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灰色の境界  作者: 宵時
第三章「争いを生むものを廃絶し、恒久和平を実現する」「貴様に世界は救えない」
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3-19 虚構深層

 俺とリオンと千影、たった三人で都市の中心部へと向かう。

 システム制御による無人バスの中にいる乗客は時間帯も相まって少ない。

 折角武装して意気込んでいたが、刀はいつも通り袋に隠し持っていた。

 全員でバスの最後尾に陣取り、それぞれの荷物を傍らに置く。

 窓から流れる人工樹林は、やがて色気のないビル林へと変わって密度を増す。

 交通量も増えて、車内に目的地へ到達するまでにかかる時間を予測した案内が流れる。

 決戦に行くという雰囲気ではない。敵も見えない。

 世界に変化はない。だが、確実に裏側で動いている。

 乗り合わせている客は誰も知らない、非日常で這い回るもの。

「次で降りるぞ」

 千影の声に頷いて返す。

 リオンも倣って自らの荷物を担ぎ直した。

 しばらくして、緩やかにバスが停車。電子音が鳴り響き、降車ドアが開く。

 降り立つ。何の変哲もない日常の只中に。

 ビルが立ち並び、間の細い道には警備ロボが巡回している。

 信号の下部には次に青になる時間までどれだけあるか示されており、切り替わると今度は赤になるまでどれだけの猶予があるか表示される。

 交通標識以外にカメラも設置され、速度違反は即座に伝達されるシステム。

 当然、警備ロボの目もある。人の手は減っても、視点だけは多く存在していた。

 多くは犯罪を抑制し、またいち早く事態を収束するためだ。

 だが、張り巡らされた〝目〟は全てを見通しているわけではない。

「行くぞ」

「は、はい」

 促されて歩き出す。

 ビルとビルの間にある小道。監視カメラもなく、巡回ロボもいない死角。

 一目すれば、落書きされた汚い壁があるだけ。

 千影は何の躊躇もなく素手で薄汚れた壁に手をつけた。

 瞬間、波紋が広がるように縦横斜めにライトグリーンの光線が走る。

 手が離されると同時に壁に切れ目が入り、ゆっくりとスライドした。

 ぽっかりと口を開いた空洞を前にして千影が先陣を切って歩みだす。

 足元にまたライトグリーンの光が瞬き、点々とフットライトが点灯していく。

 硬い音を立てて先を歩く千影に続いて、俺とリオンも薄明かりの中で階段を下りる。

 リオンが階段を下り始めてすぐに背後の扉が閉まった。

「ひゃっ……」

「娘、情けない声を出すな」

「す、すみません」

 極端に光源が少なくなる状況で驚くのも分からないではない。

 階段を下りていく足音だけが響き、ずんずんと地下へ地下へと潜る。

 螺旋状にぐるぐると回っていき、どれだけ回転したかも分からず、地下階層のどの辺りにいるのかも判別がつかなくなってきた頃、ようやく千影が足を止めた。

 明かりもないのに、慣れた手つきで暗闇の中、電子板を操作していく。

 暗証番号らしき十二桁の番号、アルファベット交じりの文章の羅列、指紋認証と虹彩認証。随分気合の入ったシステムだと思ったが、それもそのはず。

 静かに、両開きに切り裂かれて現れた光り輝く景色に俺は思わず唾を飲み込んだ。

「すごっ……」

 小学生並みの感想をリオンが漏らすが、俺も同じようなものだった。

 視界いっぱい、壁際に並ぶモニター。様々な数値を表示している計器。

 連結されたデスクに鎮座するコンピューターと、その画面に向き合う人々。

 壁際には何に使うのか分からないが、多種多様な形状の機械が並んでいる。

「これが、アルメリアの中枢を司る――」

「システムの一部、だ」

 俺の言葉を千影が引き継いだ。アルメリア王国の技術を集めた心臓部に俺達はいる。

 近くにいた男が俺達に気付き、手を止めて立ち上がった。

「おや……長。珍しいですね、こちらに来られるなんて」

「ああ。少し、訳あって邪魔する。任務中にすまんな」

「いえ、お気になさらず。そちらはもしや……」

「〈紅の死神〉と〈蒼の死神〉だ。私の用事ついでに、見せておこうと思ってな」

「おぉ、そうですか! お噂はかねがね……」

 目を輝かせ、握手を求めてきた男を前にされるがまま手を握り返す。

 他の者達も一瞬手を止めたが、恐らく千影に睨まれたのだろう、各々の作業に戻っていった。俺はただただ、熱い手のひらの感触を確かめる。

「君達が今代の〈死神〉なんだね」

「え、ええ。その、あなたも他の方も……」

「うん。君達と同じ、呪われていた者達だよ」

 全員が、元クラッドチルドレン。アルメリア王国の政治を担う者達。

 暗闇から光に慣れてきた目で辺りを見回す。

 作業員達は髪の色から年齢から肌の色まで様々な人種が入り混じっていた。

 改めて、世界中にクラッドチルドレンが点在しているのだと認識できる。

 フリーランサーとして各地を転戦してきた千影だからこそ、作り得た人脈だと思う。

 千影が俺の肩を叩いた。

「積もる話もあるだろうが、またいずれゆっくりと、な」

「え、ええ。すみません、引き止めてしまって」

「構わん。王は、地下にいるんだな」

「はい。ひょっとして、新型警備兵のテストですか」

「……新型の、警備兵だと?」

 眉をひそめながら問い返した千影に、男は嬉々とした表情で語りだした。

「今度のは凄いらしいですよ。まだプロトタイプの設計図しか見せてもらっていない

ですが、これまでの警備ロボと違って人型で、しかも学習機能まであるみたいでして」

「それもクラッドチルドレンや、〈死神〉の能力が組み込まれている、だろう?」

「え、ええ。そうですよね、当然ご存知ですよね。いくつかタイプ分けされるのですが、それぞれが学習したことは中枢コンピューターに集められて蓄積され、フィードバックされるんです。ここが記憶の役割を果たして、全ての個体が同じ情報を共有する、という」

