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灰色の境界  作者: 宵時
第三章「争いを生むものを廃絶し、恒久和平を実現する」「貴様に世界は救えない」
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3-14 in to the darkness

――時は逆巻き、亮達が東部衛星都市に向かった同時刻。北部衛星都市にて。


 臭い。鼻の粘膜を小刻みに突き刺し、神経を伝っていく情報は苛立ちを生み出す。

 目を細めて眼前の腐った光景を見渡す。

 飛び散った白濁液、時折混じる鮮血の証。

 散乱する衣服……であった、破り捨てられた布切れ。

 円状に巻き散らかされた白い粉末薬品。転がる液体入りの注射器。

「んおおぉぉぉぉぉっ」

「ふぅ、ふぅ、ふぅ……ふぐっ」

「あふっ……だめっ、だめなの、そこだけはぁっ」

「ああ……いいっ、いいのぉっ! もっと、もっと激しくぅぅぅぅっ!」

 女の(うな)りが連声(れんじょう)に響き渡る。

 臭い。不快指数が急上昇していく。

 とても知性ある生物の営みとは思えなかった。

 女の求めに応じて男達が腰を振り、自らの槍を突き刺していく。

「こうか? ここだろぉっ」

「そらっ、そらっ、そらぁっ!」

「もっと鳴け、わめけ、俺らを楽しませろぉぉっ!」

「おぉぉぉぉぉぉ、いくぞ、全部ぶちまけてやるからなぁっ!」

 汗が飛び散る。白濁液も飛び散る。

 べしゃり、べちゃりと辺り構わず撒き散らし、果てて崩れ落ちた。

 最早ヒトではない。獣の交尾だ。一人の男が立ち上がる。

「なんだぁ……気ィついたら、すんげぇベッピンがいるじゃねぇか」

(わたくし)の、ことでしょうか」

「その辺の女なんて目じゃねぇな。へへへ、どうしたよぉ」

 猛り狂う象徴としてそそり立つモノを見せ付けるように、男が腰を突き出す。

 ただただ、冷めた目で私は、セラ・フロストハートは男のオトコを見た。

「随分、張り切っているようですが」

「いいねぇ……その目。人間をゴミとしか思ってない氷みたいな目だぁ」

「一応、判断能力はあるようですね」

「ああ、あるともさ。でも一つだけありゃいいんだよぉ……ベッピンさんを捕まえて、

全部剥()いじまって、無茶苦茶に壊してやる勢いさえあればなぁぁぁっ」

「成る程。単純な性交渉だけを目的としているわけですね」

 オトコの頭がびくん、びくんと打ち震えている。

 どうやらアルメリアで言う特殊な性的倒錯……被虐体質(マゾ)らしい。

 吐き気がする。

 空っぽの胃がうねって溶かすもののない胃液だけが這い上がってきた。

 視線をあげる。男が小袋を投げて寄越す。

「スかしてんじゃねぇぞ! ほれほれ、一発決めろや」

「別に、私には不必要なモノですが」

「なぁんだ、ってことはわざわざヤられにきたド変態ってことか」

 答えず、溜息を吐いた。下劣にして低劣。知性も品性も感じられない。

 千影に問答無用で殺すな、少しは聞いてみろと言われ、興じてみたが何の収穫もない。

 改めて人間という種の醜悪さを再確認しただけだった。

「いいえ」

 小袋を投げ、虚空を叩く。浮かび上がった紅の波紋が揺れる。

 生み出された炎が中身ごと袋を跡形もなく焼き尽くした。

 目の前の男が口も眼球も埴輪のように丸くして硬直する。

「なっ……テメェ、それ一つでいくらすると思って――」

「秘所丸出しで凄まれても恐ろしくありません。滑稽ですらある」

 ばちん、と指を鳴らす。

 遅れて空気を揺らす波紋は緋と黄の交じり合ったもの。

 紫電が(ほとばし)り、むき出しの男のモノにまとわりついて火花を散らし、燃え()ぜる。

「がああああぁぁぁぁぁぁっ」

「騒々しい。我が同胞の魂が叫ぶ。断裁せよ、と……ヴェイジング・エッジ」

 碧緑の輝きが生まれ、吹き荒ぶ風が刃を形成し空を走り抜けていく。

 断末魔すらなく男の首は胴と今生の別れを告げ、どさりと色褪せたコンクリートの上に倒れた。

 延長線上で獣のような絶頂を吼え叫んでいた男女をも切り裂き、鮮血の華を裂かせる。

 私の表情筋は一切動くことなく、淡々と〈失われし血晶(ロスト・プリズム)〉を消費して奇跡という名を与えられた魂の消耗を行い続けた。両足をたわめ、高く上空へ跳躍する。

