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灰色の境界  作者: 宵時
第三章「争いを生むものを廃絶し、恒久和平を実現する」「貴様に世界は救えない」
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3-12 非人軍勢

 周りを取り囲む、同じ黒いフォルムの人影。

 人間の影からそのまま抜け出したような流線型の体を、間接部分だけ銀色の装甲で覆っている。装甲の形状は攻撃や空気抵抗を受け流すよう波打っており、半透明のバイザーも相まって特撮ヒーローを基にした姿にも思えた。だが、倒すべき怪獣もやけに人間味を帯びた幹部も存在しない。

 ここには人間と、人間に似た人影しかいない。

「一体、何なんだよ……お前達はっ! 黙ってないで何とか言えよっ」

 直線的に声を荒げて刃助が叫んだ。

 遥姫や加賀見の前に立ち、守るようにして人影の前に立ちはだかる。

 バイザーの奥で真紅の光が明滅した。先頭に立つ一体が前に歩み出る。

「ありめるあ、るは、くてぃえん、らす、めぇてぃす、じど、れ、くあっは」

「な、なんだよ、それ」

「……認証失敗。関係者デハナイ模様」

「認証って、なんだよ。あれか、最新式のロボットとかなのか」

「機密保持ノタメ、排除シマス」

「なっ……」

 電子合成による人語を模した声が響く。弓矢を引くような鋭い風鳴音。

 人影の双眸(そうぼう)がより一層強く輝き、動いた瞬間に刃助の体が宙を舞った。

 赤い雫が飛ぶ。加賀見の右腕が切られて血が流れ出していた。

 不意打ちにも関わらず、見事な受身から地面を転がって刃助が起き上がる。

「鏡華嬢……」

「離れてください。今すぐに、ここから」

「だが、血がっ」

 刃助をかばい、突き飛ばした加賀見の右腕から鮮血が溢れ出す。

 いつ出したのか、人影の両手の甲から銀の刃が生えている。

 右の刃には加賀見のものと思われる血が滴っていた。

 人影の視線の先にあった縁石はぱっくりと断ち切られている。まるで大剣を叩きつけたように深く長い傷跡。

 掠めただけでも危ういのは見て取れた。

 一気に思考のスイッチが入る。日常から、非日常へ。

 害意を持った敵が目の前にいる。その正体は分からない。

 存在自体があやふやだった、機械化された兵団。

 だが、一つだけ分かっていれば十分だ。

 力なきものが理不尽に暴力に晒されそうになっている。

 ならば力あるものが、脅威を排除しなければならない。

 肩にかけているバッグの、中に入っている自らの獲物の重さをより強く感じる。

 バッグを下ろし、ジッパーを開けて獲物を引き出し斬りかかる……十秒もあれば事足りる。

 恐らくは既に準備態勢に入っているであろう、リオンならば〈水神の聖具(オルロ・マテリアライズ)〉によってさらに素早く臨戦態勢に移れるだろう。

「来々木君っ!」

 が、止められてしまった。飛来してきた荷物を反射的に受け止める。阿藤学園の校章が入ったバッグ。

 生徒ならば誰もが使う共通のもので、肩紐に繋がるリング部分に銀装飾のアクセサリーが光る。

 だくだくと鮮血を垂れ流したまま、加賀見が遥姫の前に立って人影と相対している。

「ダメです……来々木君は、逃げてください」

「ま、待ってくれ鏡華嬢っ! 女性を置いて男が逃げるなど――」

「フェミニスト気取ってる場合じゃないでしょうっ!」

 刃助の本気か冗談か分からない一言がバッサリと切り捨てられた。

 続く言葉を失って、押し黙る。人影が刃の両腕をすり合わせ、金属音を響かせる。

「目標、生存……引キ続キ、排除行動ヲ続行」