「……犯罪抑止や、危険な現場への迅速な処置が目的だったな」

「そうなんですよ! 凄いですよね、人々を守る役割に僕達も携われるなんて」

 言われずとも、脳裏にはあの機械化された軍勢が浮かんでいた。

 アレだ。間違いなく、間違いようもなくアレを指して男は楽しそうに語っている。

 表向きはそういう形で開発が進められているのだ。

 千影は護身術を習いに来る子供達に向けるのと同じくらい、綺麗な笑顔を浮かべた。

「そうだ。皆が、守れるようになる。そのための最終調整に来た」

「なるほど……でしたら、こちらの方へ」

「有難う。連絡もなしにすまんな」

「いえ、構いませんとも! 確かに、王から来客は告げられていませんでしたが――」

 男に案内され、千影に目線で促されて俺はリオンの背中を押す。

 リオンは硬く拳を握っていた。必死に抑えてはいるが、右手が震えている。

 内側で戦っているのだろう。全てをぶちまけてしまいたいのだろう。

 だが、どれだけ日が浅くても〝やってはいけない〟と認識させている。

 俺は千影が他の人員を使わない本当の理由が分かった気がした。

 真実を知ることは、重く苦しい。

 辛く厳しくゆるりと心臓に撒きつき、突き刺さる茨だ。

 確かに知る者も、苦しむ者も少ない方がいい。

 もう既に彼らは一つの壁を越えている。

 二十年しか生きられない呪いを乗り越え、多くが愛する者と共に世界の調和のために働く。そう認識しているのが日常。住むべき世界で、守るべき世界。

 俺達とは、違う世界に住んでいる。

 彼らに突きつけることなど、できるはずもない。

 俺達が抱いているものを語って、どういった反応が返って来るのか。

 悪と断定し排除するのか。信じず、俺達を反逆者と見なして捕らえるのか。

 どちらにせよ、間違いなく混乱が起きる。

 そうなれば指揮系統にも影響し、ひいては世界そのものを脅かしてしまう。

 男に示された道を歩く千影の後を、努めて和やかな表情を浮かべて付いていく。

 彼らは人知れず、それでもいつも通りの日常を送って世界を守る。

 俺達は、彼らに知られずに悪を滅ぼしにいかなければならない。

 (ゆる)せぬモノは、許せないから。

「ここまででいい。後は私達だけで行く」

「はい。テストの結果、配備されるのを楽しみにしています」

「ああ。その際は、各種メンテナンスや調整を任せるよ」

「お任せください。我らが、前線で命を張る皆様を全力でサポートしますから!」

 千影の言葉に、男は誇らしげに胸を叩いて自信を示した。

 他の者達も何人か手を止め、軽くこちらに敬礼している。

 俺は小さくお辞儀するだけに留めた。

 リオンはそそくさと先に行ってしまう。もう取り繕うこともできないのか。

 見送られて、俺達は奥の昇降機に入った。扉が閉まる。

「……貴様らにしては懸命な判断だったな」

「師匠が言った意味が、ようやく分かりましたよ」

「夢はユメである方がいい。壊さない方がいいこともある」

「サンタクロースも信じれば救われる、ということですか」

「実在はするぞ。実際にプレゼントを配るのは各家庭の父親だろうが」

 夢も希望もない。だけど、そんな幻想がないことなんて誰もが分かっている。

