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灰色の境界  作者: 宵時
第一章「だから、俺は殺す」「それでも、私は殺さない」
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1-4 灰色を絶滅させるもの

 授業が終わり、教師が端末を脇に抱えて教室から出るのすら待たず、クラスメイトが集まってきた。

 主にリオンのところへ、必然的に俺の席にも押し寄せてくる。

「ねぇねぇ、本当に呼び捨てでいいの?」

「あら、アルメリアでは親密な相手としか呼び合わないのかしら?」

「その、ね?」

 何人かの女子生徒がアイコンタクトを取ってから照れ臭そうに笑っていた。

 別段幼馴染だとか、兄弟ならば名前で呼び合うことに抵抗感はないのかもしれない。

 が、どうにも古い慣習が残っているせいで生徒達は戸惑っている。

 余りにオープンすぎるのもどうかと思う。

 裏側で蠢く存在だから、という意味合いもあるが。

「強要する気はないの。だから呼びやすいように、気軽に接して欲しいかな」

「じゃあ、ハーネットさんの出身地はっ」

「はい、ファミリーネームは禁止ね。名前で呼ぶこと! さん様ちゃん何でもいいからっ」

 さっき呼びやすいようにやれ、と言ったじゃないかとは突っ込んでやらない。

 俺は小さく息を吐く。このやり取りは既にやったので別段興味はない。

 知れば、それだけ苦しくなる。仲間として戦い、途上で別たれる時にも、敵対する時にも。

 適当に聞き流していると思わぬところから質問が襲来してきた。

「俺、昨日来々木がリオンちゃんと一緒にいるところ見たぜ」

「嘘っ! 来々木君、そこのところどうなの?」

「どう、って言われても……」

 反応に困り、苦笑して誤魔化す。

 そういえば転入生やら美女やらにうるさい刃助が静かだ。

 ……と思ったら何かを堪えるように顔を真っ赤にして打ち震えている。放置決定。

 一方の遥姫(ようき)はいつ助け舟を出すか考えあぐねているようでおろおろとしていた。

 参った。街中だけに、可能性は考慮していたが余りに早い。

 これまでの俺はおおよそクラスメイトと深い関わりを持たずに来た。

 そんな中で甲斐甲斐しくも付き合ってくれているのが刃助と遥姫だけ。

 恐らく周囲の認識も似たようなものだったはずだが、状況は移り変わっているらしい。

 今まで俺に興味を持たず、話しかけて来なかった連中が次々と質問を投げてくる。

「出会いはいつ!」

「どこまでいった? AかBかCか!」

「おいおいお前、月城とはどうなっているんだよっ」

「そうだそうだ、我らが遥かなる姫君を連れまわしておきながらっ」

 半分怨嗟に近い後半部分は無視しておく。

 どう答えるべきか。怒涛の質問攻めに遭いながらもリオンは的確に返している。

 横目で視線が合うとリオンは愉しそうに唇に笑みを乗せた。随分としつこい。

 下手に誤魔化すと逆効果か。少しだけ虚実を混ぜ込んでおくか。

「転入前に町を見たいと言われて、ね。たまたまだよ」

「くそっ! そんなラッキーがお前なんかに舞い降りるなんて」

「畜生……あてつけてアレな店まで案内して、もげろっ」

「勝手に人を遊び人扱いするな」

 下手すれば悪乗りされてリオンを襲った、だなんて変な情報を流されかねない。

 引きつった笑みを浮かべながらリオンを見ると、まるで言ってやろうか? とでも言いたげに唇の前で立てた人差し指を振った。大人しくしていた方が無難だろう。

「彼女がフランクなだけだよ。特別深い仲じゃない」

「そ、そうか……ならば」

「俺達にもチャンスはある、ってことだな!」

 そういうことは本人のいないところで言えよ。

 呆れながらも、薄々と刃助が何に耐えているのか分かった。なので放置しておこう。

 休み時間の質問タイムを妨げるように予鈴が鳴り響く。

「また後でね、リオンさん」

「来々木君との関係ももっと深く切り込んじゃうんだからね!」

「色々なところを案内してくれた恩人、ってところ」

 女子生徒の言葉にまた色々な意味合いに取れる答えを返して、リオンは綺麗に笑った。

