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灰色の境界  作者: 宵時
第四章「……ええ。時を経て、俺は殺人者になった」 「〝英雄(ヒーロー)〟とは言わないのだな」
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4-1 舞台上にて

 天から淡く白い光が降り注ぎ、薄闇の中で木目の床板を丸く切り取る。

 円の中で、俺は自らを照らすライトを見上げ、目を細めた。

 左手はびっしりと包帯を巻きつけた痛々しい姿を晒している。

 着込んでいる黒のコートとの対比で、余計に目につく。

 右手で拳銃を構え、黒に閉ざされた見えない相手に銃口を向ける。

 数メートル先にもう一つ白の円が闇を切り開いて、銀髪蒼眼の青年の姿を晒した。

 濃紺の軍服が映える精悍な顔立ちだが、どこか悲痛な色も見える。

 手には二振りの刀剣。西洋寄りの造りで鍔口に蒼と紅の宝珠が輝く。宝珠は淡い輝きを放ち、刀身を含んだ全体に薄い膜のようなものを張らせた。

 相対する青年を前に、俺は震える唇を開く。

「ゲンメイ……何故、俺の前に立つ」

「こちらの台詞だ。リョウト、何故……裏切った」

 互いに互いの名を呼ぶ。が、本来のものではなく舞台上だけに許された肩書き。

 張り詰めた空気の中で言語による前哨戦が繰り広げられる。

「明日葉は、道具じゃない。立派な一人の人間だ」

「貴様にとっては、そうかもしれない。だが、上は彼女を道具だとしか見ていない」

「お前には彼女の痛みが分からないのか?

閉ざされた空間で一生を過ごし、ただ言われるままに研究を重ねて成果は

奪い取られる……自ら生み出したものが世界を殺していることも知らずに!」

「感情的になりすぎだ。人間は人間、道具は道具。あいのこなどいない」

「ふざけるな。俺達は三人、一緒の時を歩んだ。

あの時の笑顔も、想いも全部偽りだったというのかっ!」

「……時とは残酷だな。幼き者の無知も、罪だ。俺達は余りにも世界を知らなさすぎた」

 かみ合っているようで、かみ合っていないやり取り。

 向き合う者同士が内心を晒し、同じ世界で抱いたはずのものが重ならない。

 空虚な幻想を切り裂くように軍服の青年、上神(こうがみ) 玄明(げんめい)が眼前で刃を交差させ、硬質の音色を奏でる。

「一度しか言わないぞ。リョウト、軍に戻れ。貴様には重過ぎる荷だ」

「思考せず命令されたまま動くだけ……軍の(いぬ)に成り下がったか、ゲンメイっ!」

「あくまで、戻らないというのだな」

「お前こそ何故連中の言う通りに動く。そんなにも上神の名が惜しいのか」

「……貴様と、明日葉だけ逃げて残された咲耶が、どうなるか承知の上で、か」

 震える声。感情を押し殺し、仮初の追跡者を演じている。

 心の砕ける音が聞こえた。何かを守るために、何を優先しなければならないのか。

 にじり寄る玄明と俺は二人で地面に円を描くようにしながら移動していく。

 視線を左後方へと向ける。新たに舞台上に光が差した。

 亜麻色の長い髪を持つ、白衣を身にまとった女が姿を現す。

 言葉なく、沈痛な面持ちだった。声なく唇が動き、だが言葉として発されることなくこぼれ落ちていく。視線が交錯し、すぐに逸らされた。黒い瞳が、どうあっても闘争を止められぬ諦観の色に染まっていた。

