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灰色の境界  作者: 宵時
第三章「争いを生むものを廃絶し、恒久和平を実現する」「貴様に世界は救えない」
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3-20 宣戦堕国

 俺は目を逸らさない。もう、目の前の現実から逃げない。

 無数の円筒形が……橙色の液体に満たされた容器が視界に飛び込んでくる。

 両側の壁に並べられている円筒形の装置には、俺が見た〝機械化された兵士〟が入っている。正確に言えば、その中身らしきものが詰まっている。

 ぷかぷかと装置の上部に浮かぶ脳髄。

 電極でも挿すように脳から伸びた線が、鋼鉄造りの首に繋がっている。

 蠕動(ぜんどう)する筋肉は生々しい紅を晒し、鉄のスプリングと絡み合う。

 脚部も同様で膝部分には鉄板が張られている。

 (くぼ)みがあり、抜き身の刃が仕込まれていた。

 隣に置かれている鎧のような装甲をまとえば、俺が見たままの機械兵士が完成する。

「……誰だ。この階層へ立ち入ることを許可した覚えはないが」

 くぐもった声が響く。がしゃり、がしゃりと機械化された軍勢と似た足音を鳴らして、〈灰絶機関(アッシュ・ゴースト)〉の統率者ハル・マリスク・アルメリア……旧日本を滅ぼした王が姿を現した。

 素顔は菱形の鎧兜に覆われて見えない。

 目に当たる部分が出っ張り二本の細い線が刻まれている。

 過度な装飾はなく肉体を覆うための鋼鉄を必要最低使う、すらりとしたフォルムで手甲部分だけがやけに厚く造られていた。甲鉄に覆われた右腕が掲げられ、装甲というよりは機械そのものの細い指先が千影を指す。

