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灰色の境界  作者: 宵時
第一章「だから、俺は殺す」「それでも、私は殺さない」
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1-3 消えない幻想

 ふと目が合って、反射的に俺は目を逸らす。

 意識的に、リオンという少女を〝彼女〟と重ねないように。だが、どうしても意識してしまう。

 笑顔が、紡がれる言葉の調子があの瞬間を。

 白き世界の只中で感じた暖かさと消えていくものと、生々しく広がる紅を思い起こさせる。

「ねぇ、目を逸らすのって失礼じゃない?」

「……いや、その」

「言い訳しない。で、人と話をする時は相手の目を見る!」

 鋭く言い放って、リオンが俺の顔を無理矢理正面に向かせた。

 喜怒哀楽豊かでころころと移り気な秋空のように入れ替わっていく。

 そんな曖昧さも、垣間見えた儚さも余りに似すぎていた。

 だから俺はまた目を逸らしかけて、すぅと息を吐く。

「すまない。ある、人に似ていて。つい」

「似ている? 私が?」

「ああ」

 偽るよりも要所を隠して真実を告げた方が、気持ちとしても楽になれた。

 そうすることで〝彼女〟ではないと認識できる。

 あの日、あの雪空の白い桜が舞い踊る場所で俺は世界で一番大切なものを失った。

 だから俺は奪う。大切だと思うものを守るために、恐らくは俺達が刈り取ることで新たな悲哀が生まれることを承知で、その矛盾を飲み込んで断罪を繰り返す。

「俺は大事なものが失われないために動く。目的を遂行するための、刀だ」

「それが、あなたが殺されてもいいという理由?」

 頷く。偽りはない。リオンが、彼女の成し得たい目的のためにクラッドチルドレンの呪いを解くことを望むならば殺されても構わない。

 言い換えれば、確固たる目的を持っていないから走狗となっている。

 感情を持たずに冷たい鋼の刃となって、〈灰絶機関(アッシュ・ゴースト)〉に使われる。

「そんな生き方で、本当にいいの?」

「構わない。俺の人生など、余剰分に過ぎない。必要なものに使われるなら、それで」

 続くはずの言葉を飲み込む。

 また、雫が零れ落ちる。

 とめどなく溢れるものを抑えようともせずに、リオンは涙を流し続けていた。

 俺は言い切ることができず、上手い繋ぎも思いつかずにただ鯉が酸素を求めるように口を開け放つ。

 何故、という単語が頭を埋め尽くしていた。

 これは、ただの信条だ。〈灰絶機関〉が掲げる白と黒の境界線、灰色を切り裂き刈り取るという行為は端的に言えば〝現行法で裁けないものを殺す〟ことに他ならない。

 即ち、殺人という罪過を積み重ねることで新たな犠牲者を生み出さぬよう計らう。

 その裏側で失ったものへの嘆きが響き渡ることを理解しながら両手を血に染めている。

 だから。いつか自らも裁かれる時が来ると分かっている。

 呪いによって死を迎えるのか、どこかの戦地で誰かに殺されるのか。

 願わくば必要とされる人間に使われたいというスタンスの表明。

「何故、泣く」

「……分からない。なんで、だろ」

「なんで、って」

 こっちが聞きたい。いや、それだけ優しいというだけの話なのだろうか。

 人が涙を流す時の意味を俺は一つしか知らない。

「気に病む必要も、気にかける必要もない。立場上は味方だが、いつか殺し殺される仲だろうが。

お前が呪縛から解き放たれることを願うなら、避けて通れない道だ」

「でも、目的のためだけに動く、なんて悲しすぎるよ」

「…………」

 沈黙する。繋げるべき言葉、紡ぐべき回答が浮かばない。認識の差異としか思えない。

 こちらは使い潰されても構わない、と思っている。それをリオンは悲しすぎるという。

 彼女は他人のために涙を流すというのか。

 涙なんて〝悲しんでいる自分を憐れんで流す〟どこまでも利己的な感情作用でしかない。

 あの時以来、涙を流したことはなかった。

 両親を失った日も、仲間を失った日も来るべき一つの結末だと、受け入れるべき断罪の烙印だと受け入れることはできた。

