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灰色の境界  作者: 宵時
第四章「……ええ。時を経て、俺は殺人者になった」 「〝英雄(ヒーロー)〟とは言わないのだな」
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4-7 迷悩の開演

 多目的ホールの舞台上、開演のブザーが鳴ると同時、緩やかに観客席とを隔てる分厚いカーテンが左右に開いていく。前もって下げられたスクリーンに予め用意した映像が映し出された。

 荒廃した世界が流れていく。

 渇いた大地、吹き荒ぶ風に飛ばされるボロ布のような衣服。

 人の姿はなく、死骸を食い漁る獣もなく青空を旋回する鳥類もいない。

 何もない。あるのは、あったものがあった証を見せ付けるだけでしかない瓦礫の山。

 崩れ落ちた城砦、錆び付いた門扉。腐り堕ちた梯子に赤黒く染まった鉄製の破城鎚。

 墓標のように武器が砂の大地に突き刺さっている。東方の刀、広く一般に普及していた西洋刀に長槍、矛鎌と近接武器から狙撃銃に突撃銃、銃剣と中・遠距離武器も雑多に並ぶ。


 場面が切り替わる。

 砂と白い破片とボロ布のある大地に二振りの刀剣が突き立っていた。鍔の部分には何かがはまっていたような空洞がぽっかりと空いており、鎮座していた主が砂に交じって赤に青に輝いている。

 対峙するように少し離れた位置には狙撃銃が突き刺さり、傍に拳銃が転がっていた。

 薬莢が陽光を照らして鈍く光っている。何か文字らしきものが刻まれていたが、突風に運ばれた大量の砂でかき消されてしまった。

 ここに、人はいない。

 否、正確には〝いた〟のだが、いなくなってしまったのだ。

 ゆるりと照明が落とされ、同時に映像も打ち切られる。俺はそんな移り変わる作品の流れを舞台の袖から眺めていた。慌しく次の場面のセットを用意している大道具係と、出演者の衣装合わせと化粧を担当する者達。俺は、ただ自分の出番まで待つだけ。


 世界には、壁があった。材質不明、破壊不可能。いつから存在するのか、何故存在するのか誰も分からず知らない。故に、人間にとって世界の果ては壁であった。

 〝幻想の贄華(ファンタズム・ニルヴァーナ)〟はそんなナレーションから始まった。

 私、月城 遥姫(ようき)の胸が高鳴る。最初で最後の舞台を、彼と共に立てる。

 協力し作り上げた物語によって動く登場人物として演じてもらうのは嬉しいと同時に気恥ずかしくもあり、非常に複雑な気持ちだ。

 多目的ホールの照明が落とされ、舞台上にライトが当てられている。

 ベッドに椅子、小物棚と上にのせられた花瓶。窓枠には描かれた美麗な風景。

 舞台と一緒に浮き出された姿は、学生服を着たクレスとパジャマ姿のリオン。

 配役で言えば上神(こうがみ) 玄明(げんめい)断花(たちばな) 咲耶(さくや)

 苦しそうに咳き込み、えずいている咲耶の背中を玄明が優しく撫でて介抱している。

「けほっ、こほっ……くぷっ」

「無理をしては駄目だよ咲耶ちゃん。時には、きっぱり断らないと」

「げほっ…………でも、悪い、から。折角お見舞いにきて、くれたのに」

「すまない。知らなかったんだ」

「ううん。あたしが、悪いの。こんな弱い体に生まれたから」

 床には林檎の芯が転がっている。えずいた時に果肉も散らばっていた。

 玄明が咲耶の口元を拭う。

 少し離れたところに籠があり、様々な果物が入っていた。

 玄明が咲耶の頬に触れようとして、伸ばした手を引っ込める。

 代わりにハンカチを手にして差し出した。顔をあげた咲耶は悲しげに笑っている。

「やっぱり、怖いよね」

「いや、その……」

「いいの。分かってるから。あたしは、もう治らないんでしょ?」

「違う」

「違わない。だって、お姉ちゃんが最後にお見舞いに来てくれたのはいつ?