 クロスチョップよりもなお鋭い斬撃が飛ぶ。

 直前に人影の体勢が崩れて、対象を切断するはずだった刃が虚空を切り裂いていく。

 直線上の壁に×印が刻み込まれた。

 すぐさま加賀見が跳躍する。倒れたままの人影が放った斬撃によって、制服のスカートが裂かれた。

 血が滴り流麗な脚を伝って白い靴下に染み込んでいく。

「加賀見さ……」

「ひ、姫っ!」

 ふらつく遥姫に駆け寄る刃助。

 大丈夫、と手をかざして健在をアピールするも、遥姫の体は小刻みに震えていた。

 唇を引き結び、必死に恐怖に耐えているような表情。

 加賀見の言う通り、しがらみに囚われている場合ではない。

 だが、俺は動けずにリオンも〈蒼の死神〉の能力を起動せずに立ち尽くしている。

 フラッシュバックが起きているのかもしれない。

 可能性の一つとして、行き着く答えの一つとして目の前の人影がなす軍勢を恐れている。

 優れた技術が人を救うのではなく、人に危害を加えるためのモノに使われてしまっている。

 その現実を認識することと、認めて意識したくない精神の揺らぎが動きを封じている。

「来々木君は、リオンさんと一緒に彼らを避難させてください」

「……っ! やはりいけない。鏡華嬢を一人置いていくなんて」

「だったら、計継君は素手であれに立ち向かうって言うんですかっ!」

「いや、流石に……でも、亮よ! 男が女の子を置いて逃げるなどっ」

 酷い頭痛に苛まれる。俺は何を迷っているのか。

 どうせ偽りじゃないか。彼らと、日常と触れているのは価値を知るためだ。

 守るべきものの意味を、価値を知ってこそ払うべき少数の犠牲を見定められる。

 どんな名目を並べようが殺人は殺人。

 積み重ねられ、吸い上げてきた命は何をもっても購うことなんてできはしない。

 ましてや、何も知らないまま日常に帰ることなんてできはしない。

 誰が許しても、俺自身が俺を(ゆる)すことができないのだから。

 バッグを下ろす。いくら力自慢の刃助でも、名前に刃がついていても本物の凶器を前にしては一般人と何も変わらない。リオンは、恐らく使い物にならない。

 クラッドチルドレンとはいえ、加賀見がこれだけの軍勢を押さえ込めるとは思えない。

 かしゃり、かしゃりと静かに音を立てて人影達が迫り来る。

「なぁっ! 亮よ……お前なら――」

 唇を噛む。血が、鉄の味が痛い。心臓を無数の針で貫かれるように、じくじくと鈍い痛みが連続している。

 俺は一足飛びで距離を詰めて、勢いそのままに刃助の鳩尾に拳を叩き込んでいた。

「りょ、う……なん、で」

「悪い、刃助」

 がくり、と項垂れ全身から力の抜けた重い体を腕一本で抱きかかえる。

 近付いてくる全ての人影が、同じように抜き身の刃を両腕に携えた。

「目撃者、排除」

「証拠、隠滅」

「情報漏洩防止」

「全員、生カシテ返サヌ」

 同じ電子合成の声で人影達が敵意をあらわにしていく。

 俺は足元にある小さめのバッグを蹴る。

 起き上がってきていた人影に命中し、機械の体に跳ね返ったバッグは加賀見の手で引き上げられた。

 少女の横顔に笑みが浮かぶ。

「そう、それでいいんですよ。来々木君は、来々木 亮としているべきなんです」

「加賀見……お前、は」

「有難く、お借りします。さ、早く」

 未だに血を流し続けているが、加賀見の笑顔は綺麗だった。

 本当ならば、こうして仲間に背を向けて敵の大群を前にするのは俺の役目であるはずだ。〈黒の死神〉であるセラには及ばないが、俺の〈灼煌の魔眼(ヴォルカル・フィアー)〉と〈紅の刻印(セル・ヴェーゼ)〉を併用すれば文字通り単体でレギオンと渡り合うことはできる。

