3-29 神威の門、開くとき
来々木 亮が目覚めた頃。首都中心部のとある建物の一室。
天井には豪奢なシャンデリア。壁や床は大理石が敷き詰められ、ノット数の多い煌びやかな金刺繍が施された絨毯が敷かれている。
広い空間に配置された家具もまた贅の限りを尽くされた品物で、大木から切り出したようなきめ細かい木目を魅せる長机を、毛皮をふんだんに使い敷き詰めた椅子が囲む。滑らかに磨き上げられた机には白いテーブルクロスがひかれている。
準備された食事からは仄かに湯気が立っていた。
椅子の数は八つ。机の左側に三つ、右側に四つ向かい合うように配置されている。
奥に鎮座する一つだけ、他の椅子に比べてさらに豪華な装いになっていた。
尻に敷くクッションと、傍の黒い台に酒瓶が置かれている。
うち、右の奥から二番目と三番目の席は既に埋まっていた。
手前の青年が性別としては似つかわしくないほど長い銀髪を左手で弄りながら、右手のワイングラスを傾けて中身を飲む。
すらりと伸びる手足はシャツとカーゴパンツという軽装に包まれていた。
「かぁー……苦い、不味い。クソワインだな。全然管理が行き届いてないじゃねぇか」
「勝手に見繕って開けておいて、よく言いますね」
「はぁ? 呼びつけておいて酒の一つも出さない方がおかしいんだよ」
「料理は並んでいますが」
「わぁーってるよ! 先に食いつくのは悪いと思ってるから酒を嗜んでいるんだろうが」
「酒ならばよい、という理論は一体どこから出てくるのでしょうか」
青年と会話を交わすのはくぐもった声。
騎士甲冑をまとった人物は兜に空いた三本のスリットから暗い青の輝きを見せる。
「そもそも、時間が決まっていない。知らされていたのは今日という日付だけです」
「そーいや、お前は俺っちが来る前からいたけどさぁ、いつからいるのよ?」
「まるで反抗期の子供ですね。何とかならないのですか、その物言いは」
「あ? ただ聞いてるだけじゃねぇか。なんでそんなに上からなんだよ」
「ああ、そうでした。申し遅れましたね。私の名はディアス。
ディアス・ディカール……頂いた銘は〝万軍〟」
あくまで慇懃な態度で鎧、ディアスが答えた。ごとり、と重い音が響く。
椅子の背もたれに引っかけるようにして大剣と盾が置かれる。
兜の左右には羽を模した飾り、肩鎧も翼をイメージしたような意匠で全体的に歴戦の勇者を思わせる風格を漂わせていた。青年がまじまじとディアスの体を検分していく。
「レギオン、ねぇ。どう見てもたった一人にしか見えないけどな」
「軍勢たる個、個たる軍勢……ただそれだけのことです」
「良く分からん。小難しいことを並べたてりゃ賢いってわけじゃないぞ!」
「負け惜しみにしか聞こえません。馬鹿なのですね」
「あ? 馬鹿っつった方が馬鹿なんだよっ!」
がたり、と椅子を蹴飛ばして青年が立ち上がった。
飛ばされた椅子に押し倒される形で、右側の一番手前の椅子も倒れる。
鼻息荒い青年を前にしてもディアスは全く動じることはなかった。
「それで、お名前は? 発される圧から察するに、私よりも前に造られたようですが」
「……ちっ、確かにな。腹立たしいが、アンタは俺っちより後らしい」
「お名前を」
青年の表情が歪む。ディアスの内側から発される声は、まるで冥獄から響くような冷たさを孕んでいた。ごくり、と喉を鳴らす音だけが静寂たる空間に鳴る。
青年が絨毯の上で膝をつき、椅子を立て直すと荒々しく尻を乗せた。
「ラプトアだ。フルネームはラプトア・プラウマリス。もらった銘は〝混沌〟」
「ケイオス、ですか。成る程、荒々しさの中にうねる生命の脈動を感じます」
「レギオンは俺っちの上、つまり第六位様ってことだ」
「私よりも後に生み出された方々はもっとお強い」
「わーってるよ。言われなくてもな」
不快そうに吐き捨てて、ラプトアと名乗った青年は改めて前に、正確には並ぶ料理に目を向ける。肉の丸焼き、数種類の大魚を丸ごと活け造りにしたもの、様々な野菜の肉巻き。
濃厚な肉汁を含んだ煮こごり、からりと揚げられた唐揚げに、肉包み。
バランスを取って野菜中心のサラダ。生野菜をスティック状にしたものがグラスに刺さっている。肉も魚も野菜も盛りだくさんだった。
