3-16 shadow gazer
楯を構えていた〈知核人機〉がふらつき、膝を着く。
そのまま起き上がることなく、がしゃりと音を立てて倒れ伏し、動かなくなった。
発されていた微弱な振動も薄れていき、失われる。
「おやおや、もうエネルギー切れですか」
ストラが倒れた〈知核人機〉の頭部に右足を乗せ、ごりごりとボールのように弄ぶ。
反応は無い。周囲に並び立つ〈知核人機〉は変わらず無言のまま命令を待つ。
誰も何も言葉を発することはなく気配ですら何も変わらず、全てが静寂に包まれている。
べきゃ、とバイザーが砕けて破片が飛び、ストラの頬を掠めていく。
皮膚を裂いた小さな切り傷から血玉がにじみ出し、ゆっくりと重力に引かれて下に落ちる。
ストラは無言で右手を掲げ、指を打ち鳴らす。
白い双眸を光らせた近接型が動き、両腕のブレードで動かなくなった〈知核人機〉を切り刻んだ。
解体されていくさまを見せられる奇妙な光景。何の意味があるのだろうか。
「全く……モノが主人を傷つけてはいけないでしょう。ねェ?」
多分、私に問いかけているのだろうが無視する。
安い挑発ならば無意味だ。もう油断することはない。
私の受けたダメージに比べ、ストラ側の損害は少ないと言える。
否、ないに等しい。
ストラからすれば数多ある消耗品のいくつかが使い物にならなくなっているだけ。
他人にこれだけ貸し与えるのだから、相当数の数を揃えているはず。
人間の損害など軽く聞き流していたが北部衛星都市を含む、かなりの地域で誘拐されている数を鑑みれば正式採用前の試験運用分で〝消費〟されている分を除いても一個大隊は用意されているだろう。
確固たる目的があるのならば、下手に衆目に晒すような真似はしないはず。
はっとして、私はストラを睨んだ。
「……先程、人間が幸せに生きられるようハル王が造り上げたのが、そこの人形だと言いましたね」
「ええ。あらゆるプログラムを組み込み、人間に限りなく近付ける
ために学習装置を備えた〈知核人機〉は人間の代理闘争道具ですよ」
「製造過程から考えれば秘匿されるべきものです。なのに、貴方は……」
「ああ、心配ありませんよ。私の〝目的〟に使う前に試験運用し、その殺傷力は実証済みです。
貴女を捕らえるために使うのですから、最低でも荒くれ者くらい始末できなければねェ」
「殺人道具に仕立て上げ、利用している時点でハル王の目的から乖離しているのでは?」
「ふふ、ふふふ。おかしなことを言いますねェ……この武装を見て、何の冗談ですか」
ストラの求めに応じて、三体の〈知核人機〉が前へ歩み出る。
刻まれた仲間の破片を蹴り飛ばしながら先頭を進むのは、両腕にブレードを装備した近接型。
続くのは楯を構えた、無理矢理に霊力を引き出しぶつける魔法型。
そして最後尾には何も持たない代わりに、腕に手甲を装備したタイプ。
手甲と腕の設置面には穴が開いている。
手甲というより砲門を腕にくくり付けていると言ったほうが正しいか。
「武器です。兵器なのですよ。ハル王がヒトのために作った、なんて方便です。
これまでの善政は地盤固めで、気が遠くなるような長い準備期間の果てにある願いを
成就するための布石でしかない。ふふふふ、くくく……私にとっても待望の、ね」
「……一般市民が聞けば狂乱しそうな、下卑た計画ですね」
「ふふふ。どれだけ汚くても滑稽でも、それがヒトなのですから」
「ええ、私もそう思います。意見が合いましたね」
「ふふ、もう十分に時間は稼いだでしょう。選びなさい。大人しく
捕まるか、まだ無意味に同胞の魂を削って逃げ延びようとするか」
またストラが指を鳴らす。
一斉に〈知核人機〉の軍勢が双眸を輝かせて応えた。
魔力障壁を作ることはできる。
だが、魔力振動によって防御の要たる楯が引き剥がされ、丸裸にされてしまう。
近接型のブレードはまだ視覚で捉えられている分、動きを読みやすい。
が、腕に手甲を装備した〈知核人機〉……あれが曲者だ。
弱った獲物を追い詰め嬲るような、嗜虐心に満ちた笑みでストラが語る。
「随分とご執心のようですねェ……貴女の仇にはそんな熱い視線を注がなかったというのに」
「……いちいち口にしなくても、貴方には読めているのでしょう?」
「ええ。ですから疑問に答えて差し上げましょう」
ストラが手甲をつけた〈知核人機〉を指差す。
「あれは武創型です。武器を装備する方じゃなく、武器を生み出す創造の方ですね。