「……どうしても戻らぬというのであれば、力づくで連れ戻すだけだ」

「ゲンメイ、お前も――」

「くどい。上神の名よりも、明日葉の自由よりも私は多数の助命を望む」

「明日葉を、泣かせてもか」

 俺の問いかけに、玄明は行動で答えた。

 木製の床を蹴って刃を振る。俺は後方に跳躍して回避。続く足払いを靴底で受け、そのまま体重を乗せる。蒼い宝珠がはめられた剣がへし折れた。

 片方の刃を捨てた軍服の青年が両手持ちで刃を振り下ろす。紅い宝珠が輝きを増し、鋭い風鳴りと共にコートを浅く裂いた。左頬が熱い。液体が流れていく感覚。

「この、分からず屋がっ!」

 包帯を巻いた左手の親指を除く四指を曲げて掌底(しょうてい)を放つ。触れるか触れないかで空圧が生まれ、大槌を叩き込まれたように玄明が吹き飛んでいく。

 床を転がっていき、反動で立ち上がって再び跳躍し接近。迫る刃を拳銃で受け止める。鈍い悲鳴をあげながら拮抗していた。互いに頭を振りかぶる。

「咲耶ちゃんは、自分に時間がないことを悟っていたんだッ」

「だからっ! 上層部に咲耶の命を、薬を握られた私は逃げられないのだ!」

 頭突きを打ち合って、額を吐息をぶつけて仰け反る。一瞬の隙も見せてはいけない。

 自らの内側に渦巻く気を練り、撃ち放つように再び掌底を放つ。

 あえて腹に受けた玄明の唇には笑み。

「効かぬな……リョウト。銃を失い、片腕を失ったお前に何ができる」

「まだ、右手が残ってる! 俺の魂を込めたモノがッ」

「拳銃ごときでっ!」

 感覚を失ったように、だらんと左手をぶら下げる。

 巻かれた包帯の内側から紅が染み出し、広がってやがて滴り落ちて床を濡らす。

 俺の右手が握った拳銃は玄明の額に、玄明の刃は俺の首筋に当てられていた。

「はい、カァァァットォっ!」

 緊迫した雰囲気を断ち切る甲高い声が室内に響き渡る。続くのは拍手。さらに続き、連声にこだましていく。鋭敏な感覚には少し痛いくらいの大喝采だった。

「すっげぇ……来々(くるるぎ)ってあんなに動けたんだな」

「クレス様、素敵すぎ……」

「クレッシェンド様になら殺されてもいい」

「嫌よ! あたしは守られたい……クレス様だけのお姫様になりたい」

「俺は来々木の向こう見ずな演じっぷり、嫌いじゃないぜ」

「私も、奪い去られてみたいかも」

 様々な声が響く。黄色いものが余りに多すぎる。

 向き合った俺と、玄明を演じていたクレスは互いに微笑みあう。

「なぁ、ちょっとやりすぎじゃないか」

「思ったより完成度がよくてね。その拳銃も本当に弾丸が飛び出さんとする勢いだよ」

「ああ、すごい精巧だけどさ」

 俺は血糊が滴り落ちる左手で舞台上を指差す。

 折られた模造刀が悲しそうに床の上で寝そべっていた。

 拾い上げた、明日葉を演じていた遥姫が目を丸くしながらも、曲がった部分を元に戻そうと踏ん張っている。どたどたと舞台上に上がる音。

「ひ、姫っ! 危ないです。触っては……」

「もう、子供じゃないんだからそんなに心配しなくても」

「案じます。姫の危機には心臓を三途の川に浸すような想いです」

「そ、そんなに?」

 重々しく頷いたのは刃助だった。広がる観客席で賛同し首肯する男子生徒共。

 俺は苦笑いを浮かべるしかなかった。さらに一人の女子生徒が舞台に上がる。

 黒いボブカットがふわりと舞う。血糊で汚れるのも構わずに少女の白くか細い指が俺の左手を撫でていく。赤黒い瞳が俺を見る。

「気持ち悪くなかったですか?」

「あ、ああ。大丈夫だ」

「本当にぃ?」

 にまぁ、と笑う加賀見。舞台上の演技ではなく、本当に死線を潜り抜けた仲間。

 たくさんの生徒達が俺を見ている。

 慌てて平静を、普段通りの〝来々木 亮〟を取り戻し演じる。

 小さな声で返しておく。

「知っている癖に」

「ふふ。でも、本当に素晴らしい動きでした」

「まぁ、な」

 何か言葉を繋げようとしたが、迫る顔に心臓を脅かされる。唇と唇が触れ合うくらいに近くまで迫ってから、猫のような笑みで離れつつ切られた頬に絆創膏を貼ってくれた。

「そんな調子じゃラブシーンなんてできないですよぉ?」

「……やるのか」

「どうでしょうかねぇ」

「できればやめて欲しいんだが」

「と、リョウト・サイレンサさんは仰ってますがぁ……皆さんはいかがですかぁ?」

 焦る俺の内面を見透かしているように加賀見は微笑みながら生徒達に問う。

「おい来々木。マジで遥姫様と口付けなんて交わそうものならブチ殺す」

「お前、あの動き見て殺すなんて言えんのかよ」

「そりゃ無理だ。達人クラスじゃねぇかよ」

「できねぇのに吼えるってなんなんだよ」