簡易コンロに鍋が設置されており、各々でこじんまりとした鍋料理を作れるような準備までされていた。ラプトアが生唾を飲み込む。
「なぁ、やっぱり食っていいよな。こんだけ料理あるんだからさ」
「下品な……賓客が揃い、挨拶を交わしてからにするべきです」
「そうは言ってもよ、料理が冷たくなるばかりだぜ。鍋は後でも食えるけど」
「本当に、辛抱のない。子供のような駄々を――」
ぐるるるるる。ディアスの内側から響く音に、ラプトアの人間にしてはやけに尖った耳がぴくりと跳ねる。表情はまさに悪戯を思いついたような笑み。
「なんだよ、アンタも食いたいんじゃないか。大人ぶってよ」
「違います。私の内側にいる者達が哭いているだけ。気にされなくとも構いません」
「でもさ、アンタが欲しがっているのは事実なんだろ。食えばいいじゃん」
「……食すると、居並ぶ料理を全て平らげてしまうことになる」
ディアスが手甲に覆われた手で多重積層の鎧を撫でる。
細かい板金が並ぶ胴体の装甲はまるで檻のような模様を刻み込んでいた。
くるるる、ぐるるるると隙間から鳴き声が漏れ出す。
一気に室内の温度が下がったような気がした。ラプトアが身震いする。
「アンタ、一体……〝何人〟いるんだよ」
「先に申し上げた通りです。少なくとも貴方よりは多いですよ」
「や、やっぱり俺っちには敵いそうもないや」
叱られた犬のように、ラプトアは居住まいを正した。
ディアスが腹から鳴らす声に混じって、くすくすと笑い声が響く。
耳ざとく聞きつけたラプトアが、また椅子を蹴散らしながら立ち上がる。
「誰だっ!」
応じる声はない。ディアスも沈黙を保ったまま、騒々しく泣き喚く腹を手で覆いつつも、鉄を軋らせて向かい合った空席の一つへ兜を向ける。
「どうやら、既にもう一方お着きだったようですね。失礼しました」
空席の一つ、すぅと霧が晴れるように青紫のローブをまとった人物が姿を現した。
深くフードを被っているため全体は見えないが、唯一露になっている唇に引かれた血のように紅いルージュが女性であることを示している。
「ふふ、ふふふふ。すまぬ。余りにもおかしゅうて、おかしゅうて我慢ならなかった」
「こそこそ居座ったり笑ったり、誰だてめぇっ!」
「ほぅ。いぬっころは良く吼えよる。
妾の姿を拝みながら、何も感じぬと申すのかえ」
「あ? 犬だからって発情して尻尾振るなんて思い込んでんじゃねぇぞ」
「ふふふ。ここまで愚かしいと、妙にすっきりするものよ。のぅ、ディアスとやら」
話を振られたディアスは、己に巣食うものを抑え込むように両手で腹を押さえていた。
ラプトアがこめかみに青筋を立てながら猛る。
「ざけんなよ! てめぇ、女が何様のつもりで――」
ぐん、と空気が重くなった。
テーブルに並ぶプレートの持ち手が変化し、大地に引かれるように折れ曲がり落ちる。
ラプトアの肉体も縛り付けられるように横倒しになった椅子に座らされていた。
先に転がったままの椅子が乾いた悲鳴をあげ、全体に亀裂を生み出し砕けていく。
椅子のあった床が鉄球でも激突したかのように凹んだ。
「力量差が分かったかえ。序列第七位、実験生物のラプトアよ」
「て、んめ……ぇ、こ、のっ!」
「畏れず噛み付く度胸だけは認めないでもないその銘の通りに、
世界をかき乱すがよい。この妾の体に合わぬ、朽ち果てた世界をな」
女はただ、右手を掲げていただけだった。
声の若さとは裏腹に老獪な指揮官のように、皺の目立つ節くれだった手をテーブルクロスの下に隠す。しゅるり、という音と共に再び掲げられた手は白い手袋に覆われていた。
「失礼。序列第四位、ヴィドー・ウィンザード殿とお見受けするが、いかに」
「然り。妾はヴィドー。背の君より賜った銘は〝魔滅〟」
「挨拶もなしに戯言を並べてしまい、どう申し開きをすれば……」
「よい。妾も楽しんでいたからの。喋る奇怪な鎧と、獣臭い小僧とのやり取りを」
ヴィドーと名乗った女は王が臣下を許すように、軽く手を振ってディアスの構えを解かせた。ラプトアが舌打ちして、椅子を立たせる。
「なんじゃ、いぬっころ。まだ足りぬかえ」
「…………すみません、でした」