お父さんは? お母さんは? どうしてお医者様も来ないの?」

 言葉を繋げられない玄明。咲耶の口調は責めるようなものではない。どちらかといえば、どうにもならない状況を、押し付けられた境遇に対する不満をぶつけるような年相応の幼さがあった。

 玄明が(まぶた)を伏せ、小さく首を振る。心情を吐露することへの迷いか、(ある)いは自らの疑念を振り払うためか。

 ズボンのポケットから手帳を取り出し、ページをめくる。

「いいかい、咲耶ちゃん。俺と君のお姉さん、明日葉は学院で研究を続ける。

俺は軍に入るから、今まで通りには見舞いに来れないかもしれない」

「……そうやって、お兄ちゃんもあたしを見捨てるんだね」

「違う」

「違わないよ。なんで、軍人さんになるの? 何と戦うの?」

 問う言葉は真っ直ぐ射抜くように玄明に突き刺さる。だが、表情は変わらない。

 悲しさと哀れみと後ろめたさ、様々な情の色が混ざっていたが、硬く強い意志を胸に秘めた覚悟の色が一番濃く出ていた。

「分かった。なら、軍に行っても今まで通り来よう」

「……本当に?」

「ああ、本当だ」

「お姉ちゃんみたいに、お父さんやお母さんみたいにいなくならない?」

「ああ」

 短くはっきりと、必要な言葉を必要なだけ与える。

 咲耶の目には期待と不安が入り混じっていた。

 信じていいのか、それともまた裏切られるのではないのかと迷っている風に見える。

「……でも、お姉ちゃんはそう言って、もう来なくなった」

「研究で忙しいと言っていた。もう少し、顔出すように言っておくよ」

「お医者様も、来ないの」

「……かけ合ってみる」

 玄明が椅子に座り、咲耶に近付く。横たわる華奢な体を、少し力を入れれば折れてしまいそうな腕を取って両手で拳を握らせる。小指だけ立てさせ、自らの小指を絡めた。

「これ、は?」

「契りの形、だそうだ。絶対に破らない、そう誓う証」

「そっか……そう、なんだ」

「ああ。絶対に、俺は咲耶ちゃんの前からいなくならない。

明日葉も、医者も必ず連れてくる。

だから、生きることを……生き続けることを、諦めないで欲しい」

「……うん、信じてみる」

「指切り、げんまん、だ」

 小指と小指を絡めたまま、小さく手を振ってそっと離す。

 照明が落とされ、ただ一つくっきりと玄明の立つ場所だけ闇に浮かび上がる。

 咲耶と指切りした小指を見つめて唇を噛む。

「必ず、救ってみせる。救えるはずだ。そのために魔法を学んできたのだから!」

 親どころか医療関係者にすら見捨てられた者を救うには、最早奇跡しかない。

 玄明の言葉は自らに刻み込むと同時に、世界に対する挑戦状でもあった。

 誰かを救うためにあらざる力を求め、操る。

 私達の生きる現実に、都合よく助けてくれる正義の味方なんていない。

 あるのは公的機関と、闇に紛れて動く都市伝説のような存在だけ。

 そう、つい最近私も経験したのだ。

 抗いようもなく、救いなど見えない絶望と向き合った。

 そして、私は――


 黒子が出てきて舞台のセットを変えていく。大勢の生徒達が舞台にあがる。投影された映像を保持できる特殊な薬品で色づけした衣服は紙製であるにも関わらず甲冑の重厚さをうまく表現していた。