 残酷な現実に直面し、やっと這い出た先に別の地獄があるなんて認識したくない。

 だが、俺達は……〈死神〉は受け入れざるを得なかった。

 リオンが震える声で告げる。

「分かっているからこそ、黙っていたんです」

「はっ……表面だけ覆うにしてももう少し上手くやってもらわないとな」

「私は、貴女とは違う。冷酷で、残虐でヒトをヒトだとも思わないなんて」

「守るべき存在は人だ。駆逐するべき悪は悪であり、ヒトではない」

「アルメリア王も、ヒトではない……と?」

「奴自身に会えば分かる。貴様らの言葉が真実か否かも、な」

 一触即発、という気配はあったが恐らくこれ以上は発展しないだろう。

 いい加減リオンも千影と折り合わないのは理解しているはず。

 平行線を進む二本の線が交わることは絶対にない。千影が手段としての殺人を肯定し、リオンが否定する以上は不変にして不可侵の境界が生まれ間を阻んでいる。

 肌を刺すような緊迫した雰囲気に晒されながら、昇降機はどんどん地下へ潜っていく。

 憶測は憶測に過ぎず、どれだけ思索を巡らせようと暴かれるモノはただ一つしかない。

 千影の言葉通り、直接問い質せば分かるだろう。

 有り得ない選択肢を排除し、有り得る可能性を集めていけば答えを推測することはできる。リオンの言葉を、記憶を信じるのであれば計画の主はハル王、となる。

 行動を起こすべき理由があり、確固たる目的がある。

 だが、俺の脳はもう一つの可能性を生み出していた。

 それは千影が〝新入りの言葉を全て信じて受け入れている〟こと。

 俺達はあの機械化された兵団に対して、本当に僅かな時間しか触れ合っていない。

 リオンの両親が機械人形に関する権威であり、その悪用を未然に防ぐために〈灰絶機関〉が介入したのだとすれば、千影が内部事情を知らないはずがない。

 確かに〈灰絶機関〉を使うのはハルだが、実質的に動かすのは千影だ。

 ならば〝一連の事件に千影が全く関わっていない〟とは言い切れない。

 同時に、有るのであれば千影がリオンの言葉を鵜呑みにしている理由も分かる。

 加えてリオンを〈蒼の死神〉として選んだのも、ある程度納得のいく説明が通る。

「着くぞ」

 千影の言葉で思考の檻は破壊された。

 ずん、と停止する昇降機。体に重みが圧しかかってくる。

 首を振る。多分、俺は信じたいだけなのだ。リオンについても同じ。〈蒼の死神〉を受け継ぐリオンを疑うことよりも、小百合の面影を残すリオンを信じたい。

 俺を、皆を救って導いてきた千影が全てを仕組んでいるはずがない。

 仮に裏で操っているとするなら、何故回りくどい真似をしているのか説明がつかない。

 同じ気持ちが、ハル王に対してもある。

 本当にそんな人間的すぎる感情だけで、築き上げた全てを葬ってしまえるのか。

「亮、貴様には全て……分かっているはずだが」

「えっ……」

「見たもの、聞いたもの。現実は、貴様らの目の前にある」

「…………はい」

 昇降機の扉が開く。目に見えるものが現実。

 たとえ、どんな光景を目の当たりにしても自らが触れたものが、真実。

 ヒトは、やはり己が認識した現実しか受け入れることができないのだから。

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