「くるるるるるぅっ」

「けきゃきゃきゃきゃ」

「ぐげっ……くこっ」

「あは、あははははははははは」

「なんで逃げぇるのぉ、よぉっ!」

 仲間が殺されても、男女達は思い思いに交合を続けていた。

 着地したのは崩れかけた廃屋のトタン屋根。軋む音を無視して、重力術式で自身の体重を操作しさながら透明な板の上に立つように宙空に足を縫い止めた。下々で叫ばれる獣の叫びに興味はない。

 日差しが眩しい。私に照射され、陰影を生み出す太陽はもう敵ではない。

 とはいえ、もう私だけ。たった一人の、最期の存在。

 燦々(さんさん)と輝く原初の焔は、私など歯牙にもかけていないだろう。

 余りにも遅すぎた。時は戻らず、命も還らない。

 それでも、同胞の命を使って生物を根絶せしめる力を振るう。

「薬物に狂った愚者共には、相応の結末を与えて差し上げましょう」

 右手には焼き焦がす炎の紅を、左手には鉄すら断つ烈風の深緑を宿す。

 風が吹く。

 吸い込まれるように狂乱の宴が続くコンクリートへ収束し、周囲の酸素を巻き込む。

 続いて火が起こり、一気に酸素を消費して燃え盛る。

「燃え散れ……狂気も凶喜も巻いて血の一滴まで焼き尽くせ、ヘヴンス・ヴォルカ」

 絶叫があがる。

 同時に達したものもいたようで、聞くに堪えない野太い喘ぎも聞こえた。

 男達が持ち込んだ薬物に引火し、爆発。炎はさらに勢いを増していく。

 熱さに泣き叫び、激痛に悶える姿を眺めても感傷に浸ることはない。

 それどころか特に思うことはなかった。

「燃えて、灰になれば少しは世の中に役立てるでしょう」

 呟きながら、右手を拳銃でも構えるように人差し指と親指を立て、残りを握り込む。

 僅かに火が回っていない細い路地を若い男女が走っている。

 裸に上着を引っ掴んだだけの、本当に命からがら逃げ出したというていの姿。

 廃された家々の屋根を渡って追いかける。目撃されたならば不味い。

 確実に消しておかなければならない。

 千影に無用な手間をかけさせたくない。

「……どこへ、逃げようとするのです」

 すぐに追いつき、黒装束を翻して若い男女の前に立つ。

 男が女をかばうように前に立った。

 私にとっては何の障害にもならない無駄な行為。

「何、やってくれたんだよ」

「何……とは?」

「とぼけんな! 兄貴を、仲間をおかしな術で燃やしたじゃねぇかっ」

「ああ、そのことですか」

 震える声で抗弁してくる男の抱える意義が分からない。

 正当性が見えない。〈渇血の魔女(ワルクシード)〉なのだからヒトの心が分からない、というわけではなく目の前でやかましく飛び回る羽虫が、どんな論理でまくし立てているのか。