 手に持つ槍や剣も同様の素材が使われており、安価でありながらリアリティのある作作り込みを両立させていた。玄明も再び舞台へとあがる。

 付け髭と軍服を身に着けた大柄の男子学生が舞台へあがり、ライトを浴びながらゆっくりと歩いていく。

 整然と並ぶ軍人役の生徒達を前に、将校が訓示を与える場面。

「諸君、軍人とは何だ」

「民の平和を守るためにあります!」

「それだけではないだろうっ」

「襲い来る外敵を排除し、その生命を守ることが本懐ですっ!」

「うむ。ならば、魔法も戦うために使われるべきであろう?」

「その通りです!」

 綺麗に唱和する中で玄明の表情は硬い。奇跡に縋り、助けられると望んだものは内側で守るためではなく外側を排斥するために使われているという現実に晒されている。

 咲耶と約束したものとは程遠くも、戦うために必要な力。

 言葉同士で和解できるなら一番だが、常にできるとは限らない。

 だから、どうしても力がいる。好戦的であることに重きを置かれる。

「諸君は軍人であり、民を守ると同時に軍部の命令には絶対服従だ。

代わりに多くの特権が与えられる。並以上の給金、各種施設の活用と

補助……与えたものに見合う働きをしてもらわねばならん」

「我らは剣となり、盾である。全ては明るい国の未来のために!」

「よし! これより新たな作戦を説明するっ」

 黒子の手で地図を貼り付けた掲示板が差し出される。

 図解は国の全貌と、世界の果てを示す壁の存在。大柄の男が指示棒で壁の絵を叩く。

「世界の果てはここだとされている。だが、誰がそう決めたのだ」

「研究者達です」

「その通りだ。前線に立つ我々が情報を集め、研究者共が分析する。

ならば、壁の先を見据えてまだ見ぬ大地を踏破するのも我々の役目ではないか」

「その通りです!」

 歓声が沸く。壁に向けての進軍を意味する言葉に、玄明は声なく唇を噛んだ。


 暗転し、大勢の軍人役の生徒達が舞台袖に消えていく。

 入れ替わって私は舞台へあがる。残ったのは玄明と、白衣をまとった私だけ。

 ライトに照らされれた研究机には大量の資料が山のように積まれている。

 机の前に置かれた椅子を引き、腰を下ろす。黙々と、他に何も見えていないかのように資料をめくる。

 傍に玄明が立っている。それでも気にせず読みふける。

「……明日葉。研究もいいが、咲耶ちゃんの見舞いも……」

「上神くんが行ってるからいいでしょ。その方があの子も喜ぶし」

「だが……」

「一秒でも早く、見つけなきゃならないの。

あの子、咲耶を蝕むウイルスの解明と、治療法。

いつパンデミックに陥るか分からないのよ?」

「分かってる。だが!」

 苛立ちを見せる玄明に対して私……明日葉の反応は淡々と返すだけ。

 決して妹が大事でないわけではない。

 より広い場面を、起こりうる事態を未然に防ごうと動いているだけ。

 冷徹に使命に徹して大事なものであるはずの家族を切り捨てようとしている。

「……咲耶ちゃんは、寂しがってる。全部に見捨てられたみたいに」

「玄明がいるじゃない」

「壁の解明に向かうことに、なったんだ」

「そう」

 ただ一言だけ、本当に興味がないような返事を吐き出す。

 ちらりと目線だけ動かすと、玄明の表情にのった怒りが見えた。

「そう、って……出向けば、明日葉くらいしか近くにいないんだぞ」

「じゃあ、遠征に行っている間はお見舞いにいくから」

「……本当、なのか」

 返事をしながら資料のページをめくる。

 実に機械的で、条件反射のように中身がない。

 私には兄弟も姉妹もいない。だから、本当の意味で気持ちが理解できているわけではない。それでも私は演じられる。

 私の、明日葉の胸には一番大事なものが宿っているのだから。

「信じるか、信じないかは上神くん次第」

「分かった」

 短く一言だけ返す。

 聞くものに安心感よりも不安を煽るような口ぶりだった。

 玄明の立ち位置は非常に複雑で、様々なものに縛られてしまっている。

 咲耶との約束を守れなくなる。だが、軍人の特権を生かして最新鋭の設備を持つ病院に入れている以上は命令を拒否することはできない。頼みの肉親である私も、ただ原因を追い求めることだけに没頭している。

