、それだけ俺自身が〝否定される〟ことを恐れていることの証左。

 そうだ。そうなのだ。

 ようやく口火の言葉が浮かんだ。続く言葉も湧き出て溢れていく。

 静かに(まぶた)を閉じ、数瞬の闇を受けて開く。不安げな刃助の顔があった。

「刃助。俺はいつだって、真っ直ぐお前に向かっているさ。

あの日、お前が俺の目を覚まさせてくれたから全部をぶつけられている」

「そ、そうだよな。俺達の間に隠し事なんて、ないよな」

「ああ」

 短く、嘘を吐く。呼吸するように、当たり前に自らを飾り立てる。

 単純な話だ。伝える必要がないから口にしなかっただけ。

 つまるところ、俺自身が日常と非日常の間に境界線を引くために、無意識に情報を追いやっていただけだ。その場に応じて必要なものと不必要なものに振り分けていただけだ。

 変わらないものは、どう足掻いても変えられない。

 そう理解しているからこそ、俺はずっと偽り続けてきた。

 笑う。微笑みではなく、自らの愚鈍さを呪い嘲笑(わら)う。

 刃助が表向きだけの笑みを捉えて、屈託ない朗らかな笑顔を浮かべた。

「あれだよな。きっと仕事に関して打ち明けてくれるんだろ? 