ああ、でも意味合い的には装備する方でも間違ってはいませんかねェ……どう思います?」
「どちらでも」
「そっけないなァ……でも、威力は身をもってご存知でしょう?」
合点がいった。乱雑に武器を投げつけたのではなく、あの武器を造り出す機関から生み出された獲物を射出しているわけだ。ならばあの速さにも納得できる。
「〈青の死神〉が持つ力を真似ている、ということですか」
「ええ。先にご説明した通り、近接型は〈白の死神〉のデータ。
武創型には〈青の死神〉……そして、もうお分かりでしょうが
魔法型は貴女。〈黒の死神〉のデータからフィードバックした
戦闘プランと思考回路を投入して運用しているわけです」
「……本当に、私達は道具だったわけですね」
「全てはハル王の目的のためです。あ、聞きたいですか? 冥土の土産に差し上げても構いませんよ」
「不要です」
興味はない。
ハルが私利私欲のために〈灰絶機関〉を使うのであれば千影が許さない。
各衛星都市を私やクレス、他の面々に任せている以上、本丸であるハルと相対するのは千影であるはず。
心を乱されてはいけない。目的を見失ってはいけない。
五年前は促されるままに動いて多くの死を見てきた。
〈黒の死神〉となり、より多くの死を量産してきた。
そう、死神だ。有象無象の区別なく目の前に存在する、悪と定義されたモノを屠る。
「貴方を殺害した後、直接赴いて尋ねればいいだけの話ですから」
「まだ絶望しない、諦めないと?」
「まるで、かつて来訪したという異星人を思わせる口ぶりですね」
「ああ、ピアスディですか。あんな俗物と一緒にしてもらっては困りますねェ」
「貴方も十分、俗物の道化ですよ」
「ふふふふ……屈しないどころか、牙を剥き波動のように戦意を解き放つ。貴女がどんな希望を
持っているのか分かりませんが、是非ともその吸淫力のある美貌を絶望に
歪ませたいっ! さあ、人形共……ありったけの霊力を死ぬ気で搾り出しなさい!!」
命令に応えて魔法型が各々の腕を掲げ、祈るように両手を合わせる。
手と手の間から迸る光は様々な色合いに揺れていた。
ストラを守るように武創型と近接型が前に立つ。
「魔力も霊力も、本質的にはあらざる力であり、世界の理を歪める所作に変わりないのです。
後はエネルギーさえ抽出してやれば、方程式通りに術式を起動してやればいい。例えば――」
「ご高説はもう十分です。我が同胞が叫ぶ、焦熱と紫電の怒りに触れよ……ヴォル・ボルト」
ばちん、と空気が爆ぜる。
導火線を伝うように超速で紫電が走り抜け、軌跡で火花が散り酸素を燃焼させていく。
燃え散った焔が物言わぬ兵隊達を焼き焦がす。
「人間を使っている、ということは構造の一部は人間ということですよね」
「――ならば、頭蓋を焼いて脳味噌を潰せばいい、と? ふふふふふ」
浅はかな、と言いたげなストラはやはり魔法型を楯に後方へと跳躍した。
近接型が私に迫る。
右手に黄色、左手に碧緑の輝きを乗せて新たな〈失われし血晶〉を紡ぐ。
「我が同胞が叫ぶ。雷雲から舞い降り、閃電を引き裂け……ヴォルト・ヴォルグ」
最終符まで足した詠唱で魂を削り取り、虚空から疾駆する雷を両腕に受ける。
迅雷はけたたましい嘶きを放って鉤爪を形成し、近接型のブレードを止めた。
切り結んだ姿勢で近接型が蹴り上げてくる。迫る右足の向こう脛から刃が生えた。
頭を後ろに引いて回避、アウェイク・パワーコネクトの効用で増幅された筋力を使ってブレードごと近接型を弾き飛ばす。雷をまとったまま吹き飛んだ近接型は、追随していた武創型と激突した。
共に全身に電流が回ったはずだが特に気にする様子もない。
近接型が跳躍して再度両手と両足のブレードを展開し、受身など考慮しない急降下での強襲を試みる。
武創型は砲台のように地面に両足を突き刺して両手を組んだ。
その背後から待機状態にあった魔法型が術式を放つ。
炎弾に氷槍、風の刃と刺々しい突起物の目立つ鉄球が空気を切り裂いて迫り来る。
そのさまはヴォル・バレットやヴェイジング・エッジと似ていた。
そう、似ているからこそ対抗することができる。
「破壊の魔力波動を持つのは、今や義母様ではありませんから」
小さく呟いてから、大きく息を吐きつつ両腕に宿した神鳴を解放する。
眼前に意識を集中し、深く暗い色合いの波紋を幻視した。