「分かればよい。所詮、造られし者。オリジナルの転生体である妾に勝る道理もなし」
満足そうに唇で笑みを示し、ヴィドーが手近にあったワイングラスを手に取る。
不可解な重圧から逃れた酒瓶が独りでに浮かび、まるで執事がそうするように中身を注ぐ。グラスを揺らし、ゆっくりと香りを楽しむと深紅の液体を口内へ導いた。
「ふむ。鼻腔を通る芳醇な香りに、舌触り良く万人が楽しめる。犬には勿体無いかの」
「ぐ、ぬぬぬぬぬ」
「ヴィドー殿。お戯れも、その辺りで」
「妾に命令するでない。妾を操れるのは天上天下においてただ一人、我が背の君だけ」
嘲りと共に零すと同時、ヴィドーが一点を見つめる。
ラプトアにディアス、ヴィドーと全員が入ってきた唯一の出入り口である扉が開く。
黒い革靴を履いた足で室内に踏み込んできたのは、燃え盛る炎のように逆立てた紅の髪に金色の瞳を持つ男。全身を黒のスーツで固めた、本来この世界にいるはずのない人物。
「アンタ、確か殺られたはずじゃ……ってか、何でここが分かるんだよ!」
「おいおい……お前達を造り出し、組み替えた恩人に対する言葉かよ」
「まさか、それじゃあアンタが俺達の創造主で、この世界に君臨する、王様」
「そうだ。俺こそ貴様らを統べる王、ストラ・クトエディン
ならぬラスト・エンディクト。〝終焉〟のラスト様だっ!」
高らかにアナグラムな偽名を捨て去り、真名を告げたラストが歩いていく。
向かった先は一番奥の豪華な椅子。どかりと座り込み、足を組む。
物言わずヴィドーはじっ、とフードの下からラストを睨んでいた。
ディアスは沈黙したまま。ラプトアはいつ許しが出るのか今か今かと待ちわびているかのように料理に釘付けで、構わず涎を垂らしていた。
「ああ、いいぞ。食っても」
「やったぁ! さっすが、主様は話がわっかるぅっ」
「都合のいいことだな。まさしく主人の命令を待つ、お預け状態の犬だったわけだ」
からかうラストを気に留めることなく、ラプトアが摂食し始める。
小さく笑いながら、荒々しい獣のような食事を頬杖をつきながら眺めるラスト。
ヴィドーの手袋に隠された手が掲げられる。
「なんだ、ヴィドー。お前も遠慮なく食えよ。それとも〝背の君〟の命が聞けないか?」
「腹立たしきものよの。くだらぬ真似をするな」
「おぉ、いいのかよ。お前様の大事な、だーいじな人の言葉に逆らうってのか?」
「焼き尽くしてやろうか、卑しき蟲めがっ!」
空間が爆ぜた。見えざる射手が弓を引いたように、緋色の閃光が駆け抜けていく。
標的は奥の席に座するラスト。額を貫くかと思われた矢は的を射抜くことなく壁に突き立った。周囲が焼け焦げ、起点として炎に包まれていく。
が、続いて突き立った見えざる刃によって消し止められた。
正確には消火作業のために放たれたものではなく、霧散したラストであった群像をかき乱そうとする意図があった。即ち、悠々と回避されてしまった。
空気がざわめく。嫌な気配に体を蝕まれるように、気持ち悪さが総身に走る。
まるで地面を這い回る蟲が肌を登ってくる感覚。
凝り固まった不快さが一点に降り立つ。
ヴィドーが座っている椅子のすぐ隣、左側の手前から数えても奥から数えても二番目である真ん中の席に黒い群勢が集合して人間の形を作り出した。
先程の、ラストの出で立ちとは対照的に白いシャツに白の綿パンをまとった細身の体。
ラプトアに負けずとも劣らない漆黒の長髪を三つ編みに結い上げている。目元は茶色のサングラスで隠されているが歪められた唇は嘲笑を湛えていた。
「そう怒るンじゃねェよ、第四位」
「痴れ者め。我が背の君を嘲弄するか」
「いンや? そォ受け取ってンのはお前の勝手だろォが」
「……妾と遣り合おうと申すか。よいぞ、第三位と言えど手加減はせぬ」
「ほォ……ヤるってンなら、相手してやってもいいぜ」
空気が振動する。ヴィドーが発する見えざる波長と、対峙するラストに化けていた男が放つ壮絶な嫌悪感が混ざり合い、息苦しさと重圧を感じさせる。
たった二人だけで建物を全壊せしめる予感があった。
「やめておけ」
再び開かれる扉の方へ全員が顔を向けた。