ずっとリオン嬢とだけ仲良さそうに情報共有してたみたいだけどよ、

力仕事なら任せてくれよ。なっ!探偵みたいなやつならお手上げだけどよ」

「ああ、そうだな」

「それと、いい加減リオン嬢とどんな関係かもだな……姫も、きっと」

「わ、私はべ、別にそんなこと……ただ、もっと亮くんを知りたくて」

 刃助にせっつかれ、頬を赤く染めて恥じらう遥姫。

 痛い。心臓が締め付けられるように、握り潰されるかのように。

 だが、きっと俺自身も同じ痛みを与え続けてきたはずだ。思い込みではなく、そう確信できる。確信しなければ一生踏み出すことなんてできない。

「知ること、それは最も罪に近い行いであることを理解していますか」

 冷たい声が和みかけた空気を一瞬で凍結させた。

 セラが遥姫を見つめ、負けじと遥姫もセラを睨み返している。

「どういう、意味ですか」

「ヒトは権利だと振りかざし、隠されたものを知ろうとする。その割に、知った結果が自分の望むもの、或いは抱いた幻想と食い違うと嘘だ虚偽だと騒ぎ立てる」

「私は、そんなこと――」

「では、受け入れられるというのですか。どれほど残酷で、凄惨で信じ難いことであっても、ただ一つの揺るぎない真実だとして受け入れることが、できますか」

「……当然、です。でなければ、ここにはいません」

「そう、ですか」

「ええ。脅しかどうか、分かりませんけれど私は、全部受け止めます」

「そ、そうだ! 俺だって恨み辛み全部を受け入れてやるさ。親友だからな!」

 遥姫の後押しをするように刃助が叫ぶ。

 セラは瞼を閉じ、ゆっくりと頷くだけ。

 その行為にどんな意味があるかは分からない。

 千影や紅狼が何も言わないのも、恐らくそのまま受けていいのだろう。

 刃助が俺を見る。口にした言葉とは裏腹に期待と不安を半分ずつ込めた視線で。

 遥姫も俺を見ている。彼女の大きな黒い瞳に不安の色はなかった。

 俺は続くべき言葉を吐き出していく。

「遥姫、以前聞いたよな。これから、どうするのかって」

「……うん。亮くんは、答えてくれなかったけど」

「遥姫は医科大学へ進む。刃助は、まぁ……適当にやれるだろ。人脈広いし」

「失敬な! これでもきちんと考えてはいるのだぞ。亮だって――」

「俺は、駄目なんだ」

 刃助の言葉を遮って、切り捨てる。まだ俺は言葉の刃を振るい続ける。

「俺は二十歳の誕生日を迎えた瞬間、死ぬ。そういう、運命なんだよ」

「おい、亮さんよ……流石にそりゃ悪い冗談だぞ」

「大真面目だ。俺もリオンも、クレスも、そこのセラも……同じ運命を背負っている。それがクラッドチルドレン、世界に嫌われ否定された呪われし子供達なんだ」

 言い切れた。辺りを見渡し、それぞれの表情を伺う。

 クレスは困ったように笑っていた。リオンは申し訳なさそうに俯いている。

 セラは我関せずといった調子で湯呑に視線を落としていた。

 机を叩く轟音。地震でも起きたかと思うほどの振動が伝わってきた。

「なんだよ、そりゃあ……劇の話でも続けるつもりなのか、ええっ!」

 リオンが素で驚き、バランスを崩して後ろに倒れかける。さりげなくクレスが背中を支えて転倒を防いだ。いつもならば刃助の役目だった。

 遥姫も目を見開いている。が、それは予想外の答えに対するものではなく純粋に刃助の行動に対して向けられた反応に見えた。ああ、俺の精神も冷え切っている。

 刃助が席を立ち、凄まじい剛力で右手だけで俺を持ち上げる。

 宙づりにされた状態で俺は引き上げられた地点で刃助と視線を交わす。

「……姫が、いつもどんな気持ちでお前を見てたのか。

知らないとか、分からないとは言わせないぞ」

「ああ、知ってるし理解してる。だから、言わなかったんだ」

「それは、隠してたってことじゃねぇか! 何故だ、何故――」

「語っても現実は変わらないし、刃助に変えることもできないからだ」

「お前っ!」

 殴り飛ばされる覚悟はできていた。実際に刃助の左手は拳を作って、上方向に投げられ軽い浮遊感の後、痛烈な衝撃と共に壁に叩きつけられていただろう。

 意味はない。理不尽な暴力は俺にダメージを与えるだけで現実は哄笑(こうしょう)するだけだ。

 だからか、俺の体は地に落ちただけだった。

「なんで、そんな……そんな、大事なことを……」

 後の方は涙まじりになって不明瞭になりつつあった。それでも俺の鼓膜を確かに叩いた音は情報として脳に届いた。返す言葉は、ない。

 代わりに用意していた言葉を重ねる。

「師匠も、紅狼さんも元クラッドチルドレンだ」

 自分が座っていた席に戻ろうとしていた刃助が振り返り驚愕の表情を見せる。

 名指しされた当人達は軽く肩を竦めるだけで多くを語ろうとはしない。

 そう、語らなくていい。さらに俺の声帯は事実だけを生み出す。

「聞いての通りだ。呪いから解き放たれる方法は、ある」

 また皆の表情を探る。セラは静かに茶を啜っていた。千影も同じ。

 紅狼は薄く笑うだけ。クレスが言葉を生み出すまいと唇を噛んでいた。

 リオンは俯いたまま。今度は意味合いが違う。何かに怯え、抑え込んでいるかのように自分自身を()き抱いて震えている。今は触れるまい。

「だが、俺は望まない。俺にはこれ以上、幸福になる権利はない」

 止まらない。止める必要がない。

 遥姫の気持ちには気付いていたし、気付いていたからこそ赦されないと思った。

「〈灰絶機関(アッシュ・ゴースト)〉」

 禁断の言葉を世界に晒す。本来、仲間内以外では現れない言葉。

 現れるのであれば、それは存在そのものが疑われ一笑に付されるような宴席でしか許されないはず。空想の産物、よくできた怪談話に近い。

 クレスが、リオンが顔をあげる。千影と紅狼は大きく頷いた。

 既に許可は取れている。

「俺達が、〈灰絶機関〉だ。アルメリアの悪を殺す者達だ」

 轟音が響くことはなかった。俺が吐き出すのは全部が事実だ。

 揺るがず、覆らずありのままでしかない。変えられない現実だった。

 刃助はきっと振り上げた拳をどこに落とせばいいのか分からないだけだろう。受け止めると言ったのだから、受け止めるしかないのだ。

 吠え猛っても俺を殴っても、俺が殺人者である事実は変わらない。

「〈灰絶機関〉って、あの〈灰絶機関〉……なの?」

 震える声で問いを投げたのは遥姫だった。

 俺は真っ直ぐに潤む大きな黒瞳を見据えて頷く。

「罪を犯した人を、更生できないと判断した人を……」

「殺害する。二度と同じ罪を生まぬように命ごと刈り取る」

「……皆、そう、なんですか」

 問いに答える者はいなかった。代わりに俺が繋ぐ。

「リオン以外は、多かれ少なかれ殺している」

「亮くん、も……」

「殺した。数えきれないほど、殺してきた」

「どう、して……」

 遥姫の問いが途切れる。かつてリオンがぶつけたものと、多分同じ。

 人が何故人を殺すのか。怨恨、欲望、一時の激情と理由は様々だ。

 ただどんな理由を並べ立てようが変わらないものがある。

 殺される側と殺す側が存在すること、結果として命の喪失があること。

 人間社会には法律というものが存在する。人がヒトとして当たり前の人生を生きるために遵守すべき事柄であり、また守ってくれるもの。そして、時に牙を剥くモノ。法律があれば罪など生まれない、という幻想はこの世界のどこにもない。

 今この瞬間もきっとどこかで人が殺され、権利を侵害され、ねぶり犯されている。ヒトが存在している限り、罪は生まれ続けている。

 あらゆるものが入り込む余地などなく、ただ自然に溢れ続けているのだ。

 それらを今ここで言葉にしてぶつけ、垂れ流しても意味はない……と思う。

 代わりに自らを語る。クレスとセラが知られざる世界を語り合い、痛みを分かち合ったように、或いはリオンが亡き両親への想いを吐き出したように。

「許せないモノがいた。ソレは、法というルールを破り

罪を償ったとされながらも、なお罪を犯した者だった」

 最初に俺が殺した者を思い浮かべる。俺が、一番守りたかったものも共に並ぶ。

 今も瞼を閉じれば鮮明に蘇る。雪景色と、白を染める紅、そして消え逝く少女が遺した言葉が……心臓を穿(うが)ち、俺を現世に繋ぎ止めていた。

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