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灰色の境界  作者: 宵時
第三章「争いを生むものを廃絶し、恒久和平を実現する」「貴様に世界は救えない」
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3-9 嘲弄罰己

 電子音のチャイムが鳴り響き、午前の授業が終わった。

 昼休みに入り、周りが騒がしくなり始める。

 千影から捜索に専念するよう命じられてから一週間経っていた。

 端末から誘拐事件に関する警戒は発されたが、世界は何も変わらない。

 朝礼や通達でも控えめに注意されるだけで、学校生活は何の問題もなく回っている。

 俺やリオン、クレスが当たり前のように登校していることを含めて。

「おーい、亮さんや。何を凝り固まった顔してるのかね」

「脳味噌の質感まで疑われるゆるゆる顔よりかは遥かにマシだと思うがな」

「いやはや手厳しいですなぁ、いつも通りだ。はっはっはっは」

 横目で高笑いしている刃助を見る。相変わらずこの男はぶれない。

 思わず鼻で笑ってしまう。

「む。今笑ったか? 折角救援物資を持ってきてやったというのに」

「いえいえ、有難く頂きますよ」

「うむ。感謝の心はいつでも持っておくように!」

 投げ渡された惣菜パンを受け取る。

 リオンの姿はない。大方別のグループに連れ出されたか、購買へ向かったか。

 目を離しても俺と違って単独で行動するようなことはないだろう。積極的に闘争に関わる性格でもない。

 仮に機械化された兵団が本当に存在していたとして、それが両親の技術を悪用された結果だと断定できれば〝壊す〟ことはできるのだろう。壊すことが、殺すことに繋がらなければいい、とは思うが。

 口元で包装を噛み破ってカレーパンを口にする。

「おぉ、もう役作りに入っているのか!」

「……は?」

「おいおい亮さんよ、昨日送ったプロットには目を通してくれたんだろうな?」

「あ、ああ。えっと」

 急いで端末を操作し、メールファイルを探っていく。

 実際のところ捜索の進捗具合が気になって学校のことには殆ど気を回せていない。

 数十件の新着表示に辟易するも、流し見で一つ一つ確認していく。

「ちょっと路線が変わってだな。刑事モノにしたのだよ。ほら、今流行りだろう?」

「流行りって……お前、あの警告は冗談なんかじゃないし、誘拐事件も現実に起きてるぞ」

「分かってるって。地方都市は大変だ。誘拐事件だけじゃなく流通も滞っているみたいだしな」

「刃助、何か知っているのか?」

 思わず刃助に詰め寄る。

 刃助が勢いよく俺に頭突きをぶちかまし、椅子と共に後退していく。

「いっ……つ、くぅ……」

「さっきのお返しだ」

「これでお相子、だな。で、何を知っている」

「急にどうしたんだ。俺の担当は衛星都市までだから、地方までは知らないぞ」

「……何か、誘拐事件事件と関係しているのかと思って、な」

「例の市場調査だか環境調査かの仕事か? 流通の具合まで調べているのかい」

「ま、まぁな」

「悪いが、ニュースに出ている以上のことは分からんぞ」

「そ、そうか」

 小さく息を吐く。自制しなければならない、と決めたばかりだった。情報を整理していく。

 規模の違いはあれ、首都近郊は人口が多くそれぞれが独特の方針で衛星都市としての色合いを強めている。

 誘拐事件が起きているのは報道通り山間部や廃棄区画。比較的人の出入りが制限されている場所。

 何故誘拐するのか。何のために人間という資源を必要とするのか。

 人間が遥か昔から追い求めたもの、生命を輪転させ続ける永続機関の創造。


――敵を想像するな。作り上げるな。


 ほんの僅かだけ首を振る。リオンの記憶を、言葉を、情報を頭の隅に追いやる。

 日常へ、ありのままに肌で感じている現実へと意識を落とし込む。

 配達業務を通して、首都に隣接する衛星都市に関わる機会の多い刃助ならば何か別の情報を持っているかもしれない、と思ったが統制された報道と大差ないらしい。

 いや、それでいいのだ。彼らは普通で、当たり前の日常を送っている。

 報道されてることが真実だろうが、虚偽だろうが見えているものだけが現実。

 誘拐事件が何か大きなことに繋がっているだとか、その企みを暴こうと奔走する〈灰絶機関〉や各地で行われている掃討作戦の要因など知る必要はない。知ったとして何ら特異な力を持たぬ者に抗う術などないのだから。