 〈灰絶機関〉に所属する面々は、おおよその覚悟はできていると思ったが、リオンはまた違う存在らしい。

 少なくとも、感情的過ぎるように思える。

「お前は、本当に〈灰絶機関〉の〈死神〉なのか?」

「どういう、意味よ」

 涙目でリオンが俺を睨む。瞬間、じくりと左胸が痛んだ。

 リオンの左下腹部にも青い燐光が六芒星 を浮かび上がらせている。

 刻印の共鳴、輝きはまごうことなき〈死神〉である証左。

 単一で軍勢をも滅ぼしうるポテンシャルを秘める生きた決戦兵器。

 だからこそ、感情を持たずに目的以外で力を使わない道具でありたいと俺は思う。

 間違ったことに利用されないよう抑制するためには、深く思考しないことが一番だと考えているから選ぶ道だ。

 少なくとも、リオンが表明した立場は真実なのだろう。

「俺は自分を道具だと見なすことで、罪悪感から逃れているだけの無法者だ。

誰から心配されるだけの価値もないし、涙を流されても……その、困るだけだ」

「……別に、あなたの生き方なんてどうでもいい。けど、私の意識の中で何かが叫んでる」

「お前の中の意識? 多重人格者か何かか?」

「私は確かめに来たの。〈灰絶機関〉の一員として会う前に〝わたし〟として会いたかった」

 ゆっくりと、単語の一つ一つをかみ締めるようにリオンが告げる。

 感情の変化がなくとも、心情に入り込むことで感極まることはあるだろう。

 例えば、ドラマの登場人物に自らを重ねたり、小説の人物に近しい人の面影を見たり。

「今の、俺自身か……」

「何のこと?」

「いや、何でもない」

 同属嫌悪とはまた違う。俺は〝彼女〟に泣いて欲しくない。

 身勝手な願望だけが先走っていた。

 もういないものを、失った幻想をいつまでも追いかけ続けている。

 首を振って、意識の外へ押し込めておく。

 今はリオン・ハーネット・ブルクというまだ色々な意味で若い〈死神〉と向き合わねばならない。

 少しだけ、彼女の目的が見えた気がする。

「本来の目的は、その深層意識に潜むものを確かめるため、か」

「うっ……その、あの」

「誤魔化さなくてもいい。ひとまず、当面は仲間としてやっていけそうだから」

「さっきは未熟者! みたいな目で見てた癖に」

 子供のように頬を膨らませる姿もどこか愛らしい。

 言葉通り、まずは歩み寄ってみようと思う。

 失ったものを追いかけるのではなく、もう一度自分の足で歩き出すために。

 もしかしたら、また違う意味をこの魂の抜け殻に違った使い道を見つけられるかもしれない。

 認識の箱で区切ると、少しだけ胸の奥底で疼くものは治まった気がした。

「その力はこれから見せてもらうよ」

「偉そうに。あなたと同い年よ?」

「そう、か」

「そ。学校にも通うように言われてるしね。あなたが言う〝境界を渡り歩く〟ために」

「まさか……」

 その言葉は、違う方向から俺の悩みの種を増やす要因となるのであった。





 翌日、阿藤学園で予想通り余りよろしくない事態が展開されていた。

 モニターによってボードに清々しい笑顔の少女が映し出されている。

 そして、画面から抜け出したようににんまりと笑う少女が教師の隣に立っていた。

「えー、それでは。自己紹介を」

「リオン・ハーネット・ブルクです。気軽にリオン、って呼び捨てちゃってくださいな!」

 よろしくお願いします、と勢いよく頭を下げる。

 スレンダーだが引き締まった肉体に、制服も胸のリボンもやけにキッチリと決まっている。

 品行方正を装うのは大いに結構なんだが、何故かリオンは俺の方に向かって笑顔で手を振っていた。

 俺に集まる方々の視線。急に体内温度が上がってきた。

「あー、突然だったものでまた席がなくてだな」

「どこでも大丈夫です。なんでしたら、一番後ろでも」

「そうだな。丁度来々木の隣が空いているから、ひとまずそこで」

「分かりました」

 凛としてローファーを鳴らし、俺のところへ歩いてくる。

「初めまして、来々木君。よろしくね」

「あ、ああ。よろしく頼む」

 涼しげな笑顔で告げられても俺は苦笑に似た曖昧な笑顔を向けることしかできなかった。

 俺に向けられている視線が毒気を持ち始めた気がする。

