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灰色の境界  作者: 宵時
第四章「……ええ。時を経て、俺は殺人者になった」 「〝英雄(ヒーロー)〟とは言わないのだな」
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4-8 幻への生贄

 黒子達がセットを持ち込み、舞台を整えていく。

 大勢の男子学生と女子学生が長机を囲み、言葉を交わす。

「まさか、調べる前にとうの壁が壊れてしまうとは……」

「例の研究成果か。誰だ、無許可で運用した阿呆は」

「いや、そちらについてはまだだ。被検体の容体も芳しくない」

「困るな。何のためにわざわざ飼っていると思っている」

「ならば壁向こうからの侵略か」

「性急に過ぎる。決めつけで行動すれば泥沼にはまるだけだ」

 あれやこれやと語らう者達は揃って白衣をまとった研究者風の装いだった。

 その中で一人だけ異彩を放つ紺色の輝きがあった。

 黒の軍服で身を包み、頬杖をついて退屈そうに研究者達を見ている。

 輝きの元は首元に輝く紋章。唇には紫のルージュ。

 同じクラスの女子生徒が扮する総統が口を開く。

「なぁ、貴様ら。楽しいか」

 よく通る声が発された。

 騒がしい場を静めるのに十分な威圧感を放ち、全員の注目を浴びる。

 凛とした表情で居直る全員をねめつける。

「か、閣下。その、何分想定外の状況でして……」

「だらだらと妄想を並べ立てるのが対策会議のあり方か」

「いえ、断じてそのようなことは」

「何が起きたか、を確認することに深い意味はない。現実に発生し、壁が

壊れたことを受けて、どう行動するべきか。議論を交わす場ではなかったのか」

「で、ですが原因を究明せねば……未知の兵器による侵攻やもしれませぬ」

「それを調べるのが貴様らの役目であろう?」

 研究者達が委縮する。総統はあからさまに大きな溜息を吐いた。

「我がマギスタス国は魔を呼び剣で全てを切り裂いてきた。此度の事変もまた、しかるべき因を求めて吸収すればよい。あまねく全ては我らの懐にあるべきなのだから」

「で、では先遣隊を編成して壁向こうの民族を殲滅するという方向で……」

「間抜けめ。それこそ未知の技術とやらが待ち受けていれば一気に全滅だ。

自ら進んで罠にかかるやからがどこにいるというのだ」

「で、ではいかようにすればよろしいのでしょう」

「……本当に貴様らはあれの研究以外は全く使えぬな」

 総統が指を鳴らす。合図によってモニターに映像が投影される。

 映し出されたのは軍が誇る最新鋭の設備を持つ病院だった。

 並ぶベッドの上で寂しそうに窓の外を眺めているのは断花(たちばな) 咲耶(さくや)

 映像が区切られ、同じように個室に収容された者達が映し出される。

「我らが先祖から受け継がれる秘伝だけでは、ついぞ悲願を成就することは叶わなかった。壁は終わりではない、その先は必ずある。そう信じていて、そして真実であった。ならばやることは一つではないのか」

「壁向こうの技術を、我らが頂く……のですか」

「それ以外に何とする。今ままでも、これから先も変わらぬ。

まだ見ぬものを求め続けるために必ず研究を完成させねばならない。

必要であれば頭を下げ、教えを乞うことも必要であろう。

我らがマギスタスが世界を総べるために」

「……仰せのままに」

 厳然とした総統の言葉に一人が最敬礼を取り、残る研究者達も倣う。

 何が起こっているのか理由を知るよりも先に行動しなければならない。

 恐らくはあちら側、壁向こうの者達も同じように考えているはずだ。

 腹の探り合い、どちらが先に仕掛けるのか。既に戦いは始まっている。

 もう一つ溜息を吐き、総統が命じるために口を開く。

「軍人と研究者、半々で隊を作れ。表向きは文化交流と技術交換だと

言っておけば怪しまれることもなかろう。我らが欲するものは向こうも

欲しい。何、最後に我らが得られればよいのだ。あれ以外の情報はくれてやれ」

「はっ! すぐに発令し編成致しますっ」

 再び全員が最敬礼し、慌ただしく散っていく。

 瞳を細めて、総統は小さく言葉をこぼす。

「そうだ。全ては贄となれ。我が未来永劫強く美しくあるために、な」

 誰にも聞こえぬ小さな呟きが落ちて霧散した。



 舞台はそのままに演者が入れ替わっていく。

 舞台袖、私の少し前で動きを見守っていた彼が再び躍り出る。

 私の出番はもう少し後だ。いわば、この場所は特等席だといえる。

 改めて裏方に徹してくれた計継君には礼を言わなければならない。多分、大仰な動きで断られるか嬉々として笑顔を見せてくれるか。想像すると少し笑ってしまった。小さく咳払いして舞台を注視する。