 リオンならば苦悩するのかもしれない。

 いや、こうして今考えている時点で俺にもあの愚直なまでに犠牲を嫌う精神が移り込んでいるのだろう。

 〈聖呪大戦〉を境に、選ぶと決めたはずだった。犠牲を生まないことができれば、一番いい。

 誰もが好きで犠牲を払いたいわけではない人間の命はたった一つで、だからこそ尊いと教え込まれる。

 実際には生まれや社会や職業や立場で善悪軽重が分別されるのだとしても。

 切り捨ててしまうモノは生まれる。

 誘拐された者達が帰らなかったとしても、首都を含め事件の起こっていない場所に住む者達は救える。

 デイブレイク・ワーカー戦では、たまたま運を持っていたことを否定しきれない。

 元を探し出し、誰が何のために誘拐しているか。

 原因となる根幹を見つけ出し、破壊することが〈灰絶機関〉の剣たる〈死神〉の務め。

 理解し、納得している。〈死神〉と他メンバーが持つ役割の違いを。

 精神に荒縄をかけて縛り付け、鎮めて端末を操作していく。

 フォルダの深層まで入って、ようやく目的のファイルを探し当てた。

 ポップアップさせると同時に刃助が覗き込んでくる。

「犯罪を追う部署、主導するのが亮で相方がリオン嬢という設定でだな」

「新たに配属された、じゃなく序盤で出会ってアドバイスと共にトラブルを呼び込む

役割が遥姫……いいのか? こんな構成でやっても。暴動起きないだろうな」

「周りがどう言おうが、本人が納得してやっていれば問題なかろう? リオン嬢も了承済みだ」

「俺は了承した覚えも許可した覚えもないんだが」

「それは、まぁ俺と亮との仲ということでいいじゃぁないか、マイブラザー」

「よくない。俺は主役をやるのなんて嫌だって言っただろうが」

「そういう方向性で進めてるからなぁ。仕方ないのだよ」

「路線変更するなら配役も変更できるだろうが……」

「待て待て。最後の祭りだ、楽しめばいいではないか。な?」

「まぁ……」

 普通の高校生として、日々を送っていれば最後の学園祭というのは大事なイベントだ。

 六月が終わり、七月に入れば受験という壁に否が応でも向き合わねばならない。家業を継ぐとか、海外転勤で飛ぶとか特殊な事情がない限りは誰だって自分が望む、または望まなくとも社会の一員となり溶け込んでいく。

「最後、だもんな」

「不器用不恰好無愛想な亮さんも、一度はハッチャケていいだろうに」

「……なんか要らん単語が入っていた気がするが、なっ」

 はぐっとサンドイッチを一息に飲み込んで立ち上がり、刃助にヘッドロックを仕掛ける。首を絞められながらも、刃助は口からモノを吐き出す醜態は避けたいと懸命に口の中に溜め込んでいた焼きそばパンを噛み砕く。