見えていた過去、見えない未来。狭間にあるのは結末の見通せない闇。
「見えず、それでも見つめ続ける……同期振動」
黒い波紋が生まれ、揺れる歪みを押し出すように両腕を掲げる。
大気が振動し、飛来する物体の前に全く同じ術式が生まれた。
炎弾には炎弾が、氷槍には氷槍がぶつかって対消滅。
風の刃はせめぎあった末に涼やかな風となって吹き抜け、鉄球は互いを粉砕して鉄片を撒き散らした。
「ふふふふ、流石にマルガレッタの義娘といったところでしょうかねェ」
「人形にできて私にできない道理などないでしょうに」
「ええ、全て予測済みです。この瞬間ならば貴女は攻勢に出られない」
術式を放った魔法型が再び魔力振動を放つ。
私は腕を前に掲げたままで同質の魔力振動を放ち、相殺していく。
仮にこのまま振動波を浴びせられても、いざとなれば影をすり抜ければいい。
脳裏に思考を描いた瞬間、空からの光量が強まった。
「〈惑い隠す黒牢〉は使わせませんよ」
「…………」
「おや、無反応とは寂しいですねェ」
魔法型が予め用意していたのだろう、無数の光珠が空に浮かび始める。
電球のように周囲を照らし、意図的に影を作り出していた。
投影された場所では近接型が円陣を組んで取り囲み、その背後に武装型が立つ。
「移動はご自由にどうぞ。ふふふふ、魔力振動に押し潰されて
拘束されるか、移動先で串刺しになるか好きな方をお選びなさい」
「どちらに、せよ……突き刺す気なのでしょう?」
「勿論。魔女には磔刑が相応しいとは思いませんか」
その魔女の血を欲する異端者が、とは吐き出せなかった。
人為的に映し出した影のある地点にいくらかの〈知核人機〉を残して、三種が移動する。
近付いて、各々の武器を用いて文字通り私を貫くのだろう。
まだだ。ブラッド・バーストが残っている。
「ふふふふ。あれの殺傷力は彼らの壁を破り、魔力障壁をも貫通する威力を持つのでしょうかねェ」
「…………くっ」
対策済み、とでも言いたげにストラが笑った。
若干の魔法型を自らの周囲に配置している。
片手だけで魔力振動を制御し、残る手で単発の術式を紡いでも対抗できるように。
「万策尽きましたねェ……最期の〈渇血の魔女〉セラ・フロストハート」
「その名を、呼ぶ――」
「なんですか? 聞こえませんねェ……ああ、綺麗な断末魔は聞かせてもらいますが」
「このっ……」
たとえ打ち消されても目くらましくらいにはなるだろう。
魂を削り、魔力振動の出力をあげるが魔法型も対抗するように出力をあげてくる。
全生命力を燃やし尽くすように、一体一体が体に亀裂が入ったり煙を噴き出しても、声なく淡々と受けた命令を行使していた。使い潰されるまで動き続ける。一方で、私は……。
「それ、でも……諦めない」
「ふふふ。所詮、貴女達〈渇血の魔女〉は奪われるために存在していたのですよ」
「屈しない。貴方を前に、膝をついてなどやりま、せ……ん」
「必定ですよ。最初から世界の敵と設定され、同じ亜人からも忌避され遠ざけられてしまった。
時の為政者に都合よく利用され、挙句数を減らせば希少扱いされまた命を狙われる……同情します」
「嘘、ばっかり」
「ええ、嘘ですとも。さあ、聞かせてくださいよォ……悲しくも美しい絶叫をねェッ!」
ストラが叫ぶ。さらに魔法型の魔力振動があがり、片手では抑え切れずこちらも出力をあげる。
ぴしり、びしりと皮膚が裂けて血が噴き出した。
屈してはいけない。負けてはいけない。
ここで敗北を認めれば、これまでの全てが無駄になってしまう。
ストラのいう、世界中全てから追われても生き続けてきた、積み重ねてきたの意味が失われてしまう。
五年前は声が呼びかけてきた。私を死の淵に誘う神からの囁きに応えた。
今は。五年間研鑽してきたこの体は――
「〈粛清せし十字架〉」
烈風が吹き抜けていく。
涼やかながらも、力強く頬を撫でて過ぎ去った風に乗った芳香。
僅かながら懐かしいものを匂わせて、すぐに混ざった不純物に気付く。
私に魔力振動をぶつけていた魔法型は綺麗に薙ぎ払われていた。
左手が痛む。傷口から流れ出る血が肌を伝って落ちていくのを、左手を振るって雫を飛ばした。
黒い六芒星が忌むべき光を放つ。
「クレス……クレッシェンド・アーク・レジェンド」
名を叫んだ私は、はっきりと両目でその姿を捉えた。
二振りの刀剣を構えたまま、場にそぐわぬにこやかな笑顔を浮かべた銀髪蒼眼の青年を。