「千影。お前を呼んだ覚えはないし、〈死神〉共を招き入れる許可を

出した覚えもない。……勝手も度が過ぎると処罰を考えねばならない」

「ふん……いちいち許可を取る必要などないな。悪の世迷言には付き合えん」

「悪? 悪だと? 私の、何が悪というのだ」

 肩をすくめ、おどけた調子で問うハル。

 だが頭部から覗く赤黒い輝きは壮絶な寒気を感じさせた。

 千影は変わらず、いつも通りの砕けた口調で返す。

「〝こいつら〟を並べ立てて、よくもそんな

言葉が飛び出るものだ。ふざけるのも大概にしろ」

「ふざけてなどいない。この国は私が作り上げた。

私が、ハル・マリスク・アルメリアが法だ」

「うつけが。法よりも原初の罪が優先される。貴様の行いは悪逆そのものだ」

「何がだ。何に憤る必要がある。新しく投入するのは学習機能を持つ鋼鉄の兵士だ。

期限付きの命に頼ることも、不安定な精神に揺らぐこともない完全無欠の駒だよ」

「ふん……で、その人形は何のために使う?」

 俺も、リオンも口を挟むことができない。

 静かに、だが熱く激しく打ち鳴らされる言葉という刃の剣戟に気圧されている。

 名前だけしか知らない、殆ど表に出ないハルの姿。旧体制の破壊から、人々に貢献する技術の提供とさらなる発展で築き上げた功績は大きい。

 賢王、善王とも呼ばれたハルが、本当に私利私欲のために動くのだろうか。

 積み重ねてきたものの山を一気に突き崩せるものなのか。

 表情の読めない、兜の内側でハルが小さく笑う。

「決まっている。犯罪者を駆逐するためだ。ひいては、罪を引き起こす悪しき心を殺す」

「ほぅ……私利私欲のためには使わぬ、と」

「当然だ。私がなんと呼ばれているか、知っての戯言か」

「救国の聖者、法の守り手、人類の救済者……はっ、くだらない呼び名など意味はない」

「賛辞はあれど、批判はない。私は、正しく技術が人々に役立てられることを至上の喜びとしているからだ。だから、無用な争いを引き起こす前にハーネット夫妻も始末した」

 じと、と赤黒い眼光が俺……いや、リオンを捉える。

 足を縫いつけられたように動けない。

 あの機械化された兵士の軍勢を見た時の恐怖と、錯乱しかけた情景が脳裏を掠める。

 だが、きっとリオンへぶつけられるプレッシャーはもっと大きい。

 恐怖か、それとも抑えきれぬ怒りを抱えてか、震える声でリオンが問う。

「貴女が……私の、両親を殺害したのですか」

「お前の両親による人機一体の構想は素晴らしいものだ。戦いの

道具になどしなければ、こうして有効活用できたものを――」

「嘘だ。嘘です……貴女も、兵器として利用しようとしているっ!」

「何故断言できる。私が、何のために武力を行使するというのか」

「貴女が、武力そのものを嫌っているからです。

それこそ、一番の軍事大国を滅ぼそうと考えるほどに」

「私が? ウランジェシカを? 何の根拠があってそんな……」

「私は一言も〝ウランジェシカ帝国〟とは言っていませんが」

 言葉の応酬が続く。剣によらぬ、拳も用いない重さを持つ言霊での殴り合い。

 相手の隠そうとしていることを引き出し、自らのネタを賭札にして畳みかける。

 甲鉄でハルの表情は伺えない。内側でくぐもった笑い声が響いた。

「誘導尋問か。千影のようなくだらない真似をする……」

「認めるのですね。貴女が僻地から人間を誘拐し、この機械兵士の材料にしていると」

「ああ、誘拐の件か。なんだ、まだカタがついていなかったのか」

「知らぬ存ぜぬ、ですか。こんなものを、造っておきながら……ッ」

「何故猛る必要がある。これこそ、お前の両親が描いた夢だろうが。

人と機械が融合し、人間の頭脳に匹敵したデータの集積回路が人間の

負担を代行する。人類により余裕を生み出し、豊かな時間を使って

人生を謳歌する……至高にして崇高なシステムだよ」

「違う……こんな、こんなものを造ろうとしたんじゃない」

「娘だから何でもお見通し、というわけでもないだろう。

より有効に使ってやっているのだ。感謝し、賞賛するのが

筋だろう。私達が確保せねば、利用されているだけだ。

最低最悪の、ヒトが人を殺し尽くすシステムとしてな」

 またもやリオンは平行線の上を突っ走っている。

 目の前で見せ付けられた〝両親の痕跡〟を前に自制できていない。