 口の端からそばがはみ出していた。

「おぉっ! 来々木と計継、久方ぶりの本気試合かっ」

「ちょっと、埃が立つからやめなさいよ!」

「いいぞ、やれやれぇっ」

 好き勝手にはやし立て、文句をつけるクラスメイト連中にはっ、とする。

 即座にロックを解除、何食わぬ顔で倒れた椅子を戻して座り直す。

「なんだ、止めちまうのかよ」

「来々木君、また昔に戻っちゃったみたい」

「あの頃のつっけんどんなのもまた、いいのよ」

「アンタってそういう趣味だったっけ?」

「あの様子だと路線変更が伝わってなかったらしいな……」

「でも淡々と目的を遂行するのって来々木に合ってるんじゃないか」

「ハーネット様が引っ張ってくれるから大丈夫よ、きっと」

「まぁ脚本の出来上がり次第だよなぁ」

 様々な声が飛び込み、席ごとに語り合っているが余り耳には入って来ない。

 情報収集に専念しすぎたか。

 咳き込みながら、刃助がよろよろと席に戻った。

「いやぁ、キツかった。久しぶりに本気で来てくれたな」

「…………悪い。やりすぎた」

「そんな顔も久しぶりだなぁ、うんうん」

 全く懲りていないらしい。清々しい笑顔だった。

 少しだけ真顔になった刃助が顔を寄せてくる。

「で、だ。最近何かあったのか?」

「なん、でそんなことを聞く」

「んー……聞かれたさそうな顔をしているから、かね」

「そんな顔、なんて」

「していない。本当にそう言い切れるか? 俺だけでなく、遥姫様の前でも」

 真っ直ぐに俺を見つめてくる瞳と対峙する。

 いつも通り、何でもない気にするなとはぐらかせばいい。

 巻き込んではいけない。守るべき存在を闇に引きずり込んではいけない。

 今までだってそうして、偽り続けてどの面下げて自らを曝け出せるのか。

 意味がない。巻き込んだところで、より不安にさせるだけだ。

 沈黙する。どれだけ間をもっても返す言葉は変わらないのに。

「誘拐事件のことが、気になっていて、な」

「ふむ、郊外に知り合いでもいるのかね?」

「お前だって親戚や祖父母がいたりするんじゃないか?」

「全員都内か遠くとも近郊の衛星都市内だからな。阿藤にいる連中はほとんどそうじゃないか?」

「そう、か。出ている警告も行楽地へ向かうことを控えるように言っているだけだからな」

「遊びに出るな、っていうのも変な話だけどな。一人旅行する奴はいるかもしれんが」

 結局、知らぬ世界で起きたことは知らない、ということだろう。

 安心した一方で少し悲しくもなったのは何故だろうか。

 無知は罪だという言葉がある。物を知らないでいることが何かしらの害を生み出してしまうのは確かだろう。

 それでも十分リカバリーが聞く範囲だ。

 情報を持っていながら、何もできないのは何なのだろう。

 情報を知りながら、何もしないのは何なのだろう。

 刃助がやれやれ、とでも言いたげに首を振る。

「お前さんの、そういうところが遥姫様のお気に召すところなのだろうが」

「……何か、言ったか」

「その反応だとリオン嬢とも何もなさそうだな」

「もう一度、首決めてやろうか」

「やはは、いやいや、何でもない! 何も言ってないぞよっ」

「ああ。何も聞いてなかったことにしてやるよ」

 ふてくされ感たっぷりに言い放ってやる。

 進まない、進める気のない問題だ。

 誰がどう言おうと、リオンが嘆こうとも変わりはしない。

 己の罪は、必ず清算されなければいけない。

 罪人が罰されず、のうのうと生きることなどあってはならない。

 自らが許さないのに赦される道理などないだろう。

 リオンが俺を殺さないのならば、待つだけだ。

 魂を捕らえた本体、連綿と受け継がれていく絶対戦力としての〈紅の死神〉に全てを奪われ食い尽くされる。

 それでいい。プログラムとして動く存在になってしまえば、悩むこともなくなるだろう。

 純粋に、真っ直ぐに効率よく人を殺害せしめるための兵器となることができる。

 かつての俺が罪悪を刈り取るためだけの装置だったように、選んで殺すような傲慢さも感情ごと投げ捨てる。

 つと、頬を引っ張られてつねられた。

「……痛い」

「難しい顔で考え込んでトリップするのは相変わらずだな」

「誰かさんみたいに柔らか脳がうらやましいよ」

「亮が固すぎるだけだ。なぁ、皆」

 辺りを見回すと言葉にはしないが頷く連中が男女問わず多数。

 俺は諦め半分で苦笑するくらいの反応しか返せなかった。

 こういった手合いはリオンの方が得意そうだ。

 どちらにせよ、放課後には合流して捜索に出ることになる。

 様々な情報を探っておくべきだろう。

 縛られていた思考を放棄する。できることも、やるべきことも変わらない。

 リオンの思念に潜む、奴が何を考え狙っていても結末は変わらない。

 〈聖呪大戦〉において味方である〈灰絶機関〉から〈聖十二戒団〉へと寝返った狂気の〈死神〉……蒼慈(そうじ) 光騎(こうき)。奴を殺した俺が、その記憶や技術を受け継いだリオンに殺されることは間違ってはいない。

 少なくとも復讐に駆られて最初の殺人を犯した俺には反論する権利などない。

「どうあっても、決めるのは当人次第だな」

「勿論、亮が喜んで引き受けてくれるのが一番だが……」

「やるさ。しっかりと、責任をもって」

「おお、やってくれるか! よしよし、それでこそ俺の見込んだ男よ!」

「……えっ」

 教室一体が騒然としている。

 何だ。何が起きている。無駄に暑苦しい抱擁をかましてくる刃助を押しのけつつ。

 女子生徒達が遥姫に詰め寄って「やったね!」「これでもっと接近できるよ」とか何とかよからぬ言葉が聞こえてくる一方で「チッ……俺なんて犯人役なんだぜ、畜生がよ」「まだいいだろ。亮に情報渡すだけの端役だぜ?」「いや、ファンタジーじゃないからキスシーンとかはないよ。多分、きっと」などと男子生徒の怨嗟が聞こえる。

 刃助が立ち上がって、天井に向けて拳を掲げた。

「超難関だった亮の了承も得たことだ。さぁて、皆で脚本詰めてくぞぉっ!」

 鬨の声を響かせるように同意が広がっていく。

 昼休み中にも関わらず、脚本チームはいそいそと集まって話し合いを始めていた。

「……はぁ」

 溜息を吐く。嫌なわけではない。

 ただ、相応しくない環境にいると感じるだけ。

 それでも喜んでくれる人がいるならば、笑顔になってくれる人がいるならば。

 責任をもって物事に当たる姿勢は変わらない。

 恐れる必要はなかった。今の、日常という舞台が既に偽りの仮面を被った演劇場なのだから。

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