 同じ土色の服を着た男子学生が舞台へ、クレス扮する上神(こうがみ) 玄明(げんめい)も軍服を着た男子学生と共にセットに足を踏み込む。

 長机を挟んで椅子の前に立つ。軍服の男子学生が一礼する。さらにセットを囲むように研究者風の者達と、グレーの作業服を着込んだ者達が並ぶ。

「この度は会談に応じて頂き、感謝致します」

「こちらこそ。私はミカゲと申します」

「ミカゲ殿。私は服部。マギスタス国特務隊の長です。こちらが、」

「上神です。服部隊長の補佐をさせて頂いてます」

 形式ばった挨拶を交わす中、リョウトが口の前に手を当てて欠伸をかみ殺す。服部が少し目を細めるが柔和な笑顔を保った。一方で玄明の顔には不快の色が浮かぶ。

 たしなめるようにミカゲが俺の背中を叩く。

「っと、すみません。徹夜続きなもんで」

「……お疲れのところ申し訳ないのですが、お名前を伺ってもよろしいか」

「リョウト。リョウト・サイレンサだ。堅苦しい肩書きはないから勘弁してくれ」

「こら、リョウト。失礼だぞ」

「とはいってもね。ミカゲさんがどうしても、っていうから。退屈な社交辞令を交わすだけなら別に俺じゃなくてもよかったんじゃないんですかね」

「リョウトっ!」

 咎められるも、知らぬ顔でまたリョウトは欠伸をかみ殺す。目に見えて玄明の不快指数が上がっていた。刺すような鋭い眼光がリョウトの眠けを吹き飛ばそうとする。

 とりなすようにミカゲが愛想笑いを浮かべた。

「いやはや、申し訳ない。何分急だったもので、我がガナフスも対応に困ってまして」

「一番近かったから呼ばれただけですよ。本当ならグッスリ休んでいたはずなのに」

「覚めぬ眠りを与えようか」

 言い放ち、玄明が刀を抜かんと腰に手を伸ばす。

 が、事前に武装を預けているため虚空を掴むだけ。

 気付いた玄明へ向けて、リョウトはまるで銃口を突きつけるように拳を掲げていた。

「やめろ、リョウト」

「上神ッ」

 互いの上役がたしなめるも、リョウトも玄明も臨戦姿勢を崩さない。

 二人は睨み合い火花が散り爆ぜる。

「何のつもりだ」

「それ、俺の台詞。悪いな、敵意を感じると勝手に体が動いちまうんだ」

「こちらに得物はない。収めてもらおうか」

「先に手を出したのはそちらさんだけどね」

 大気が震えるような圧迫感。見ている私も悪寒を感じるほどのものだ。戦地にいるような感覚、命の取り合いを始める恐怖と興奮が入り混じった感情の渦に襲われていた。

 玄明が唇の中で何事かを紡ぎ、右拳を振り上げようとする。

「馬鹿者、戦いに来ているのではないのだぞ!」

 淡い光をためた右拳は服部の手によって押さえつけられていた。

 強制的に下げさせられ、輝きは散っていった。玄明の表情は硬い。

「なんだ、()らないのか」

「……蛮族め」

「あ?」

 短い売り文句と買い文句。リョウトと玄明は互いの瞳に映り込む自らと睨めっこするかのように黙ったまま視線をぶつけ合う。

 待機していた両陣営の者達もにわかに殺気立つ。

 だが大事には至らなかった。ほぼ同時にミカゲが背後からリョウトを羽交い絞めにし、玄明は服部に地面へ引き倒された。