 できるのに、やらない。

 言葉に、感情に甘えてしまった。

 加賀見が俺のバッグから取り出した短刀を構え、人影と向き合う。

「忘れないでください。あたし達は、それぞれが抱える〝何か〟の前に人間なんです」

「やはり、俺も……」

「ダメです。来々木君は、捨てちゃダメなんです」

 明確な拒絶。力を使うべき場所で封じられる言葉。

 そう、理解している。

 今ここで刀を抜き放ち、人影を斬り屠れば間違いなく遥姫や刃助との関係性は崩れ去る。

 日常生活を送る来々木 亮は、終わってしまう。

 これまで騙し続けてきたことが露呈してしまう。

 血みどろの手で、清廉たる肌に触れてきたことも暴かれる。

 築き上げた小さな世界が、壊れてしまう。

 鉄の味が魂に染み込む。自分勝手な理由で、救えるはずの存在を見殺す。

「障害発見、排除」

 硬い音が響く。人影の交差させた刃を受け止めて、加賀見は鼻で笑った。

「来々木君。ただ、従えばいいんです。あの人の言葉に」

「あの人……師匠、の?」

「一人と、二人。こう言えば分かりますよ、ねっ」

 クラッドチルドレンの、常人よりも高い膂力で人影の刃を払い除ける。

 短い刃の刺突を繰り出すも、刃の腕で防がれて空いた腕が空を裂く、前に腕を掴んで強引に軌道を変えさせ飛ぶ斬撃を回避した。他の人影達は、どうしてかゆるりゆるりと鈍い動きで近付いてくる。

 横目で全体を確認しながらも、耳は一人と一体が繰り広げる剣戟を捉える。

 人影が放つ、上から下への一閃を逆手に持った右の短刀で受け止め、空いた刃の腕は左腕で押さえつける。

 バイザー下の光が明滅していく。

 瞬きをしているような、人間で言えば予想外の動きに困惑しているような印象を抱く。

「それに、あたしはこんなところで死ぬつもりはありませんよ?」

「……脚本、書いてもらわなきゃならないからな」

「ええ。ですから、奴らが集まる前に……早くっ」

 振り切る。いや、思考を切り替える。

「リオンっ!」

「え……あっ……」

「しっかりしろ! 遥姫を頼む。首都ゲートまで急ぐぞ」

「でも……でもっ」

「加賀見の決意を無駄にするな」

 我ながら冷徹に言葉にできた。自分自身にも刻み込む。

 見捨てるのではなく、この場を一旦加賀見に一任する。

 ゲートまで、安全な場所まで遥姫と刃助を運び、すぐに戻って加勢する。

 恐らく納得はしないだろうが、二人には何とか説明する。

 俺の居場所を、渇きを潤してくれるものを、守るべきものの価値を確かめて噛み締めるために。

 小さく笑って、口を引き結ぶ。どこまでも俺は自分勝手だ。

 守っていると傲慢に言い放ち、酷く小さな世界を守るために嘘を吐き続ける。

 リオンを見る。まだ震えている遥姫を抱きかかえていた。

 視線を合わせて、意思確認をするように小さく頷き合う。

「先に行くぞ、リオン」

「う、うん」

「……〈紅の刻印〉、第一周封印……解放」

 舌を晒す。熱い。記された三つの封印式が紅の輝きを放つ。

 肉体のリミッターを外す。両足で踏み込み、たわめて力を込めて……跳ぶ。

 多少の負荷はかかるが、刃助ならば耐えられるレベルであるはず。

 今は加賀見を信じるしかない。仲間達の言葉を胸に留めて、自分自身に言い聞かせなければならない。

 思いつきやその場限りの感情で動いて、余計な手間を増やすよりは確実性を取る。

 加賀見から渡されたバッグはたすきがけにして背負っていた。

 中には今日の散策を録画した端末が入っている。元々はデータを起こして阿藤学園の立体生成装置でセットを作るためのもの。同時に人影の軍勢も撮影している。

 一刻も早く千影に見せて、了解を取らねばならない。

 この人間を模したおぞましい兵器が大衆に晒される前に、闇に葬らなければならない。

 先程トラックが滑り込んでいた、首都へと繋がる東部ゲートまで一気に距離を詰める。

 妨害はなく、群れをなしていた人影の姿もなくゲート近くは平穏そのものだった。

「暫ク、オ待チクダサイ」

 若い女性を模した電子音に従って、一台ずつ停車し点検を受けている。

 俺が近付くと、驚いた表情で警備の人間が飛び出してきた。

「ど、どうしたんだい? 何があったのかな」

「いえ……その、気分が悪くなったみたいで」

「うーん、特に怪我や熱はないようだけど」

 テキパキと体温を測ったり、血流の酸素濃度を測ったりする警備員を前に苦笑してみる。

「ちょっと食べ過ぎちゃったみたいで」

「あぁ、今は有名映画で出てきた料理の食べ放題コースがあるからね。それにしては

急いでいるみたいだけど……後ろの子も。そっちも怪我とかはないみたいだね」

 リオンも追いついてきた。

 感情を隠さず、リオンが慌てた表情で口を開く。

「あのっ……あっちで――」

「あー、ごめんなさい。トイレ込んでいたみたいで」

「あ、あぁ……ダメだよ君、そういうのはもっとオブラートにだね」

 警備員と俺が苦笑しあう。真っ正直に聞いても仕方ない。

 彼らであっても身体能力は常人よりも多少秀でているだけに過ぎない。

 また、持ち場から離すわけにもいかない。

 しっかり管理をしなければ、あのトラックの中に詰められた人影の軍勢が……軍勢が?