 作られたものでも、誤魔化すわけでもなく純然に楽しんでいるように思える。

 彼女にとっては楽しんでいる、かもしれない。

 だが、俺からすれば平穏な学生生活へ土足で踏み込み荒らされたような気分だ。

 溜息が漏れる。悩みのタネは尽きそうにない。



 今日一日休み時間はほぼ全て質問攻めだった。昼食すら無理矢理教室で大勢と机を囲むことになった。

 久しぶり、という感覚だが存外悪い気分でもなかった自分に僅かばかりの驚きを覚える。

 そうした〝普通の人間〟としての感覚は磨耗していたと思っていたが、まだまだ残っているらしい。

 生徒達はそれぞれの日常に戻り、帰路にはいつものように遥姫と刃助が並んで歩く。

 だが空気は重い。俺の腕も重く、そして暖かさと柔らかさに包まれている。

「リオン……さん、歩き難いんだが」

「他人行儀な呼び方しないでよね、遠い仲じゃないんだし!」

「それは……いや、でも他人の目っていうのをだな」

「気にする必要があるの? どうして?」

 純粋無垢、といった調子で聞いてくるが目は笑っていた。

 遥姫が俯きがちになって小さく問う。

「来々木君、リオンさんって仕事仲間だって聞いてたけど」

「あー、えっと。これまで通信制教育ばかりで学校に通ったことがない、って言ってね」

「そうそう。だから、無理言って入らせてもらったの」

「本当に……?」

 顔をあげた遥姫が瞳を潤ませながら問う。若干後ろめたさを感じながらも、嘘ではない。

 大枠の関係性が既に嘘なのだから、ここで罪悪感を覚えてはいけない。

 彼らと付き合うことで日常を享受するとしても、裏側の世界には踏み込ませない。

 同時にどう取り繕っても俺は裏側の人間だ。

 曖昧な言葉でも、嘘による誤魔化しでも刃助と遥姫を取り込みたくない。

 これは、俺自身の我侭だ。だから。

「ええ。あなたが心配するような仲じゃないのよ、遥姫」

 俺が言うべき答えを取られてしまった。が、余計にこじれる気がする。

 途端に遥姫はあたふたとして、急いで目元をハンカチで拭うと照れ臭そうに微笑んだ。

「ご、ごめんね。来々木君っ、何だか早とちりしちゃったみたいで」

「え、いや……何も謝られることじゃ」

「ああ、もう! 貴様は姫に対する敬いの心がないのかっ」

 言葉に詰まっている間に刃助が割って入る。

 上手い切り返しが浮かばない。フォローの言葉が思い浮かばない。

 確かに配慮に欠けている、と言われればその通りだろう。

 余りにも脆く儚く、硝子細工のように力を入れ過ぎれば壊れてしまいそうな、そんな関係に思える。

 自らの意志で、手を赤く黒く染め上げた〈死神〉に声はない。

 リオンが、少しだけ羨ましかった。

 境界に関係なく、本当に楽しんでいるように思える。きっと俺には真似できない。

「……すまない。色々あって疲れた」

「まぁ、あれだけ質問攻めに遭えば流石に辛いか。だがな、もっと周りを見ても

いいと思うぞ。余りのオープンさに面食らった連中も多いようだし」

 同時にファンも沸いたようがな! と何に憤慨しているのか分からない刃助が語気を粗く叫ぶ。

 今日はべったりとリオンに張り付かれているが、いつもは刃助や遥姫と共に行動している。

 これに先程のやり取りを加味すると……行き着いたが、俺は一つ息を吐く程度に留めた。

「また、今度埋め合わせする」

「なんだ、今すぐでも構わんのだぞ?」

「今日は道場に顔を出さないといけないからな」

「ああ、そうか。そういえばしばらく行ってないな」

「また今度、時間が空いたらくればいいさ」

 頬を紅潮させ、俯く遥姫をよそに俺は刃助に遥姫を連れて先に帰るよう促す。

 また曖昧な笑みを浮かべる。顔を上げた遥姫が辛い、悲しい顔をしないように。

「色々慌しいけど、また明日」

「……うん。また、明日」

「ああ。刃助も」

「おう。ささ、お守り致しますぞ遥かなる姫君」

 もうっ! と照れと怒りが等分に含まれた調子で声を荒げながらも、笑みを浮かべて遥姫は刃助と共に夕刻の空の下、歩いていく。見送ってから、ようやく組んだ腕を解放し隣に立つリオンを見る。