 一刻も早く、調査を終わらせて戻る。そんな選択しか取れなかった。

 轟音が響き、大爆発のエフェクトがかかる。

 合わせて私は地震発生時のマニュアル通りに椅子を弾き飛ばし、机の下に隠れた。

 続いて警報が鳴り響き、下ろされたスクリーンに映像が流れる。

 壁があった。否、何らかの要因で大穴を穿たれた壁があった。黒煙逆巻く空の周囲には自由に飛び回る鳥達も類する飛行物体もない。砕けた破片が落下していく。

 世界を隔てていた、終わらせていたはずの壁が失われた瞬間だった。


 場面が切り替わる。

 私と入れ替わって彼が、リョウト・サイレンサとして舞台に立つ。

 リョウトは自らの装束を確認していく。土色の服にサイレンサー付きの狙撃銃。

 レシーバー付ヘッドセットを被った射手の装いだった。

 道具係がセットを用意していく。掲げられたスクリーンに城を攻め立てる兵士達が映っていた。城砦を模した壁に伏せて、狙撃銃を構えるリョウト。

 スコープを通して標的を狙い定め、引き金に指をかける。

 発砲音。スクリーンの中で苦悶の声があがる。続いて二発目。男の野太い断末魔が響いた。三発目。破裂音が鳴り渡った。

 同様に発砲音が響き、苦しみが奪われ魂を引っかく怨嗟の声があがり、命が破裂していく。弾を補充し、また引き金を絞る。一回の発砲音に返って来るのは一つの断末魔。

 リョウト・サイレンサは声もなく単調な銃撃を続ける。

 静かに空気を吸い、酸素を補給して吐き出すと同時に引き金を絞って弾丸を射出させる。手に残る感触はわずかだが、確かに皮膚と鼓膜と粘膜に刻まれていくだろう。

 触れた鉄の冷たさと、弾をこめる際に立ち上る硝煙の臭い。

 殺したという実感は薄い。だが、着実に命の花は散っている。

 どんな気持ちで標的を狙い、引き金を絞って命を奪っているのだろうか。

 私には到底想像できない。日頃絶え間なく報道されている事件も、次に自分が巻き込まれやしないかと恐怖するだけ。その感情もほぼ無意味だとわかっている。私には、抵抗できる力なんてないのだから。

 設定ではリョウト・サイレンサは歴戦の狙撃手となっている。

 武器を扱うのは相応の力が必要だが、それ以上に折れない精神力が必要だと思う。

 淡々と〝人を殺す〟作業を繰り返すリョウトの横顔は冷たくも、美しかった。

 作業だと捉えてしまっている私もおかしいのかもしれない。

 あんな、異常事態があったから。映画にしか出ないような機械混じりの兵士に迫られ、守ってもらって。あの時に見た彼の背中は、遠い日に見た姿と重なっていたのだ。


 轟音が響く。

 リョウトは素早く銃から離れて城壁の裏に身を隠し、頭を抱え込むように守る。

 何が起こったのか確認すべく、懐から双眼鏡を取り出す。

 スクリーンの映像が視点移動に伴って変化していく。

 〝こちらの世界でも最果てだと考えられていた〟壁から、もうもうと黒煙が立ち上っていた。国家が持ちうるあらゆる銃火器に戦略兵器をもってしても傷ひとつ付けられなかった壁が崩落している。

 破片が崩れ落ちていく。ノイズが走り、低い男の声が流れ出す。

『リョウト、敵は退いた。戻って来い』

「それより、壁が……」

『だからだよ。調査のため先遣隊を編成する』

「……了解」

 リョウトが短く答えると通信は切れた。また、新たな戦いが起きるのかもしれない。

 別の環境に触れ、壁の向こう側にあり続けたものと邂逅する瞬間に何が起きるのか。

「できれば、殺し合いにはなって欲しくないな……」

 可能であれば話し合いで解決したい。最初から対立姿勢を見せても何の得もない。

 誰だって、多分世界中の誰もがそう願い焦がれているに違いない。

 誰だって、殺したいから殺しているのではない。そうしなければ失われるものがあるから、守るために障害を排除しているだけ。

 そうして理由付けすること自体が許されてはいけないのだと思う。

 彼は、亮はどう捉えているのだろうか。

 あの日、東部衛星都市で私を守ってくれた彼の言葉には重みがあった。

 ずっと人知れず戦い続けて、守り続けて、多分法を犯し続けて。

 どんな理由があっても命を奪うようなことはあってはならない。

 そう信じたいのに、どうしてか彼を責められない気持ちがあった。

 何故か、は分からない。だけど、私は舞台を通して来々木 亮という人間の本質が見えるような気がした。

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