「もう一度だけいう。やめろ、リョウト」

「……了解」

 反論を許さぬ強さを含んだミカゲの言葉に、リョウトが大人しく従う。

「上神。貴様は閣下の意向に背くつもりか」

「いえ、そのようなつもりは……」

「慎め。今回は大目に見るが、次はないと思え」

「分かり、ました」

 受けた言葉を飲み込む玄明の表情は苦々しい。

 一触即発の様相だったが、互いの上官によって綺麗に防がれた。

 苦笑しつつミカゲが次へ繋げようと口を開く。

「と、とりあえず座りましょうか」

「ええ。立ったままでは、また互いに要らぬ世話を焼くことになるでしょう」

「まったくもって、お恥ずかしい話です」

「こちらこそ、非礼をお詫び致します」

 本心からか、形式上なのか分からないが謝罪の言葉を並べる。

 席について、それぞれが持ち寄った資料を開示し説明を行う。

 前提条件として不可侵条約、可能な限りの情報開示と意志疎通に努めることへの了解、そして文化交流と技術の交換と発展。さらに質疑応答も行われた。

「マギスタス国からは以上です」

「ガナフスからも。他に質問等ないでしょうか」

 手があがる。難しい表情を貼り付けた玄明だった。

 ミカゲが手のひらを上にして促す。軽く会釈してから玄明が口を開く。

「資料によれば、ガナフスの方々は長期間に渡って戦を繰り返して

いるようですが、相手側との間に和平案は出なかったのでしょうか」

「話し合いで解決すれば戦争なんかしてないって」

「そこまでだ、リョウト。失礼……我々としては先祖の命に

従っているだけに過ぎません。果てを守ること、ひいては

今日に繋げられたことは大変喜ばしいことだと考えています」

 うっかり口を出してしまい、またリョウトが咎められた。

 今度は反応することなく、淡々と玄明が言葉を連ねる。

「戦わない、という選択肢もあったのではないでしょうか」

「……抵抗しなければ、何もされないという保証はありません。伺ったお話と資料から鑑みればマギスタス国こそ、そのような幻想を抱ける道筋にはなかったのでは」

「そう、ですね」

 それきり、肯定も否定もなく玄明は口を閉ざした。

 震える。肉体ではなく、内側に張り巡らされた神経が読み取ったものがあった。

 リョウト・サイレンサと上神 玄明の初顔合わせは何とも後味の悪いものであった。




 少し時間が経ち、破壊された壁の淵を舗装した巨大な門が作られた。

 また、マギスタス国とガナフスから人員を集めてマギスタス国領内に共同研究施設が出来た。事前に取り決めた通り、両国の交流と研究が主目的である。

 広大な敷地には研究施設だけでなく、それぞれの風土から取り入れた建造物やレクリエーション施設、宿泊場所なども作られリョウトと玄明は住み込みで両国の発展に尽力していた。

 技術交流の一環で訓練場も作られている。

 マギスタスとガナフスの男達が見守る中、リョウトと玄明は木剣を手に対峙していた。二人の上官であるミカゲと服部が呆れと諦めを混ぜた苦笑いを浮かべつつ揃って観戦モードに入っている。