「気付いてたの? 亮」

「何にだ」

「あの子の気持ちに」

「……意識しないようには、していたが、な」

 呼び捨てにされていることはもう無視しておく。

 元々呼ばれ方なんて然程気にはしていないし、師匠にも刃助からもそう呼ばれているから慣れている。

 下手に苗字で呼ばれるよりは大分気が楽だった。

「酷いのね。気付いておきながら、気付かないフリして」

「お互いのためだ。彼女は、俺と共に歩くには余りにも白すぎる」

「皮肉のつもり?」

 首を振る。別段、揶揄したり己を卑下したりするつもりもない。

 単なる事実を並べているだけ。日常に生きる者と、非日常に生きる者。

 交わるはずのない道が交わったとしても、決してよい方向に向くはずがない。

 どちらにせよ、終わることが確定されている身。そして、終わりに対して俺に抗う意志はないのだから。

「……行くぞ」

「どこに?」

「とぼけるな。お前の目的も同じだろうが」

「私は首魁様に用はないんだけど?」

 答えず、足早に歩き出す。ローファーがアスファルトを叩き、背後に連声して続く。

 すぐに追いついてリオンが隣に並んだ。

「本当に女の子に対する扱いがなってないね」

「俺には要らない機能だ。それとも優しくしてやった方がいいか?」

「ううん。ただね、どうしてそんなに自分を追い詰めるのかなー、って」

「今に分かる。お前も、師匠に会えば……」

 遥姫と刃助が歩いた道とは真逆を行く。

 車道を挟んだ大通りから、バス停を横切り山へ続く道に入る。

 普通はバスで行くような場所だが、生憎直近のバスは逃していた。

 夕方という時間帯を考慮すれば満員に近い乗車率を誇る車内より、歩いていく方が気が楽でいい。

「バス、乗らないの?」

「乗りたければ乗ればいい。悪いが、俺は人ごみが苦手なんだ」

「ふぅん」

 特に中身もない、図りようのない言い回し。だが、どうしても警戒してしまう。

 リオンが〝彼女〟に似通っているいないに関わらず、余りに感情的すぎる。

 加えて、それを隠そうとしない。まさにありのままを晒してしまっている。

 言動も、行動も真っ直ぐでそれでいて人を率いてしまう魅力を持っている少女。

 俺は知らず、唇を噛んでいた。ひりつく痛みに耐えながら歩を進める。

 綺麗に舗装された道路に沿って、強固なガードレールに守られた歩道が川のように延びていた。

 都会の風景から遠ざかり、視界の先には山々が広がっている。

 道の脇にはいまだに残るコメの田園、四隅に立てられたカカシ。

「随分と、山奥なのね……」

「何だ。てっきり師匠とは会っているものだと思ったが」

「会ってない。糸目の優しそうな人に刻印を渡されただけだから」

晴明(はるあき)さんか」

「どうも、好きになれないのよ」

 全く包み隠す様子もなく、次々とリオンの口から不平不満がこぼれ出す。

 やれいきなりすぎるとか、事情説明もなく〈死神〉だなんて言われても困るとか、会ってもいない人を頭だと認めて命令は絶対に聞くとか。いくつかは頷けるものもあったし、リオンが師匠に苦手意識を持つのも無理はない。

 長年付き従う俺でさえ手に負えない、何よりも激しいものを持つ恩人なのだから。



 延々と続く細い道を登って、昔のままの自然が生い茂る緑化区画へと入る。

 ただ荘厳たる様相を見せ、青々と展開されている緑は実際には〝自然〟とは呼べず人工栽培によって作り上げられたものが植えられているもの。いわば、植林によって再生した森林である。

 それでも区画としての人気は高く、自然と人間との共存やら老後の暮らしや、子供の養育にいいと多種多様な世代が暮らしているのだ。

 目的地も、その一角に存在する。

「ねぇ、どこまで歩かせるのよ」

「もうすぐ着く」

「それ三十分前にも聞いたけど……」

 疲労を訴えるも無視。〈死神〉ならこの程度の疲労などものともしないはずだ。

 立ち並ぶ古来日本式の家屋を眺めながら、一際目立つ家を見定める。

 大仰な門が設けられており、脇には達筆な字ででかでかと書かれた表札が掲げられていた。

「九龍院流格闘道場?」

「ここが、俺達〈灰絶機関(アッシュ・ゴースト)〉を率いる首魁、坂敷 千影の住居だよ」

「へぇ……」

 リオンが見上げている。俺も並んで全景を見渡す。

 石造りの門には加工が施されており、傷どころか染み一つ見当たらない。

 家に続く道には石畳が敷き詰められ、脇には小川が流れ気持ちよさそうに鯉が泳いでいる。

 左方には池もあり、背中に苔を生やした亀が今起きたかのように首を小さく傾げる。

 道なりに続く石畳を歩いていくと、分岐点に出た。

 向かって右側には武家屋敷のような時代に取り残された趣の家屋が見える。

 広く設けられた玄関の軒先には門の表札と同じ〝九龍院流格闘道場〟の看板が掲げられていた。

「もしかして、道場っていうのは」

「ここだ。あっちは晴明さんの診療所」

 指で示す先には細くも、しっかりとした字で〝坂敷総合医療所〟と書かれた看板が見える。

 こちらも引き戸のどこか懐かしい昔ながらの造りをしていた。

「やっと来たか」

 はっきりと、鼓膜を叩く力強い声色。

 硬い音を石畳に響かせた長身の女性が、艶のある長い黒髪を鬱陶しそうに背中に流した。

 赤い瞳が俺達を睨む。

「……この人が」

「名乗らないと分からないか、大虚(うつ)け共。私が九龍院の当主、坂敷 千影だ」

 不敵な笑みを添えて、(うた)うように千影は名乗りをあげた。

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