 身内が悪として扱われている。間違った事実を、認識を改めさせるためにリオンはクラッドチルドレンとしての自分を受け入れ、〈死神〉を引き継いだ。

 今こそ表に出すだろう。内側に抱えていた記憶の秘密を。

「貴女こそが、恨んでいるんだ。大事な人を殺されたから、

奪われたから、その根源に復讐しようとしているんだっ!」

「……何の言いがかりだ。私が大切に思うのは民だ。国の基盤になる国民達だ」

「貴女が忘れている……いや、忘れたフリをしていても

私は覚えています。ウランジェシカ帝国の女帝ブリズ氏に

抱きかかえられていた、あの日の出来事を。貴女が大切に

守ってきたもの……胸に秘めておいたものが奪われる瞬間を」

「……千影。お前か。お前が仕向けたのかっ」

「今、アンタと話しているのは私だぁぁッ!」

 叩きつけるようにリオンが叫ぶ。

 憎悪と憤怒が入り混じり、鬱屈した感情が爆発しようとしている。

 そんな昂ぶりを俺は肌で感じ取っていた。自然と体は臨戦態勢を取る。

 自らの荷物を降ろし、いつでも刃を晒せるように獲物へ手を伸ばす。

「くくっ……くはっ……あは、あははははははっ」

 張り詰めた空気を打ち砕くように、千影の哄笑(こうしょう)が響いた。

 ハル、リオン、俺の視線を集めた女は懐から取り出した機械を見せ付ける。

 細長い長方形の録音機器。小さなボタンがついている。

 おもむろに千影がスイッチの一つを押す。

 かちり、と硬い音が鳴り音声が流れ始めた。

『……でなければ〝意味〟がないですから…………を巡り、駆け回って

収集してきた情報をハル王に提供して造り上げられた人造兵器。

知核人機(ニアリヒュー)〉が世界に変革をもたらす……』

 雑音交じりだが、はっきりと俺の耳にも聞こえた。

 千影が愉しそうに、淫靡(いんび)に微笑む。

「私の部下は優秀だよ。相対した愚か者との会話をしっかりと抑えてくれた」

「盗聴器……か。姑息な真似をする。お前は、部下を何だと思っているんだ」

「部下は部下だ。単独で行動させるのだから、状況を把握するためにも

万が一のためにも情報を残す手段は確保しておくべきだろうが」

「……くっ、あの偏屈なサディストめ。何故、こんなベラベラと」

 ハルが小さく舌打ちをする。考えうる限り、最高のタイミングだった。

 千影がいやにすんなりと受け入れたのは、この音声データを拾っていたからか。

 だが、いつだ。いつ誰から手に入れて、中身を偽造だと疑うこともなく、こんな……。

「安心しろ。情報を漏らした奴はウチの〈黒の死神〉が葬ったよ。影すら残さずに、な」

「……知らんな。お前が私を貶めるための策略、という考えもある」

「うつけが。それこそ、何のためにやる必要がある」

「知らぬよ。お前が何をたくらんでいようが、私が国民のために働くという崇高な――」

「くだらん。無欲な王などいるものか。目的を持たぬ生物など存在するものか」

 一太刀で斬り捨てるように、千影がハルの言葉を遮った。

 相変わらず表情は見えない。だが、甲鉄の奥にある光源が揺らいだ気がした。

「貴様は善性への奉仕者か。何も望まず、抱かずただただ走狗のように

よりよき発展のため、国の未来のために全てを捧げるというのか」

「王とは全体に奉仕するものだ。誓い、抱いた信念の何を疑うというのだっ!」

「疑うとも。貴様よりも私は何千、何万、何億もの人間を見てきている。

誰もが、己が到達したい場所を持っている。欲したいと焦がれる望みがある。

絶対に、だ。ただ一つの例外もなく人間という生物は完全無欠ではなく、

どこかが欠けている。欠けたものを埋めようと足りないものを渇望する」

「……それは、お前の理屈だ。勝手な思い込みで、無用な憶測を生むな。不敬であるぞ」

「ほぅ、あくまでシラを切るか。ならば問おう。あそこに浮かんでいる脳は、誰のだ」

 千影が自らの獲物である黒刀を抜く。

 黒く輝く刃が示す先は、並び立つ無数の機械兵団……いや、〈知核人機〉の軍勢。

 ぷかぷかと浮かぶ脳髄は、ざっと数えても数十は存在する。

「上の連中は、新しい警備兵は獲得した情報を一つの中枢コンピューターに集められ、フィードバックすることで学習した事柄を共有し、発展させるシステムだと言っていた。ならば脳髄は何に利用するんだ。まさかクローニングを用いているわけではないな?」