「またですか。本当に飽きないですね、あの二人は」

「ミカゲ殿。それは興味の対象として見ているのでしょうか、

それとも繰り返し繰り返し事を荒立てる二人を指しているのでしょうか」

「どちらもですよ」

 言ってミカゲが小さく息を吐く。

「我々としては本当に助かっています。何せ、ガナフスは特異鉱石と地下資源くらいしか取り柄がない、娯楽などゼロに等しい荒野にありますからね」

「お互い様ですよ。魔法の発達と共に衰退しつつあった肉体言語、もとい格闘術ですがガナフス民の屈強さは尊敬に値します。国土と文化の違いでしょうね」

「ええ。皆も様々な未知を前に浮かれていますが、真っ直ぐすぎるだけです。

多くを吸収し、また互いに役立てる。実りの多い日々ですよ」

「まったくです。で、今日は何が原因で?」

「どうやらリョウトが上神殿のデザートを盗ったようで」

「子供ですか……」

 服部があからさまに大きな溜息を吐き、ミカゲが楽しげに見守る仕草まで見えるような会話を耳に挟みつつ、リョウトと玄明は激しく剣を打ち鳴らす。

「だーかーらー……放置してるのが悪いんだっての!」

「違う。最後の楽しみに残していたのだっ」

「知らないっての! そうカッカしなさんな、デザートごときで……」

「ごとき、だと? 礼節を知らぬ野蛮人め、食事とはデザートを頂き

茶を飲むのが正しき形式と決まっているのだ。それを、貴様がっ!」

 両手持ちで玄明は木剣を振り下ろす。凄まじい風鳴りを耳元で聞きながら間一髪で回避し、肉薄する。下段からの切り上げに応じた剣ごと弾き飛ばす。

 激しい剣劇は演技にしては実に迫力がある。日頃から幾度となく手合せしているかのように遠慮がなく、だが行き過ぎるほどでもない武闘演舞の形だ。

「やっぱり剣は性に合わないね」

「そうやって、貴様はまた愚弄するっ!」

「何回も言うけどさ、悪い方に捉えすぎなんだ、ってのっ!」

 剣を弾き飛ばされた玄明の淡い光をまとった拳と、リョウトの暗き輝きを持つ拳がぶつかる。光と影、対であるものが激突して瞬く。

「魔法講義も真面目に聞かない! その上、ガナフスの気功術についてはよく

わからないというっ! いい加減で、ふざけている以外の何だと言うのだ!!」

「何度も、言い返すの面倒だから、一回で理解しろっての」

「こちらの台詞だ! 何度同じことを言わせるっ」

 さらに拳をぶつけ合う。まるで鉄同士で打ち鳴らしているかのように硬質の音が響き、散った火花が橙に緋色に二人の横顔を染めていく。

 マギスタスの魔法によって強化された拳と、ガナフスの気功術に裏打ちされた鋼の拳がしのぎを削る。

「いい加減で、不真面目で……親の顔が見てみたいわっ!」

「親、だって? んなもん――」

 言葉が肉体に力を与えている。舞台であがる声が体に響き、触覚を通して神経に心意気を撃ち込んでくる。それは弾丸のように私を含めた見守る者を貫く。

「いねえ、よっ!」

 玄明の拳を左手で弾き、リョウトが握り込んだ右拳で下方から打ち抜いた。

 脳を揺らす一撃に玄明がふらつき、倒れ込む。荒く呼吸を繰り返すリョウトは、溜めこんだものを吐き出すように言葉を落としていく。

「親なんて、知らないんだよ。物心ついた時、には……銃握って、血と硝煙の臭いと、一緒に殺し方を覚えた。料理とか、遊びよりも先に……な。でなきゃ、毎日毎日飽きもせず侵攻してくる連中とは渡り合えなかった」

 それは以前に玄明が問うたことへの回答だった。

 なさねば生きられなかった、純粋たる生存のために捧げた生贄。

 人間が食料として他の動物を狩り、食い潰すのと同じ感覚であった。

 やがて呼吸を整えるのを諦め、リョウトがその場に座り込む。

「だからよ、俺にはできないんだ。やらないんじゃなくて、やり方が

わからないから伝えられないんだよ。こうやって、殴り合うことしかできない」

「…………馬鹿、なんだな」

「なーんで、そう辛辣なのかね」

 倒れた玄明がリョウトを見る。唇の端には笑みがのっていた。

「さて、ね。どう、して……だろ、うな」

「お前も馬鹿だからだろ、ゲンメイ」

「馬鹿という方が、うつけなの、だっ」

 言い合って、リョウトも微笑む。

 理由もなく、ただただ生真面目にすぎるだけではない。裏側にある何かが突き動かしているのだ。きっと、その秘めたるものは上神 玄明という軍人を作り上げ、動かしている大切な部分なのだろう。

 なんとなくだが、そんな意志を感じ取ることができた。

 言葉と拳を打ち鳴らしながら、少しずつ近付いていっている。

 いや、実際にそうして過ごしてきたのだろう。私の知らないところで、知ってはいけない世界で共に歩いてきた。

 そこに触れていいのだろうか。いや、触れてはいけないのだろう。

 リョウトと玄明の間にあるように戦いに生きる者にしか分からないことがある。

 だが、私の演じる明日葉が心の中で叫ぶ。私の本当の気持ちを代弁するかのように、言葉にならぬ声をあげる。

 力になれないかもしれない。何の役にも立たないかもしれない。だけど、聞こえのいい言葉やご都合主義の壁で隔てて欲しくはない。

 多分私にとっても、そして明日葉にとっても大切なものは何も変わらないから。

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