 心の底から理解できない。

「何をそんなに憤っているのでしょう。彼らは家族なのですか」

「はぁ? ふざけんな……ふざけるなよ! 人殺しがどの面下げて――」

「貴方のような、薬に溺れる社会のクズが何匹死のうと世界には何ら影響しないと思いますが」

「なっ……」

 絶句する男を見つめながら、軽く首を傾げる。

 まさか、目の前で仲間が殺されたから怒りを覚えているのか。

 男の後ろに隠れていた女が急に冷たいコンクリートの上にへたり込む。

 ちょろちょろと水音が鼓膜を打つ。

 女の股から流れ出した水が、傾斜に従い重力に引かれて流れていく。

 強いアンモニア臭が鼻の粘膜を突き刺し、また不快指数を上昇させる。

 ほんのりと酸味のある香りも混じっていた。

「ねぇ……いいから、早く頂戴よぉ」

「ちょ、おまっ……」

「早くぅ……もう、(うず)いて疼いて仕方ないのよぉ」

 女が尿意を我慢するかのように、もぞもぞと体を動かす。

 しきりに男の股間をまさぐり、テントの張った部分に顔を近付けて鼻をひくつかせる。

 目の前で人が焼け死んだにも関わらず表情に恐怖や焦燥の色合いは一切見えない。

 どこか遠くを見ている目は瞳孔が開ききっており、頬を紅潮させて荒い息を吐く。

 発情期の牝犬かと見紛(みまが)う浅ましさ。

 きっと、女の潤んだ瞳には氷像のように冷たい私の(かお)が映っているだろう。

 男が困惑と喜悦の入り混じった声で女の手を振りほどく。

「ま、待てって……今はそういうコトしてる場合じゃねぇんだよ」

「えぇー……どぉしてよぉ。ほらぁ、こんなにおっきくなってるのにぃ」

「だ、だから、ほらっ……後でたっぷり可愛がってやるからよ」

「後じゃなく今がいいの! もうアタシのグショグショなのに……」

 ぐずり始める女が自らの秘所をまさぐる。

 にちゃにちゃと粘質な音が響き渡り、掲げられた手が糸を引いている。

 太陽光に照らされ、輝くのを眺めながら私は大きく溜息を吐いた。

「随分と、錯乱しているようですが」

「テメェには関係ねぇだろうがよ」

「彼女にも薬を盛っているのでしょうね」

「ああ、そうだよ! いつもすまし顔でよ、男をイビってるから

さぞかしヤりまくっているかと思ったら〝まだ〟だっつーから、

サクっと卒業させてやろうと思って連れてきて、たぁっぷりと

薬を塗りたくってやったら分量間違えちまって――」

 女に恨みでもあるのか、嬉々として語り出す男。

 卑しい笑みを浮かべた横顔を鮮やかな紅が彩った。

 どさりと体が落ちる。女は達したように恍惚とした表情を浮かべていた。

 首筋とあらわになっている胸部、腹部に突き刺さったダーク。

 間欠泉のように血を噴き出しているのは首筋から。

「あぁ、ああああぁぁぁぁぁっ」

 ようやく気付いた男が屈んで女の肩を掴み、思い切り揺さぶる。

 女が反応するはずもなく、男は顔面をさらに赤色で染め上げていくだけ。

 分からない。

 〈渇血の魔女〉にとっての喪失は、損失であってもゼロになるわけではない。

 失われた命は結晶化し、残る同胞の魂と同化して力を与える。

 〈死神〉も魂ごと囚われて次代の担い手へ全てが引き継がれていく。

 ならば只人における死とは何なのか。何も残さないのか。

 ひとしきり泣き叫んだ男が顔をあげる。鬼のような凶相だった。

「ゆる、さねぇ」

「……誰が、何を許さないのです」

「俺の女を、楽しむ前に殺しやがってぇぇっ」

「ああ、既にお楽しみだと思っていましたが」

「これから、って時にテメェが……」

「ですが、特に非のない彼女に無理やり薬を盛り、

犯そうとしたことは事実なのですよね。貴方も含めて

あの団体様は断罪されても仕方のないクズ共でしょうに」

「人殺しが説法かよっ!」

 怒鳴り散らし、唾を飛ばす男。ヒトの思考は理解できない。

 憎んでいたものを壊そうとしていて、それができないから憤る。

 つと、よく千影が口にしていた言葉を思い出す。

 今にも掴みかかってきそうな男を前に、私は脳裏に浮かんだままを言葉にする。

「〝お前達は繰り返す。既にずっぽりハマったヤクの魅力から逃げられない〟」

「はぁ? 何言ってんだテメェは」

「依存性薬物に手を出した時点で、もう後戻りはできない……だ、そうです」

 溜息と共に二本のダークを投げる。

 刃先は吸い込まれるように男の喉元を貫き、声なく死へと導いた。

 もう一本は心臓を射抜いていた。生態反応に合わせて鮮血が噴き出す。

「やはり、千影様の仰る通りだ」

 歴史は繰り返す。ヒトがどれだけ痛みを負っても戦うことを辞めないのと同じ。

 願望に導かれるまま欲し、手に入らなければ無理やりにでも奪い取る。

 獲得しても満たされずに次を求めて、またさらに次を求めて徘徊する。