「当然だ。クローニング技術によって人間を造ることは国際法で

禁じられる。何故私が、禁忌に触れなければならないのだ」

「で、あるならばアレが何なのか説明してもらおうか」

 見紛うことなく、円筒形の装置に漂うグロテスクな物体は人間の脳だ。

 実物を見なくとも標本で見たことくらいはある。

 動物のそれでもない、考えたくはないが答えは一つしかない。

 ハルが沈黙し、静寂が満ちる。

 千影は手を緩めない。

「語れぬのならば、代わりに暴いてやろう。〈灰絶機関〉は各地の戦乱を鎮めると

同時に、人々に牙を剥く技術の簒奪も行ってきた。ロスシアの灰化薬、忠国の

ハーフハードギア、そして一番新しいのはウランジェシカの〝人機一体〟構想だ」

「平和のために、危険の芽を摘んで……何が悪いというのだ」

「摘むだけならいい。武力を行使させないことも必要だ。だが、ある程度は残さなければならない。全ての力を奪ってしまえば、一方的に蹂躙されるものが増えてしまう」

「南部戦線の拡大は、我が国との関連性が薄い。元々民族紛争の絶えない地域だろうが」

「ああ、その通りだ。だから、守らないのか? 斬り捨てるのか?」

「私の手は千手観音のように無数にあるわけじゃない。

動かせる人員も限られる。だから、取りこぼすのも……」

「救えない者がいても仕方ない、と断じるのか。それが貴様の正義か」

 斬り込まれた言葉は、俺達の心をも切り裂く。

 実際に、すべてを守ることなどできない。

 ハルの言葉通り、人員に限りがあるし武器も資源も有限だ。

 だからこそ欲するものは止まず、止まないから各地で争いは起きる。

 より効率的な武器を求め、求められた死の商人は兵器を売り捌く。

 軍需産業そのものを潰せば、確かに表立った武器の動きは止められるかもしれない。

 それでも、きっと変わらない。見えない場所で、目の届かぬ空間で取引が行われる。

 超常の力を保持し、類稀(たぐいまれ)なる技術を保有していても俺達は生身だ。

 傷を負い、いずれは何らかの理由で命を失う有限の存在だ。

 だが、ハルの生み出した技術は超えてしまう。

 ヒトが超えてはいけない領域に踏み込むシステム……〈知核人機〉という人造兵器。

「ふっ」

 小さく、本当に聞き逃してしまいそうな声量でハルがくぐもった笑いを響かせた。

 息を()む。

 肌で感じる気配は、これまでよりもより濃密で深い〝危機〟を感じさせた。

 何かがいる。

 クラッドチルドレンとしての、常人よりも高く鋭敏な感覚が俺に伝えている。

 ハルが機械の右手を掲げ、握り込んでいたスイッチを押した。

 部屋の奥で重々しい音が響く。シャッターが開かれるような、すれて軋む音。

 行進するように颯爽と足並みを揃えて歩み出した者達が視界に飛び込んでくる。

 黒いバイザーで顔を覆い隠し、流線形の細いフォルムを保ちながらも、どこか違う。

 硬い靴音を鳴らし、ハルの左右に並び立ったのは二体の〈知核人機〉。

 一体は体躯以上の大剣を背中に担いでいる。

 肩には紅の翼を模した紋章が刻まれていた。

 もう一体は二振りの日本刀を腰に()き、左腕は分厚い装甲板に覆われている。

 肩口には同じように翼の紋章が刻み込まれており、こちらは銀色に輝いていた。

 ハルの声が響く。

「部下の戯言に付き合うのは御免だ。私には、なさねばならぬことがある」

「貴様が内側に抱えた、秘めたる想いの成就か?」

「……違う。お前は言ったな。誰もが願うと、

誰もが欠けたものを欲すると。ああ、確かに。

私は欲しているとも。この手に届かぬものを、

それでも手に入れたいと足掻く。何故か分かるか」

「簡単なことだ。貴様が清廉潔白な殉教者ではなく、ただの欲にまみれた人間だからだ」

「ああ。私はこの世界の争いを根絶する。争いに起因するモノを、全て葬る」

「……あくまで、止めないと。その機械人形で何をするつもりだ」

 びりびりと、空気が質量を持つかのように打ち震えている。

 ハルの両隣に控える、異様な雰囲気をまとう〈知核機人〉が放っているのか。

 自然と、俺の体は臨戦態勢をとる。

 千影とハルの間に流れる空気も、氷結し砕けたように飛び散っていた。

 何もかもを受け入れたような、穏やかな口調でハルが続ける。

「お前とは、共に歩けるものだと思っていた。残念だよ……

我が意志に反するのであれば、お前達も悪だ。不当な理屈で

振るわれる武力は、全て駆逐する。この、最終調整を終えた

カスタムタイプの〈知核人機〉が率いる軍勢でな」

 ハルの宣戦布告と同時に、二体の〈知核人機〉の双眸(そうぼう)が輝いた。

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