 嫌な汗が噴き出し、急に寒くなってきた。

「えっと、一応許可証見せてくれるかな? 形式的に、一応ね」

「えっ……あぁ」

「忘れちゃった?」

 警備員は俺が許可証を失くして焦っていると思っているらしい。

 探すフリをしようとして、加賀見から渡されていたことを思い出す。

 横から髭面の大男が割り込んできた。

「おいっ! いつまでかかるんだよ!」

「す、すみません」

「金にもならん謝罪なんか要らないんだよ。通っていいのか? ダメなのか?」

「ええっと……」

 警備員が貨物をチェックしている仲間に視線を送る。

 勢いよく扉を閉めた仲間が大きく首を縦に振ってからサムズアップ。

 警備員が応じるように大きく頷く。

「あ、はい。確認できました。どうぞっ」

「……ったくよぉ」

「申し訳ありませんでした」

 深々と頭を下げる警備員を前に、大男はぼやきながらもトラックへと戻っていった。

 そのトラックには人影の軍勢が降りてきたものと同じ業者のプリントが張られている。

 何も、異常はなかった。降りてきた男も一般人。

 黒い鎧のような出で立ちではなく、バイザーもつけていないどこにでもいるような。

 先程まで見ていたものは何かの間違いだったのだろうか。

 芸術の街というだけあって、路面に特撮映画でも投射されていたのだろうか。

 思考の糸が絡まる。どんどん現実から遠ざかっていく。

 トラックが走り去り、また一台点検を終えてGOサインが出た。

 肩を叩かれる。

「すまないね、今日は搬入が多いみたいだから手短に頼むよ」

「……すみません、これ」

「うん。確かに」

 許可証を見せると、警備員は何も知らない爽やかな笑顔を浮かべた。

 俺はリオンに視線で促し、先に行かせてからゲートをくぐる。

 ゲート近くの壁際に刃助を持たれかけさせた。

 リオンも同じように遥姫を下ろして意識を確かめる。

 震えは収まってないが、遥姫の大きな黒い瞳はしっかりと俺を捕捉する。

「来々木君……」

「ごめん、月城。後で、説明するから」

「どう、するの?」

「……ごめん」

 謝罪を重ねるだけ。様々な意味合いがある。

 言いたいことはたくさんある。だが、全部を飲み込む。

 不安げな遥姫に背を向け、俺の足は今通ってきたゲートへと向かう。

「すみません」

「あれ、君まだいたのかい? 早く彼を病院に連れて行った方がいいんじゃないかな」

「連れに任せてますから。ちょっと忘れ物をしてしまって」

「えー……仕方ないなぁ」

「すぐ、戻りますから」

 返したばかりの許可証を引っ掴んで駆け出す。

 速く、速く、速く早く(はや)く……烈風のように地面を駆け抜けていく。

 道中何かにぶつかり、荒ぶった声を置き去りにし、何かに蹴躓いて鼓膜を突くような叫び声があがって無視し、クラクションを鳴らした何かを飛び越えて怒号が吐き出され、女性の悲鳴や子供の泣き声が耳奥でこだまする。

 全部を無視して、意識の外へ追いやった。

 加賀見を置き去りにした、人影の軍勢がいた場所に辿り着く。

「……そんな、馬鹿な」

 ない。何も、ない。

 いや物はある。人もいる。当たり前の日常があった。

 振り返る。遠くで尻餅をついた女性が彼氏らしき男に助けを求めている。

 アイスを落とした幼女が泣き喚き、母親らしい女性がなだめていた。

 自分の足元を見る。ズボンにアイスが付着していた。

 反射的に女性の視界から隠すべく、路地に入る。俺は、目を見開いた。

 割り断たれた痕跡も、壁に刻まれた×印もない。

 綺麗さっぱりなくなっている。ただ一つだけを除いて。

「加賀見……」

 ほんの僅かに残った、かすれた血痕を見つめて、俺は肺の中の全ての空気と共に言葉を吐き出した。

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