 まるで穴の開いた器を満タンにしようと奔走するように、出来もしない結果を夢想して周囲を巻き込む。

「〈渇血の魔女(わたくしたち)〉も、そうして狩り尽くされた」

 常にヒトに追われ続けていた。

 生まれた瞬間から私は死戦場にいて、奪われ失われていく命を目の当たりにして疑問を抱いていた。

 〈渇血の魔女〉は、何のために世界に産み落とされたのか。

 ずっと、その答えを探し続けていた。

「……私は、刃。千影様だけが扱える、最強にして唯一の殺人機」

 命令されたことを粛々とただ実行していくだけ。

 善意や悪意など介在しない。

 有象無象のゴミクズを処理して、僅かながら希望のあるものを生かす。

 〈灰絶機関〉という日常に潜む影に怯える社会。

 法の概念など知らない。憲法の枠が定めた決まりごとなど分からない。


――造られた世界を壊す。そのために必要だ。貴様の力が、膨大な魔力が。


 燃え落ち爆発によって崩れ落ちたウランジェシカ特薬機関。

 影の守りによって仮死状態にあった私に伸ばされた手を、ぼやけた視覚で捉えていた。

義父様(とうさま)義母様(かあさま)……義兄(あに)をも失い、

最期になってしまった。生き長らえても、地獄が続くだけ。

もう追われ続けるだけの人生なんて耐えられそうになかった」

 振り返る。自らが焼き払った廃屋を眺めた。

 間引かなければならない。不必要なものであっても、存在するだけで限りあるモノを消費していく。

 消費すべき者を選ばなければならない。選ばれるべきだ。

 無秩序に刈り取っては、あっという間になくなってしまう。

 過ぎ去った時を見つめながら、独白し続ける。

「ああ、そうでした。絶滅危惧種、でした」

 千影から多くの知識を与えられた。

 主に人間に関すること、尽きぬ欲望の根源を知った。

 当初、迎合するつもりのない私には意味が分からなかった。


――殺したければ殺せ。貴様達を滅ぼした種の一端である私を。貴様の気が晴れるならばな。


 不敵な笑みを称えた黒髪の美女を見つめながら、考えた。

 一人を殺したところで、何になるのだろうか。

 人間はこの世界に蔓延(はびこ)っている。

 〈渇血の魔女〉の仇は、どこにでも転がっている。

 敵と戦う前に、まずは知ることだからとあらゆる知識を叩き込まれた。

 理解はできなくとも、知識としては知っている。性交渉の意味も、快楽の果ても。

 千影は知識と一緒に目的をくれた。

 世界には灰色が存在する。駆逐しなければならない邪悪が存在する。

 ストラのように、私利私欲のためだけに他者を蔑ろにする者達が次から次へと湧き出てくるという。

 それらを片っ端から叩き潰す。

 逃れようのない楔を打ち込むことで、抑止力とする。

 途方もない目的に思えた。それでも、無為に存在意義を探すよりはマシだった。

「だから、私は千影様のために力を振るい、外敵を駆逐する」

 〈渇血の魔女〉は、ただ真っ当に生きたいだけだった。

 当たり前の権利を認められ、普通の人間と共に穏やかな生活を送りたいだけだった。

 千影は私を、〈渇血の魔女〉という存在を尊重してくれる。

 明確な境界線を引くわけでもなく、恐れを抱くこともなく何でもないように〝普通〟を保ってくれる。

 千影の望みは私の願いと重なる。

 終ぞなし得なかった平穏の世界を、この手で作り出す。

 偽りの世界を壊し、他者の生命を貪る無法者を駆逐して幸せな世界を構築する。

 私が平和を導き出すことが、〈渇血の魔女〉が焦がれ求めた結果に繋がるはず。

「ヒトの平穏を乱し、生命を奪い去ることが正しいことだと?」

「不必要なものを処分しているだけです」

「冷徹な仮面を装って、内側に激情を抱く反目具合は変わりませんね」

「何を知った風な口を……」

 言いかけて、止まる。

 荒くれ者しか存在しないこの空間に落ちた、場違いなほどに慇懃無礼な態度。

 へばりつくような、耳に障る声色。

 全身が読み取る情報が記憶の箱を揺り動かす。

 私にとって最低最悪の相手であり、文字通りの狂人を睨みつける。

「おぉ、怖い怖い。綺麗な御貌(おかお)が台無しですよ、セラ・フロストハート嬢」

「ストラ…………ストラ・クトエディンっ!」

「記憶の奥底に刻み込まれていたようで、光栄の至りです」

 忘れるはずなどない。

 燃え盛る炎のように揺らめく、逆立てた紅の髪。

 深淵の底から未来までを見通しそうな金色の瞳。

 照りつける太陽の下で、五年前確かに瓦礫の下へ葬ったはずの〝人間〟が立っていた。

 黒スーツをまとい、黒を貴重とした同じフォルムを持つ機械人形(アンドロイド)の軍勢を引き連れて。

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