先に入ってきたのは黒スーツを着込んだ炎髪金眼の男。続くのは、大岩から削り出したような巨体を揺らす大男。壁にぶつからぬよう下げられた顔があがる。注視する者達の目に飛び込んできたのは般若の面だった。
「お、そんな全員に見られると照れるね」
「……随分と、愉快な者が揃っているようだな」
「まぁ、生まれた時間は違ってもお前達は兄弟みたいなもんだ。
あんまり邪険にしなさんな、ミシドウ」
「そう聞こえたか。ならば非礼を侘びよう。すまぬ」
ミシドウが巨体を曲げて頭を下げた。
動きの一つ一つに荘厳さを感じさせる。
声には刃のような鋭さと冷たさが同居していた。
対して、ミシドウを引き連れてきた本物のラストは飄々(ひょうひょう)としている。
「メガリカ、無駄に突っかかってやるな。そんなに退屈だったか?」
「まァ、この世界も中々に面白いな。単純に俺の
下につくモンがどれほどヤるか知りたかっただけだ」
「妾はうつけの配下ではない。妾の全ては我が背の君にある」
「ハイハイ、分かったよォ。悪かった悪かった」
「その辺にしとけ。他の連中がビクついてる」
ラストの仲裁で、渋々ヴィドーが自らの席に腰を下ろした。
メガリカが鼻で笑い、左隣の席に座る。
ラストはミシドウを引き連れて歩き、自らは立ったまま左側の席に座るよう促す。
従い、メガリカの左隣にミシドウが座った。ダークグリーンとブラウンを合わせた羽織袴を着込んだ巨体は並ぶ料理や部屋の調度品とはまるで合わない。
「よォ、随分とアルメリアテイストな服装だが自前かァ?」
「我の仕事柄故に、な。不快か」
「いンや。くくく、面白そうだなァ」
「初合わせで、どう答えればいいか迷うが、かたじけないと言っておこう」
「くくくッ……いいな。陰険女より大分いいぜ」
楽しそうにメガリカが笑う。ミシドウは少し困惑したような表情だった。
顔をあげて反応を示したヴィドーはラストに目線で沈黙させられ、俯く。
ずっと沈黙を保っていたディアスの蒼炎のような瞳と目があって、ようやくラプトアは自らが掴んだままの唐揚げを口に放り込んで咀嚼し始めた。
くっちゃくっちゃと粘質な音が響く。ナイフもフォークも、一切の食器を使っていなかったせいで両手は様々な汁に汚れ、口元にはケチャップが血のようにべっとりとついていた。ラストがラプトアに向けて笑顔を見せる。
「楽しくやってるみたいだな、ラプトア」
「えっ……はい、その、あの、えっとですね」
急いでシャツの袖で手を拭い、さらに口元を拭く。今度はシャツがぐちゃぐちゃになった。メガリカが小さく笑うのも気にせず、ラストは笑顔のまま口を開く。
「あー、どうせメガリカが馬鹿やったんだろ。気にするな」
「へっ、じゃあ、その、怒られないので、しょう、か」
「力量が分かるのも十分強い証拠だ。俺達は、今はたった八人の同胞なんだから」
「でもよォ、一人足りないンじゃねェのか」
メガリカの言葉通り、席は一つ空いている。
正確にはヴィドーの力によって砕かれた席も合わせて二つ空席があった。
力を発現させようと白い手袋に包まれた右手が上がり、またラストの目で制される。
「いいよ、ヴィドー。どうせ奴は来ないから」
「じゃがの……」
「いいって。お前の力は命を削る。使い時を誤るな」
「勿体無き言葉……」
頭を下げるヴィドーに手を振ってやめさせるラスト。
「そういう仰々しいのはいいって。残りは遅れて来る」
「あの者も、席に加えるのかえ」
「不満か?」
「ない。我が背の君が定めた事柄に、妾が異を唱えようはずもなかろう」
「そうか。なら〝扉〟を開いてやってくれ」
「……それが、背の君の望みであれば」
搾り出すように、苦々しさを露にしたヴィドーが右手を掲げた。
近くの空間を断ち切るように手刀を打つ。
空間が歪み、壁紙がめくれるように風景の一部が切れて闇が生まれた。
「よいしょ、っと」
少女の声が響く。空間を割り裂いて踏み込んできた足にはローファー。
続いて一気に転移してきた小柄な肉体は阿藤学園の制服を身に着けていた。
黒いボブカットに、赤黒い瞳が好奇心でくりくりと動く。
胸元に手を当てて少女が恭しく礼をした。
「初めまして、皆々様。あたしの名は鏡華。