 リオンの用意周到さもそうだが、あくまで裏方である俺やリオンが注目されることはデメリットしかない。

 ぞくりと悪寒が走る。嫌な予感はバッチリ的中し、教師が前で授業を始めたにも関わらずプライベートメールが雪崩れのように襲いかかって来た。

 タイトルなし。内容はほぼ同じ。

「……はぁ」

「あ、来々木君。悪いんだけど端末見せてもらっていいかな? まだ持ってなくて」

「ど、どうぞ」

 リオンが机を寄せてくる。

 そこは準備してないのかよ! と叫びたい気持ちを抑えながら、端末を気持ち机の真ん中に寄せた。

 だが、何が見え難いのかさらにリオンは俺の方に寄って来る。

 肩と肩がこすれあい、周りの主に男子勢からエナメルの軋む音が聞こえてきた。

「ちょ、ちょっと」

「ごめんね、見え難くて」

「……昨日の意趣返しのつもりか?」

 最後の一言はリオンが聞こえるか聞こえないかの小声で。

 返答は口角をあげた、愉しそうな笑みだけだった。

 小さく溜息を吐く。随分といい性格をしている。

 甘んじて受けるしかないだろう。

 起こってしまった事実を取り消すことはできないし、人々の記憶に強く鮮烈に残っている。

 受け入れた上で考えなければならない。

 昨日以上に押し寄せてくるプライベートチャットの誘いを拒絶しながら、端末上でテキストファイルを開く。

 ノートを取りつつ小声で問う。

「どうして、わざわざ目立つ真似をする?」

「あなたが楽しむためよ。この、刹那の時を」

「……楽しむ?」

 薄く唇で笑う。煽るようなものではなく、純然に嬉しそうな表情で。

 その言葉通りの意味だというのか。

「私達は、普通の人よりも長く生きられない。けれど、楽しまないのは損でしょ?」

「随分と印象が違うな。昨日はそんな素振りは見せなかったと思ったが」

「昨日は昨日。今日は今日。女の子は日々変わるものなの」

 よく分からないことで会話を区切られる。どうにも調子が狂う。

「楽しむ、ことに意味があるとは思えないが」

「意味がある、ないっていうのは関係ないよ。今この瞬間を、ありのままを受け止めるの」

「……よく、分からない」

 告げて、考える。意味合いとしては理解できる。ただ、理解することと受け入れることは別の話。

 リオンの言葉が導くものは俺の信条とは大きく反する。

 即ち、普通の人間と一緒に〝人間としての生活を楽しめ〟と言っている。

「俺達は、咎人(とがびと)だ。だから、そんな権利なんて」

「あれ、アルメリアって基本的人権がどうたらこうたらって聞いたけど」

「建前だ。自由と平和とやらを愛する凡俗な連中を騙す口実に過ぎない」

「でも、そんな人々と守るのが目的なんだよね?」

「…………」

 答えず、俺は授業に集中することにした。

 正しい。確かに、リオンの言うことは間違ってはいない。

 もし、クラッドチルドレンとしての呪いがなければ至って普通の生活を享受できただろう。

 だが仮説は成り立たない。

 事実として〝二十歳の誕生日に必ず死に至る〟呪いをはらんでいる。

 この確定された運命を覆すためには、より多くの罪過を背負わなければならない。

 そうまでして生き延びても、結局は裏側の世界で生きるしかないのだ。

 実際に、多くの元クラッドチルドレンが〈灰絶機関〉の構成員として各地に散らばっている。

 運命を受け入れ、他人の尊いものを奪って生きている。

 俺に、同じように受け入れることができるのだろうか。

「もっと、気楽に考えた方がいいんじゃないかな」

「……何を」

「私には、必要以上に自分を(おとし)めているように見えるよ」

 じくりと、また胸の奥底に眠った蟲が目を覚ます。

「来々木、転入生に教えるのはいいが問いに答えろ」

「……すみません」

 設問の回答者として当てられていたらしい。

 軽く息を吸って、吐く。気持ちを切り替えて、表向きの普通の生徒として設問に答えていく。

 また、重なって見えてしまった。

 同じ言葉を〝彼女〟からも突きつけられていたから。

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