「あ? お約束ってやつじゃねぇか」

 喧嘩腰になった男子を、遥姫から模造刀を取り上げた刃助が仲裁する。

「待て待て、素晴らしい演技の後に水を差すでないぞよ阿呆共」

「お、おう刃助。おめぇ、その刀……」

「これか」

 べっきりと模造刀は半ばほどで折れていた。蒼い宝珠の輝きは今や(むな)しい。

 別の男子生徒が駆け寄ってきて、壊れた模造刀をぶんどった。

「お、俺の最高傑作がぁぁぁぁぁっ!」

「すまん。力で押し戻そうとしたら、ちょーっと加減を間違えてしまって、な」

「茶目っ気たっぷりにウインクしても気持ち悪いだけだろうがよぉぉぉっ!」

 別の抗争が勃発していた。アホと哀れな道具製作者は放置しておく。そんな男子生徒を横目にささめきあっていた女子生徒達が意を決したような表情を浮かべる。

「私は、その……もっと来々木君と、クレス様が寄ってもいいかな、って」

「べ、別に変な意味じゃないからね! ドアップを映してくれた方が嬉しいかな、って」

「決して唇と唇が触れ合うとか、あまつさえ間違って中に入っちゃったりとか!」

「し、してもいいようなしなくてもいいような、そんな複雑な乙女心?」

 彼女達に隠す気があるのかないのかは知らないが、加賀見が新たに書き起こしたこの作品〝幻想の贄華(ファンタズム・ニルヴァーナ)〟は遥姫を含む淑女が嗜む娯楽遊戯、有体に言えば男同士の絡みアリのゲームを元に書き起こされている。

 隣のクラスも巻き込むよう煽動した張本人である加賀見も苦笑していた。女子生徒連中の発言は即刻記憶から削除、完了。まかり間違ってもそんなことになってたまるか。

 そんな普通の当たり前にすぎる受け答えのくだらなさに自嘲してしまう。

 まだ、俺はこんなところにいる。この世界に生きていて、存在している。

 表情に(かげ)りを見せた俺を案じてか、収拾しようと加賀見が手を叩く。

「ハイハイ、ひとまず今日は予定通りに進んだので、編集組は動画チェックよろしくですよぉ。あ、道具製作さんは悪いんだけど、また一つ刀を作ってね」

「加賀見さんよ……簡単に言うけど、これ造るのにどんだけかかったことか」

「そうしょげない! なんだったら気晴らしに東の世界刀術館にでも行かない?」

「お、それはいいかも。インスピレーション沸きそうだし」

「俺も見てみたいっ」

「クラスの殆どが出て集団戦やるんだろ? 当時の戦装束とかも見たいしな」

「じゃ、移動先が決まったところで皆さん撤収っ!」

 促すように手を叩く加賀見に従い、各々の荷物を担いだ生徒達が出口へと向かう。刃助は道具製作者に連行されていった。ある生徒は観客用の座席を掃除していき、別の生徒が舞台上の汚れを片付けていく。

 片付けを終えた生徒が放り投げた雑巾を左手で受け取る。

 演出に使ったライトや道具を片付け、整理し確認点検して去っていく生徒達を見送る。

「さ、あたし達も行きましょうかねぇ」

「……すまん。加賀見、有難う」

「いえいえ。それより、本当に怪我の方はいいので?」

「ああ、もう治った」

 手渡された自分の鞄を右肩からかけて、右手で血糊を拭いつつ包帯を解いていく。

 破裂した血糊入りの袋を雑巾にくるみ、残ったものも取り除いて鞄に用意していた袋に放り込む。露になった左手には傷一つなかった。

 悪寒が走る。顔をあげると遥姫が俺を睨んでいた。

「来々木君……本当に、心配した、よ」

「すま……いや、大丈夫ですよ。姫」

「覚えていたから、許して差し上げましょうぞ?」

 刃助の真似をして可愛らしい笑みを浮かべる。

 表向きは、許してくれたようだ。本当は拭い去れずに心に残る霧があるのだろうが。

 いつか、話さなければならない。そして、終わりにしなければならない。

 始まった以上、終わらない関係性はないのだから。

「はいはい、主人公とヒロインさん? 見詰め合ってないで行きますよぉ」

「そ、そうだな」

「う、うん」

 加賀見の言葉で互いに我に返る。小走りに駆け出す遥姫を加賀見が追いかけていった。

 何事か話し合い、頬を紅く染めている。大方、脚本の原作ゲームの話なのだろう。

 肩を叩く手。クレスが柔和な笑みを浮かべていた。

「さ、僕達も早く行かないと本当に怪しまれちゃうよ?」

「……悪い冗談だな」

 絡み付く闇の糸を振り解いていく。

 先に出た生徒達や加賀見、遥姫を追いかけて学内にある多目的ホールを後にする。

 六月半ばを過ぎたアルメリアの空は、平時となんら変わらない青さを晒していた。

 王を失っても、当たり前のようにこの世界は回っている。

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