加賀見 鏡華といいます。よろしくねっ」
そして全員へ向けて明るい笑顔。
ディアスは三つのスリットが空いた兜の奥で瞳を揺らすだけ。ミシドウも目して語らず、メガリカはくつくつと口内で笑っている。ラストも笑顔を浮かべたまま。
ヴィドーだけが下唇を噛んで不快感を露にしていた。
「つまらぬ。見え透いた虚飾はやめよ、ミラージュ」
「はっやーい。バラすの早いよ、お婆さん」
「痴れ者め……っ」
「おっと」
鏡華が跳躍し、見えざる力を回避。数瞬前までいた箇所の床が凹んでいる。
同様に二つ、三つと鉄球をぶつけたような穴が開いていくが、全てギリギリで回避された。くるくると回りながら、メッキが剥げていくように容姿が変化していく。
黒髪はイズガルト側の王侯貴族を思わせるような橙色の巻き毛に、くりくりっとした赤黒い瞳は紫の輝きを放っている。制服は大量のフリルで飾ったドレスへと変わっていた。
「奇怪な雌よの」
「しわくちゃのお婆ちゃんに言われたくないかなぁ」
「いくらでも虚を吐けよう。いかようにも容姿が変えられるのであれば、な」
「そう。ワタシはあらゆる存在の鏡。序列第五位、ミラージュ・ヘレイズ」
名乗ったミラージュは改めてスカートの裾を摘みながら、可愛らしく礼をした。
メガリカが嘲笑いながら右隣を見やる。
ヴィドーはただ何かを堪えるように震えるだけだった。
一人だけ目を丸くして凝視していたラプトアが呟く。
「か、可愛い」
「でしょ? ラプトアちゃんは話が分かるみたいねぇ」
「はっ……しまった、五位様に失礼をばっ」
「いーのよ、ワタシはその辺気にしないから」
はしゃぐラプトアとざわめく空気を引き締めるようにラストが手を打つ。
目線で促され、ミラージュが移動しディアスの隣に座った。
放たれた投げキッスにもディアスは兜の内側に囲う蒼炎を揺らすだけ。
「さて」
ラストの声に、また全員が主たる男へと視線を預ける。
「初めて顔を合わせる連中も、既に知った連中も等しく仲間だ。
今はまだ、この世界にたった八人だけの超越者だ」
「集めたってことは、新しい命令をくれるんで?」
「急くなよ、ラプトア。ディアス、制御は大丈夫か?」
「……はい。戦闘になれば、たらふく頂けるのでしょうか」
「ああ。たっぷりとな。そのためにラプトアと一緒に任務についてもらう」
「俺はどォすればいいンだ?」
「メガリカは待機だ。しばらく適当にやってくれ」
「野放しにしてていいのかよォ? ムカつくクズを適当に潰すかもしれねェぞォ」
「やれるものならな。アルメリアにいる〈死神〉共は強大だぞ」
「ハン……それは楽しみだなァ」
奮起するラプトアに、鎧の中の何者かを哭かせるディアス。
メガリカは新しい獲物を見つけた猛獣のように舌なめずりをしていた。
身を乗り出してミラージュがラストに抱きつく。
「ねぇ、ワタシはワタシは?」
「お前は今まで通り、潜ってくれ。連中の動向と成長具合をな」
「ふふふ。いつか真実を教える時が楽しみだね」
「ああ。絶望の質は落差で決まる。どんな色合いを見せるだろうな」
「きっと、いい色よ。とっても、とぉっても素敵なとろけるような味」
ぱっ、と離れてミラージュが席に着く。
ラストはやれやれ、といった調子で溜息を吐いた。
「そう拗ねるなよ、ヴィドー。アルメリアに門を
刻むのは、お前にしかできない最重要任務なんだから」
「……そ、そうじゃ。妾だけが、できる仕事」
「ああ。ぬかりはないな?」
「当然じゃ。妾に全て任せよ」
「頼りにしてるぜ。ミシドウ、お前も普段通りに過ごしてくれ」
「相分かった。時が来るまで、静かに若き命の剣戟を聴くとしよう」
「存分にお前の剣を磨いておけ。さて、杯でも交わすか」
それぞれの命を胸に秘めて、グラスに血のようなワインが注がれていく。
全員が手に掲げる。打ち鳴らし、叩きつけることはないがそのさまは旧時代に行われた勝利祈願の儀式に見えた。
喜悦に歪んだ笑みでラストが告げる。
「とうの昔に種は撒いた。芽吹き、育った呪いは世界に散っている。収穫の時はきた」
七人の声が重なる。
『イリュンゼノンの名の下に、世界の全てを刈り取るッ!』
そうして、新たな舞台の幕が切って落とされた。




